棚から牡丹餅
「すっげぇな・・・」
俺様は今、帝都北西にある元アベラルド・ラ・フィン伯爵の屋敷にいる。
そこはまさに地獄絵図。
壁は返り血で赤黒く染まり、火魔法でも浴びせられたのだろうか?所々焼き焦げている。
そして、事切れた無数の遺体が、足の踏み場も無いほど辺り一帯を埋め尽くしていた。
なんだってこんなひでぇことに・・・
隣を歩く同僚のアルバートが、あまりの血臭に顔を歪める。
「ハハハ!嗅覚の鋭い犬耳族には、この臭いはキツいか?」
そう尋ねると「うっせぇ!ヒューマンのオマエには、この苦しみはわからねぇよ!」と悔しそうに言う。
まったく可愛そうなヤツだぜ。
代わってやりたいところだが、さすがの俺様もこの臭いとこの惨状には吐き気がするぜ。
広大な庭を進み、やがて屋敷の中へ。
屋敷の中も庭の惨状と劣らず、あちこちに肉塊となった者が横たわっていた。
「マジで、ここで何があったんだろうな?」
アルバートがそう聞いてくる。
「さぁな・・・・皇帝陛下、直々のお達しで、緘口令と情報規制されててさっぱりわかんねぇ。ただ確かな事は、この惨状をたった一夜で作り上げた事と、相当の手練の仕業だって事だな・・・・」
俺様はそう答えると、アルバートはしかめっ面でトボトボと歩いた。
やがて屋敷の2階部分へ。
そこも相当酷い有様だったが、1階部分に比べればそんなに酷くはない。
開け放たれた巨大な扉を潜ると、大きなホールの中央付近に4つの塊が見えた。
ゆっくりと近づきそれを見やる。
4つの内2つの塊は、焼け焦げていて元の形状が判らないほど崩れていた。
しかし、残りの2つは見覚えがある。
なにせ、自分達と同じ真っ青な騎士服を纏っていたからだ。
ということは、焼け焦げた塊も同じ近衛騎士か?
なんたってこんなことに・・・・・
そこへ「レオン・・・こいつは・・・・・」と、アルバートがそう言い、近くに落ちていたレイピアを差し出してくる。
持ち手の柄には『アムン』と刻印されていた。
間違いない。
近衛騎士団長のアムンのレイピアだ。
ということは、この4つの遺体の内、どれかはアムンか?
くそっ!
すげぇムカつくヤツだったけど、こんな最後ってアリかよ!
苛立ちから、握った拳を地面に叩きつける。
アルバートは神妙な顔をしてこちらを見ていた。
後からやってきた、近衛騎士団の部下にこの場を任せて、皇帝陛下に事の次第を報告しに登城する。
青い顔をしていたアルバートには、騎士団詰め所で書類整理を押し付けておいた。
あんな顔をしたままじゃ、陛下に会わせられないと思ったからだ。
陛下の私室へと続く通路を歩く。
カツンカツンと、自分の足音だけが響くその場所で、俺様はなんと報告しようか悩んでいた。
やがて陛下の私室前へ。
緊張しながら扉をノックすると「どなたですか?」と声をかけながらメイドが扉を開けた。
「近衛騎士団副長のレオンハルトです。アーシェラ皇帝陛下へ報告に参りました」
そう告げると、奥から陛下の声が。
「おお!レオンハルトか!入ってよいぞ」
陛下にそう促され、メイドが扉を大きく開ける。
真紅の絨毯を踏み締めながら扉を潜り、執務机で作業をしている陛下の前まで歩く。
片膝を突いてその場に屈むと「よいよい、立て」と陛下が声をかけてくる。
俺様はそれに従い立ち上がると、敬礼をした。
陛下は満足そうに頷くと「うむ!それで、どうじゃった?」と聞いてきた。
「ご報告いたします。アベラルド・ラ・フィン伯爵の屋敷はものすごい惨状で、足の踏み場も無いほど遺体で埋め尽くされておりました。」
俺様がそう報告すると「うむ・・・」と陛下が答え、目を瞑った
その様子を見ながら話し続ける。
「・・・屋敷の2階部分で、4つの遺体らしき物を発見しました。2つは焼け焦げ元の形状が判別できないほどでしたが、残りの2つは・・・・・」
そこで言い淀む。
「ん?どうした?続けぬか?」
陛下は瞑っていた目を開き、そう問い掛ける。
正直言いずらい。
理由はわからないが、近衛騎士団の団長が殺されたのだ。
もしかしたら、俺様達が虐げられる可能性もある。
どうするべきか・・・・
俺様が悩んでいると「レオンハルトよ。今回の事件の発端について、わらわはもう知っておる。じゃから気にせず話せ」と陛下が言った。
なんだよ・・・緘口令敷いたのはそのためかよ。
俺様は安心して話した。
「実は、その2つの塊が俺様・・・じゃなくて、我々と同じ近衛騎士の服を纏っていました。そして、その近くに近衛騎士団長であるアムンのレイピアが落ちていたのです」
そう報告を終えると「ふむ・・・そうか」と言い、陛下は椅子の背もたれに背中を押し付けた。
思い詰めた様子の陛下がしばらく黙っていると、やがて「近衛騎士団副長、レオンハルトよ」と改まって呼ばれる。
俺様は「はい!」と返事をすると「そなたを近衛騎士団長に任命する。いきなりの事で驚くかもしれんが、そなたなら立派に勤めてくれると信じておるぞ!」と言われた。
団長だって!?
あまりに突然の事に、俺様は舞い上がった。
「あ、ありがとうございます!がんばります!!」
そうありきたりな返事をすると「うむ!よく励めよ!それと、補佐役の副長はそなたが選ぶと良い」と言ってくれた。
俺様は完全に有頂天だった。
陛下の部屋を辞してから、廊下を跳び上がりながらガッツポーズを連発していた。
その姿を遠目に見ていた侍女が1人。
「フフフ♪もう、ホントにレオンハルト様ったら子供なんだから♪」
侍女は、喜ぶレオンハルトを見詰めて妖しく笑う。
「これはきっと、私の幸せパワーのおかげで、何か良い事が起きたんだわ♪」
そう言うと、侍女はスキップしながら皇女フロリアの私室へと向かった。
鼻歌を歌いながら・・・・
この後、侍女こと、レオンハルトの婚約者ベルとレオンハルトの間で、血で血を洗う戦いが起ころうとは誰も知る由も無かった。




