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第八十話 残された2人

風竜がヴァルカンとおねぇちゃんを連れ去って、残された私とエルミア。


あっという間の出来事に、不満(ふまん)を言う間もなく飛び去ってしまった。


「ふむ・・・・それでは、わらわも城に戻るとするかの」


アーシェラはそう言うと屋敷を出て行った。


私はエルミアと顔を合わせ、首をかしげた。


「あの人、何しに来たんだっけ?」


私がそう聞くと「・・・カオル様の婚姻がどうとか」とエルミアがボソッと呟く。


そうだ!!


ダメよそんなの!!


断固(だんこ)阻止(そし)するわよ!」


そう言いエルミアへ手を差し出す。


エルミアはそれを掴み握手をすると「はい!カオル様は渡しません!」と言い、2人で同盟を結んだ。


特にする事も無いので屋敷の中へと戻る。


出しっぱなしのお皿やカップを片付け、自分達用に紅茶を淹れ直すと、(ふかぶか)々とソファに腰掛けた。


はぁ・・・ホント、みんな勝手なんだから・・・・


温かい紅茶を啜りながら、ボーっとそんなことを考えていた。


しばらくして、エルミアと2人で協力してお風呂を用意する。


「こういう時、メイドさんが欲しくなるわよね」


私がそう言うと「そうですか?私は、特に不便を感じませんが・・・」とエルミアが答えた。


あれ?


エルミアは王女なんだから、こういう家事的な事は召使がやるんじゃないの?


私がその事を聞くと「自分で出来る事は自分でするように、お母様から言われています」と想像していなかった答えが返ってきた。


うそぉ!?


もしかして、エルフの民って何でも自分でやるの?


そういえば、おねぇちゃんが昔「エルフの里は閉鎖的な場所だから、私達とは生き方も考え方も違うんですよ」って言ってたっけ。


それがホントなら、エルミアの言う通り、食事も家事も全部自分でやっていたのかなぁ?


お風呂の準備ができ、服を脱ぎながらそんな事を考える。


アーシェラに用意されたこの屋敷は、かなり豪華でお風呂のサイズも一般的な家庭とは比べ物にならない大きさを有していた。


お互いの髪を交互に洗い合う。


エルミアの流れるように美しい銀髪は、正直羨ましい。


「はぁ・・・・ホント、エルミアの髪は綺麗よねぇ・・・・」


私は溜息(ためいき)交じりにそう告げる。


エルミアは「そうですか?私は、エリーの赤い髪も綺麗だと思いますよ?」と言葉を返してきた。


お世辞だって事ぐらいわかってる。


だって私ってくせっ毛だし、あまり手入れとかしてないし・・・


自分で言っていてちょっと落ち込む。


すると「でも、髪と言えばカオル様ですよね。あの艶やかで黒く長い髪・・・・光沢も素晴らしくて・・・・・食べてしまいたい」と言い、エルミアの精神がどこかへ飛んで行きそうになる。


私は慌てて引き戻し「まぁ確かにね。あの黒髪は反則だよね~・・・しかも、アレで男の子だっていうんだから」と話題を変えた。


しかし、私は話題を間違えた事を後になって気付いた。


エルミアは、ここではないどこかへ意識を飛ばして「ああ!カオル様・・・・そう・・・・・男性なのですよね・・・・・・これで、無事に私はお子を・・・・・ふふ・・・・ふふふ・・・・・」と言い始めたのである。


