第八十一話 カオルの為に
風竜に召喚されたファルフに乗って、私とカルアと風竜は帝都へと向かっていた。
超高度を飛ぶファルフ。
あまりの高さに眩暈がする。
私が恐怖からファルフにしがみついていると、風竜が「・・・・カオルを頼むぞ」とボソッと呟いた。
消え入りそうなその声に、私はビクンと身体を振るわせる。
今・・・・なんて・・・・?
私は恐る恐る顔を上げて風竜を見やる。
風竜は思い詰めた表情をしながら、無理に明るく振舞っていた。
カルアも、どこかぎこちない風竜の様子に気がついたのか、心配そうな顔を向けていた。
巨大な『魔鳥』姿のファルフは飛ぶ。
それぞれの思いを乗せて。
そして、別れの地となる帝都へ向けて。
帝都に到着し、カオルの為に用意された帝都北西にある屋敷の庭へと舞い降りる。
2階のテラスでくつろいでいたエリーとエルミアが、私達の姿を見つけて急いで庭へと降りてきた。
出迎えてくれたエリーとエルミアに「ただいま」と言い、ファルフから降りる。
気がつけば、吐き気は無くなっていた。
風竜の事で頭がいっぱいだったからだろうか・・・
2人に挨拶を交わすと、風竜はスタスタと屋敷へ入って行った。
その様子を見たエリーとエルミアが、根掘り葉掘り聞いてくる。
私はそれに答える元気が無かったので、申し訳無いがカルアに任せて屋敷に用意された自室へと向かった。
室内に入り後ろ手で扉を施錠すると、腰に差した刀をチェストへ置き纏っていた騎士服を脱いでベットに横たわる。
どうする事も出来ない歯痒さに、そして力の無い自分に苛立っていた。
だが、そんな事よりもカオルの事が気掛かりだ。
間違い無く、自分のせいで風竜が犠牲になったと思うだろう。
それを知ったら、カオルは自分を責めるに違いない。
ただでさえカオルは今、傷ついて心を閉ざしているのだ。
これ以上負荷を与えたら・・・・・自殺でもしてしまうんじゃないだろうか。
それは嫌だ。
では、何と説明すればいい?
適当に「また会えるから」とでも言ってごまかせばいいのか?
そんなこと・・・・カオルは望まないだろう。
ホントに・・・どうしたら・・・・・
纏まらない考えに気が滅入る。
心の支えを求めるように、カオルから贈られた黒曜石の短刀を掴むと、抱き締めて眠った。
夜、扉をノックする音に起こされる。
眠気を振り払うように頭を振って、気だるさを吹き飛ばす。
扉へ行き施錠を外すと、扉を開けてカルアが入ってきた。
「風竜が・・・呼んでる」
カルアはうつむきながらそう話した。
「・・・わかった」と答え、洗面所で顔を洗い予備の騎士服へと着替える。
チェストの上から刀を掴み腰に差すと、先導するカルアに着いて行った。
連れて行かれた場所は屋敷の庭だった。
既にエリーとエルミアも待っていた。
2人ともうつむき加減に地面を見詰め、元気が無い様に見える。
おそらく、カルアから事のあらましを聞いたのだろう。
やって来た私と目が合うと「・・うん」と元気なくエリーが言った。
私が頷くと、エルミアも同じ様に頷いた。
そこへ「もう!そんな落ち込んでいる顔を、カオルちゃんに見せる気ですか!!」とカルアが言い、怒り出した。
頬を膨らませ、子供の様に怒るカルア。
私達を元気付けようとしてくれている。
自分だって、そんなに目元を腫らしているくせに・・・・
「ふぅ・・・」と一息つくと、カルアの空元気に付き合った。
「そうだな!私達が沈んでいたら、カオルはもっと沈んでしまうからな!」
それを聞いたエリーとエルミアも「そうよね!カオルは私がいないと、ホントだめなんだから!」「カオル様は強い方です!」と話しを合わせた。
そこへ、私達の話しを隠れて聞いていたのだろう。
風竜がやってきて「うむ!それでこそ、カオルの家族だ!」と偉そうに話した。
風竜・・・・
私は「すまない」と言いそうになり、グッと堪えた。
風竜が一番辛いはずだ・・・・
ホントに、子供の様にカオルを見てきたのだから。
風竜は、私達一人一人の目を見詰めると優しく笑った。
くそっ!!
ホントに手は無いのか!?
