第百話 無事・・・・無事?
ヴァルカンがカオルを連れて戻った翌朝。
屋敷では、今迄以上にベタベタしてくる『家族』をあしらうのに、四苦八苦している元気なカオルの姿があった。
「あの...なんで今日はこんなにしつこいんですか!?」
他人から見れば羨ましいの一言なのだが、当の本人にはキツイ出来事だったりする。
食堂では、イチャイチャしたいとカオルに寄り添う4人の女性が、朝の食事を片手に、黒髪の少女へ『アーン』を繰り返していた。
「カオル!師匠のご飯が食べられないのか!?さぁ口を開くんだ!!」
「いいえ。カオルちゃんには、おねぇちゃんの口移しで食べさせてあげますからね♪」
「ちょっとカオル!私の施しが受けられないって言うの!?」
「カオル様。私を食べてください」
4人の美女.美少女に言い寄られ、12歳のカオルは、ただただ怯えていた。
(おかしいよ....昨日はこんな感じじゃなかったのに....)
困惑するカオルの口を、ヴァルカンが押さえてスプーンで掬ったスープを流し込む。
「ムグッ?!......モグ...モグ」
吐き出すわけにもいかず、観念して受け入れると怒涛の朝食が開始された。
「順番順番♪」
カルアがそう言いながら、口に咥えたまま、スコーンを差し出す。
(え...これはさすがに....)
カオルが顔を引き攣らせると、カルアの後頭部をヴァルカンが叩いた。
カルアのあまりの行動に、ヴァルカンの堪忍袋の緒が切れたのだろう。
「カルア!それはだめだ!!」
ヴァルカンに叩かれ、頬を膨らませて不満を表現するカルア。
しぶしぶ咥えていたスコーンを千切り、カオルに差し出した。
「ほらほら、カオルちゃん♪アーン♪」
カオルが口を開く。
嬉しそうに微笑み、カルアが一口大のスコーンを放り込んだ。
(あらあら♪)
誰も気が付かなかったであろう。
カルアが千切ったスコーンは、先程カルア自身が咥えていた箇所だ。
要するに衆人監視の下『間接キス』を実行したのだ。
一番の年長者であるカルア。
自分の作戦が成功すると、満面の笑みを浮かべた。
「次は私ね!カオル、感謝しなさい!!」
カオルとカルアの間に割って入ると、心許無い胸を反らしてエリーがそう言う。
既に、カオルに餌付けとも言える『アーン』を遂行した2人は満足気だ。
(これ...まだ続くの....?)
ぐったりとしたカオルは、促されるままに従った。
なにせ、今日のみんなはどこかおかしい。
逆らったりしたら、とんでもない仕返しをされそうだ。
エリーは、手掴みでサラダを取ると、カオルの口に押し込む。
あまりの暴虐に、驚くカオル。
そんなことは露とも思わず、懸命に口を動かして飲み込むカオルに、満足そうに頷いた。
「美味しかった?」
カオルの気も知らず、そう聞いてくるエリーに「う、うん....」としか返せないカオルであった。
「はぁ...」と一息吐いていると、肩を叩かれてエルミアに呼ばれる。
「カオル様...」
振り向いてみると、なぜかエルミアが上着を脱ごうとしていた。
「な、何してるのエルミア!?」
慌てて止める。
エルミアは頬を赤く染めて、不思議そうにカオルを見詰めた。
そこへヴァルカンの冷ややかな声が。
「エルミア。カオルに食べて欲しいなど、私が許さない」
ヴァルカンの言葉に、カオルが気付いた。
(さっき、私を食べてくださいって言ってたのって、そういう意味なの!?)
耳まで赤くするカオル。
そんな姿を、ホクホク顔でカルアとエリーが見ていた。
やがて「え、エルミア!ボク、そのゆで卵が食べたいな...?」と、エルミアに提案する。
エルミアはパァっと花が咲いた様な笑顔を作り、ゆで卵をひと匙掬うと、カオルの口へ運んだ。
パクっと一口で食べ「美味しいよ!ありがとう♪」と、笑顔で返す。
そんな5人の様子を、テーブルの隅で2人のメイドが見詰めていた。
「フラン姉」
「なぁに?アイナ」
「ご主人様、楽しそう」
「....そ、そうね」
「私も行く」
「アイナ?今は止めた方がいいよ?」
「なんで?」
「えっと...私達は従者なのだから、ご主人様に迷惑を掛けちゃだめでしょ?」
「わかった」
「そう、良い子ね」
「......後で行く」
「そ...そう....」
カオルが数時間行方不明になっただけで、これだけ大きな騒ぎになった事は、言うまでも無い。
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