第百一話 大きな買い物
騒がしい朝食が終わり、カオル・ヴァルカン・カルア・エリー・エルミアの5人で揃って、エルヴィント帝国の城へと登城した。
昨夜、何があったのかは、ヴァルカンの口から全員に伝えられた。
手段こそ許される物ではないが、フロリアがカオルを気遣って、栄養睡眠薬を飲ませた事。
そして、それを誰にも告げずに実行した事。
今は皇帝アーシェラの私室で、当事者を踏まえた話し合いをしている。
「...リア、貴女がした事で、この場にいる全員が心配と言う名の被害を受けました。その責任を取る覚悟はありますね?」
母親であるアーシェラの言葉に、フロリアは黙って頷いた。
そこへ「ち、違うんですアーシェラ陛下!私がフロリア様にそうするよう提言したのです!!」と、お付きの侍女であるベルが割って入る。
アーシェラがギロリとベルを見やると、身を竦めて小さくなった。
ヴァルカンは「仕方がないな」と言い、ある提案を始めた。
「陛下。フロリア様が行った事は、大罪にも匹敵するものです。ですが、カオルを思ってした事。ここは『温情を持って』裁いていただきたい。カオルもそう思っているはずです」
ヴァルカンの言葉に、カオルも続く。
「そ、そうです。リアは、最近疲れているボクの為に、栄養剤を飲ませてくれたんです。ですから、どうか許していただけませんか?」
被害者であるカオルの言葉に、アーシェラの言葉が詰まる。
(と言うか、師匠に説明されたけど、別にリアが悪い事をしたって思わなかったんだよね...説明が無かったのがアレだけど)
やがて、一頻り悩んだ後に「....カオルがそこまで言うのならば、今回は不問にします。リア、よかったわね」と、優しく我が子に微笑みかけた。
それを聞いていたフロリアは、大粒の涙を流して喜んだ。
「あ...ありがとうございます。カオル様....なんてお優しい....」
侍女のベルと手を取り合い喜ぶ2人に、エルミアの冷たい言葉が突き刺さる。
「ところで、ベルさんの実家は取り潰しですよね?」
部屋に「ビキッ」と、ひびが入る様な音と共に、ベルはガクっとうな垂れた。
ベルの実家である商家は、横領から価格操作、果ては禁止薬物まで扱っていたのだ。
取り潰されるだけの罪状がある。
「うむ....こればかりは、わらわも庇いきれん。近衛騎士団からも報告を受けておるのでな。取調べたのち、然るべき処置をする事になるはずじゃ」
仕えている国の、皇帝陛下にそう言われて、ますます肩を落とすベル。
フロリアはそんなベルの肩を抱き、悲しみを分かち合っていた。
そこへ、カオルが提案する。
「アーシェラ様。ご存知の通り、リアは侍女のベルさんを好いています。新しく侍女を召抱えるのではなく、彼女だけは今まで通り仕えさせていただけないでしょうか?」
突然カオルに庇われて、驚いたベルは目を丸くした。
(なんで...だって私、強引にカオル様に薬を飲ませたのに....)
ベルがそんなことを考えていると、主人であるフロリアがニコリと笑う。
「カオル様はお優しい方です。私をお許しになったのと、同じ理由ですよ」
小さな声でそう囁かれて、ベルはやっと理解した。
カオルが、黒巫女様と言われる所以を。
無償の愛で人を守り、12歳の若さで皇帝陛下より叙爵されて、男爵の地位を築くまでになった事を。
(この人が....)
ベルは流れ出る涙を拭う事も忘れ、カオルの顔を見詰めた。
両隣に4人の女性を従え、艶やかな長い黒髪に、白い騎士服を纏った美少女。
(この人がカオル様...)
「ウッ...ウウッ....」
嗚咽にも似た声を出し、咽び泣くベルに、カオルは優しく微笑みかけた。
「はぁ...まったくしかたがないの.....」
その様子を見ていたアーシェラが、やれやれといった様子で話し出す。
「カオルに迷惑を掛けておいて、そんな事をお願いされたら断れぬ。ベルよ、これからも侍女として、我が娘リアを頼むぞ」
アーシェラの言葉に、よりいっそう大きな声を出してベルは泣いた。
(というか、そうしろと師匠が言ったんだけどね。『温情を持って』ってリア1人に言った訳じゃないでしょ?)
