第七十六話 傍若無人な風竜 その弐
アーシェラに用意された屋敷の庭から『魔鳥』のような姿のファルフに乗せられて連れ攫われた私とカルア。
ありえないほどのスピードで空を飛び、楽しさからか無邪気に笑う風竜の姿は、見た目がカオルという事もありとても可愛らしかった。
「よし、ファルフあそこだ!」
風竜がそう言い、山の頂を指差す。
ファルフは「クウァ!」と返事をすると、スピードを緩めて指定された山頂へと降下した。
私は吐かないようにするだけで精一杯だった。
ファルフが羽ばたき着地すると、慌てて降りる。
やばい・・・地面がぐらぐら揺れているように感じる。
続いて降りてきたカルアが、心配そうに私の背中を擦ってくれた。
「すまない、ありがとう」
そうお礼を言うと「いえいえ、ヴァルカンは高所恐怖症だったのですね♪」と笑いながら話した。
くっ!
確かに私は高いところが苦手だが、今回はあのスピードにやられた事の方が大きいぞ!
というか、なんでカルアは平気なんだ?
あれか?
例のおねぇちゃんパワーとかいう、謎の力か?
3日3晩、馬を走らせ続けても平気だったのだ。
これくらいの事でも動じない力があるのかもしれない。
カルアに背中を擦られて、なんとか平常を取り戻すと、風竜がファルフにお礼を言っていた。
「ありがとう。良い子だ!」
嬉しかったのかファルフが大きな頭を風竜に擦りつける。
「ははは♪」
風竜は笑いながらそれに答えると、やがてファルフを戻した。
風竜がこちらへ振り向き「それじゃ行くか」と私達に声を掛ける。
行くってどこへ?
私とカルアは首を傾げるが、先に歩き出してしまった風竜の後を慌てて追いかけた。
「どこに行くんだ?」
風竜にそう問い掛ける。
「うん?ああ、懐かしき我が家だ」
我が家?
それって・・・・
「竜の巣に行くのか!?」
私は、風竜の言葉で思い至ったその言葉を口にした。
竜の巣。
別名『アネモスの地下迷宮』
神話の時代以後『風竜王ヴイーヴル』が根城にしていたという、巨大地下迷宮の1つだ。
現存していたとは・・・・知らなかった。
というか、この3人でそんな巨大迷宮に挑むのか!?
私が驚愕としていると「ああ、そうだ」と、風竜が笑いながら答えた。
マジか・・・・
たった3人で行ける訳が無いんだが・・・
だいたい、カムーン国やエルヴィント帝国が総出で挑んでも、最奥へ到達できるかどうかわからない物だぞ?
「ははは!そう怯えるな。何、主人である我がおるのだ。問題無い」
風竜は私の考えがわかったのか、安心させるようにそう話す。
まぁ・・・そうか。
風竜はここに住んでいたんだものな。
不意に、隣を歩くカルアが心配になり目を向ける。
カルアは「あらあら♪」と、特に気にした様子も無く平然としていた。
図太い神経してるんだかなんだか・・・・
まぁいいか。
やがて、入り口と思われる巨大な扉の前へ。
そこは、火口をくりぬいて作られたような場所だった。
巨大な扉にはまるで封印でもされているかのような、おどろおどろしい文字や細工が施され、来るものを拒むかのように威嚇される。
普段の私なら、絶対近づかない場所だな・・・
そんな感想だ。
風竜はそんな扉へ近づくと魔法を唱える。
「封じられし扉よ。閉ざされし門よ。我を受け入れ封印を解かせ『メイス』」
すると、沈黙を守っていた扉が「ドゴン」と音を立てて開き始めた。
「すごいな・・・」
その光景を目の当たりにし、思わず声がこぼれる。
平常を保っていたカルアも驚いて、ポカンと口を開いていた。
「行くぞ」
そんな私達に、風竜はそう声を掛けスタスタと中へ入って行った。
風竜に案内され、ダンジョンへ降りて行くと「・・・ふむ・・・・どうやら、私の不在の間に何者かが入り込んでいるようだな」と風竜が言った。
入り込んでいる?