私が風竜の立場だったら・・・・
カオルと離れるなんて耐えられない・・・・
どうしようもない悲壮感に苛まれていると、それを見透かすように風竜はフッと笑う。
「それでは・・・始めるぞ」
風竜は、有無も言わさず無色透明の珠『オニロの宝珠』を取り出すとそれを掲げる。
すると宝珠から黒い靄のような煙が立ち込め、私達を包み込んだ。
やがて、辺り一面を暗闇が蔽う。
突如として現れた暗闇の空間の中「かぜ・・・りゅう?」と名前を呼ぶが返事は無い。
そこへ淡く光が射し、膝を抱え蹲る人物を照らし出す。
私はゆっくりと歩きそれに近づく。
それは1人の子供。
長い髪を地面に広げ、抱えた膝に顔を擦りつけた子供の姿。
「かお・・る?」
私は考えるよりも早く、その名を呼んだ。
間違いない・・・・カオルだ!
私は走る。
膝を抱え蹲るカオルに向かって。
触れられる距離まで近づき屈む。
カオルは、大急ぎで近づいてきた私には目もくれず、身動き一つせずに蹲っていた。
「カオル?」
優しく名前を呼ぶ。
しかし、カオルはこちらを向かない。
「カオル!」
語気を強め、そう叫ぶ。
聞こえていないのか、やはり反応は無い。
私は力いっぱいカオルを抱き締めた。
抱き締めたカオルの身体から、凍りのような冷たさを感じる。
「カオル・・・・」
耳元で名前を呼ぶ。
カオルは「・・・ば・・・ら?」と小さく呟いた。
「カオル!?」
私は慌てて身体を離すと、カオルの顔を見詰める。
カオルは虚ろな目で私を見ていた。
「カオル!私だ!ヴァルカンだ!!」
焦点の合わないカオルは、私の言葉に反応しない。
「かお・・る・・・・」
いつのまにか流した涙もお構い無しに、力いっぱいカオルを抱き締める。
どれだけ・・・抱き合っていただろう・・・・
力いっぱい抱き締めたカオルの肩が、私の手の形に痣を作っていた。
そこで、カオルが私の腕の中でピクッと身じろいだ。
私はすかさずカオルの顔を見詰める。
するとカオルが「・・・ししょ・・?」と声を上げた。
大粒の涙を流し「そうだぞ?カオルの師匠だ」と、そう答えた。
カオルは口元を痙攣させ「し・・しょう・・・・」と言い、一筋の涙を流した。
「ああ!カオル!師匠だ!」
私は三度、カオルの体に抱きついた。
カオル・・・・ああ・・・・カオル!
私の愛しいカオル・・・
ごめんよ・・・・ずっと一緒にいるって言ったのに・・・・・
ごめんよ・・・・守ってあげられなくて・・・・
もう離さない・・・・
絶対に・・・・絶対に離さないからな・・・・
そこへ、感慨に耽る私に水を差す人物が現れる。
「・・・ちょっとヴァルカン。私のカオルにくっつきすぎ!」
そう言い、私はカオルから引き剥がされる。
エリーだ。
というか、いたのか?
私が驚いていると「・・・ずっと見てましたよ」とエルミアが恨めしそうに私に話す。
「え?」
エルミアの声がした方へ目を向けると、じとーっとした目のエルミアの隣で、カルアが満面の笑みを浮かべてこちらを見ていた。
なんだかものすごく怖い・・・・・
カルアはニコニコと笑顔を浮かべたまま私の方へやってきて、おもむろに私の足を踏む。
痛い・・・・
それもかなり・・・
カルアは特に何も文句を言わず、無言でカオルの傍へ向かって行った。
怒っていたのか・・・・わかりずらいな・・・・
私がそんな事を思っていると、カルアとエリーが地面に座るカオルを両側から抱き締めた。
「カオル!」「カオルちゃん!」
そう言いカオルの顔に、正確にはカオルの耳に顔を擦りつける2人。
カオルは虚ろな目を浮かべて、なすがままにその身を委ねていた。
いつのまにか、カオルの後ろからエルミアが抱きついていた。
エリーとエルミアと同じ様に、カオルの後頭部に顔を擦りつけて。
いい加減引き剥がそうと「そろそろやめ・・・」と言いかけたところで言葉が止まる。
突如として、天から光が射し込み私達を照らしたからだ。
あまりの眩しさに目を瞑る。
やがて、眩いばかりの光が収まり、慌てて目を開くと屋敷の庭に移っていた。
自身の周りを見やる。
エリーもカルアもエルミアも・・・・そして、カオルもいる。
虚ろな瞳をしたカオルが。
そうか・・・・風竜は・・・カオルを連れてきてくれたんだな・・・・
その身を犠牲にして・・・
3人に抱き付かれるカオルを見詰める。
カオルは、どこか虚空を見ていた。
私は口元に笑みを浮かべる。
大丈夫・・・・
カオルは、私の名を呼んでくれたんだ・・・・
必ず元に戻るさ・・・
だから風竜?
お前もちゃんと帰ってくるんだぞ?
心の中で、聞こえるはずも届くはずもない言葉を紡いだ。
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