第九十六話 君を迎えに
ボクは自室のベットで横になっていた。
腕の中には、刀身が欠けた痛々しい姿のファルシオンがある。
すっかり日も暮れ、窓から見える外の景色は、ボクの心を表すような暗闇だった。
どうしてこんなことに・・・・
時折、雲の隙間から洩れる月明かりが、ファルシオンを照らし出す。
反射した光が造り出す幻想的な空間は、今のボクにはただただ辛い世界だった。
師匠が預かっていたファルシオンを受け取りながら、ボクは聞かされた。
風竜が使った技に耐えられず、超高度を持つミスリルのファルシオンは刃が欠けてしまった事を。
別に風竜に怒っている訳ではない。
師匠から貰った、大切な剣を傷付けてしまったから落ち込んでいるのだ。
この剣は、ずっとボクと一緒だった。
師匠が自らの脇差を潰してまで鍛錬し、オークキングとの戦闘からずっとボクを支えてきてくれた。
何度も死にそうになった。
ドラゴンゴーレムや、ドラゴン、オルトロスとの戦闘だって・・・・
ボクは、ずっと薄氷の上を、ファルシオンと一緒に歩いてきたんだ。
師匠に「打ち直して欲しい」とお願いをすると「それはできない」と師匠に断られた。
元々、師匠が持つ刀『イグニス』の対となる脇差なのだ。
含有されている物質が、ミスリルだけではなく鋼鉄や白銀が織り込まれている。
脇差からファルシオンに作り変えるだけでも、相当無理をしているそうだ。
「ナマクラでもいい」
そんな事、ボクには言えない。
一緒に戦ってきた相棒に、そんな酷い仕打ちは出来る訳が無い。
では、どうしたらいいの?
このまま、傷ついた姿を永遠に晒し続けろと?
またボクに、大切な剣とお別れをさせるの?
黒曜石の大剣を作る時に、砂のように崩れてしまったバゼラード。
師匠が、初めてくれたショートソードを打ち直した物だ。
もう、あんな悲しい想いは二度としたくないよ・・・・
腕の中で眠るファルシオンを、力いっぱい抱き締める。
悲鳴を上げる事なく月の明かりを反射させたファルシオンは、眠るかのように沈黙していた。
どれくらいそうしていただろう。
空を雲が蔽い、月明かりは届かない。
ボクは意を決して起き上がる。
手には傷ついたファルシオンを携えて。
自室の扉を開き、回廊にも似た屋敷の廊下をただ歩く。
「カツン、カツン」とボクの足音が反響する。
時刻は既に深夜。
みんなは眠っているのか、ボク以外の気配は感じない。
やがて庭へ出ると、建築途中の鍛冶場へ向かう。
薄暗い闇の中を、通りに設置された小さな街灯の明かりを頼りに進む。
鍛冶場の入り口の扉はまだ出来ておらず、革製の帆が扉代わりだ。
中へ入ると、一番奥にある巨大な炉を見据える。
巨大な炉は既に完成しており、炉口部分がポッカリと口を開けていた。
師匠の家から持ってきた薪を、アイテム箱から取り出しそれをくべる。
指先から炎を出して着火すると、ぶすぶすと黒い煙を上げながら徐々に赤く炎を上げた。
ゆっくりと炉の温度が上昇し、並行して室内の温度が高まると、躊躇なくファルシオンを投下した。
作り変える・・・ボクの手で・・・
身体が崩れ落ち、死する瞬間まで、共にいるために・・・
離さない・・・絶対に・・・
だから・・・傍にいて・・・・・
願うようにそう呟き、祈る。
アイテム箱からグリーブを取り出し、同じ様に炉に投下した。
赤く熱せられ、溶けていくファルシオンと合わさり、ゆっくりとその姿を変形させていく。
テーブルの上からやっとこと鎚を持ち出し、赤い塊を引っ張り出して力いっぱい打ち付けた。
「カン!カン!」
打ち付けられた塊が、金床を伝って地面を震わす。
叩く度に火花が散り、周囲に花火を咲かせると、緑色の小さな塊がボクの周りを飛び回った。
『精霊』
ボクに懐き、ボクを助け、ボクに力を貸してくれる、大切な友人。
気が付けば、ボクの周りには沢山の精霊がいた。
テーブルの縁に腰掛け、脚を振りながら楽しそうにボクを見詰める者。
置いてある道具を障害物に見立てて、追い駆けっこに興じる者。
ボクの周囲を飛び回り、心配そうに見詰める者。
緑色の小さな塊『風の精霊』は、ボクの頭に飛び乗ると、髪を掴んで遊んでいた。
ボクは赤い塊の一点を見詰めて、ひたすらに鎚を振るう。
想いを込めて。
ただ傍に、君にいてほしいから。
夜が明け、朝日が鍛冶場を明るく照らす。
ボクはまだ叩き続けていた。
一心不乱に、まるで何かに取り憑かれたように。
ただただ、鎚を振るい続けた。
鍛冶場の入り口では、仕事を開始しようとやってきた石材屋のおじさんや職人達が、ボクを見つけて驚いていた。
声を掛ける事も出来ずに、ただボクの姿を見詰めている。
その隣には騒ぎを聞き起きてきたであろう、師匠やカルア・エリー・エルミアが呆然と佇んでいる。
そちらには目もくれず、ただひたすら叩き続ける。
君を、早くボクの傍に連れて来たいから。
うぅん、君に会いたいから。
そしてようやく打ち終わる。
全身に汗を掻き、土埃で汚れた顔で君に出会う。
「・・・・はじめまして」
笑顔でそう告げて、ボクは床へ崩れ落ちた。
慌てて駆け寄る足音が近づいてくる。
ボクは感謝して、眠りについた。
ご意見・ご想などいただけると嬉しいです。




