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第百十話 開戦


 ついに始まる。

 人対人の醜い争いが。

 『アベール古戦場』の北西に陣取ったババル共和国軍は、南に居るたった6人の女子供に冷ややかな笑みを零した。

 

「ジョゼフ将軍!」


 副官である部下にそう呼ばれたのは、嫌味ったらしい金色(こんじき)重装鎧(じゅうそうよろい)に赤いマントを纏った妙齢のヒューマンの男性。

 いかにも高級そうな椅子に座り、ワインを飲んでいた。


「ククク...なんだ?ユーグよ。アレ以上に面白い話題でもあるのか?」


 ジョゼフはカオル達を指差して笑う。


「いえ...特使など、送られるのかと思いまして....」


 跪く副官のユーグが小さく呟くと、ジョゼフは高笑いを始めた。


「はーっはっはっは!!お前は冗談がうまいじゃないか!!この私が、あの人数に特使を送れと申すのか?ありえぬ!ありえぬぞ!!あの程度の人数、ものの数分で蹴散らしてくれるわ!!!!」


 手にしていたワインを飲み干しグラスを地面へ叩きつけると、おもむろに立ち上がり、割れたグラスを踏みつけながらユーグへ命じた。


「アルバシュタインの軍が来る前に、あの目障りな小娘共を蹴散らして来い!!!」


 将軍ジョセフの命令に、副官であるユーグは嫌々ながらも従った。


(くそっ!何が戦争だ!!なんで俺達が....あんな女子供と戦わなきゃならないんだ!!!!)


 不満を口にする事も出来ずに、やり場の無い怒りが込み上げる。


「弓術隊!歩兵隊!!戦闘準備!!」


 ユーグの掛け声と共に、100人の弓術師と400人の歩兵が立ち上がる。

 ババル共和国軍の先遣隊は、この他に騎馬200人と荷駄270人、そして魔術師30人から構成されていた。

 まぁ、魔術師は、共和国内のほぼ全ての人員であるが....

 ユーグはジョセフへ向き直る。


「ジョゼフ将軍。名乗りをお願いします」


 すると、ジョゼフはユーグの予想だにしていなかった言葉を告げた。


「あの程度の人数に、わざわざ名乗る必要もあるまい!!さっさと蹴散らして来い!!」


 ジョゼフの吐き捨てるような物言いに、ユーグは歯軋りを鳴らした。


(名乗りをしないだと!?戦の前の礼儀すらしないというのか!!!)


 ユーグの不服そうな顔を見詰めると、ジョゼフは鼻を鳴らす。


「フン...不服そうだなぁ、ユーグよ。何か言いたいことでもあるのか?」


 副官であるユーグに、将軍であるジョゼフへ否定的な意見を言う事は許されない。


「..いえ...なんでもありません」


 ユーグは騎士や兵士達に向き直ると、怒りを抑えて命令を伝えた。


「これより、エルヴィント帝国に対し戦闘を始める!皆の者よ!!その力、存分に示せ!!!!」


 ユーグの命令に、500人の騎士や兵士達が呼応する。


「オオオオオオオオオオオオオオオオオ!!!!!!!」


 1人の、声に出来ない悲痛な叫びの中、こうして戦争は幕を開けた。











 一方、カオル達は、既に持ち場へと場所を移していた。

 エリーとカルア、エルミアは『アベール古戦場』南に位置する高台の上に。

 グローリエルはそのすぐ近くに。

 カオルとヴァルカンは、アベール古戦場の中央へ来ていた。


「師匠、これを使って下さい」


 カオルはアイテム箱から無数の大剣や片手剣を取り出すと、ヴァルカンに渡した。

 

「なんだこれは....刃が無いじゃないか」


 ヴァルカンは、カオルに手渡された武器を手に取ると、刃が無い事に気付く。

 カオルはニコリと笑ってこう告げた。


「はい。これなら、そう易々と死ぬ事は無いはずです。絶命させるより、気絶させて下さい。その方が効果があります」


 カオルの説明に、ヴァルカンは唸る。


(ふむ...これはアレか?殺す事より、相手に手傷を負わせ介抱させることで戦力の低下を狙うのか?)


