第八十八話 濁った目
翌朝、びっくりするような快晴だった。
まるで、新しく建物を作る事を空が祝福しているかのようだ。
朝食も済んで、居間のソファでまったりしていたボク達。
そこへ、大荷物を抱えて石材屋のおじさんと職人さん達がやってきた。
師匠とエリーに、昨日の一件については教えていなかったため、ものすごく怒られたけどサプライズだと思って許してください。
二棟同時建築。
しかも住居ではなく、訓練施設と鍛冶場だっていうんだから驚きだ。
石材屋のおじさんが集めた職人さんは総勢30名!
荷馬車は、なんと驚異の13台!!
あの遠征の時ですら、馬車10台だったのに。
とは言っても、建材と野戦の荷物とじゃ全然違うんだけどね。
屋敷の前で、いったい何が始まるのかと、近所の貴族の下男さん達が聞きに来た。
慌てず騒がず、丁寧に説明しましたよ。
ボクが希望を言い、日本で言う所の大工の棟梁さんが指揮をして形にしてくれる。
本当は設計士とかが必要なんだろうけどね?
そういったスキルも持っているのでしょう。
特にお願いしたのが、踏鞴場と防音についてだ。
だって、ここって上流貴族の皆様の家が密集してるんだもん。
ちょっと音が大きいだけで迷惑になっちゃうでしょ?
その結果生まれたのが、石壁を二重にして間に空気の層を作ろうという施工方法。
さすが棟梁さんだね。
賢い!
まぁ、現代日本なら内壁を吸音材にして、断熱材を多目に入れたり色々手があるんだけど・・・
ここには無いから仕方が無い!
踏鞴場は、刀を作るのに必要な玉鋼というか、和鋼という素材製造をする場所だ。
今回は鍛冶場の中に併設させた。
師匠の家は、別の小屋『高殿』という建物にあったんだけどね。
同じ様にしてもよかったんだけど、防音を優先させたからもう1棟作るとなると建築費が嵩むので・・・・
いや、ケチじゃないよ!
・・・・そう!
機能的に考えたわけさ!
機能的にね!
まぁ、こんな説明セリフは置いておいて、師匠にどうやって聞こうか・・・・
ボクのファルシオン、なんで師匠が持っているんですか?って・・・・
う~ん。
悩んでいると、隣で開始された建設作業を見ていた師匠が話し掛けてくる。
「カオル。私とエリー、それにカルアは少し用事がある。2日程帰って来ないからそのつもりでな」
そう言うとエリーとカルアが頷き、歩き出した師匠に着いて行ってしまった。
「え!?」
突然の事に驚くボク。
しかし、師匠達は気にも留めずにそそくさと立ち去ってしまった。
なんで?
しかも2日も帰って来ないとか?
あまりにも突然過ぎて呆気にとられていると「カオル様。彼女達にも、成さねばならない事があるのです。ここは、暖かく見送りましょう」とエルミアが言う。
ボクは納得が出来なかった。
だって、何も相談も無しに3人で出掛けてしまったんだよ?
