第七十九話 傍若無人な風竜 その伍
私とカルアがきゃぁきゃぁ叫んで走り回ると、あっという間に体力の限界が来る。
これはまずいな・・・・
訓練をサボっていたからか・・・・
訓練の再開を決意し、カルアと休戦協定を結んだ。
テーブルに戻ってくると、さきほどまで大声で笑っていた風竜が神妙な顔をしていた。
椅子に座るよう促され、それに従う。
私とカルアが席に座ると、風竜がその重い口を開いた。
「お前達に・・・・頼みがある。これから3年後、幼子のカオルが15歳になった時、カオルに災厄が降りかかる 」
風竜はそう言うと、そこで一度言葉を区切り私とカルアの目をそれぞれ見詰めた。
「・・・・カオルを助けてほしい。カオルの本来の力は、昨日見てわかったであろう?だが、カオルはまだ幼子だ。力はあるが、経験が足りない。だから、それを補ってほしい」
そう言い、頭を下げる。
あの『風竜王ヴイーヴル』が、私とカルアに頭を垂れたのだ。
私とカルアはお互いを見やり、意思を確認して頷く。
「わかった」
そう一言だけ告げた。
風竜は「すまない」と言い、1枚の丸められた羊皮紙を渡して来た。
私は訝しげにそれを受け取り、広げて中を読もうとすると「それはカオルへ渡してくれ。我からの言伝だ」と止められる。
ちょっと気になるが、風竜の願いを聞き入れ丸めたまま懐へしまった。
それを確認すると「では最後に、カオルの心の話しだ」と改まって話す。
カオルの心か・・・・
精神的なショックから閉じこもってしまったカオル・・・・
風竜は昨日「手はある。だが今はまだその時ではない」と言い、先延ばしにしていたな。
私がそう思い出していると「幼子のカオルは今、虚ろな瞳で心を閉ざしておる。助け出すためには、直接心に訴えかけるしかない」と解決策を提案してきた。
心に直接訴えかけるって・・・・
どうしろというんだ?
それはつまり、外的に声を掛けても届かないという事を意味しているんじゃないか・・・
「・・・それで、どうすればいいのですか?」
カルアが風竜に問い掛ける。
「うむ。これを使う」
風竜はそう言うと、拳大の透明な水晶玉を取り出した。
「それはなんだ?」
私がそう聞くと「これはオニロという宝珠だ。夢神『モルペウス』の力が宿っている」と説明した。
神々の力が宿った宝珠か・・・・
とてつもない価値がありそうだな。
私はまじまじとその宝珠を見詰める。
曇り一つ無いその珠は、特に高そうには見えなかった。
「・・・それはどうやって使うのですか?」
カルアの質問に「これを使い、心を閉ざしたカオルに直接呼びかける」と答える。
ほほぅ・・・
直接呼びかけるのか・・・・
だが、それだけでカオルは治るのか?
私は心配になる。
すると「カオルを呼び戻せるかどうかは、お前達に掛かっている。頼んだぞ」と風竜が託した。
なんか、ぶん投げられているような気がするんだが・・・
というか、さっきから風竜の言い方がおかしくないか?
まるで自分がその場にいないような話し方だ。
「風竜、さきほどから何か引っかかる言い方をしているのはなぜだ?」
私が指摘すると「この宝珠を使用すれば、我は闇に囚われいなくなるからな。だから・・・・後の事は頼む」と言い、またも頭を下げた。
なんだと!?
どうしてそれを早く言わない!
私は激怒し「そんな風竜を犠牲にするようなマネをして、カオルが喜ぶと思っているのか!!」と叫んだ。
風竜は申し訳無さそうに「だが、これ以外にカオルを救う手段はない。それに、元々我の身体はとうの昔に朽ち果てておるのだ。闇に囚われる事くらいなんでもない」と話した。
そんな理由でカオルが納得するものか!
私は苛立ちながらそう伝えると「・・・死ぬわけではないのですね?」とカルアが割って入る。
風竜は頷き「そうだ」と肯定した。
それを聞いたカルアは「では良いではないですか。生きてさえいれば、また会えます」と笑顔で答えた。
何を言っているんだ!?
普段のカルアらしからぬ物言いに、私は激怒しその場を去った。
1人部屋へ入ると、着替えるのも忘れてベットで横になる。
風竜を犠牲にしてカオルを助けるだと!?
だから私達にカオルの事を頼んだのか!?