 ヴァルカンは刃の無い剣を見詰めながら、そう判断した。

 実際、戦闘は『攻めるよりも守る方が何倍も難しい』

 戦場で、負傷した味方を守りながら戦うのは、とても大変な事だ。


「わかった」


 手に持てるだけの剣を帯剣すると、カオルから受け取った残りの武器をアイテム箱へ仕舞う。


(まったく...カオルも中々の策士だな)


 弟子のカオルを見詰めながら、ヴァルカンはカオルの成長に喜んだ。


「それじゃ...準備しますね」


 カオルは魔法を唱える。


「『魔装【騎士(エクウェス)】』」


 カオルが魔法を唱えると、先程まで着ていた外套姿ではなく、白い騎士服に白銀の鎧を纏った姿へと入れ替わる。

 アイテム箱から花飾りの付いた白いリボンを取り出し、長く黒い髪を首後ろで束ねた。


(相変わらず..カオルのうなじはこう....いいな)


 ヴァルカンがカオルの首筋に見惚れていると、白いリボンの花飾りに気付く。


(あれ...これは....)


 カオルが刃の無い鉄の剣を帯剣している所へ、疑問をぶつけてみた。


「なぁカオル。そのリボン、もしかしてエルミアと同じ物か?」


 不意に掛けられた言葉に、カオルは平然と答えた。


「そうですよ?エルミアとお揃いなんです♪」


 嬉しそうに話すカオルに、ヴァルカンは嫉妬した。


「ななななな!?聞いてないぞ!?そんな話しは!!!」


 慌てるヴァルカンに、カオルはクスリと笑う。


「ほらほら、もうすぐ始まるみたいですよ?」


 話題をすり替えて誤魔化し、トコトコと先を歩き出す。


「ま、待てカオル!説明を聞いていないぞ!?お、おい!!」


 ケタケタ笑いながら先を行くカオルを、ヴァルカンは必死で追いかけた。











「オオオオオオオオオオオオオオオオオ!!!!!!!」


 それは、開戦の合図。

 叫び声と共に、ババル共和国軍から、地響きを鳴らして歩兵達がカオルへと向かって来た。


(師匠...みんな....ボク....がんばる!!!)


 降り注ぐ矢を『風の障壁』で防ぎつつ、カオルは歩兵達の中心へと突き進んだ。

 迫り来る矢に、突き出される槍と剣。

 カオルはその全てを受け止め、手にした2本の剣でいなし続けた。


「はぁあああああああああああ!!!!!」


 身体を回転させて、向かってくる兵士達を刃の無い剣で叩き伏せる。

 金属音のぶつかり合う音と共に、吹き飛ばされた兵士は仲間へとぶつかり動かなくなった。


(このまま...押し切る!!!)


 カオルは止まらない。

 小さな身体に風を纏い、一陣の白と黒の風となって、襲い掛かる者達の間を駆け抜ける。

 カオルが通った後には、足や手を砕かれて負傷した者や、あまりの勢いに吹き飛ばされて、仲間同士で身体を打ち付け合い気絶する者が続出していた。

 一方のヴァルカンも、果敢に挑んでくる兵士達を両手に携えた剣で的確に倒していた。


「バキンッ!」


(くそ....また折れた。これで3本目だぞ!!)


 ひさびさに鉄の剣を使ったためか、カオルから渡された剣は既に3本も折れていた。

 腰から予備の片手剣を引き抜くと、折れた剣と取り替える。


(カオルが奮闘(ふんとう)しているんだ。師匠の私がこんな(てい)たらくでどうする)


 ものすごい速度で剣を振ると、銀色の剣線を走らせて敵を吹き飛ばす。


「うぉぉおおおおおおおお!!!」


 次々に振るわれるヴァルカンの剣戟(けんげき)に、兵士達は恐れ(おのの)いた。

 ヴァルカンはその隙を見逃さない。

 (つちか)われた技術で、恐怖で立ち止まった兵士達を一撃の下に戦闘不能へと追いやる。


(私の大事なカオルに、指一本触れさせん!!!)