エルミアが残ってくれたとはいえ、寂しいよ・・・
涙ぐむボクを、エルミアがそっと抱き締めてくれた。
「カオル様・・・・」
何も言葉に出来ないボクを、壊れ物でも扱うように優しく抱き留めてくれるエルミア。
ボクはその温かな胸で涙を流した。
しばらくして、ようやく落ち着きを取り戻したボクに、エルミアは笑顔を向けてくれた。
なんとか笑顔を作ってみせる。
ボクのぎこちない笑顔を見ると、エルミアは頭を撫でてくれた。
気分転換にと、エルミアに買い物に誘われ、石材屋のおじさんに断って屋敷を出た。
門番の剣士さんに「買い物に行ってきます」と言うと「いってらっしゃいませ」と朗らかに笑い見送ってくれた。
仕事とはいえ、1日中立ちっぱなしで大変だろうに、文句も言わずに職務に勤めてくれている。
何かお土産でも買ってこよう。
そんな事を考えながら、エルミアに手を引かれて帝都の南側にある商業区へと向かった。
大通りを歩いていると、多種多様の種族の姿に驚かされる。
さすがは帝都。
以前師匠が「エルヴィント帝国の最大の特徴は、他種族の多さだ」と言っていただけはあるね。
エルミアに案内されて、以前買い物をした衣料品店へと入る。
相変わらず、所狭しと数多くの品物が店内に並べられていた。
「今日は自棄買いをしよう!」
エルミアにそう告げて、ボクは好みの洋服へと突貫した。
だって、師匠もカルアもエリーもいないんだもん。
自暴自棄じゃないけど、買い物でもしてうさ晴らししないとね。
いつもミニスカートを勧めてくる師匠もいないし、好きに買い物を満喫しよう。
おしゃれさんのエルミアに意見を求めつつ、アレコレ試着をして買い物を続ける。
そこへ、エルミアが1着の白いコートを勧めてきた。
表地は白の絹、コート回りは黒で縁取られ、裏地は緑色のシルクのレース。
大きめのフードが付き、前が腰まで後ろが太股までの長さのある、まるでポンチョコートのようだ。
でもこれ、あきらかに女性用だよね?
宝物でも見付けたかのように、ものすごく嬉しそうな顔で勧めてくるエルミア。
断れない雰囲気の中、ボクが袖を通すと満面の笑みを浮かべた。
「カオル様♪とてもお似合いです♪」
声を弾ませてそう話すエルミアに「いらない」とは言えなかった。
渋々それを受け取ると「インナーも必要ですよね♪」と言い、足早に内着を探しに行った。
知らなかった。
前回はみんなで来たから、エルミアは一言二言アドバイスをするだけだったのだが、2人きりだとこんなにも積極的に服を勧めてくるなんて。
選び抜いて渡されたのは、ほんのり桜色のアンダードレス。
うん、完全に女性物だ。
「これも履いて下さい」と言われ、おまけとばかりに黒のタイツを渡される。
呆れるボクを試着室へと案内すると、背中を押してその中へ。
大変、遺憾ではあるが、ここは着るほか無い。
着ていた外套を脱いで、麻のチュニックとズボンを脱ぐ。
とっても楽で着易かったので、昨日今日と同じ格好をしていた。
タイツに足を通す。
既に、師匠大好きニーソックスを履き慣れているので、特に抵抗は無い。
次にアンダードレス。
これも、今までメイド服やアーシェラが贈ってくれたドレスを着ているので問題無い。
むしろコルセットが無いから嬉しいくらいだ。
嬉しいくらい?
おかしい・・・・ボクは男なのに・・・・・・
ちょっと落ち込んだ。
溜息をひとつして、白のポンチョコートを羽織る。
むむ!
最初は抵抗があったけど、これはなかなか可愛いぞ・・・・
姿見に映る自分の姿に、迂闊にも見惚れてしまった。
だって、白いコートがボクの黒髪をより一層美しく見せてくれるんだもの。
白と黒のコントラストが良いんだね!
あとはこの緑色の裏地!
素晴らしい差し色だ!
ボクはなんだか嬉しくなり、選んでくれたエルミアに見せようと試着室の扉を開く。
そこにはなぜか、エルミアの隣に店員さんが立っていた。
なんで?
首を傾げるボクをエルミアが見詰める。
見た事も無いような満面の笑みを浮かべ「カオル様♪素敵すぎます♪」と言い、鼻血を噴いた。
ボクは慌てて試着室に戻り、外套のポケットからハンカチを取り出すと、大急ぎでエルミアに差し出した。
エルミアはそれを受け取り鼻に当てると「・・・申し訳ございません。あまりにもカオル様の姿が素敵だったもので」と謝罪をした。
失礼だけど、エルミアの間抜けな姿に、ボクは可笑しくて笑いを隠せなかった。
隣で立っていた店員さんに、取り置いていた他の服と合わせて会計をお願いする。
銀貨22枚という、かなりの高額だったけどたまにはいいよね?