隣に座るヴァルカンを見上げると、満足そうに頷いた。
いつまでも泣き止まないベルをフロリアに任せて退出させると、アーシェラが改めて謝罪した。
「カオル、この度は誠にすまぬ。そして、ありがとう」
カオルは両手をブンブン振って遠慮する。
「い、いいんですよ!リアがボクの心配をしてくれたのは事実ですし」
全力で照れるカオルを見て、ヴァルカン達は((((可愛いな...))))なんて思っていた。
「ごほん」とアーシェラが咳払いをすると、話題を変えた。
「許してくれるのはありがたいのじゃが、それだけではわらわの気が収まらぬ。何か欲しい物はないか?」
貴族らしい考え方なのだろうか?いや、母親として何かしたかったのかもしれない。
カオルは「う~ん」と唸ると、何かを思い出したように「ポン」と手を叩いた。
「では、壷をください」
カオルの発言に、その場にいた全員がポカンと口を開けた。
(カオル...オーブンの時といい、なぜそんな妙な物を欲しがるんだ?だいたい、壷なんて何に使うつもりだ?)
ヴァルカンの心配を余所に、カオルは満足そうに頷く。
「つ、壷でいいのかの?というよりも、どんな壷であるか?」
アーシェラが不思議そうにそう問い掛ける。
「はい、以前魔工技師のお店で見た壷が欲しいのです」
壷、それはカオルがこの帝都にやってきた日に見かけたあの壷だ。
あれがいったいなんだったのか、ずっとわからなかったが、今のカオルにはそれが何に使う物かがわかる。
なぜわかるのか。
それは数日前、不意に襲われ頭痛に苦しんだ時に得た知識だ。
膨大な量の知識が脳を襲い、今まで知り得なかった情報を手に入れた。
それは紛れも無い『egoの黒書』が原因。
古代魔法の『魔装換装』を初め、魔導書に収められていた知識や魔力が、カオルの能力を格段に成長させていた。
「...他にも欲しい物があれば買うと良いぞ」
アーシェラはそう言い、皇帝印の入った羊皮紙をカオルに渡した。
この羊皮紙を使い、アイテムショップで購入した代金は後でアーシェラが払う。
カオルはそれを受け取り「ありがとうございます、アーシェラ様♪」と、喜んでアイテムショップへと向かった。
あまりのカオルの浮かれ様に、若干呆けていて、取り残された4人が居た事は内緒だ。
「いらっしゃいませ、ご用命の際はぜひ私に」
以前訪れた魔工技師のアイテムショップへ入ると、いつぞやの店員がにこやかに迎えてくれた。
カオルはさっそく壷の前まで行くと、店員さんに話しかける。
「すみません、これより大きな壷ってありますか?」
一目散にお目当ての品に向かって行ったカオルを見て、上客と判断した店員は営業を始める。
「はい!壷ですね?どれくらいの大きさの物をお探しでしょう?」
すると、身振り手振りでカオルが説明する。
「えっと、希望はこれくらいの大きさで、深さもこれくらいあれば....あ、後、無刻の拳大の魔宝石が付いているのが欲しいです」
それを聞いた店員がポカンと口を開ける。
(拳大の大きさの魔宝石って....カオル、さすがにそれは無いんじゃ.....)
ヴァルカンと同じく、見守っていたカルア達も呆気にとられていた。
やがて、奮えた声で店員が問い掛ける。
「あ、あの~....拳大って、私の手の大きさでしょうか?それともお客様の大きさですか?」
(いやいや、いくら子供のカオルでも、手はそこそこ大きいぞ!?)
「あ、ボクくらいの大きさです。ちゃんと説明しなくてすみません」
「よ、よかった。いくらなんでも、私の手くらいと言われてしまうとご用意が無い物で。それではご用意しますので、しばらくお待ち下さい」
そう言い、店員は店の奥へと入って行った。
(え....カオルの手の大きさの魔宝石、あるの!?というか、それいくらするんだ!?)