 味方が吹き飛ぶ中、ババル共和国の兵士達は2人の人物によって進撃を止められた。











「なんだ!!どうなっている!!!」


 圧倒的優位と思われた戦闘が、いつまでも決着が付かない事に、将軍であるジョセフは戸惑った。


「ええい!だれか説明せぬか!!前線では今、何が起こっておるのだ!!!」


 憤慨(ふんがい)するジョセフの隣で、ユーグもまた、驚きの表情をしていた。


(まさか...たった2人に、500もの兵士が止められているというのか!?)


 時間が経つにつれ、前線からは負傷した兵士達が、次々に治療所へと運ばれていく。


(ありえない....)


 身体を振るわせて、ただ見詰める事しかできないユーグに、ジョセフの(げき)が飛ぶ。


「ユーグよ!お前が行って見て来い!それと、魔道師達にも攻撃に参加するよう言うのだ!!!」


 ジョセフの命令に、本来であれば嫌悪感(けんおかん)を抱くところだが、この時のユーグにはその感情は無かった。

 ただ、見てみたい。

 500もの兵士を、たった2人で止めている光景を。

 ユーグは「わかりました」と告げて、魔術師達を指揮し、前線へと向かった。


(いったい何が起きているのか....)


 期待と恐怖を胸に抱いて....











「出てきたわね」


 『アベール古戦場』の南に位置する高台の上で、エリーはいち早く気付いた。

 ババル共和国軍の陣から、多数のゴーレムが出てきたところを。


「エリーちゃん....」


 カルアは心配そうな面持ちで、エリーを見詰めた。

 エリーはおどけてみせる。


「おねぇちゃんがそんな顔しないでよ。おねぇちゃんがすることは、祈る事でしょ?カオルと私達、それにここに居る全ての人達の無事を...」


 そう告げながら、カルアを抱き締めると、エルミアを見やる。

 エリーに見詰められたエルミアは、コクンと頷いた。


「さぁ...私達の出来る事をしましょ!!カオルだけに....良い所は、持って行かせないんだから♪」


 カルアはエリーの強がりに、何も言えなくなってしまった。


(エリーちゃん....強くなったね)


 最愛の義妹が成長した事に、姉であるカルアは喜びつつも、心配は尽きなかった。

 エリーは高台の先端に立つと、獅子(しし)奮迅(ふんじん)の奮闘を見せる、カオルとヴァルカンを見詰めた。


(私だって...みんなと一緒に戦えるんだから.....)


 隣に立つエルミアと連携し、現れ出でた魔術師を探すのだった。











(出てきた!!)


 カオルは自身へ向かい投擲された槍を避けながら、ゴーレムが戦闘に参加した事を悟った。

 ズシン...ズシン....と、地面を鳴らしながら近づいてくる足音。


(エリー、エルミア。頼んだよ....)


 遠く離れた家族の2人に、届けとばかりに想いを乗せる。


「はぁああああああ!!!!!!!」


 右手に掲げた鉄の剣を力いっぱい振り下ろすと、敵が纏っていた鉄の鎧ごと叩き伏せる。

 何本目かわからない鉄の剣が、根元からポキリと2つに割れた。


(また!?もう....あまり残ってないのに.....)


 左手の剣で敵の攻撃をいなしつつ、折れた剣はさっさと捨てて、腰から新たな鉄の剣を取り出す。


そこへ...


 「ブオン!!」と風切り音と共に、岩の拳が振り下ろされた。


(あっぶな!)


 カオルは慌てて後方へ下がると、岩の拳の本体を見上げる。

 高さ5m以上。

 頭は無く、巨大な胴体と2本の足。

 そして、巨大な岩の拳が付いた2本の腕がそこにはあった。


『ゴーレム』


 魔術師が土塊(つちくれ)から生み出した、土系統魔法の産物。

 火は氷に強く、氷は風に強く、風は土に強く、土は雷に強く、雷は水に強く、水は火に強い。

 これが六芒星の魔法相関。


(風は土に強い!)


