第九十四話 2匹の野獣
フランとアイナが作ってくれた昼食を済ませ、居間のソファで寛いでいると、玄関の鈴が鳴った。
来客が来たらすぐわかるようにと、フランが設置してくれた物だ。
フランが小走りに玄関へ行くと、師匠達が居間へ顔を覗かせる。
ボクは慌てて飛び起き、師匠達のもとへ駆け出した。
2日ぶりに見る師匠の姿は、服の所々が泥で汚れて、みすぼらしい格好をしていた。
すぐさま『浄化』の魔法を唱え、師匠に抱き付く。
埋めた胸からはバラの良い香りがした。
「おかえりなさい!」
顔を見上げてそう告げると「ただいま」と、爽やかな笑顔を見せてくれた。
久しぶりの師匠はやっぱり颯爽としていて、美人さんだ。
もう一度胸に顔を擦り付けていると「ちょっとカオル!私に挨拶は無いの!?」と、隣にいたエリーが文句を言ってきた。
ひさびさの再会なのに・・・・
口を尖らせて不満気にエリーへ顔を向けると、エリーは全身ボロボロの姿で仁王立ちしていた。
でも、尻尾がシュンと垂れている。
なんで?じゃなくて!!
「どうしたの!?」
叫ぶようにそう聞くと「ちょっと転んだだけよ!!」と、ソッポを向いて告げるエリー。
転んだだけで、そんなにならないよ!!
師匠から離れてエリーの傍へ。
ボクが作った鉄製の鎧は、胸当てが無く所々擦り傷を作り、留め具の革のバンドは千切れていた。
これって・・・・間違い無く、何かと戦って出来た傷だよね・・・・・・
嘘を吐いたエリーを、怒る事も出来ずに呆然と見詰めた。
そこへカルアが話し掛けてくる。
「カオルちゃん?おねぇちゃんに、おかえりはないの?」
いつのまにかボクの背後を取っていたカルアが、耳元でそう囁く。
驚いて振り向くと、カルアの頬に口付けてしまった。
「チュッ」と音を立てて、慌てて後ずさる。
「もう♪おかえりのチュウだなんて、カオルちゃんったら♪」
カルアはうれしかったのか、口が触れた頬の部分に手を当てて喜んだ。
いや、不可抗力ですよ?
しようとしてしたんじゃないですし・・・・
「「か~お~る~?」」
気が付けば師匠とエリーがボクを挟んでいた。
逃げられないように両手をがっちりと掴んで。
やばい!!
しかし、逃げようにも両手を押さえられていて身動きひとつ出来ない。
ダラダラと冷や汗を浮かべていると、師匠とエリーが頬を差し出して来た。
「カオル、私にも」
「そうね。特別に私にもしていいわ!」
2人のその甘い提案を、ボクは受け入れざるを得なかった。
無事?に、3人の出迎えを終えると、お風呂へと直行した。
なぜかボクも一緒に。
エルミアに助けを求めたが「・・・・どうかご無事で」と、無表情で見送られてしまった。
その様子を、ポカンと口を開き啞然とした様子で見詰めるフランとアイナ。
さすがに、師匠とエリーとカルア相手では、この2人には荷が重すぎだろう。
囚われた兎がごとく、逆さ吊りで師匠に抱えられて、2階にあるお風呂へと連れ攫われる。
あっという間にボクの服を剥ぎ取ると、3人の手で全身くまなく洗われてしまった。
全身くまなく・・・・
洗れて・・・・グスン
浴槽の中で膝を抱えて落ち込んでいると、エリーが自慢気に小さな藍色の石が付いたペンダントを見せてきた。
「どうしたのこれ?」
そう問い掛けると「フフン!いいでしょ~?」と言い、大事そうに抱えて教えてはくれなかった。
そこへ「カオル、あれはな準3級冒険者の証だ」と師匠が小声で教えてくれた。
ほほー!
準3級ってすごいの?
ボクが首を傾げていると「ええ、エリーちゃんはがんばったんですよ♪」とカルア。
いや、がんばったかどうかは別にいいんだけど、準3級ってすごいの?
