第八十六話 エリーの想い
エリーと2人、近衛騎士団の訓練場に来ていた。
一通りの訓練メニューを熟し、一息ついていると「ねぇヴァルカン。私、強くなってる?」と、深刻な顔でそう聞いてくるエリー。
「ああ、着実に力をつけてきているぞ?」
私は正直にそう答えた。
エリーは納得できなかったのか、思い詰めた表情を崩さなかった。
どうしたというのだ?
出合った頃の、駆け出しの冒険者とは比べ物にならないほどの強さを手に入れたというのに・・・
私は不思議に思いエリーの隣に腰掛ける。
「エリー、何を考えているのかわからないが、お前は確実に強くなっているぞ?訓練メニューに、何か不満があるのか?」
そう問い掛けると、エリーはうつむいたまま話し始める。
「ヴァルカン、あのね?私だけ何も無いなぁ・・・って思ったの」
そう話すエリーには元気が無い。
私は深刻な内容なのだろうと思い、相槌を打ちながらエリーの話しを聞き入った。
「ヴァルカンはね。元とは言え、剣聖じゃない?おねぇちゃんも、治癒術師だったのに宣教師になっちゃうし、エルミアなんて王女様でしょ?私には・・・・何も無いの」
そう話すと一筋の涙を流した。
私はエリーをそっと抱き締める。
エリーは私に抱かれると、大粒の涙を流し始めた。
そうか・・・この子はそんな事を悩んでいたのか。
気がつかなかった。
ホントに私はダメな師匠だな・・・弟子のカオルも、エリーすらも導いてやれないとは・・・・
師匠として、自分の不甲斐なさを覚える。
私の胸に縋って泣くエリーの頭を優しく撫でる。
どうしたものか・・・・
私が何か解決策は無いものかと考えていると、ある事を思い出す。
そうだ!
エリーは、私達の中で唯一の冒険者じゃないか。
ならば、高ランクの冒険者になればいいんじゃないか?
「エリー、今冒険者のランクはいくつだ?」
私が問い掛けると首元からペンダントを取り出し見せてきた。
紫色の小さな石が付いている。
4級冒険者の証だ。
冒険者のランクは7つある。
第1級が赤・準1級が橙・第2級が黄というように、虹色の順番に従ってペンダントが色分けされている。
エリーが持つペンダントは4級。
すなわち駆け出しの初心者の証だ。
「ふむ・・・」
そこで悩む。
ランクアップの方法はいくつかある。
上級の魔物を討伐する方法や、クエストと呼ばれる国や街、村などから依頼された仕事をこなす方法。
あとは緊急クエストだが、これは滅多に召集される事が無いから除外するべきだろう。
う~む・・・これは、以前カオルが倒したオークキングを、エリーが倒したことにするべきだったな・・・
まぁあの頃は、カオルと出合ったばっかりだったし、まさかカオルとエリーがこんな関係になるなんで思ってもいなかったしな。
今更言ってもしょうがないか。
私はエリーにランクアップについて提案した。
「エリー、お前は唯一の冒険者だ。どうだろう?冒険者としてランクアップすれば、私達に引け目は感じないんじゃないか?」
そう提案すると、エリーは顔を上げて「・・そうよね。私が1級の冒険者になれば、みんなと同格になるわよね!」と、さきほどまで沈んでいたのがウソのように明るい表情を見せた。
いや、1級は無理じゃないか・・・・?
国家レベルの惨事でも救わないと成れないと聞いたぞ?
明るく笑うエリーに、さすがに追い討ちのような言葉は言えなかった。
「それでどうする?クエストをやるのか?それとも、魔物の討伐をするのか?」
私がそう問い掛けると「そうね・・・・討伐をするわ!ヴァルカンに鍛えられた、私の実力を示して見せる!」そう拳を作り決心するエリー。
微笑ましくその姿を見ていた。
屋敷へ戻ると、甘い香りが立ち込めていた。
お菓子でも作ったのだろうか?
扉を潜り食堂へと向かうと、カオルとカルアが料理を作っていた。
「戻ったぞ」
そう告げると「おかえりなさい、師匠」と、カオルが振り向き私に挨拶をする。
黒く長い髪を頭の後ろで結い、ポニーテールのようにしているカオルの姿は、動くたびに項が見えて欲情的だ
これはアレだな?
誘っているな?
私は料理をするカオルに後ろから抱き付き、絹の様に艶やかな項を舐めまわした。
カオルは「ひゃっ!?」と悲鳴を上げ、その可愛らしい生娘の様な声を聞くと私は止まらなくなる。
全身に手を這わせて撫でまわしていると、傍にいたカルアに怒られた。
「ヴァルカン!なんであなたはそうやってカオルちゃんを独り占めするんですか!!」
そう叫び、私の愛するカオルきゅんと引き剥がされる。
うぅ・・・・
カオルきゅんの温もりが・・・・
私がうろたえていると、怒ったカオルが「し~しょ~・・・・今晩のお酒は無しですからね!!」と断罪する。
そんなばかな!!
カオルきゅんに怒られてから、ずっとノンアルコールのお酒で我慢していたんだぞ!?
それすらも奪おうというのか!!
私は怒り、暴君と化したカオルきゅんに文句を言った。
「それはダメだ!酒は私の栄養源なんだぞ!?」
そう弁解するが、暴君カオルは許さない。
「だめったらダメです!たとえノンアルコールでも、師匠にとってはお酒と同じでしょう!!今日はおとなしく、紅茶で我慢してください!」
そう言うと取り付く島もなく、プイっと顔を背けられてしまった。
あぅあぅ・・・
ガックリと肩を落とす。
そんな私の姿をエリーと、いつのまにか現れたエルミアが、冷たい目で見詰めていた。
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