大体なんだ!
3年後に起こる災厄ってなんなんだ!?
昨日の夜に言っていた事は、これを見越しての話しだったのか!?
なんで・・・そんな・・・・
カオルは風竜が好きで、あんなに楽しそうに話していたんだぞ・・・
お前がいなくなったら・・・
カオルがどんなに悲しむか・・・・
カオル・・・・
あまりに突然語られた事に、私の思考はついていけなかった。
気がつけば眠っていた。
昨夜、あまり寝れなかったからだろう。
夕食も忘れぐっすりと眠ってしまった。
目を覚ましたのは夜半時。
いつの間にやってきたのか、カルアが隣のベットでスヤスヤと眠っていた。
「・・・んっ・・・かおる・・ちゃん」
起こしてしまったか?と思いカルアを見やる。
どうやら寝言だったようだ。
まったく、カルアもカオルが大好きなんだな。
私は起こさないようにそっとベットから立ち上がる。
足音を立て無いように慎重に歩き、扉を開いて通路へと出た。
2階のテラスは、天井から漏れる光に照らされていた。
出しっぱなしの椅子へ座る。
眠る前に話していた内容を思い出していた。
いったいどうすればいいのか。
他にカオルを救う方法は無いのだろうか。
いくらなんでも、風竜を犠牲にする様な真似はしたくない。
だが、もし他の手段が無いとしたら?
そうするより他無いのかもしれない。
どうする事も出来ない自分に腹が立つ。
苛立った私のもとへ、風竜がやってきた。
「ヴァルカンよ・・・」
風竜はそう言い、私を見詰める。
おそらく、私は酷い顔をしているのだろう。
私はうつむいていた顔を上げ、風竜の顔を見る。
可愛らしいカオルの顔だ。
長く艶やかな黒髪に、幼さ故に元々可愛らしい顔がさらに可愛らしく見える。
そして、黄色い瞳。
ドラゴンの姿をした風竜の瞳だ。
風竜を見詰めていると「・・・・納得できないのはわかる。だがな、他に方法が無いのだ。どうか、我の願いを受け入れてほしい」と語った。
私は、これ以上風竜の目を見る事が出来ずに、またうつむいてしまった。
私がカオルを救いたいと思うように、風竜もカオルを助けたいと思っているのだ。
だが、私は風竜が言う通り、納得する事ができない。
なぜなら、風竜を犠牲にしたとカオルが知れば、自分を責めるに決まっているからだ。
私は歯痒さと苛立ちから右手を強く握り締める。
力の加減も出来ずに握られた拳は、爪が食い込んで鮮血を流した。
風竜はそっと近づき私の手に触れる。
「ヴァルカンよ。幼子のカオルを・・・・どうか頼む」
そう言い、回復魔法を掛けて私を癒すと、その場から立ち去って行った。
残された私は自問自答を繰り返す。
どうしたら・・・
どうしようもないのはわかっている。
だが・・・もし、他に方法があれば・・・・
風竜は他に方法は無いと言った。
それでは風竜を犠牲にしろと?
カルアは「生きてさえいればまた会える」と言った。
どうしたら・・・・・
私は一晩中悩み続けた。
朝方、カルアが起きてきて開口一番「ヴァルカン!なんて酷い顔をしているんですか!今すぐ顔を洗いなさい!」と言われ、水を汲んだ洗面器を渡される。
私は渋々それに従い、顔を洗った。
冷たい水が顔に触れる。
私の暗い気持ちに変化は無い。
顔を洗ったというのに、不快感は洗えなかった。
カルアに渡されたタオルで顔を拭っていると、風竜が起きてきた。
3人で朝食を取る。
私の重い空気を悟ったのか、カルアが明るく努めていた。
朝食を終えると、風竜が慌しく準備を始めた。
エリーとエルミアが待つ帝都へ帰るためだ。
風竜があっちこっち走り回り、アイテム箱へ次々と荷物をしまっていた。
私はそんな風竜を黙って見詰める。
やがて準備が終わったのか「行くか!」と風竜が笑う。
私はその姿を直視できなかった。
風竜の案内で部屋の入り口にある巨大な扉の前へ。
そこで風竜は眉を顰めた。
「どうやら客のようだな」
風竜はそう言うと魔法を唱える。
「『魔装【舞武】』」
風竜がそう叫び、桜色の生地の和服を纏った。
さらに魔法を唱える。
「『桜花』」
その言葉と共に、風竜の腰に以前見た紅漆打刀拵えの打刀が現れた。
武器まで出せるのか。
私は空間魔法の魔装換装の便利さに呆れた。
ところで、客ってなんだ?
