第八十七話 月夜の心涙
師匠とエリーが戻ってきたので、訓練施設と鍛冶場の建設を告げる。
2人は喜んでいたが「お金はあるのか?」と聞いて来た。
「はい。風竜がくれましたので、お金に心配はありません。もちろん、無駄遣いはしないつもりです」
そう答えた私に、師匠が信じられないといった視線を送ってきた。
なんだろう?
風竜の手紙には、贈り物一覧の中にあまりに巨額すぎる金額が書かれていた。
だからまったく問題ないはずなんだけど・・・・
不思議に思っていると「カオル、風竜はいったいいくらカオルにくれたんだい?」と師匠が聞いてくる。
ボクが「だいたい・・・白金貨1000枚以上ですね」と答える。
すると、全員が黙った。
正確には凍りついた。
まぁ気持ちはわかりますよ。
ボクも驚きましたもん。
白金貨1000枚。
1千億シルド。
パン1千億個。
もう働かなくても一生遊んで暮らせるね!
・・・なんて、無駄遣いはしないけどね。
これは今後の為にとっておきます。
そもそも、この前のダンジョンの一件からアイテム箱にずっと入りっぱなしの魔物を売れば、一財産になるだろうしね。
風竜から贈って貰った物は大事に使います。
ボクがそんなことを考えていると「カオルちゃんは・・・・大金持ちさんになったのですね」とカルアが口を開いた。
そうですね~。
ただ持っているだけですけどね。
お父様とお母様が言っていました。
「お金はここぞと言う時の為に持っていなさい。けして散財するんじゃないぞ」って。
あ、オーブンは別ですよ?
だってあれは必要な物ですから。
おかげで、こんなに美味しい料理を作る事が出来るんですからね♪
ボクは気にせず目の前の料理をパクついていると、時を取り戻した師匠が「これはまずいな・・・師匠としての威厳が・・・・ヒエラルキーが・・・・」と、深刻そうにボソボソと話す。
ヒエラルキーって・・・別に、家族の間に階級なんて無いでしょう?
だいたい、師匠の威厳は無くなりませんよ?
師匠にお願いされたら、ボクは断れないですし。
うつむいてブツブツ呟く師匠。
そこへ「か、カオル!いくらお金持ち様でも、わ、私は屈したりしないからね!」と、なにやらエリーがツンデレってきた。
いや・・・言ってる事が支離滅裂だし・・・
既に、お金持ち様なんて様付けして、謙ってるじゃないか・・・
言いきったくせに、小刻みに震えるエリーを眺めていると、今度はエルミアが話し出す。
「カオル様。大丈夫です。私はお金など無くても、カオル様を愛し続けます」
そう言うと、胸に手を当てて目を閉じた。
・・・幸せになるためには、お金も必要なんだよ?
服を買ったり、食べ物を買ったり、住むところだって・・・
まぁいいか。
お金の話で、なんだかおかしくなってしまった空気の中、ボクは食事を続けた。
食後、お風呂に入ろうと脱衣所へ向かう。
通路でエリーと出会い、お風呂にはいる事を告げると「あ、そ」と言って自分の部屋へと入って行った。
よかった・・・
一緒に入るとか言われなくて。
脱衣所で着ていた麻のチュニックとズボンを脱いで浴場へと向かう。
お湯を出して湯船に浸かっていると、脱衣所から話し声が聞こえた。
「だから・・・・でしょ?」
「いえ、エ・・・・です」
誰だろう?
ちなみに、この浴場には壁の部分に水桶が備え付けられており、地下から水を汲み上げている。
しかも、水の出口に付けられた魔宝石によって水が温められて、お湯が出てくるシステムになっているのだ。
さすが貴族のお屋敷。
普通ならわざわざ湯船に水を貯めて、温めなければいけない。
めんどくさいよね。
そんな事を考えていると、脱衣所の扉を開いてエリーとエルミアが入ってきた。
はぁ・・・・やっぱり来たのですね。
昨日は師匠とエルミアだったから、そんな事だろうと思っていましたよ。
ボクがうなだれていると、急ぐように湯船に浸かり両脇を陣取った2人。
エリーが「カオル!私達が髪を洗ってあげるわ!感謝しなさいよね」と言い、ボクの髪を洗い始めた。
両脇からもみくちゃにされる。
わしゃわしゃと大雑把に洗うエリー。
時々、エリーの指に髪が絡まり頭を引っ張られる。
痛いです・・・・
反対からはエルミアが、まるで布を揉み洗いでもするかのように、集めた髪の束を一生懸命揉みしだいていた。
昨日髪を洗ってくれた師匠とカルアとは、まるで正反対だ・・・
誰か助けて・・・
どういうわけか、今日は師匠やカルアがお風呂に侵入して来なかったので、2人が満足するまで髪を洗われ続けるのだった。
夜、就寝前に自室へと戻って来ると、椅子に座り櫛を取り出そうとアイテム箱を覗く。
そこで気付いた。
大切な物が無くなっている事に。
なぜ気がつかなかったのだろうか?