どういうことだ・・・・扉は堅く閉ざされていたじゃないか。
それとも、別の入り口があるとでも言うのか?
不思議がる私を余所に「これはひと波乱あるかもしれないな。戦闘準備をしておけよ」と風竜に注意される。
私とカルアは「わかった」「わかりました」と返すと、なにやら風竜が魔法を唱える。
「・・・魔装換装」
風竜がそう唱えると、さきほどまで着ていた麻のチュニックとズボン姿からメイド服へ衣装が入れ替わる。
腰にはファルシオンとバゼラードを携え、頭には黒の布地にレースをあしらったカチューシャを着けていた。
風竜はおもむろにスカートの右側を摘むと、黒曜石のバゼラードを引き抜き、太股の上程まで引き裂く。
すると、カオルの艶かしい白い太股があらわになり、それを見た私はドキリとした。
なんて妖艶な姿なんだ・・・・・
風竜は1、2度その場でクルクルとターンをすると満足気に頷き、バゼラードをしまった。
というか待て!
なんだその魔法は!
私は慌てて風竜を問い詰める。
「なんだその魔法は!一瞬で着替えたようだが・・・」
それを聞いた風竜は「うん?空間魔法の魔装換装だが?」と、事もなげに話した。
いやいや!
そんな魔法、聞いた事も見た事も無いぞ!
私がいぶかしげに見ていると「・・・・古代魔法ですか?」とカルアが聞く。
古代魔法!?
失われし神代の時代の魔法か!?
風竜はカルアの質問に「ああ、そうなのか?あの『egoの黒書』という魔導書が、カオルに与えた知識の中にあった魔法なんだがな・・・そうか、偉そうな態度をしていたが、中々どうしてたいした本だったのだな」と答えた。
そんなことが・・・・
どうやら、カオルはとてつもない力を手に入れたようだ。
それにしても・・・
まじまじとカオルの姿を見詰める。
なんていやらしい格好をしているんだ・・・・
はっきりと言おう。
キライじゃないと!
いやむしろ、好ましいと!
なにしろ、私が贈ったメイド服だしね!
いいねぇ!
ちらちら見える、ニーソックスに艶かしい太股がまた・・・
めちゃくちゃにしてやりたいね!
鼻息荒くカオルの身体を見詰めていると「・・・なんだ、ヴァルカン。この格好が気に入ったのか?」と聞いてくる。
私はその言葉に「ああ!大好きだ!」と興奮気味に答えた。
カルアがそれに同意する。
「ええ、おねぇちゃんもドキドキしちゃっています♪」
風竜はそんな私達を見やると「まぁ気持ちがわからないでもない。幼子のカオルはとても可愛らしいからな」と言い、スカートの裾を摘んだ。
おおう!
そんな仕草をしたらスカートの中が見えてしまうじゃないか!
ご褒美ですよ!!
興奮しすぎて鼻血が出そうになり、慌てて視線を逸らす。
危ない危ない・・・
もう少しで失態を見せるところだった。
深呼吸をして落ち着くと、隣にいたカルアが鼻血を垂らしながらカオルの身体を見詰めていた。
うぉい!
なんでそんな食い入るように見ているんだ!
というか、その鼻血をどうにかしろ!
私だって我慢したんだぞ!?
カルアにその事を指摘すると「あらいけない!」と慌ててハンカチで鼻を押さえた。
まったく・・・・もしカオルがそんな姿を見たら幻滅されてしまうぞ?
まぁ、私的にはその方がいいんだが。
風竜はクスリと笑い「それでは行くか」と言い、ダンジョンを進む。
薄暗いダンジョン内を進むと「あ、忘れていたな」と風竜が言い、魔法を唱え始める。
やがて「『ライト』」と言うと、魔法が発動し、薄暗くダンジョン内を照らしていた光が光量を上げて辺りを明るくした。
これは・・・グローリエルが使っていた、ダンジョンを明るくする魔法か?