カルアと2人で首をかしげていると、風竜は巨大な扉を開けて外へと出て行く。
慌ててそれに着いて行くと、ホール状の部屋に見た事がある人物が待ち構えていた。
それはアンデッドの最上種、リッチ。
2日前に風竜が倒した魔物だ。
リッチは服を纏っておらず、その骨と皮だけの姿でその場に佇んでいた。
「さすがリッチだな・・・真っ二つにされても死なないとは・・・・」
風竜がそう話し掛ける。
「グゥ・・・おのれぇ・・・・」
リッチは忌々しそうにそう唸ると、妖しく光る赤い2つの瞳でこちらを見据えた。
ホントにすごいな。
風竜に一刀両断されても生きているとは・・・・
私は賞賛しながら、あまりの生命力に脱帽した。
「それでは、我が止めを刺してやろう」
風竜はそう言うとリッチと対峙し、半身を前に出して腰を落とした。
右手を柄に添えて左手は鞘を掴む。
また抜刀術を使うつもりだ。
リッチはそんな風竜を見詰め、口から冷気の様な息を出していた。
やがて、どちらからともなく動き出す。
風竜は「はぁぁぁぁああああ!!!」と掛け声と共にリッチへと肉薄すると、刀を横薙ぎに一閃。
大乱刃二重刃がリッチに触れると雷鳴が轟いた。
「ガガーーーーーーーン!!」
それはまるで産声。
生まれたばかりの子供が、その存在を誇示するかのように鳴いた。
迎撃しようと伸ばしたリッチの腕を、身体ごと切り裂いた風竜は、返す刀でまたもリッチを頭から一刀両断する。
「グギャァアアアアアアアアアアアアア!!!」
リッチの断末魔が響き渡ると、事切れたリッチは砂のように崩れ、その存在を失った。
風竜はその様子をただジッと見詰めている。
私は驚いた。
初見で私の技を覚え、そして1度使っただけで指摘した気と魔力のバランスを修正し、今まさに放った一撃はまさしく刀術『抜打先之先』だ。
こんな事がありえるのだろうか?
無事にリッチを屠り、こちらへと歩いてくる風竜を見詰めながら、私はただただ呆れていた。
その後、縦穴まで進みカルアを抱きかかえようとした風竜を制して、私がカルアを抱えて飛翔術で上部まで連れて行った。
カルアは文句を言っていたが、2回も抱きかかえられるのは許さない。
私だってお姫様抱っこなんてしてもらった事無いんだからな!
その後も不満だったのか、カルアはブツブツと文句を言っていた。
私は無視して、ダンジョンを進む。
途中、何度か魔物に襲われるが、風竜と私の2人でラクラクと倒した。
どうやら、風竜が選んだだけあって、あの刀『桜花』はかなりカオルの身体と相性が良い様だ。
たぶん長さも丁度良いのだろう。
私的には、以前見たもう一振りの純白の太刀が気になるんだが・・・
そんな事を考えていると、ダンジョンの入り口へと戻ってきていた。
風竜が魔法を唱え、巨大な扉を閉める。
おどろおどろしい文字や細工が、こちらを威嚇していた。
なかなか過ごしやすい場所だったが、あまり来たくは無いな・・・
風竜に「武器が欲しい!」と言っても「やらんぞ!」と返されてしまったし。
その事を思い出し、落ち込みながらトボトボと歩くと、風竜が『魔鳥まちょう』サイズのファルフを呼び出していた。
そうだ!!
すっかり忘れていた!
行きもこれに乗って来たのだ。
帰りももちろんこれだよな!?
逃げる事も出来ず、うな垂れながらファルフに乗り込む。
風竜とカルアはとても楽しそうだ。
ファルフが「クワァ!!」と鳴くと、翼を羽ばたかせて舞い上がる。
浮き上がる感覚に、さっそく気持ち悪くなりながら必死に掴まった。
「あはははは♪」
「うふふふふ♪」
風竜とカルアの楽しそうな笑い声が聞こえてくる。
私は吐き気との勝負が始まっていた。
ファルフは、一路帝都へと向けて加速した。
ご意見・ご感想などいただけると嬉しいです。




