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第百三話 歓喜の歌


 ここは、エルヴィント帝国、帝都北西にある香月カオル男爵の屋敷。

 その屋敷の1階の空き部屋で、屋敷の主人であるカオルは壷と言う名の(かめ)の前で、両手を掲げてジッと中身を覗いていた。

 やがて、鉄色の中身が白銀へと変わる。

 脱力しきった顔で「できた」と呟くと、ゆっくりと中身を取り出した。

 

 それは白銀の塊。


 銅や鉄、鋼鉄よりも軽く強固で、破邪(はじゃ)の力を有していると言われる『魔法霊銀(ミスリル)』だ。

 本来、自然界には存在しない鉱石なのだが、錬金術が発達した王都カムーンでは高位の錬金術師が生成に成功している。

 そしてカオルは『ego(えご)黒書(こくしょ)』からその練成方法を得て、自力での生成に初めて成功したのだ。

 掛け合わせる物はたった2つ。


 鉄と魔力。


 それも大量の魔力だ。

 元々魔力量の少なかったカオルが『ego(えご)黒書(こくしょ)』と言う魔導書(グリモア)のおかげで、知識とその魔力量を増やしたからこそ成功したと言っていい。

 まぁ、壷を買ってくれたアーシェラのおかげでもあるのだが....

 さっそくとばかりに、出来たてのミスリルをアイテム箱に仕舞い部屋を出ようとすると、頭がフラフラして真っ直ぐ歩けない。

 ミスリルを作り出すために大量の魔力を消費し、魔力減少(マジックダウン)状態に陥っているのだ。

 壁伝いになんとか歩き、扉を開いたところで身体の限界が訪れ、ガクっと膝が折れて前のめりに倒れる。


(...無茶したなぁ)


 冷たい床の感触を感じながら自分を戒めていると「カオル様!?」と、声を掛けられた。

 振り向く事も出来ずに、近づく足音を感じていると、身体を持ち上げられ仰向けにされる。

 やっと顔が見えた。

 メイドのフランチェスカだ。

 赤みがかった銀髪の上で、可愛い猫耳がピョコピョコ動いている。


「...フランか。ごめん魔力使いすぎちゃって」


 カオルがそう告げると、慌てた様子で手近にあるフランチェスカの私室へと運び込む。

 そっとベットにカオルを寝かせると「うぅん...」とカオルが苦しそうに身じろいだ。

 フランチェスカはどうしたらいいのかわからなかったが、苦しいならば...と、顔を真っ赤にしながらカオルの着ていた白いシャツのボタンを外し出した。


「し、失礼します」


 首元から順番にボタンを外す。

 やがて、第4ボタンまで外してあることに気付く。

 カオルに胸が無い事を。

 子供なのだから、まだ膨らみが無くても不思議ではない。


(それにしても、まっ平らすぎではないか....)


 恐る恐るカオルの右胸に触れてみると、明らかに硬い。


(おかしい...私が子供の頃でも、もっと柔らかかったはず.....)


 そこで、ある結論に至った。

 主人であるカオルは、実は男ではないかと言う事に....

 予想だにしていなかった出来事に、フランチェスカの手が止まる。


(カオル様が....男!?)


 フランチェスカが驚愕の表情を浮かべて、身体を震わしていた事にカオルが気付く。


(どうしよう...師匠にバレたら何か言われそうだなぁ...)


