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第百十一話 黒巫女


 絶大なる力を見せ付けられて、副官のユーグは将軍であるジョゼフの陣へとカオルとヴァルカンを招いた。

 ババル共和国軍の兵士達に、もう戦う意思は残っていない。

 たった1人を除いて....






「私は認めぬぞ!」


 将軍であるジョゼフは、突然やって来た来訪者に駄々を捏ねた。


「ジョゼフ将軍!既に戦は終結しております!!兵達にも戦う意思など残っておりません!!」


 副官のユーグがそう(たしな)めるが、ジョゼフは中々首を縦に振ろうとはしない。


「私はカムーン国の剣聖ヴァルカン。この者は私の弟子にして、エルヴィント帝国の名誉貴族に叙爵(じょしゃく)された、香月カオル男爵。それと剣騎のグローリエルがもうすぐこちらへやってきます。停戦の合意をいただけないのでしたら....本気でお相手する事になりますが?」


 ヴァルカンが名乗り、ジョゼフの目をキツク見据えると、プルプルと小鹿の様に震え始めるジョゼフ。


(もっといじめて下さい)


 ユーグが心の中でそう言ったのは内緒だ。

 やがて、グローリエルがカルア達を連れて陣へとやってくると、いよいと逃げ場の無くなったジョゼフは、渋々ながら停戦に合意した。

 聖騎士教会の治癒術士兼宣教師としてカルアが立会い、カオルとグローリエルの連名にて簡易的な調印式を執り行う。

 正式的な調印は後日、エルヴィント帝国の皇帝と、ババル共和国の元首との間で結ばれる事になるだろう。


「これで調印は完了しました。もし、この先この調印が破られる事があれば、聖騎士教会が相手になりますね♪」


 なぜか上機嫌のカルアが、この場を纏めた。

 3枚の羊皮紙をカオルとカルア、ジョゼフが受け取る。

 ガクガク震えるジョゼフを、怖い顔でグローリエルが見ていた。

 ジョゼフの天蓋(てんがい)を出ると、慌しく兵士達が治療所へと運ばれていた。


(あー。気になる事もあるし、行こうかな?)


 カオルはカルアを見上げて話し始める。


「カルア、努めを果たさないとダメだよね?」


 カオルにそう聞かれ、カルアはニッコリ笑顔を作った。


(デスヨネー)


 カオルは俯くと、魔法を唱える。


「『魔装【信頼(フィデス)】』」


 白い騎士服に白銀の鎧姿から、メイド服にカチューシャ姿へと切り替わる。

 カオルの突然の行動に、エリーが驚いた。


「ちょっとカオル!?何突然着替えてるのよ!?それにそんな姿になって....」

 

 エリーの質問に、カオルは苦笑いで答えた。


「黒巫女だからね。ユーグさん、治療所へ案内してくださいませんか?」


 カオルがそう告げると、ユーグは首を傾げながらも、案内をした。

 大型の天蓋の中へ入ると、中はまさに野戦病院だった。

 手足が折れて添え木をしている者や、鼻を折り血が吹き出している者。

 そんな中を3人の治癒術師が治療してまわり、手隙(てすき)の兵士が補助に駆けずり回っていた。


(さてと...やりますか)


 カオルはカルアと頷き合うと、2人別れて重傷そうな患者から治療して回った。


「失礼します。傷口を確認しますね」


 突然そう告げられて驚く兵士。

 しかも、先程自分と戦っていた相手とわかると、驚き様は2倍増しだろう。


「ああああ...あんた!さっき戦ってた!?え!?なんだ!?どういうことだ!?」


 慌てる兵士に、カオルは微笑み掛ける。

 

「落ち着いて下さい。ボクは治癒術師です。傷を見ますからね?」


 カオルはテキパキと添え木を外し、折れた左脚をまじまじと見詰めた。


(ん~、折れてるけど、骨が飛び出して出血しているわけじゃないね。それよりも、内出血をなんとかしないと....)


 徐々に紫色に変わりつつある血の(こぶ)を見つけると、両手を(かざ)して魔法をイメージ。


(折れた骨を繋ぐ....破裂骨折、内出血....血管を繋ぐイメージ...)


 カオルの周りにフワリと風が舞い上がり、美しく長い黒髪を揺らすと、緑色に淡く輝いた。

 すると、折れ曲がっていた左脚が繋がり、瘤状に膨らんでいた紫色の塊が綺麗に消える。


「...はい。治療完了」


 カオルがそう告げて笑い掛けると、治療されていた兵士は頬を染めて涙を流した。


「あ......ありがとう」


 俯いてしまった兵士にカオルは「どういたしまして?」とおどけてみせる。

 足早に次の患者へと向かって行った。

 突然やって来て治療を始めた、仇敵とも言える存在に、その場に居た兵士達はえも言われぬ表情を浮かべた。


 そんな中...


「ねぇヴァルカン」


 エリーは1人、不満そうにブスッとした顔をしていた。


「なんだ?」


「カオルって、ホントお人好しよね」


 エリーの膨れた顔を見て、ヴァルカンは可笑しくて笑った。


「ハハハ!そうだな!だが、そんなお人好しで優しいカオルだからこそ、私と同じ様に守りたくなったんだろう?」


 ヴァルカンの問い掛けに、エリーは顔を赤くして俯いた。


「そ、そんなんじゃないわよ!私はたしかにその...カオルの事好きだけど....」


 小さく呟くエリーの言葉に、ヴァルカンはより一層大きく笑った。

 その横で、エルミアが嬉しそうにカオルを見詰めていたのに、誰も気付かなかったが。


「ところで、グローリエル」


 ヴァルカン達の後ろで、傍観者(ぼうかんしゃ)を決め込んでいたグローリエルに話し掛ける。


「おまえ、戦闘に参加していなかっただろう。なぜだ?」


 不審そうにそう聞くと、グローリエルは頭を掻いた。


「だってさ、あたいが魔法を使ったら、死亡者が沢山出るんだよ?このユーグから聞いたけど、あれだけの戦闘で死亡者0だってさ。ホントありえないよ」


 グローリエルがつまらなそうにそう話すと、隣で案内に徹していたユーグが話し出す。


「はい!私自身驚きました。重傷者こそ多いですが、死亡者はいません。矢で撃ち抜かれた魔術師ですら、肩や手足に手傷を負っただけです」


 興奮気味に捲くし立てて話すと、エルミアが満足気に頷いた。


(まったく...どいつもこいつもカオルと同じお人好しだな....私も人の事言えないが)


 未だ治療に専念するカオルを見詰めながら、ヴァルカンは言い現せぬ感情に酔いしれていた。


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