きっと、風竜が色々と贈り物と称して荷物を大量に入れていたからであろう。
まさか、ボクの大切な『ファルシオン』が無くなっているだなんて・・・
頭から血の気が引く。
どうしたらいいのか、わからなくなってしまった。
師匠が、自分の脇差を潰してまで贈ってくれた剣。
それを紛失するなんて、思ってもみなかった。
そこへ扉をノックしてカルアが訪ねてきた。
カルアは顔面蒼白のボクを見やると慌てて「どうしたの!?カオルちゃん」と言い、小走りにボクへ近づいてきた。
どうしよう・・・・
カルアに聞いてみた方がいいのだろうか?
でも、もしボクが人から贈られた物を無くしたなんて言ったら、カルアはなんて思う?
「カオルちゃんが、そんな人だなんて思わなかったです!」とか言われたら、立ち直れない・・・
誤魔化すべきか・・・・
いや、たとえ誤魔化しても、後でばれたらそっちの方が心証が悪く無いか?
ボクはええいままよ!という気持ちで、カルアに尋ねた。
「ねぇカルア?ボクが普段使っている剣が、どこにあるか・・・なんて、しらないよね?」
うつむき加減でそう話すと「えーっと・・・・」と言い、なんだか気まずそうにしていた。
この反応はもしかして・・・
「知ってるの!?」
身を起こしてカルアの腕に掴みかかる。
カルアは驚いて目を見開くと、申し訳無さそうに「あの剣は、ヴァルカンが預かっていますよ」と答えた。
え?
なんで師匠がボクの剣を預かってるの?
意味がわからず首をかしげていると「そ、そう!手入れをするとかなんとか言っていたわ!!」とカルアが続けて答えた。
その返事に、なんだか納得がいかなかったが、カルアが「これ以上勘弁して」という目でボクを見詰めていたので、それ以上の詰問はしなかった。
明日にでも師匠から直接聞こう。
それにしても、無くしたんじゃなくてよかった。
椅子に座り直し、ホッと胸を撫で下ろす。
カルアはそんなボクの様子を見ると、テーブルに置いてあった櫛でボクの髪を梳き始めた。
約2名の、小悪魔のおかげでゴワゴワになった髪。
カルアはボクの髪を見て何が起きたのか悟ったのだろう。
優しく髪を梳いてくれた。
「ありがとう」
そうお礼を言うと「いいのよ。どうせ、エリーちゃんとエルミアがやったんでしょ?」と話す。
ボクは返事の代わりに苦笑いを浮かべた。
何も言わずに優しく髪を梳いてくれるカルア。
窓からは月明かりが射し込み、部屋を幻想的な空間へと変えていた。
やがて、髪を梳き終わったカルアがそっとボクの頭を撫でる。
こそばゆい感じがして、ボクは目を細めた。
「ねぇカオルちゃん?」
不意にカルアが話しかけてくる。
目を細めたまま「なに?」と聞き返した。
カルアは撫でる手を止めずに話す。
「辛くない?」
ボクは驚いて目を見開く。
カルアの言葉の意味が、一瞬わからなかった。
辛くない?
それって、風竜の事を言っているの?
それ以外に思い当たる事が、今のボクには無かった。
それはもちろん・・・辛い。
ボクに力が無かったから、こんな結果になってしまったのだから。
でも、ここでボクが泣き叫んでも、きっと風竜は喜んでくれない。
だってそんな事は望んでいないんだから。
風竜は言ったんだ。
笑っている顔が好きだって。
ボクを家族だと思っているって。
必ずまた会えるから、落ち込まないでって。
再会した時に、泣き顔なんて見せられないよ。
風竜のためにも、ボクは笑っていなくちゃ。
どんなに辛くても・・・・ボクは笑わなくちゃ。
そうじゃないと、ぼく・・・・は・・・・
ボクは・・・・・
そこまで言うと、カルアに抱きついた。
もう言葉を紡げなかったから。
カルアは、ボクを優しく抱き留め頭を撫で続けた。
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