ヴァルカンが慌てふためく中、カルアとエリーとエルミアはのんびりと店内を物色していた。
というよりも、暴走したカオルに付いて行けず、放置する事を選んだようだ。
仕方なく最愛の弟子に付き添うヴァルカン。
カオルは待たされている間に、蒼い宝石の付いた綺麗な銀製の細い腕輪を眺めていた。
「お待たせしました」
そこへ、厳重に封のされた小箱を片手に、店員が帰って来た。
カオルの前までやってくると、封を破って箱を開く。
中には、カオルの拳大の大きさの紫色の魔宝石が入っていた。
(絶対高いだろ.....)
ヴァルカンの心配など気にも留めずに、カオルが商談に入る。
「良い物ですね。いくらですか?」
店員は「う~ん」と唸ると「百万シルドでいかがでしょうか?」と提案してきた。
(ひゃ、百万シルド!?白銀貨1枚じゃないか.....高いな......)
あまりの高額に、ヴァルカンがたじろぐ。
しかし、カオルは動じなかった。
「う~ん....工賃と手数料込みでそれなら」
カオルの減額の提案に店員も考え込む。
「それだと.....ちょっと......」
難色を示した店員に、カオルが畳み掛ける。
「では、この2つの腕輪も買います。それでどうでしょう?」
(さらに買うつもりか!?)
ヴァルカンにはもう手が終えない状況だった。
なぜなら、カオルがこんなに積極的になってしまったら、止める手立てが無いからだ。
やがて....
「わかりました、それならばいいでしょう」
ようやく、店員が折れた。
それを見たカオルは、にこやかに笑った。
「ありがとうございます♪」
アーシェラに渡された、皇帝印がある羊皮紙を渡すと、店員は驚いたがカオルの身分を明かすと納得した。
(まぁ、カオルは貴族だからな...)
ヴァルカンは、変な納得をしながら、カオルと2人、お店の奥へ案内される。
お店の奥は工房になっており、いくつかの壷...というより、瓶を見せてくれた。
(これがカオルが言っていた壷なのか?どう見ても瓶に見えるんだが....)
店員は1つの大きな瓶の前で立ち止まる。
「これくらいの大きさでいかがですか?」
そう言うと、カオルが壷の中を覗き込む。
「はい、これくらいが丁度いいです」
「わかりました、さっそくお取り付けしますが、本当に印は刻まなくて良いのですか?」
店員の問い掛けに、カオルは頷く。
(カオルも先程『無刻』と言っていたが、印ってなんの事だ...?)
不思議そうに見詰めていたヴァルカンに、店員が答えてくれた。
「印と言うのは、魔術文字.精霊文字と言う物ですよ。それを魔宝石に刻んで、初めて効力を発揮するのです」
営業スマイルを浮かべて説明してくれた事に、ヴァルカンはお礼を言う。
「そうなのか、説明をありがとう」
「いえいえ」
店員は、満足そうにそう言い、壷に魔宝石を取り付け始めた。
カオルは黙ってその様子を見詰める。
(なんだかカオルが頼もしいな....なんというか、男らしい.....)
カオルの横顔を、ジッと見詰めるヴァルカン。
出会った頃の様な感動を胸に抱いていた。
無事に取り付けも済み、アイテム箱に巨大な壷と腕輪を2つ仕舞ってカオル達は屋敷に帰って来た。
アイテムショップでは、総額で法外な値段を聞かされたが、ヴァルカンは黙っていた。
後日アーシェラに請求が行ったら驚く事だろう。
「居間で待ってて」
カオルはそう言い、ヴァルカン達を居間へ案内すると、自身はキッチンへ行き、夕食の仕度をしていたフランチェスカとアイナの横でお菓子を作り始めた。
(ん~何がいいかな....簡単な物にしよう)
いそいそと小麦粉を取り出すと、ボールに入れて捏ね始めた。
慣れた手付きで砂糖や水、卵を加えて焼き上げると、あっという間にクッキーの出来上がり。
紅茶セットと共に居間へと運ぶ。
(今日は、お気に入りのヌワラエリヤの葉で淹れてあげよっと)
ニコニコ笑顔で食堂を抜けて居間は入ると、ソファに座っていたヴァルカン達が振り向いてカオルを見やる。
ビクっと驚き足を止めるが、なんだかよくわからないので、首を傾げてテーブルに紅茶のセットを並べた。
(なんだったんだろう....)
