第九十二話 我が家にメイドがやってきた
私室で着替え終え、磨き上げられたひやりとする廊下を越えて1階の居間へやってくると、タイミングよく玄関の扉をノックされた。
アゥストリかな?と思い、応対しようと扉を開くと案の定ハゲたおじさ・・・・じゃなくて、アゥストリと見覚えのある人影が。
アゥストリに付き従うように佇む2人は、猫耳族の女性で1人はとても苦い思い出のある人物だ。
忘れもしない、あれはこのエルヴィント帝国に来たばかりの頃、朝目覚めるとこの人物は慣れた手付きでボクを締めた。
魔のコルセットでね!!!
死ぬかと思ったよ・・・・
アレ以来、あの赤や黒や白のドレスはアイテム箱の奥底に封印されたままだ。
「カオル殿、こんにちは」
「お久しぶりです。カオル様」
「こ、こんにちは」
そう順番に挨拶をされ「こんにちは」とボクも返事をした。
何を隠そうアゥストリが連れてきた人物は、迎賓館でボク達の身の回りのお世話をしてくれた、妙齢の猫耳メイドおばさんだ。
となりの若い猫耳族の女性は見た事がないけど。
というか、この2人がアゥストリが言っていた紹介したい人?1人って言ってなかったっけ?
首を傾げていると「カオル殿、先日ご紹介したいと申し上げたのはこの者です」と言い、若い女性を示した。
女性は1歩前へ歩み出ると「初めまして、フランチェスカと言います」と、改めて挨拶をした。
白いエプロンに黒のメイド服を着て、赤みがかった銀色の髪に、同色の猫耳と尻尾。
理知的に見える縁無しのメガネを着け、紺青色の瞳がボクを見詰めていた。
というか、妙齢の猫耳おばさんメイドと顔が似ている?
同じ猫耳族だし親子とか・・・・?
まさかね・・・・
「香月カオルです」と、笑顔で答え握手を求めると、細長い尻尾を左右に振りながら「ひゃ、ひゃい!」と言い、顔を赤くして答えてくれた。
なんだろう・・・・ボクを見て顔を赤くする人は多いんだけど、どこか・・・・オドオドしているような・・・・
不思議に思いながらもひとまず置いておき、妙齢のおばさんとも挨拶を交わす。
「その節はお世話になりました」
お礼を言いつつ握手を交わす。
「いえ、私もカオル様のおかげで『最高傑作』を生み出す事が出来ましたし」と満面の笑みで返されてしまった。
最高傑作って・・・アレだよね。
ふわふわレースの、黒いシルクドレスを着せられた時の事だよね。
その時の光景を思い出し、苦笑いを浮かべて落ち込んでいると「実はですね・・・」と、アゥストリが話し始めた。
慌ててそれを止めて、居間へと案内する。
玄関で立ち話もなんだしね。
居間へ行くと、エルミアがアイナに読み書きを教えている最中だった。
ボク達がやってきたことに気付き、急いで片付ける2人。
片付け終わったエルミアとアイナに、紅茶を淹れてくれるようにお願いする。
3人をソファに座るよう促し、戻ってきたエルミアとアイナが紅茶を配り終えるのを確認して、話を再開した。
「カオル殿、さきほども申しました通り、本日はこのフランチェスカを紹介させていただきたく参りました」
アゥストリにそう紹介され、姿勢を正すフランチェスカ。
「・・・そうですか。それはメイドとして紹介するということですか?」
ボクの問い掛けに、フランチェスカが答える。
「は、はい!私は、迎賓館で永年メイド長を勤めてきた、この母のもとで経験を積みました。名誉貴族であるカオル様へ、ご奉公させてください!」
おかしい・・・・言ってる事がよくわからない。
いったん整理しよう。
ボクはアトリをメイドにしたい。
アゥストリに相談したら紹介したい人物がいると言って、このフランチェスカを連れてきた。
そして話しを聞くと、どうもメイドとして雇ってあげてほしいと言う事だ。
おお!
そういうことか!!