買わなかったけど、オーブン貯金もあるし。
お金を払い、着て来た服も併せてアイテム箱にしまうと、ようやく鼻血の止まったエルミアと連れ立ってお店を後にした。
ボクがお店を出ると、歩いていた人達が「「オオ!」」と言って立ち止まる。
ものすごい数の人がボクを見ていた。
なんだか恥ずかしくなって、フードを目深に被って顔を隠した。
そういえば、初めて来た時のオナイユでもこんな感じだったよね。
エルミアに手を引かれて、屋台やお店を見て回る。
立ち寄った小物屋さんで、可愛い物を見つけた。
それは、花飾りの付いた黒と白のリボン。
ボクとエルミアの髪に似合いそうだなと思い、迷わずそれを購入した。
ボクは白を、エルミアには黒のリボンを渡した。
「お揃いだね」とボクが言うと、嬉しかったのかエルミアが「はい。大切にします」と返し、交互に髪へ結わいた。
お互いに顔を見合い、微笑み合う。
そこでふと気付く。
これって・・・・・・・デートじゃないのか?
そう考えたら、もう恥ずかしさが止まらなかった。
慌てて髪をしまい、フードを被る。
間違い無く顔は真っ赤だろう。
慌てた様子のボクを、エルミアは不思議そうな顔をして見ていた。
気まずい雰囲気になってしまったので、慌てて話題を変えようと「そ、そろそろお昼ご飯にしようか・・・」と提案する。
エルミアは「それなら、エリーと行った食堂へ案内します」と言い、ボクの手を引いて歩き出した。
むむ!
いつのまにエリーと食堂なんて行ったんだ!?
ボクは、恥ずかしさを誤魔化すようにそんな事を考えていた。
やがてエルミアが「あら?」と声を上げる。
どうしたのかと思い、エルミアの顔を見やると困った表情をしていた。
「あの・・・カオル様」
エルミアがおずおずとボクの名前を呼ぶ。
「どうしたの?」
そう問い掛けると「すみません。迷ったようです」と、申し訳なさそうに答えた。
あらら・・・・
ボクは苦笑いを浮かべる。
その時、男性の野太い声が聞こえてきた。
「とろっくせぇガキだな!」
男性がそう言うと、ドン!という音が辺りに響いた。
ボクとエルミアはなんだろう?とお互いの目を見詰めると、音がした方へ目を向けた。
啞然と・・・いや、驚愕とした。
状況から察するに、あの声はこのヒューマンの青年だろう。
そしてドン!という音の正体は、蹴り飛ばされて地面へと崩れ落ちた、真っ白い髪の兎耳族の少女だったのだ。
なんてひどいことを!
ボクは咄嗟に止めようと前へ進み、そこで足が止まる。
ヒューマンの青年は、あの『濁った目』をしていたのだ。
怖い・・・
恐怖で、全身が震える。
青年は、尚も横たわる少女を虐げる。
「てめぇのせいで時間食ってんだよ!すみませんくらい言いやがれ!!」
そう言うと少女の顔を蹴り付ける。
少女は為す術もなく蹴られ、口を切ったのだろうか?口から血を滴らせていた。
だめだ。
もう・・・・見ていられない!
ボクは意を決して青年と対峙する。
「やめろ!」
そう叫び、少女と青年の間に立ち塞がる。
突然の闖入者に驚く青年だが、相手がボクだとわかると高笑いをした。
「ハハ!なんだてめぇは!!ガキに用はねぇんだよ!さっさと帰りな!!」
そう言うと、下卑た視線をボクに向けた。
『濁った目』がボクを見ている・・・・
恐怖は消えない。
でも、ここで逃げたら・・・一生打ち勝つ事なんて出来ないよね・・・・
拳を握り締め、左胸に手を当てる。
風竜・・・ボク、がんばるよ!
目深に被ったフードから、相手を睨み付ける。
「ボクは・・・こんな仕打ちは許さない!なぜこの子を傷付けるんだ!!」
そう言い、怒気を込めると青年がたじろぐ。
やがて「な、何が許さないだ!そいつは奴隷だ!!俺がどうしようと関係ねぇだろ!!」と言う。
奴隷!?
この子があの奴隷なのか!?
少女に目を向けると、蹴り続けられた為か意識を失って横たわったままだ。
くそっ!
