第九十三話 剣騎2人も残念人
帝都の空が宵闇に包まれた頃、城門前に2人の人影があった。
1人は、金色の短髪に端正な顔立ち、顔以外を鋼鉄の鎧で堅固に守ったヒューマンの男性。
身長に似合わぬ、背中の大剣『トゥーハンドソード』が、とても高圧的な印象を与える。
もう1人は、ダークグレーのセミショートの髪に、同じく顔以外の全身を鋼鉄の鎧で固めた犬耳族の女性。
男性に負けず劣らず、巨大な三日月状の刃を取り付けた『クレセントアクス』を携えている。
「くっそ!やっと戻って来たぜ!!」
男性は、怒鳴るようにそう言うと舌打ちをした。
それを聞いた女性が「セスト、あんたのせいでこんな遅くなったんじゃない!元々の予定では、2ヶ月も前に戻ってくるはずだったのよ!!」と怒鳴り声を上げる。
セストと呼ばれたヒューマンの男性が「そ、そうは言うけどよぉ・・・」と、つい数秒前の態度をぐるりと変えて泣き言を漏らした。
あきらかに女性が上で男性が下の関係だ。
一目瞭然ですね。
だが、女性の怒りは収まらない。
「だいたい、あんたは昔っから後先考えずに行動する事が多いのよ!あたしが、どれだけ被害を被ったか・・・あんたにわかる!?」
怒られて落ち込むセスト。
縋り付こうとに傍に寄ると「ごめんよ。レイチェル・・・・・俺が悪かったよ・・・・」と、情けない仕草でそう返した。
レイチェルはそんな姿のセストを見ると「きしょくわるっ!!近寄らないでくれる?あんたのそういう所、ホントキライ」と言いソッポを向いた。
ガクンとうな垂れるセスト、そこへ「剣騎様方。お待たせしました、皇帝陛下がお待ちです」と、近衛騎士が迎えに来た。
セストとレイチェルは、近衛騎士に案内されてお城へと入る。
やがて、エルヴィント帝国の皇帝である、アーシェラの私室へと辿り着くと扉をノックして室内へ。
案内してくれた近衛騎士は「それではこれで」と言い、立ち去った。
執務机で作業をしていたアーシェラが「やっと来たか」と言い、2人を椅子へ座るように促す。
それに従い腰を下ろすと「それで、イシュタル王国の情勢はどうじゃった?」と早速会話を始めた。
「はい、隣国のカムーン王国との和平は上手く行っているようです。ただ、魔物の動きが活発になっているようで、民衆が怯えておりました」と、レイチェルが報告する。
「ふむ・・・・」
報告を聞いたアーシェラが思案する。
セストとレイチェルはただ黙って様子を伺っていた。
「そうか、報告ご苦労じゃ。ところで、なぜこんなに時間が掛かったのか説明してみるがよい」
そう問い掛けられ、言いよどむ2人。
お互いに肘を突き合い、コソコソと話し出す。
「あんたが言いなさいよ」
「俺はヤダよ」
「ヤダじゃないわよ!あんたが寄り道なんかするから、こんなに時間が掛かったんじゃない!!」
「お前だって、美味そうな菓子屋に入り浸ってたじゃねぇか!」
「あ、アレはイシュタル王国の名物だって言うから・・・・」
アーシェラはその姿を見て、頭を抱えた。
「・・・ええい、もうよい!報告は受けたのじゃ!!今日はもう下がれ!!」
アーシェラが突然起こり出し、慌てた2人はそそくさと部屋を出て行った。
「はぁ・・・」と溜息をついていると、廊下から2人の言い争う声が聞こえる。
「怒られちゃったじゃないのよ!!」
「お前がちゃんとしてないからだろ!?」
「はぁ!?元々はあんたが・・・」
遠ざかりながらも聞こえてくる言い争いに、またも頭を痛くする。
「アレでも、わらわの国の偉大な『剣騎』なのだから、始末におえぬわ・・・・」
剣騎セストと剣騎レイチェルの言い争いは、城を出ても続く。
天高く浮かぶ月が、いつもより鮮明に大きく見える月夜の出来事だった。
フランチェスカがやってきた次の日。
ボクは朝から、とても美味しい朝食を食べていた。
さすがというべきか、フランチェスカが作る料理の数々は、彩り豊かで美味しそうな香りが食欲を誘った。
『がっつく』とまではいかないが、ボクはマナーに反して、大口を開けて料理を口にしていた。
「すっごく美味しいよ!フランチェスカ!!」