私は風竜に問い掛けると「そうだ。カオルが剣騎グローリエルから教わった魔法だな」と答えた。
そうか、いつのまにかカオルは教わっていたのか。
しかし、私に内緒でグローリエルに教えを請うとは、カオルめ・・・そんなにオシオキをしてほしいのか?
これは、カオルが戻ってきたらいっぱい楽しまないといけないな・・・特にその身体で・・・ジュルリ
私は、前を歩く風竜(カオルの身体)を見詰めてそんな事を考えていた。
しばらく進んでいると、魔物と遭遇する。
子牛程の大きさに、真っ黒い体毛。
燃える様に赤い瞳を宿した犬の姿。
『ヘルハウンド』だ。
ヘルハウンドは10匹程の群れを成して、私達を見つけると襲いかかってきた。
風竜は魔物を見つけ嬉々として腰から下げた剣を抜くと、一目散に先頭のヘルハウンドへ斬りかかった。
・・・やっぱり、中身はカオルじゃないな。
カオルなら、私に遠慮して先陣を切るなんて真似はしない。
ヘルハウンドに突撃した風竜は、小柄な体型を駆使して魔物を屠る。
白銀のファルシオンが、ダンジョンの光を妖しく煌かせると、それに伴ってヘルハウンドの身体が真っ二つに両断される。
・・・なんというか、すごいな。
カオルにこんなポテンシャルがあったとは。
っと、見ている場合じゃないな。
私は腰から愛刀『イグニス』を抜くと、身体に風を纏ってヘルハウンド達の後方へと飛び、風竜と挟撃を始める。
前後から襲い掛かる私達に、ヘルハウンドは為す術もなく撃滅させられた。
一頻り楽しんだのか、風竜が「ははは!『斬る』というのも、なかなか楽しいな!」と笑い声を上げる。
私はそれを見て、なんだか可笑しくなってしまった。
だって、古代聖典に出てくる最強竜種『風竜王ヴイーヴル』が笑いながら魔物を切り刻んでいるだぞ?
笑うなという方がどうかしているだろう。
ところで、ずっと気になっていた事が・・・
アイテム箱に、切り捨てられたヘルハウンドをしまう風竜に声を掛ける。
「・・・なぁ風竜。なんでメイド服なんだ?」
私の問いに風竜は「うん?ああ、カオルが着ていた白銀の鎧は、革の部分をあの本の中でボロボロにされてしまってな。修復しないと着られないから、動きやすいこの服を出しただけだが・・・・似合わぬか?」と言う。
「いやいや!とんでもなく似合ってて可愛いぞ!」
私がそう答えると、カルアも「ええ!とっっても可愛らしいです♪」と声を合わせた。
風竜は「そうか。ならば幼子のカオルが戻ったら、そう伝えると良い。お前達の願いなら、喜んで着るだろう」と答えた。
フフフ・・・・
風竜のお墨付きを貰ったな。
これはカオルに伝えねば・・・・
いや、むしろあれだ。
このまま色々とえっちぃ服を着させていけば・・・
私好みの・・・・ジュルリ
私がそんな下卑た考えをしていると、カルアと目が合う。
カルアも同じ様な事を考えていたのだろう。
私が頷くと同じように笑顔を浮かべて頷いた。
「よし!では行くぞ!」
風竜を先頭に進む。
途中、コボルトや骨型の魔物『スケルトン』に遭遇するが、問題なく撃退した。
やがて、巨大な縦穴に辿り着く。
縦穴の周囲は、ぐるぐると螺旋階段が設置されており、これを降りきるだけでかなりの時間を費やしてしまいそうだ。
風竜は底を見下ろすと、おもむろにカルアの傍へ。
カルアはその様子を首をかしげて見ていると、風竜は「よっ!」という掛け声と共に抱きかかえた。
お姫様抱っこだ。
カルアは突然の事に呆然としていたが、やがて「まぁ♪」と声を出して頬を赤く染めた。
「な・・・!?何をしているんだ!?」
私が声を荒げると「ん?下に降りるんだが・・・・以前、カオルもエルミアをこうして抱き上げて飛翔術を使っただろう?」と風竜が言う。
そりゃ確かに、エルミアも魔法が使えないからそうした事もあったけど!