この子が奴隷だっていうなら!
青年に向き直りこう告げる。
「ならばこの子を買う。いくらだ!」
ボクの提案を聞いた青年は鼻で笑うと「フン!買うだと?・・・・・いいだろう、それなら着いて来い!」そう言い歩き出した。
エルミアに少女を抱きかかえてもらい、先行する青年に着いて行く。
「ごめんね」とエルミアに言うと「いえ、カオル様は正しいです」と言い、笑顔を向けてくれた。
ボクは今、頭に血が上っている。
きっと平静じゃない。
でもだめだ。
こんなのは絶対だめだ!
前を歩く青年が、1軒の汚らしい建物の前で立ち止まると「ここだ。入れ」と言い、中へ入って行った。
それに従い着いて行く。
中では1人のヒュームのおじさんが待っていた。
「おやじ、こいつがあのガキを買うんだとよ」
青年がそう伝えると「なんだと?このガキが、ガキを買うってぇのか?なんの冗談だ」と言い、薄笑いを浮かべた。
ボクはそこで見た。
このおやじと呼ばれた人も、あの『濁った目』をしている。
怖い・・・・
だけど・・・・
ボクは負けない!
決意も新たに告げる。
「この子はボクが買う!いくらだ!」
それを聞くと口端を吊り上げ、いやらしく笑みを浮かべる。
「ハハハ!こいつはホンキのようだ。それじゃあ売ってやろう・・・・7万シルドだ」
そう言うと、鋭い視線を送ってくる。
7万シルド・・・・金貨7枚か・・・・
高いのか安いのかなんてわからない。
人を買うなんて行為はキライだ。
でも・・・目の前で子供を傷付けられる姿なんて・・・・見たく無い!
「わかった」と答えて、アイテム箱から金貨7枚を取り出す。
ボクがアイテム箱を出した事に驚いたのか、青年とおじさんは目を丸くした。
「ま、魔術師なのか!?」
慌ててそう聞いてくる。
ボクは「そうだ。お金はある。だが口約束だけじゃだめだ。正式にこの子を買い取った証が欲しい」と話す。
まさか魔術師だろうとは思わなかったのか、ボクがそう言うと急に高圧的な態度を改めた。
「す、すまねぇな・・・まさか、魔術師だなんて思ってなかったからよ」
おじさんはそう言うと、エルミアに抱きかかえられた少女を椅子へ座るよう促し、少女の髪を掻き揚げた。
露になった少女の首元には、なにやら文字が刻まれていた。
どす黒く、汚い文字。
『σκλάβος(スクラヴォス)』という文字だけが読み取れた。
ギリシャ語だ。
そんなことはどうでもいい。
奴隷というのは・・・・こんなにも・・・・・酷い仕打ちを受けなければいけないのか・・・・・・
ボクは悲しくなり、溢れ出そうとする涙を必死で堪えた。
すると、青年が指先を針で刺し、その黒い文字に血を垂らす。
文字が淡く光ると、刻まれていた文字が消えて、文字の回りにあった円形の黒い枠だけが残った。
「それでは血をここへ」
おじさんにそう言われ、同じ様に針で指先を刺す。
指先に溜まった一滴の血を少女の首筋に垂らすと、さきほどと同じ黒い文字が浮き出てきた。
「これで終わりです」
そう告げられ金貨7枚を渡すと、おじさんは金貨の枚数を数え「たしかに」と返事をした。
ボクは未だ目覚めぬ少女を抱きかかえて、逃げるように建物を後にする。
足早に人気が多そうな通りまで来ると、少女をエルミアに預けて壁に凭れ掛かった。
押し留めていた恐怖が全身を襲う。
恐かった。
『濁った目』が・・・
とてつもなく恐かった。
全身を振るわせ、自らを抱き締めていると「カオル様、よく頑張りましたね」と、エルミアが褒めてくれた。
そうだ・・・・
ボク・・・
この子を救ったんだ・・・・
方法は最悪だったけど・・・・
ボクが助けたんだ・・・
震えるボクを、エルミアが撫でてくれた。
ご意見・ご想などいただけると嬉しいです。




