第百四話 いじわる?
「なにそれ!?」
ここはエリーの私室。
カオルがミスリルの塊から防具を作り出し、エルミアにプレゼントをした。
よほど嬉しかったのか、エルミアはさっそくカオルが作成してくれた防具を身に纏い、カオルと共にエリーの部屋へ訪ねたのだ。
エリーは、エルミアが纏った白銀の防具を羨ましそうに見詰める。
身体の半身、主に左側を保護するようにミスリル製の胸.腕.腰.脛に防具が付けられている。
おそらく、弓術をメインに使うエルミアの為にカオルが考えて作成したのだろう。
(う、うらやましい....)
エリーはギリギリと歯軋りをした。
くるっとカオルに向き直ると、満面の笑みで問い掛ける。
「カオル!私の分は?」
エリーの言い方に、なんだか納得のいかないカオルは、イタズラをすることに決めた。
「エリー、見てわかるようにこれはミスリル製だよ?前にリアが言っていたけど、ボクが全身ミスリル装備にした時に、剣も合わせて白銀貨30枚って言われてたよね。まぁ剣の方が高いんだろうけど、それだけの金額の物を無料でくださいって虫が良すぎない?」
カオルがそう告げると「ぐぬぬ」とエリーが悔しそうにした。
(いじめすぎかな?でも、なんか悔しがるエリーも可愛いなぁ.....)
カオルが口端に笑みを浮かべていると、傍にいたエルミアが耳元で囁く。
「あまりエリーをいじめてはいけませんよ?」
エルミアにそう窘められて「わかったよ」と、満足そうに頷くとエリーの猫耳を撫でる。
エリーは泣きそうな顔をしていたが、カオルに優しくされて頬を赤くした。
「ごめんね、ちゃんとエリーの分も用意してあるから」
そう告げて、アイテム箱からエリーの防具を一式取り出すと、それを渡した。
エルミアと同じ、ミスリル製の防具。
エリーはそれを奪い取るように受け取ると、急にモジモジしはじめ、カオルの頬にキスをした。
一瞬の出来事。
あまりにも素早いエリーのキスに、カオルの思考は付いて行かなかった。
(今...キスされた?)
ようやく何が起きたか理解すると、カオルの顔は真っ赤になった。
すると、反対の頬にエルミアがねっとりとキスをする。
時間にすると10秒ほど。
カオルはものすごく長い時間に感じた。
ゆっくりと顔を離すと「カオル様、ありがとうございます」とエルミアが感謝を告げる。
連続する衝撃にカオルは「ド、ドウイタシマシテ」と、カタコトの言葉で返すことしか出来ない。
エリーはそんな2人には気付かずに、カオルから贈られた防具をいそいそと身に着けていた。
胸当てに肩当て、腰当てにグリーブ。
そして、篭手を着けようとした時にある事に気付く。
(これって....)
それは、篭手の裏側に鉄製の見慣れた腕当てが仕込まれていた。
『香月』という刻印付きで。
カオルが以前、カイとメルとエリーの3人に贈った鉄製の腕当てだ。
ミノタウロスとの戦闘で傷付いた腕当てを、カオルは潰す事なく再利用した。
エリーはそっとその刻印を指でなぞる。
カオルの優しさに胸が熱くなるのを感じた。
(ありがとう...カオル)
慎重に篭手を身に着けると、革のベルトで調整して、自分の身体を見やった。
以前の、鉄の鎧よりも遥かに軽いミスリルの鎧。
エリーのために、エリーを守る防具。
(私、嬉しい)
満面の笑みを零しカオルに向き直ると、なぜかカオルは顔を真っ赤にしてエルミアと見詰め合っていた。
「ちょ!ちょっと!!何、見詰め合ってるのよ!!!」
エリーは叫びながらカオルとエルミアの間に入ると、プンスカ怒り出した。
(あ、あぶなかった....)
カオルは、怒り出したエリーのおかげで、エルミアとの妖しい雰囲気から開放された。
鼻息荒く、怒り続けているエリーの姿を見詰める。
(よかった。すっごく良く似合うよ、エリー)
嬉しくなって顔を綻ばせていると、勘違いしたエリーはさらに怒り始めた。
「ちょっとカオル!聞いてるの!?なに笑ってるのよ!!」
(怒ってるエリーも可愛いよ)などとは言えず、苦笑いを浮かべるカオルであった。
夕食前に、出かけていたヴァルカンとカルアに、エリーとエルミアの新防具をお披露目することに。
居間で寛いでいたヴァルカンとカルアは、2人の防具を見て飲んでいた紅茶を拭き出した。
「「ブフッ!?」」
カオルは、ヴァルカンにそっとハンカチを差し出し、口元を拭うと、慌てた様子でカオルを問い詰める。
「か、カオル!?こ、これはミスリルじゃないのか!?」
拭いきれていない部分を丁寧に拭く。
「そうですよ?」
気にした様子もなく答えるカオルに、ヴァルカンとカルアは目を丸くした。
(そうですよって....ミスリルはとても高価なんだぞ!?まさか買ったのか!?)
ソファの上にカオルを正座させると、師匠として話した。
「カオル。ミスリルはな、カムーン国の高位錬金術師が、長い時間を掛けて作り出している物だ。もちろんとても高い性能を秘めている。だからこそ、高価であるし希少価値が高い。いくら風竜がお金をくれたからといって、そうポンポン使うのはどうかと思う」
ヴァルカンは、カオルをここまで真剣に怒った事などなかった。
だがここは、師匠として、将来の夫として、金銭についてはキツク言わざるを得ないだろう。
しかし、カオルから返って来た言葉は、ヴァルカンの想像していたものとは違っていた。
「あの...師匠。このミスリルは、ボクが作ったんですけど....」
ヴァルカンだけではない、その場に居た全員が、言葉を失った。
(カオルが作った...?ミスリルを?)
纏まらない考えの中、カオルは話し出す。
「えっと、魔導書の知識だとは思うんですが、ミスリルもダマスカスもその気になれば金さえも、今のボクには作り出せます。それを商売にしようとは思いませんが」
カオルの言葉に、だれも答えられなかった。
(ミスリルの上に、ダマスカスも?それじゃぁまるで....)
そこへ、ようやくカルアが声を出す。
「それじゃぁ...カオルちゃんは錬金術師になったって事?」
カルアに視線が集まる中、ヴァルカンは自分が思い至った結果に驚いた。
(そう、カオルは魔法剣士と治癒術師でありながら、錬金術師としても開花した事になる)
カオルの恐ろしいまでの才能に、感嘆の声が漏れる。
「...すごいな」
やがて、言葉を取り戻した者達が、口々にカオルを褒め称えた。
「カオル!あんたすごいじゃないの!!」
「カオルちゃん!すごいわ!おねぇちゃん驚いちゃった♪」
そしてエルミアだけは、当然のような顔をしていたが、ぼそりと呟いた。
「...万能の黒巫女」
(そうだ...その言葉が一番わかりやすい)
ヴァルカンはポンと手を叩く。
家族に褒め称えられ、照れていたカオルだが『黒巫女』の言葉に肩を落として落ち込んだ。
(なんだかもう...ずっと黒巫女と呼ばれるんだろうなぁ....)
カオルは、浮かれる家族達の中で1人憂鬱な時間を過ごした。
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