別に、私がカルアを抱きかかえればいいだけじゃないか!
私がその事を言うと「まぁいいではないですか♪」とカルアが嬉しそうに話す。
くそう!
いくら今は風竜がカオルの身体を使っているとはいっても、身体そのものはカオルなんだぞ!
私だって抱き締めて欲しい!
プンスカ怒る私を尻目に、カルアを抱きかかえた風竜は「先に行くぞ」と言い、さっさと飛んで行ってしまった。
ちょっと!?
慌てて風を纏い追い掛ける。
まったく、風竜は自分勝手だな!
・・・・人この事言えた義理は無いが。
底の見えない程奥深くまで降りると、先に地面に到着していた風竜が『ライト』の魔法を使っていた。
『ライト』の魔法で明るく照らされたその場所は、地面も壁も石畳で造られていたが、何年も手入れをされていないのだろう・・・・所々が剥げ落ち、その年数を物語っていた。
さすがの私でも、これだけ深いダンジョンだと少し怖い。
しかし、風竜は臆す事も無く歩き出す。
カルアと2人でその後を付いて行く。
「ねぇヴァルカン?」
のんびりと進む風竜の後を歩いていると、カルアに話しかけられる。
「なんだ?」
「ここに入ってから、嫌な胸騒ぎがするの・・・」
カルアはそう言うと、手にした長杖を強く握り締めた。
ふむ・・・・
確かに嫌な予感はするが、今は前を歩く風竜に付いて行くしかない。
私は怯えるカルアに「大丈夫だ。風竜も私もいるしな」と笑いながら返した。
カルアはそれを聞くと「・・・そう・・・・ね」と言い、笑顔を作る。
どことなくぎこちないが、どうしようもない。
しばらく言葉も無く進んでいると、通路が途切れホール状の部屋へ辿り着く。
そこには巨大な扉があった。
ここが目的地なのだろうか?
風竜をいぶかしげに見詰めると「・・・・やはりいたな」と声を上げた。
なんだ?
風竜の見詰める視線の先を見やる。
巨大な扉の前に、いつのまにか篝火が焚かれ、辺りを怪しく照らし出した。
「クックックック・・・・・」
どこからともなく笑い声が聞こえてくる。
私は声の主を探すように辺りに視線を走らせると、愛刀に手を掛け腰を落とす。
すると、扉を挟むように設置された篝火の間に、全身を隠すかのように長いローブ姿で目深にフードを被った人物が。
どこから来たんだ・・・・
あまりにも違和感無く現れた為、その存在に気付かなかった。
風竜がその人物に向けて「お前は何者だ・・・どうしてここにいる」と問い掛ける。
「クックックック・・・・」
ローブ姿のその人物は、返事もせずに笑っていた。
あきらかに怪しい・・・・
私はその人物を見詰めながら周囲を警戒する。
やがて「・・・お前達も、ここの遺産を目当てにやって来た盗掘や盗賊の類だろう?」と話す。
なんだこいつ・・・・
まるで、ここの主のような言い草だな・・・
その言葉を聞いた風竜が「ハハハ!盗賊だと?お前こそ盗賊じゃないのか?まぁもっとも、その扉を開くことが出来ずにいるようだがな」と答える。
「・・・・貴様、なぜそれを知っている」
風竜の言葉に核心をつかれたのか、苛立った様子でそう言った。
なるほど。
こいつはここで待ち構えていたわけか。
蟻地獄みたいなヤツだな。
風竜はその様子を見て「なんだ、図星か?情けないな。アンデッドの最上種リッチのくせに、その程度の魔印も解けないとは」と勝ち誇った様に言う。
ちょっとまて!