やっばい・・・どうしよう・・・・


幻覚(げんかく)状態に(おちい)ってしまった、義姉とも言える友人をなんとか正気に戻すのに四苦(しく)八苦(はっく)したのは言うまでもない。


思いかけず長湯(ながゆ)をしてしまった私とエルミア、火照った身体を冷まそうと、屋敷の2階にあるテラスへとやってきた。


今、この広い屋敷には2人きりだ。


つい最近まで、大人数でダンジョンに篭っていたからか、急に寂しく感じる。


「それにしても、おねぇちゃん達は今頃何してるんだろうね~」


私がつまらなそうに言うと「そうですね。案外、風竜様の我侭(わがまま)に振り回されていたりするかもしれませんね」と可笑しそうに笑った。


普段無表情の多いエルミアも、私の前だと表情豊かになる。


「えー。おねぇちゃんとヴァルカンだよ~?風竜にもずけずけ文句言ってそうなイメージだよ~」


私も笑いながらそう返した。


それにしてもヒマだ。


な~んにもする事がないんだもん。


そういえば風竜は2、3日帰って来ないって言っていたっけ。


私はピコーンと閃いた。


「ねぇエルミア!明日買い物に行かない?」


私がそう提案すると「・・・そう・・・ですね」と一瞬悩みながら賛同してくれた。


おそらくカオルの事を考えたのだろう。


私だって心配だけど、あの風竜が「手はある」って言ったんだもん。


きっと大丈夫だよ。


私は安心させるように「大丈夫だよ」と伝え、風竜の言葉を言った。


エルミアもわかっていたのか「はい」と、にこやかな笑顔を見せてくれた。


寒くなってきたので、部屋へと戻る。


『カオル用に』とアーシェラが用意してくれた、大きなベットで2人仲良く床についた。


明日はお出掛けだ。


私は、久しぶりの買い物にワクワクしていた。











翌朝、興奮してなかなか眠れなかった私を、エルミアが優しく起こしてくれた。


「むにゃ・・・・エルミア、おはよう・・・」


眠い目を擦りつつ、起こしてくれたエルミアに挨拶をする。


「おはよう。エリー」


エルミアは微笑、私をベットから洗面所へと導いてくれた。


こういう時、おねぇさんっぽいよね。


冷たい水で顔を洗いながら、そんな事を考えていた。


2人で朝食を取ろうとキッチンへ(おもむ)く。


そこで気付いた。


私は料理ができない事に。


恐る恐るエルミアに尋ねる。


「ねぇエルミア・・・・料理できる?」


私の問いに、エルミアは笑顔で「す、少しなら・・・」と曖昧(あいまい)に答えた。


これはしまった・・・


おねぇちゃんとカオルはものすごく料理が上手い事は知っているし、剣聖のヴァルカンも1人暮らしをしていたのだから、自分のご飯くらいは作れるだろう。


よりにもよって、料理が苦手組みが残されるとは・・・・


薄ら笑いを浮かべる私達。


仕方が無い。


「今日は外食しましょ!」


私は最終手段を選んだ。


エルミアが頷き、急いで着替える。


帝都内とはいえ、女の2人歩きは何かと物騒なので、カオルから贈られた鉄製の軽鎧とスカートを纏う。


黒曜石の大剣は、さすがに買い物の邪魔になるので置いていき、ショートソードと黒曜石の短剣『オブシアナダガー』を腰に差した。


エルミアも同じようにいつもの格好、黒い布と白いシルク地のドレスに、私から見れば華奢(きゃしゃ)なレイピアと黒曜石の短剣『マインゴーシュ』を腰に差す。


腰後ろには簡素なバックパックに、折り畳まれた『風の魔弓』が入っている。


いつも思うんだけど、エルミアは服の布地が少ない。


王族って、そういう人が多いのかなぁ・・・・


アーシェラとかも、たまにきわどい服着てるし・・・


そんな失礼な事を考えてしまった。


外出の準備が出来た私とエルミアは、着替えた姿をお互いに確認して外へと出かけた。


屋敷を出ると、門番をしてくれているエルヴィント帝国の兵士さんと挨拶を交わす。


「おはようございます」


ヒュームの兵士さんは「お、おはようございます。お出掛けですか?」と返してくれた。


この兵士さんは、アーシェラが気を使って派遣してくれた人だ。


24時間というわけではないが、朝9時から夜の20時まで警護をしてくれている。


「はい。買い物に行こうと思いまして」