 それは風化(ふうか)のためだろうか。

 土は風と太陽に当てられ続けると水分が無くなり砂へと姿を変える。


(それなら.....)


 カオルは魔法を唱えた。

 ゴーレムを中心に。

 風が巻き起こるイメージを....


「巻き起こりしは風の渦!舞い上がりしは竜巻!『シュトゥルム!!』」


 足早に紡がれた短文呪文。

 カオルが魔法を発動させると、殴りかかろうと振り上げた岩の拳ごと、ゴーレムの巨体が巻き上がる。

 竜巻が起きたのだ。

 とどまる事を知らない竜巻は、周辺に居た兵士ごとゴーレムを巻き上げ、そして地面に叩き落とした。


「ズガーーーン!!!」


 盛大な土煙が舞い上がり、轟音を響かせゴーレムは地面へ落下する

 その巨体を維持出来なくなり、崩れ去った。


(よし!!)


 カオルは間髪入れずに2本の剣を振るった。

 突然の魔法に、驚いたのはババル共和国軍。

 今まで剣で戦っていた相手が、巨大な竜巻を起こした事。

 そして、主力であるはずのゴーレムを一瞬のうちに失ってしまったからだ。


「そ....そんなばかな!!!」


 ユーグは驚愕の表情を浮かべた。

 たった今、目の前で起こった出来事に、どういうことか理解すらできなかったのだ。


「まさか、あの少女が....魔法を使ったというのか!?」


 今も尚戦い続ける小さな少女に、ユーグは信じられなかった。

 そして、魔術師達も、その光景に驚いた。

 自身が使役(しえき)するゴーレムが、いとも容易(たやす)く撃破された事に。


 そこへ、閃光が走る。


 遠く、高台から放たれた1本の風の矢によって、魔術師が打ち抜かれた。


「な、なんだ!?どこから撃たれた!?」


 驚愕(きょうがく)覚めやらぬ中、追随していた魔術師達が、次々に射貫かれてゆく。

 制御を失い、土塊(つちくれ)へと戻っていくゴーレム達。

 ユーグの思考は、今の現状を把握する事も出来なくなる。


「わからない....わからないぞ!!どうなっているんだ!!!!」


 ユーグの叫びが、恐怖が、同胞である兵士達に伝染していく。

 やがて、怯えて遁走(とんそう)する者が出始めた時に、カオルは叫んだ。


「師匠!!!!飛びますよ!!!!!」


 カオルの指示に従うように、孤軍(こぐん)奮闘(ふんとう)していたヴァルカンは、風を纏って空へと飛び立った。

 それに合わせてカオルも空へと舞い上がると、魔法を唱える。


 この戦場を包み込む、巨大な雷を。

 幾千幾万の轟雷を....


「幾千幾万の(いかづち)よ!天よりの裁きを雷轟(らいごう)となりて、その力を我が前に示せ!!」


 指し示した場所はアベール古戦場の外郭。

 誰にも被害が出ないと予想される円形。


「『テスラ!!!』」


 カオルが鉄の剣を掲げて魔法を放つ。

 指定した通り『アベール古戦場』を包み込むように、堅牢な雷の牢獄が生まれた。


 それは力の誇示(こじ)だった。

 カオルという、小さな魔術師の...

 絶大な力を見せ付ける様に...

 幾千幾万の轟く雷に、その場に居た誰もが動きを止めた。

 全身を振るわせ、空に浮かぶカオルを見詰める。

 黒く長い髪が風に舞い、白い騎士服がとても良く似合う。

 自分達は、こんな少女に、こんなにも美しい人物に、(やいば)を向けていたのかと。

 

 やがて、鳴り響いていた雷音が止むと、カオルは静かに地面へ下りた。

 その姿はまるで、天使の様であった。

 

 ババル共和国の兵士達は武器を捨てた。

 いや、戦闘を放棄したと言った方がいいだろう。

 カオルには敵わない。

 本能でそう悟り、涙が溢れた。

 そして、次々にその場に跪き、咽び泣いた。


「師匠」


 カオルはヴァルカンを呼び寄せる。

 たった一言だけ告げた。


「停戦しましょう」


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