第七十五話 傍若無人な風竜 その壱
カオルが『egoの黒書』という魔導書の中から助け出され、既に2日が経っていた。
本来の持ち主であるカオルは未だ目覚めず、カオルの身体は風竜が使っていた。
風竜は、これ見よがしにカオルの身体を使い、遊び呆けていた。
「おお!これは美味いな!」
テーブルの上に並べられたお菓子を、無造作に掴みそれを頬張る。
口いっぱいにお菓子を詰め込み、頬を膨らませてモグモグと食べる風竜。
アーシェラに用意された屋敷に引き篭もり、もう2日もこんな状態だ。
「おい!風竜、いい加減カオルの状況を教えてくれないのか!」
苛立った私は、風竜にそう問いかける。
風竜はゴクンと喉を鳴らし、頬張ったお菓子を紅茶で胃に流し込んだ。
「ふむ・・・もう焦れたのか?まったく堪え性がないな。ヴァルカンよ」
風竜はそう言うと、残念そうに私を見やった。
テーブルを囲んでいるエリー・エルミア・カルアもその様子をジッと見詰めている。
「しかしだな・・・・私達はカオルが心配なのだ・・・・」
そんな泣き言を洩らすと「ああ、わかっている・・・だがな・・・・傷つけられたカオルの心は、そう簡単に治るものではないぞ?」と冷ややかに語った。
そりゃそうだろう・・・
カオルは、あの本の中で目を覆いたくなるような光景を目の当たりにしたのだ。
私達ソックリな姿をした人形に・・・・・
身体中を傷付けられ、そして・・・何度も・・・・
もし私が同じ状況になったのなら、間違いなく精神が崩壊していただろう。
「・・・・それなら、どうすればカオルちゃんを救えるのですか?」
カルアが切実にそう聞くと「手はある。だが今はまだその時ではない」と風竜が言い、手近かにあったスコーンを取り齧り付いた。
まったく・・・姿形がカオルなのだから、やりづらい。
しかし・・・手はあるのか・・・
ならば、今は風竜の言う通りにしておこう。
そこへ、扉をノックしてアーシェラがやってきた。
「じゃまするぞ」
そう言い、入ってきたアーシェラに挨拶を返して椅子を用意する。
アーシェラは礼を言ってそれに腰掛けると、カルアが入れた紅茶を啜った。
「それで陛下。聖騎士教会は何と・・・・?」
私がそう聞く。
実は、あの本については全てアーシェラに一任してあるのだ。
私達があの本から戻ってくると、あの本『egoの黒書』は砂のように崩れて消えてしまった。
今はもう手元には無いのだが、カルアから語られた秘密。
あの本が聖騎士教会から何者かに盗まれた事。
そして、あの本がまだアルバシュタイン公国の所有であるという事から、エルヴィント帝国の皇帝であるアーシェラにお願いしたのだ。
「うむ・・・・あの本はアルバシュタイン公国から、わらわが個人的に買い取ったという事で、なんとか折り合いがつきそうじゃ。まぁ、色々と厄介事も付いてきてしまったがの」
アーシェラはそう言うと、空笑いを浮かべた。
やはり、一筋縄じゃいかないか・・・・
「すみません。陛下・・・私も何かお力になれればいいのですが・・・」
カルアが神妙な顔でそう話す。
実は、あの一件の後に聞いた話しなのだが、カルアは聖都『アスティエール』で『宣教師』に推挙されたそうだ。
凄い事だな・・・
一介の治癒術師が功績を認められて宣教師になるなんて・・・・
まぁ、ホントはカオルと一緒にいたくて、自由に動き回れる宣教師になったのだろうがな。
しかし!カオルは渡さないぞ!
なんたって、私の嫁だからな!
そんな事を考えていると「良いのじゃ。カルアと言ったな・・・今回の事は帝国の問題じゃからな。そなたが気に病む必要はない」とアーシェラが慰めた。
まったく、母親の顔を見せたり、皇帝らしく振舞ったり、大変な女狐だな。
一頻りお菓子を食べていた風竜が、話しに参加する。
「ふぅ・・・美味かった。何百年ぶりかの食事、特にお菓子とは中々に良いものだな」
そう言うと満足そうに笑った。
まぁ「風竜王ヴイーヴル」の伝説なんて何千年も昔の話しなんだ。
長寿のドラゴンが、それから何百年生きたかなんて知る由もない。
「それで、風竜・・・でいいのかの?」
アーシェラがそう問いかけると「何か用か?女狐」と風竜が言う。
すると「め、女狐か・・・これは酷い事を言うの」とアーシェラがうろたえた。
そりゃそうだ。
女狐なんて・・・私以外口にしていないのだから・・・・
「違うのか?以前、ヴァルカンがそう呼んでいたのだが」
ちょっ!?