 カオル自身は男だと露見(ろけん)してもまったく問題無いのだが、いつのまにかヴァルカンの策略により、自身の性別を(おおやけ)にしてはいけない事になっている。

 理由は『カオルを独り占めにしたい』という、本当にくだらない事なのだが。

 悩んだカオルは、以前読んだ『肉食系男子が落とす10の方法』の1つを試してみた。


「あー、言って無かったけど、ボク男なんだ。でも、フランはそんな事気にしないよね?ボクの従者だもんね?」


 カオルはそう言い、フランチェスカの手を握ると、力強く引き寄せた。

 鼻と鼻が触れる距離。

 外から見れば、口付けあっている様に見えるだろう。

 あまりにも突然の行動に「アウアウ」と口を動かす事しかできないフランチェスカ。

 カオルは、考えさせる時間を与えずに、畳み掛ける様に言葉を紡いだ。


「ねぇフラン?ボクと君は今2人きりだ。だから....わかるね?ボクは、なぜか師匠から性別を隠すように言われている。黙っていてくれるよね?」


 カオルの凛然とした物言いに、フランチェスカは何も言えなくなってしまった。

 さらに、フランチェスカの心を射抜く様に見詰める。

 驚いて目線を逸らそうとするフランチェスカを、逃がさないよう顔を固定して微笑み掛けた。


「ひゃっ!?わ、わたし.....」


 顔を真っ赤にしてモジモジし始めるフランチェスカ。


(成功♪それにしても.....やっぱりフランはドMだ。初めて会った時に、オドオドしている感じがしたのはこのためか)


 カオルの策略にまんまと嵌まったフランチェスカは、この後、一生をカオルに捧げる事になる。

 堕ちたと確信したカオルがそっと離すと、フランチェスカは目をトロンとさせて、トロ顔をカオルに見せた。


「ありがとう、フラン」


 カオルがそうお礼を言うと「いえ...」と顔を赤くして、まるで恋する乙女の様な仕草でカオルに寄り添った。

 しかし、忘れていたのだ。

 扉が開いていた事を。

 一部始終を見ていたヴァルカンが、怒りの形相で部屋へ入ってくる。


「カオル!!浮気かぁあああああああああ!!!!!!!!!」


 家中が反響するほどの声を上げ、ベットに横たわるカオルに飛び乗ると、力いっぱい抱き締めた。


「ウォオオン!!ウォオオンン....」


 自身の首元で咽び泣くヴァルカンの姿に(ちょっと可愛いかも)と思ってしまうあたり、カオルの師匠好きにも困ったものだろう。

 そして、いつのまにかやってきたアイナが、楽しそうにカオルの頬を突いていた。


「...プニプニ」











 カオルが魔力回復のために眠った後は、それはもう騒がしかった。

 『家族会議』と称して、ヴァルカンとフランチェスカを問い詰めるカルアとエリーとエルミア。

 そして、なぜかその様子をアイナが笑いながら楽しそうに見ていた。

 結局『抜け駆け禁止』という、いつもとあまり変わらない結論に至ったのだが....

 お昼過ぎになり、なんとか魔力もそこそこ回復したカオルは、鍛冶場前の扉へとやってきていた。

 既に、鍛冶場も訓練施設も完成していて、引渡しも済んでいる。

 あまりの仕事の速さぶりに、石材屋のおじさんと職人達には感謝したものだ。

 建築費に金貨50枚ほどかかったのだが、カオルは大満足していた。

 

「また何かあらぁ、いつでも呼んでくれやぁ!」

 

 石材屋のおじさんの言葉通り、何かあれば頼る事になるだろう。

 鍛冶場の重い扉を開き、室内へと進む。


(今日からここが、ボクの鍛冶場...うぅん、工房だ!)


「バタン!」という扉の閉まる音と共に、自分専用の鍛冶場へ入ると、カオルはそう再思(さいし)した。


 一番奥にある炉に薪をくべて火を(おこ)して、アイテム箱からミスリルの塊を取り出す。

 何を作ろうとしているのか、それはミノタウロスとの戦闘で壊れてしまったエリーの防具だ。


(どんな形にしようかなぁ....)