ボクは「ポン」と手を叩くと「ぜひお願いします」と申し出た。
それを聞いたフランチェスカは喜び、隣に座っていた妙齢おばさんメイドの手を取った。
・・・やっぱり親子だったのですね。
それにしてもメイド長だったのか。
どうりで貫禄があると思っていたんだ。
アゥストリに「ありがとう」とお礼を言い、エルミアにアトリとフランチェスカの事をお願いした。
フランチェスカの母親である、妙齢のおばさんメイド長は、ボクが雇うと決まると満足そうに迎賓館へと帰って行った。
居間でアゥストリと2人きりになる。
昨日訪ねてきた理由を聞くためだ。
「アゥストリ、昨日、ボクに何か話しがあったのでは?」
そう訪ねると、アゥストリは紅茶を一口飲み、深呼吸をした。
「その・・・ですね・・・・」
俯き加減で深刻そうに話し出す。
「カオル様がお忙しいのは存じているのですが・・・・フロリア様に、お会いいただけますでしょうか?」
「へ?」
思わず素っ頓狂な声が出た。
なんか、すっごく深刻な話しなのかと思ったら、リアに会って欲しいって?
そんなの全然会うよ?
だって友達だし。
会うくらい全然問題無いし。
笑顔を浮かべて「いいですよ」と答えると「本当ですか!!いやぁよかった!!!」アゥストリはとても喜び、残っていた紅茶を一気に飲み干した。
たかだかリアに会うくらいで、何を大げさな。
そんなに色々気にしてるからハゲるんですよ?
アゥストリの毛髪を気に掛けながら、失礼な事を考えていた。
「それでは明日・・・いや、2日後に登城しますね」
明日は師匠達が帰ってくるはずだからね。
帰ろうとしたアゥストリにそう告げると「わかりました。フロリア様へは私から伝えておきます」と言われる。
「お願いします」と言い、アゥストリを見送った。
アゥストリと別れ食堂へ向かうと、エルミアがアイナとフランチェスカに、この屋敷について説明しているところだった。
無表情で語るエルミアの話しを、真剣に聞き入る2人。
なんだか、とても微笑ましく思えてた。
ボクの視線に気付いたエルミアが「カオル様?」と名前を呼ぶ。
それに釣られて2人もボクに振り返る。
可笑しく思えてクスリと笑みをこぼすと、エルミアの目が鋭く光った。
ひっ!?
・・・・今のはちょっと怖いかも。
苦笑いを浮かべて、テーブルを囲んで座る3人に合流すると話し始める。
「フランチェスカ。突然の事だけど、今日からよろしくね」
そう告げると「こちらこそ、よろしくお願いします」と頭を下げる。
なぜかアイナもそれに習って「お願いします」と頭を下げた。
案外いいコンビなのかも。
2人のその姿を見て、雇った事に間違いはなかったと確信した。
その後はエルミアが話しを再会し、この屋敷の事やボクの事、今はいない師匠達の説明をした。
その様子をボーっと眺め、突然閃く。
そうだ!アイナの服を買おう!
アイナは昨日ボクがあげた、黒のニットチュニックしか持っていない。
ぼろぼろの服はエルミアが「処分した」って言っていたしね。
女の子が服1着っていうわけにもいかないし。
さっそく4人で買い物へ出掛ける。
行き先は、昨日も行った衣料品店だ。
1人メイド服姿なので、周囲からの好奇な視線が痛かったが・・・・
衣料品店に着くと、おしゃれさんのエルミアにお願いして、アイナの服を選んで貰う。
昨日のボクの様に、着せ替え人形と化したアイナが少し可哀想に思えた。
そこで、ボクの隣で羨ましそうに見ていたフランチェスカを、人身御供に捧げた。
物欲しそうにしていたからね。
記念に、プレゼントしようと思います。
エルミアは新しい玩具を手に入れ、店内をひっくり返すかと思えるほどに服を選び始めた。
試着室から「キャーキャー」悲鳴が聞こえてきたが、聞こえない振りをしつつ、ボクも服を見て回る。
すると、1着のトルソーに飾られた白い服と出合った。
服と出合ったなんて不思議な表現だけど、ボクはその服を見た時に、とても心惹かれたんだ。
白い布地を黒く縁取り、裾が足元まで長めに取られているにもかかわらず、前面が腰から下半分削られて、大きめの襟に黒革の二連ベルトが付いた上着。
そして、黒のプリーツスカート。
色こそ違うが、師匠が着ている騎士服に近いデザインだ。
これにミスリルの鎧を着ければ、カッコイイんじゃないだろうか?