ボクがそう告げると「ありがとうございます。私の事はフランとお呼び下さい、ご主人様」と、にこやかに答える。
そんなフランチェスカの希望通りに「わかった。フラン、美味しい料理をありがとう!」とお礼を述べる。
フランは笑顔を浮かべて食堂の壁側へと下がると、その隣で緊張した様子でアイナがこちらを見ていた。
本当は、一緒に食事をしたいのだが、今日だけは『アイナに使用人のマナーを教えるため』にそうしている。
みんなでテーブルを囲んで食事した方が、絶対美味しいと思うんだけどね。
教育のために、今日だけは我慢をしないと。
隣に座るエルミアと、特に会話も無いまま美味しい料理に舌鼓を打った。
あまりに料理が美味しくて、話す隙も無かっただけなのだが。
食後、後片付けをフランとアイナに託し、エルミアと2人で庭へと赴く。
お願いしていた、訓練施設と鍛冶場は、既に外観が出来上がっており、施工作業は内装へと移っていた。
・・・速すぎる。
ボクは、職人達の作業の速さに、ただ驚嘆とした。
そこへ「おう!どうでい、すごいもんだろう?」と、自慢気に石材屋のおじさんが声を掛けてきた。
「すごい速さですね!」
そう返すと、うんうんと頷き「木で枠組みを作らぁよ、後は石材を並べるだけだからな!」と言い、にっと笑う。
簡単そうに言うけれど、たった2日でここまで形にするのはすごいと思いますよ。
石材屋のおじさんに案内されて、建物内部を見せてもらう。
訓練施設はガランとし、10人ほどの職人さんが、忙しなく内壁を仕上げていた。
奥にトイレと脱衣所と小さなお風呂を設置してもらった。
訓練するだけなのだから、たいした設備はいらないしね。
必要なら造って貰えばいいし。
あまり見るところがなかったので、続いて鍛冶場へ。
力を入れただけに、かなり期待している。
いざ入ってみると壮観だ。
訓練施設に比べればさほど広くないものの、鍛冶場として考えるとかなり大きい。
入ってすぐのところに踏鞴場が造られている。
と言っても、石造りの土台があるだけなのだが。
たたら吹きを行う際には、粘度製の窯を造りそこへ木材を投入する。
鞴で風を炉内に送りながら木炭と砂鉄を交互に上から加え続け鋼を作り出す。
火は3日3晩かけて落とし、高温で焼かれた炉は再使用する事無く壊され、炉内の灰にまぎれた金属塊である『ケラ』が残る。
『ケラ』を打ち叩くと少量の『玉鋼』と多量の銑鉄である『ずく』とに分けられる。
ここまで頑張って上質な『玉鋼』が出来れば、やっと刀を打つ事が出来る。
まぁ、あまり作る事は無いと思うけどね。
刀使いがボクと師匠しかいないし、2人共『業物』を既に持っているのだから。
その隣には、皮をなめす為の窯が5つと、物干し台。
臭いがすごくなるので、壁に窓を造ってもらった。
剣の鞘とか作る時にお世話になると思う。
そして反対側には念願の炉だ。
レギン親方の工房を参考に、高火力を備えた巨大な炉を造ってもらった。
これで、鍛錬するのにわざわざオナイユまで行く必要がなくなる。
出来上がったらさっそく使わせてもらおう。
・・・・作りたい物もあるしね。
今まさに作業している職人さんに激励を言い、その場を後にする。
案内してくれた石材屋のおじさんにお礼を述べて屋敷へと戻ると、フロンとアイナが仲良く掃除をしていた。
「ご苦労様」と声を掛けると「がんばります」と返される。
アイナは昨日衣料品店で見つけた、小さな白いエプロンに黒いワンピース姿だ。
メイド服みたいでいいでしょ?
アイテム箱からホワイトプリムを取り出して頭に着けてあげる。
前に師匠がくれたメイド服に付いていた物だ。
風竜が作ってくれた白のレースのカチューシャがあるから、もう必要無いしね。
「がんばってね」と告げて居間のソファでくつろぐ。
だまって着いて来てくれたエルミアは、ボクの隣で本を読んでいた。
それにしても、師匠達は何時ごろに帰ってくるんだろう?
紅茶を淹れながら、未だ帰らない師匠達のことを考えていた。
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