私がそう告げると「そうですか。今日も良い天気ですしね。お屋敷の警護はお任せ下さい。それではいってらっしゃいませ」と、にこやかに送ってくれた。


ここエルヴィント帝国で、兵士というのは騎士見習いともいう。


彼はまだ兵士になりたてらしい。


というか、この広い屋敷を彼1人で警護するなんて無理な事だ。


私は苦笑いを浮かべて「いってきます」と返し、エルミアと連れ立って屋敷を後にした。


アーシェラが、カオルの為に用意してくれたお屋敷は、帝都の北西にある。


というのも、貴族のお屋敷はそのほとんどがここに集められているそうだ。


1箇所に集めておけば、警護するのも楽だもんね。


帝都の南側にある屋台や食事処を目指して歩く。


「エルミアは何食べたい?」


隣を歩くエルミアに聞いてみる。


エルミアは「そうですね・・・」といい、顎に手を当てて悩んだ。


やがて「・・・カエル以外でしたら何でも」と答えた。


私は可笑しくなり「なにそれ~?」と笑ってしまった。


エルミアは苦笑いを浮かべて「実は、以前カオル様と昼食を買いに出掛けたのですが、そこでカエルの串焼きを買おうとしまして・・・」と言う。


それを聞いて「ホント、カオルって変わってるわね!」と笑いながら話した。


気心知れたエルミアと、そんな他愛もないおしゃべりをしながら向かった。










帝都の南側は商業区。


もちろん、食事処だけではなく衣服や防具、武器なんかも扱っている。


とりわけ目を惹くのは、魔工技師のお店だろうか?


扱う品物がとても高価な為、オナイユの街には無かったお店だ。


エルミアとアレコレ相談して、1軒の食堂へと入る。


早朝の混雑する時間を少し過ぎていた為か、並べられたテーブルには所々空席が出来ていた。


なんとか2人座れる場所を確保すると、可愛らしい給仕(きゅうじ)格好(かっこう)をした店員さんを呼ぶ。


「すみませ~ん!オーダーいいですか~?」


私がそう声を掛けると、犬耳をピョコピョコ動かして給仕の女の子がやってきた。


「えっとそれじゃぁ~」


メニューから料理を選ぼうとすると「やだ!エリーじゃない!」と給仕の女の子が私の名前を言った。


私はポカンとして、まじまじと見詰める。


「レジーナ!?」


そう、この給仕の女性は、オナイユの街で宿屋の従業員をしていたレジーナだったのだ。


レジーナは突然の再会に喜び「やっだ久しぶりだね♪」と言い、飛び跳ねた。


私も嬉くなり、手に手を取って喜びを分かち合う。


一頻り再会を喜んだ後「ところでレジーナは、なんで帝都に?宿屋辞めたの?」と質問する。


レジーナはちょっとうつむいて「いやぁ、それがさぁ・・・・」と、これまでの経緯(いきさつ)を答えた。


なるほど。


宿屋のあの主人がカオルから料理を教えてもらって、あまりの繁盛ぶりに帝都にまで進出してきたわけね。


さすが私のカオルだわ。


私が嬉しそうに笑うと、エルミアも同じ様に笑顔を作った。


「それで、エリーはなんで帝都にいるの?」


レジーナが不思議そうに聞いてくる。


私は、カオルが男爵になった事。


今日は屋敷で留守番をしている事を告げた。


レジーナはそれを聞いて「うっそ!?カオルってば、貴族様になったの!?」と驚愕した。


私は自分の事のように自慢気になり「フフン!」と鼻を鳴らした。


そこへエルミアが割り込む。


「あの・・・エリー?この方は、カオル様をご存知なんですか?」


エルミアの質問にレジーナが答えた。


「そうよ~。カオルとは、同じ戦地で戦った仲なんだから♪」


まったくこいつは・・・


私は「何が戦地よ!おねぇちゃんから聞いてるんだからね?カオルと一緒に屋台を出しただけでしょ!」と説明する。


レジーナは「あちゃぁ~ばれちった」と言い、おでこに手を当てて悔しがった。


もう!いっつも面白半分に言うんだから。


「あ、でも、この前カオルに会ったよ?」


レジーナは突然そんな事を言い出す。


「この前っていつよ?」


私は気になって聞いてみた。


「ん~っと、まだ一月(ひとつき)も経って無いかなぁ・・・ほら、鍛冶ギルドにドワーフのレギン親方って人がいるでしょ?その人の工房でカオルが倒れててさぁ~。私ビックリしちゃって、カオルが起きるまで抱いててあげたんだから」