ボクの質問に、2人は答えてくれなかった。
まぁいいか・・・
どうせボクは、15歳になるまで冒険者にはなれないし・・・
嬉しそうに藍色の石を見詰めるエリーが、ちょっと可愛いななんて思ってしまった。
湯船から立ち上がり、浴室を出て行こうとしたら師匠に引きとめられる。
「待てカオル」
そう言いボクの手を引くと、再度湯船の中へ。
頭からお湯をかぶり、少し飲んでしまった。
「ごほっ!?ごほっ!?師匠酷いです・・・」
ボクの苦情に「酷いのはカオルの方だ!!なんだあのメイドは!!また浮気か!!!」と、師匠が怒り出した。
それと同時にボクを囲むエリーとカルア。
「そうですよ!おねぇちゃんのいない間に女の子を連れ込むなんて・・・カオルちゃんはエッチです!!」
「私という女がありながら、どういうつもりよカオル!!」
なんだかよくわからない叱責を受けたボクは「落ち着いて!!」と、叫ぶ事が精一杯だった。
なんとか3人を宥めて、フランとアイナの説明をする。
「・・・という理由なんです。アイナについては、浅はかな事をしたと思っていますが、後悔はありません」
ボクの説明を黙って聞いてくれた3人は「それならばしかたがないな」と認めてくれた。
「ごめんなさい」
そう謝罪も付け加えておいた。
お風呂から出て居間へ行くと、エルミアに注意された。
麻のチュニック姿はダメだと言われてしまったのだ。
うぅ・・・ゴロゴロするのに最適な格好なのに・・・・
渋々部屋へ戻って着替える。
アイテム箱を覗き込み、一度悩んでから膝丈の臙脂色のニットワンピースを取り出す。
首回りがV字に開いている。
というか、本当にボクは女性用の服しか持っていないんだね・・・・
着替えてから言うのもなんだけど、かなり落ち込むよ・・・
うな垂れたまま居間へ向かうと、置いてあるソファに沈み込む。
本当にこのまま、女の子にされてしまうんじゃないだろうか・・・・
そんな不安を口にしていると、食堂から顔を覗かせた師匠が、ボクを見詰めていた。
目が合うと、にまぁっと笑い驚くほどの速さで近づいてくる。
あっという間にボクの背後を取ると、妖艶な手付きで全身を撫で回してきた。
「ちょっと師匠!?」
慌てて叫ぶが、欲望という名の悪の権化と化した師匠は止まらない。
ワンピースのスカート部分をたくし上げ、左手で太股を蹂躙すると、右手を首元の開いた部分から差し入れてくる。
ボクの胸を撫で回すと「ひゃっ!」と言う、喘ぎにも似たいやらしい声を上げてしまった。
恥ずかしさから、燃えるように顔が熱くなる。
師匠が欲望のまま思いの丈をぶちまけていると、やっと助けが来てくれた。
「ヴァルカン!あなた、なに1人でカオルちゃんとそんなうらやましい事をしているんですか!!私も混ぜて下さい!!!」
カルアはそう言うと、師匠と同じ様に身体を弄ってくる。
助けは来なかった。
野獣が増えただけだ。
「い、いいかげんにしてください!!」
大声でそう叫ぶが、野獣と化した2人の耳には届いていないのか、まったく手を止める気配が無い。
どうしたらいいのか・・・と、途方に暮れているとエルミアが通り掛って助けてくれた。
「何をしているんですか・・・・・・刺しますよ」
エルミアにそう言われて、慌てて飛び退く2人。
ありがとうエルミア・・・このお礼は必ずするよ・・・・
好きなお菓子でもなんでも作るよ・・・・
ボクは荒い息のまま、縋り付く様にエルミアに感謝した。
というか、今思ったんだけど、麻のチュニック姿の時は襲われなかったんだから、着替えて来るように言ったエルミアが悪いんじゃないかな?
師匠とカルアに説教を始めたエルミアを見ながら、そんな事を思い出していた。
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