カオルが不思議そうにしていても、誰も説明するわけでもなく、ただカオルを見詰めてくる。
いたたまれなくなったカオルは、エルミアに手伝いをお願いして紅茶とクッキーを振舞った。
午後のティータイムもそこそこに、カオルが本題を切り出す。
「師匠、カルア、手を出して」
2人はそう促されて両手を出すと、カオルは微笑みながら、2つの細い腕輪を取り出し、ヴァルカンとカルアの左腕に填めた。
青い小さな魔宝石の付いた、綺麗な銀細工の腕輪。
「これ...は?」
ヴァルカンがそう聞くと「魔法をイメージしてください。その石から何か溢れ出るイメージを」とにこやかに答える。
2人はいぶかしげにお互いを見合うと、目を瞑ってイメージを始めた。
意識を腕輪に同調させる。
何か溢れるイメージ....
やがて、頭の中でカチリと何かがはまった音がすると、目の前の空間に小箱が現れた。
それほど大きくない箱の中は、仕切りがされていて底の方まで見て取れる。
「よかった。成功です」
カオルの言葉に2人が目を開けると、目の前にはアイテム箱が現れていた。
それは自分が呼び出した、自分専用のアイテム箱。
魔術師ならば必ずと言っていいほど持っている物だ。
だが、高額故に、王国お抱えの魔術師でもなければ持つ事は無い。
ヴァルカンとカルアが呆気に取られていると「プレゼントです。使って下さいね♪」とカオルが答える。
(プレゼント....カオルが私達にこれを......)
あまりの嬉しさに、ヴァルカンとカルアはカオルに抱き付いた。
「ありがとう。嬉しいぞ」
「カオルちゃん♪おねぇちゃんは嬉しいです♪」
2人の美女に揉みくちゃにされながら、あげてよかったとカオルは喜んだ。
しかし、忘れていた。
傍にはエリーとエルミアがいることを。
2人はぶすっとした表情で不快感を現すと、カオルに詰め寄る。
「ちょっと!私の分はないの!?」
「カオル様、私は寂しいです」
カオルは慌てて弁解した。
「い、いや、2人は魔法が使えないでしょ?だからアイテム箱を呼び出せないし....」
エリーとエルミアはさらに激昂した。
『魔法が使えない』
この世界では魔法が使えない者の方が多いため、この言葉はある意味侮辱的に捉えられる。
幼い上に、この世界の常識をまだよくわかっていないカオルは、知らなかったのだ。
鬼の形相に変わった2人に詰め寄られ、カオルは冷や汗を流しながら考えた。
(ど、どうしよう.....)
そこへ、アイテム箱を贈られホクホク顔のカルアが助け船を出した。。
「エリー、エルミア。カオルちゃんが、私とヴァルカンにだけ贈り物をするなんて事、あるわけないでしょ?ねぇヴァルカン?」
カルアにそう問われ、にやけた顔で腕輪を弄っていたヴァルカンも慌てて従う。
「そ、そうだぞ?カオルが私達だけ贔屓するなんて事、あるわけがないじゃないか」
口端に笑みを零しながらヴァルカンが同意すると、エリーとエルミアもしぶしぶ頷いた。
「そう...よね。カオルが私とエルミアの事を考えないわけないものね」
「ええ、そうですね。カオル様、疑ってしまい申し訳ありません」
エルミアが頭を下げると、カオルは空笑いで答えるしかなかった。
(どうしよう...そこまで深く考えてなかったよ.....クッキーじゃだめかな......)
テーブルの上に置いてある、残り少ないクッキーを見詰めながら、これからどうしようかと考えていた。
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