店員さんを呼んで試着する。
アイテム箱からミスリルの鎧を取り出し装着すると、かなり男っぽく見える。
これは・・・・買いだね!!!
購入を決意し、代金を支払う。
思いのほか安く、銀貨10枚の1000シルドだった。
昨日買った白のポンチョコートが、色々含めて銀貨22枚だったから、それより安いとか・・・まぁいいか。
カッコイイし♪
着てきた服に着替え直してアイテム箱にしまうと、山盛りの服をアイナとフランチェスカに持たせたエルミアがやってきた。
「すごい量だね・・・」
思わずそんな感想を口にする。
エルミアは満足そうに・・・というか、なんか肌が艶々している。
かわりにアイナとフランチェスカがぐったりしているけど・・・・
なにがあったのだろうか・・・
いや、詮索はやめよう。
とばっちりくらいたくないし。
店員さんにお会計をお願いすると、金貨1枚に銀貨10枚の11000シルドも取られた。
おおう・・・・
昨日今日で、かなりの金額を使ったものだ。
まぁいいか、必要経費だし。
お金を支払っていると、ある物が目に入ってくる。
小さな白いエプロンに黒いワンピースだ。
あれ・・・買おう!
店員さんにそれを追加してもらい、再度支払いをする。
アイテム箱に全ての荷物をしまうと、フランチェスカが驚いていた。
「カオル様が魔術師だとは聞かされておりましたが・・・」
そう言い驚くフランチェスカに、微笑みで答えた。
説明するのがめんどくさいなんて、思っていないよ?
無事に必要な買い物を済ませ、屋台でいくつかの食品を買って戻る。
門番の兵士さんにお土産を渡すと喜ばれた。
昨日は忘れちゃったしね。
屋敷に入ると、1階にあるアイナの部屋の隣をフランチェスカに与えた。
2人一緒の方が何かと便利でしょう。
「アイナに色々教えてあげてね」と、お願いもしておいた。
もちろんフランチェスカは2つ返事で「おまかせください!」と言ってくれたよ。
良い子でよかったよかった。
母親はちょっとアレだけど・・・・
魔のコルセットを、ボクは忘れることは無いだろう・・・・
2人用にと買って来た服を渡し、家事と掃除をお願いして、僕はエルミアを連れて自室に篭った。
あの白い騎士服を仕立て直す為に!
絶対カッコイイよあれ!!
備え付けのテーブルに裁縫道具を出して、チクチク縫うボクをエルミアは暖かく見守ってくれた。
ミスリルの胸当てや篭手も取り出し縫い付ける。
腰当は、なんかスカートに合わなかったから付けなかった。
やがて作業が終わると、さっそくそれを纏ってみる。
白い騎士服は、布地の端を黒く縁取り大きな襟が付いている。
腰には二連の革ベルトが巻かれ、黒のプリーツスカートと同じく黒のニーソックスを履いた。
その上に、白銀の胸当て・篭手・グリーブを纏っている。
カッコイイ・・・だけど、どことなく貧相だ。
う~ん・・・・
どちらかの肩に肩当てが欲しいし、あとはこのグリーブ・・・
もう少し大きい方が厳つく見えるよね。
そんな事を考えていると、エルミアから賛嘆の声が漏れる。
「カオル様・・・・とても清楚で、凛々しいです・・・・・」
そう言うと椅子から立ち上がりボクを抱き締める。
凛々しいはわかるけど、清楚って・・・・
それ女性に使う言葉だよ?
拗ねるボクを余所に、エルミアは嬉しそうに抱き締めていた。
ご意見・ご想などいただけると嬉しいです。