レジーナがそう言うと、エルミアが慌て出した。


「カオル様を抱き締めたんですか!?」


鼻息荒くレジーナに詰め寄るエルミア。


驚いたレジーナは「う、うん。すぐに気がついたんだけどね」と答えた。


それにしてもカオルってば、無茶ばっかりするわね。


前にレギン親方が注意してたじゃないの。


私の武器と防具を作ってくれた時に「気をつけた方がいいぞ、いつかぶっ倒れるからな」って。


「はぁ・・・」と溜息をつく。


エルミアは、驚くレジーナに色々質問をしていた。


しばらくして「はいはい!それじゃ、私達は食事をしましょ?レジーナ、オススメは何?」と言い、仕切った。


エルミアをほおっておいたら、延々とレジーナに根掘り葉掘り聞き出しそうだしね。


私にそう言われ、渋々席に戻ると「今日のオススメはね~、黒巫女様ことカオル直伝のラタテューユに、白パンと鮭のムニエルとフリカッセかな~♪」とレジーナが言った。


なんだか凄い美味しそう・・・


私は名前を聞いただけで涎が垂れそうになった。


「じゃぁそれ全部!」


元気良く答える。


エルミアも私と同じ様に全部頼んだ。


レジーナは「はいは~い♪」と答え「オーダー入りま~す」と言いながらキッチンへと去って行った。


私はワクワクしながら料理を待った。


やがて料理が運ばれる。


「おっまたせ~」


レジーナはそう言い、次々にテーブルへ料理を置いていった。


彩り豊かな料理が、2人掛けのテーブルを埋め尽くす。


香草の美味しそうな香りが、私の食欲を促進させる。


待ってました!と言わんばかりに、エルミアと料理に齧り付く。


フリカッセは、鶏肉から濃厚な旨味が出ていてホワイトソースがより美味しくなっている。


鮭のムニエルは皮がパリパリとしていて、その食感が食欲を増進させる。


そしてラタテューユ。


白パンを千切ってラタテューユを乗せて食べると、トマトの程好い酸味が口の中をあっさりした物へと変えていた。


どれも美味しい!


私は、自分でも驚くほどの速さで完食した。


普段上品に食事をするエルミアでさえ、あっという間に完食してしまったのだ。


どれだけ美味しかったか言うまでも無いだろう。


レジーナに「美味しかった」と伝えると「それはよかった♪また来てね♪」とお願いされた。


私は「絶対来る!」と宣言して食堂を後にした。


「美味しかったねエルミア」


隣を歩くエルミアにそう話し掛けると「ええ。さすがカオル様です」と嬉しそうに言った。


そうだ。


あの料理は、カオルが考え出した物なのだ。


私は、自分で作ったわけでもまして考え出したわけでもないのに喜んだ。


食後、アチコチの商店をひやかす。


「ああでもない、こうでもない」と言いながら、服やアクセサリーを見て周った。


久しぶりの、のんびりとした時間はとても楽しかった。


朝食を多めに取ってしまった為、昼食を抜いて屋台で夕食を買って帰る。


幾分遅い時間になってしまったが、楽しかったからいいか。


門番の兵士さんへお土産を渡して、お屋敷へと入る。


はしゃぎすぎて疲れたのか、2人して1階にある居間のソファで横になってしまった。


すると「ねぇエリー?」とエルミアが話しかけてくる。


私は「なにー?」と起き上がらずに、失礼にも横になったまま返事をする。


「ずっと気になっていたんですけど、黒巫女様ってなんですか?」


そうエルミアが聞いてきた。


私はいまさら?と思いながらも丁寧に答えた。


「黒巫女って言うのは、カオルの通り名みたいなものよ。私も直接見たわけじゃないんだけど、以前カオルがオナイユで馬に轢かれた子供に回復魔法を使ってね。それを見た人が、黒く美しい髪をした治癒術師のカオルを黒髪の巫女って呼んだらしいわ」


私が答えると、エルミアはクスリと笑い「さすがカオル様ですね」と言った。


「確かにカオルって可笑しいわよね」と私も返し、2人で笑い合った。


「それにしても、さっさと帰って来てほしいわね」


私がそう告げると「・・・はい。私も早くカオル様に会いたいです」とエルミアも同意した。


ねぇカオル?


あんた、こんなにみんなから愛されてるんだから、さっさと帰ってきなさいよね!


私だって・・・・寂しいんだから・・・・・


エルミアと2人、笑いながら、泣いた。


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