 カオルがミスリルの塊の前で防具の形状に悩んでいると、扉を開いてエルミアがやってきた。


「カオル様、こちらにいらしたのですね」


 エルミアはそう言いながらカオルの傍まで来ると、テーブルに置かれたミスリルの塊を見詰める。

 なんだか物欲しそうに見えたその姿に(どうせならエルミアの防具も作ろう)と決心した。

 エルミアの傍に椅子を置き、その上に立つ。


「エルミア、動かないでね」


 そう言いながら身体の採寸を始めた。

 以前、エリーの採寸をした時は眠っている彼女だからこそ気付かれなかったが、今は堂々とエルミアの採寸をしている。

 通常、男女間でのこういった行為をするのは、多少恥ずかしさを伴うのだが『家族』と定めているカオルに戸惑いはない。

 総丈.上着丈.肩幅.袖丈.胸囲.中胴回り.ウエスト.尻回り.ズボン丈.股下と、順番に計っていく。

 身長160cmなのに、股下80cmという数字からわかるように、モデルのような均整のとれた身体だろう。


(ボクの身長150cm....未だ、成長の(きざ)し見えず.....グスン)


 エルミアの身長を測りながら、カオルはなぜか涙目になっていた。

 エルミアに感謝をしつつ、顔を見上げる。

 いつもは無表情なエルミアだが、2人きりのためかどことなく柔らかな顔をしていた。

 昔からそうだが、カオルはエルミアの顔を見ていると、創作意欲が沸く。


「よし!」


 一頻りエルミアの顔を見詰めると、掛け声ひとつ、いそいそと鍛錬を開始した。

 ミスリルの塊を炉に投下すると、鎚と金床を用意して、赤く熱せられる塊に意識を集中する。

 白銀の塊が、徐々に熱を帯び、赤く、赤く変色する。


(エリーのために....エルミアのために.....ボクの打てる全ての技術で.....)


 やがて、熱せられた赤い塊をやっとこで掴み取ると、力いっぱい鎚を打ち付けた。


「カン!...カン!!」


 カオルが鎚を振るう度に、甲高い金属音と火花が舞い散る。

 一心不乱に、ただ鎚を打ち続ける。

 2人のために、家族のために。

 カオルは鎚を振るった。

 やがて、音に呼ばれるように、火花に誘われるように、精霊達がカオルを取り囲んだ。

 そして歌い、踊る。

 クルクルと...

 楽しそうに....

 カオルと共に居ることが嬉しい様に....

 ただ、歌い、回る...

 その様子を、エルミアは黙って見詰めていた。

 幻想的な、この世の物とは思えないその光景を。

 1人特等席で見られる喜びに打ちひしがれ、そして惹き込まれた。

 歌の美しさに、その力強さに。


(....歓喜の歌)


 エルミアは知っていた。

 精霊達が口ずさむ曲名を。


『歓喜の歌』


 歓喜よ、神々の麗しき霊感よ。天上楽園の乙女よ。我々は火のように酔いしれて崇高な汝(歓喜)の聖所に入る。

 歌の一節。


(カオル...さま)


 いつの間にかエルミアは泣いていた。

 感動し、カオルに出会えたことに感謝をし。

 心を揺さぶられて、止めどなく涙が溢れ出した。

 そして、カオルは微笑んでいた。

 作ることが楽しくて。

 精霊達の歌が、カオルを応援しているように感じて。

 リズムを刻むように、鎚を叩き続けた。











 永遠に続くとも思われた、カオルと精霊達との協演(きょうえん)も、終わりを迎えた。

 防具が完成してしまったのだ。

 精霊達は嬉しそうに笑い、それに答えてカオルも笑った。

 たった1人の観客(オーディエンス)は、大粒の涙を流して拍手した。

 精霊は満足そうに頷くと、音も無く姿を消す。

 工房には、カオルとエルミアの2人だけ。


「パチパチ」と、未だ(くすぶ)る火種が、幻想的に2つの人影を壁に映し出していた。


 カオルは1組の防具を手に取ると、エルミアに差し出す。


「エルミア。受け取って...くれる?」


 自身を見上げるカオルに「ぁりがとぅ...ござ..ぃます」と1つ言葉を述べてから、抱き締めた。

 エルミアの柔らかい体と、防具の硬さに包まれながら、カオルは困った様な誇らしい様な顔を浮かべて、満足そうに笑顔を見せていた。


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