リッチだと!?
吸血鬼に並ぶ実力を持ち、死霊魔術の『不死化』により自己を究極のアンデッドに変えた、元高位魔術師の!?
なぜそんなヤツがこんな場所に!?
いや、こんな場所じゃないか・・・・
ここは『アネモスの地下迷宮』
『風竜王ヴイーヴル』が住んでいた場所なのだから・・・・
風竜にリッチと言われた人物は「クックック・・・」と笑いながら「なるほど・・・私の存在を言い当てるとは・・・お前達はそれだけ優れた盗賊というわけか」と話した。
ヤバイな・・・
私は傍にいるカルアに目配せをすると、異様な状況を察知したカルアが私の後ろに隠れる。
カルアは治癒術師だ。
戦闘能力なんてほぼ無いだろう。
不意打ちを警戒して、後方の警戒を強めた。
「それで?アンデッドの最上種が、こんなところで何をしているんだ?まさか、扉を開けられない腹いせに、やって来る者を喰らっているのか?」
風竜がそう聞くと「フン!」と鼻を鳴らした。
どうやら、戦闘は避けられないようだな。
そう確信して、愛刀を鞘から引き抜く。
風竜はそんな私を見やると、口端を吊り上げてニヤリと笑った。
こいつ・・・・
ホント、見た目がカオルじゃなければぶん殴ってやりたいところだ。
リッチは「フハハハハ!」と笑い声を上げると右手を上げる。
それに合わせて、周囲の地面に魔法陣が現れ魔物を召喚した。
スケルトンや食屍鬼と呼ばれる醜い子供の姿をしたグール。
そして、腐敗した身体のゾンビ。
どの魔物も下位のアンデッドと呼ばれる者達だ。
リッチは配下の魔物を呼び出すと、怪しく笑う。
「クックック・・・さぁ、楽しい宴の時間だ!」
リッチの声を皮切りに、戦闘が始まる。
スケルトンは、その骨だけの姿でカタカタと音を上げて走り、こちらへと向かってくる。
私は迎え撃つ為に刀を強く握り締め、腰を落としたまま待ち構える。
しかし、魔物達が私達のもとへ辿り着く事はなかった。
正確には、近づくことなく消え去ったのだ。
風竜の放った魔法によって・・・・
風竜は、リッチが魔物を召喚した瞬間に魔法を唱え初めていた。
そして、魔物が駆け出した瞬間にそれを発動させたのだ。
「『テスラ!!』」
風竜がそう叫んで魔法を放つと、ホール全体を幾千幾万の雷が降り注ぎ、リッチ諸共焼き払った。
凄すぎる・・・・・
私は、目の前で轟く雷をただ見詰めていた。
やがて雷が収まると、リッチ以外に形ある者はいなかった。
あの雷もすごいが、それを耐えたリッチもすごいな・・・・
黒く長いローブを焼かれ、リッチの全身が露になる。
肉の無い骨と皮だけの姿に、2つの赤い瞳が怪しく光っていた。
これがリッチか・・・・
私がリッチに目を向けていると「・・・グッ!どうやら、お前達を侮っていたようだな」と、悔しそうに話し出す。
風竜は表情ひとつ変えずに「ハハハ!大口叩いていたわりに、もう降参するのか?」と返した。
なんというか・・・
風竜は恐ろしいな・・・・
見た目は可愛らしいカオルなんだが。
リッチは、風竜の挑発に乗るように身体をギシギシと鳴らして近づいてくる。
それに答えるかのように、風竜がリッチへ向けて歩き出した。
1人で戦うつもりなのか?
私は心配になりそう問い掛けると、風竜はそれを手で制した。
どうやら、ホントに1対1で勝負するようだ。
豪気というか何と言うか・・・・・
カオルの身体で無茶をしてほしくないな・・・
そんな心配を余所に、ホールの中央で対峙する風竜とリッチ。
2人は見詰め合い、リッチが口から冷気にも似た白い息を吐き出していた。
対峙する2人は1歩も動かない。
訪れる静寂に緊張したのか、ゴクンと生唾を飲み込む音が聞こえる。
カルアだ。
カルアも私と同じように、微動だにしない2人を見詰めていた。
やがて、どちらからともなく戦いの火蓋が切って落とされる。
リッチは、自身の周りに黒く渦巻く球体を出して、次々に風竜へと放つ。
おそらく闇魔法だろう。
リッチは元々高位の魔術師なんだ。
どんな魔法が使えたとしても、驚きはしない。
リッチが放つ魔法を、風竜は軽々とファルシンで切り崩す。
・・・・・おかしい。
私が知るカオルに、あれほどまでの力量は無いはずだ。
風竜が乗っ取っているから?
それだけで身体能力まで上がるというのか?
それとも、あの魔導書の力か?
しかし、あの本は『知識』と『魔力』を授けてくれる物だったはずだ。
ならば、今、眼前で行われている光景はなんなのだろうか・・・
見たことも無い速度で移動し、いつ振り抜いたかもわからない程の剣速。
しかも、最上種アンデッドのリッチの魔法を、軽々と防いでいる。
あれが本来のカオルの実力だとでもいうのだろうか?
では、私との訓練はいったいなんだったのか・・・・
電光石火のごとく動き回り、リッチを赤子の様に手玉に取る風竜の姿に、賞賛と嫉妬にも似た感情が沸き起こる。
風竜はそんなことは露とも知らず、楽しそうに剣を振るっていた。
「ハハハ!それで終わりか!!」
風竜はリッチにそう告げると、リッチは悔しそうに「・・・ムムゥ」と忌々しそうに風竜を見詰めた。
「それじゃ・・・終わりにするか」
風竜がそう言い、リッチから距離をとる。
ファルシオンを鞘にしまい、腰を落とすと柄に手を添えた。
まさか・・・・
うそだ・・・・ろう・・・・
あの構えは・・・・
抜刀術か!?
風竜は呼吸を整え意識を剣へと集中させる。
リッチはその姿を見やると、両手を前に掲げ魔法で巨大な黒球を作り出した。
ホール内がビリビリと振動する。
とてつもない攻撃をお互いに繰り出そうとしている。
私はカルアに声を掛け、ホール入り口の通路まで下がった。
「ヴァルカン・・・・これって・・・・」
カルアが怯えた表情でそう言うと、私の裾を摘んだ。
めずらしいな・・・
だが、気持ちはよくわかる。
私だってこの光景に恐怖を感じているのだから・・・
そして風竜が叫ぶ。
「ウォォオオオオオオ!!!!!」
その声を合図に、リッチが巨大な黒球を放った。
風竜は避けることなく黒球へと突進していく。
衝突する風竜と黒球。
2つの影が混ざり合ったその時、落雷の様な轟音を撒き散らし、黒球を切り裂いて風竜が現れた。
その手には雷を帯びるファルシオンを持っている。
アレで斬ったのか・・・・?
あの巨大な黒球を・・・?
風竜は黒球を切り抜けると、勢いそのままにリッチへと斬りかかる。
慌てたリッチが魔法を使おうと手を上げたその時。
風竜の持つファルシオンが、リッチの頭部から腹部にかけて一刀両断した。
「グワァアアアアア!!!」
リッチが絶叫すると、身体から魂の様な何かが吹き上がる。
風竜は勝ち誇ったように剣を肩に掲げてその様子を見ていた。
そこへ爆発が起こる。
切り裂かれた黒球だ。
爆発と共に、ホール全体を爆風が襲い、砂煙が舞い上がる。
私はカルアを守るように立ち塞がると、やがて「ケホッケホッ!」と咳をしながら風竜がやってきた。
どうやら無事だったようだ。
可愛くケホケホ咳をする姿に、呆れながらも愛らしさを感じていた。
ご意見・ご想などいただけると嬉しいです。