風竜なんで知ってるんだ!?
それを聞いたアーシェラが「・・・ほほう?ヴァルカンよ、そんな事を言っておったのか?」と鋭くこちらへ目を向けた。
ヤヴァイ・・・・
これはなんとかごまかさねば!
「あはは・・・」と空笑いを浮かべ「そ、そんなことよりも、陛下は何か風竜に聞きたかったのではないですか?」と話題を反らした。
アーシェラは呪詛を込めた目でこちらを見詰めると「やれやれ」と言い、風竜に向き直った。
「実はの・・・・ん~、どうも慣れんな。見た目が可愛らしいカオルのままじゃから、どうも調子が狂う」
その気持ちはとても良く分ります。
心の中で同意した。
「まぁよい。それでの、風竜よいつカオルは元に戻るのじゃ?アルバシュタイン公国との話し合いで、カオルとリアの婚姻をせねばならぬでな。そのために、カオルの同意が必要なのじゃが」
アーシェラがそう話すと、その場にいた者が啞然とし凍りついた。
今なんて言った?
カオルとフロリアの婚姻?
なんで?
おかしくない?
えっと・・・・
「「「「えええええええええ!?」」」」
エリーとカルア・エルミアの驚きの声が被さる。
「どういうことですか!?なんで、カオルとフロリア様の婚姻の話しが出てるんですか!?」
エリーがそう叫ぶと「なんじゃ、先ほどの話しを聞いておらんかったのか?あの魔導書を買い取るために、リアとカオルの婚姻の際、魔術師であるカオルへ送る品と言ってあるのじゃ」とアーシェラが説明した。
なんだか、筋が通っているように聞こえる・・・・
いやいや!
カオルは渡さないぞ!
「そんな事を言ってもだめです!だいたいカオルは私の嫁なんですから、フロリア様には渡しません!」
私がそう言うと「そうよ!カオルは私の物なんだからね!」「カオルちゃんは、おねぇちゃんをお嫁にするって言っていました♪」「私はカオル様の妻として、既に輿入れの準備を進めています」と3人も続いた。
いや、なんかおかしくないか?
エリーはいつものことだが、カルアよ、カオルがいつ嫁にするって言ったんだ?
エルミアなんて、既に輿入れの準備が進んでいるだと?
いつのまにエルフ王にそんな話を・・・・
私達の話しを聞いて、呆れるアーシェラの横で風竜が笑い始めた。
「ククク・・・実に面白い者達だな!しかしな、カオル自身の気持ちを蔑ろに話を進めるのは関心せんぞ」
確かに・・・・
だいたい、カオルは私を家族と呼んでくれたんだ。
もう、結婚した仲なのだ!
勝ち誇っていると「そうよね!風竜様、カオルが私達をどう思っているかわかりませんか?」とエリーが質問を始めた。
風竜はそれを聞くと「わかるぞ?我は、ずっとカオルの中から見てきたからな。ヴァルカン・エリー・エルミア・カルアの4人を姉の様に慕っておる。リアという娘は仲の良い友達という感じだな」と答えた。
姉って・・・・
違うよ?カオルきゅん。
私はカオルきゅんの夫だよ?
これは調教が必要だね・・・・
私はそう決心した。
エリーとエルミア・カルアは風竜の言葉を聞くと、身を寄せ合ってなにやら相談をしていた。
「おねぇちゃん、エルミア、私達カオルに姉って思われてたみたいよ?」「そうですね・・・・そういうプレイもやぶさかではないですけど、やはり私は愛妾、いえ妻として・・・」「う~ん・・・おねぇちゃん的には、姉さん女房がいいんだけどね♪」
口々にそう言うと頭を抱えて悩み出す。
ふん・・・・
せいぜい悩むがいいさ・・・・
私には、カオルの師匠としてのアドバンテージがある。
まだまだ私のターンは終わらないゾ!
「ふむ・・・仲の良い友達か・・・・まぁ貴族同士、政略結婚なんぞ日常茶飯事じゃからの。問題無かろう」
アーシェラ!
さすが女狐・・・なかなか折れないな・・・・
そこへ、果敢にもエルミアが突撃した。
「カオル様は、私と共にエルフの里へ移り住んでいただきます。次期エルフ王として・・・」
エルミアはそう言うと、普段の無表情な顔からは想像出来ないほど照れた顔をして、両手を頬に添えてイヤイヤをした。
・・・大胆だな。
だが許さん!
「カオルは師である私と共に、イーム村で慎ましく静かに暮らす。これは師匠としてカオルに命令する」
胸を反らせてそう言うと、エリー達が「「ずるい」」と恨めしそうに言った。
フフン!
カオルと初めに出会ったのは私なのだから、当然の権利だ!
誰にも渡さん!
「・・・なにやら勝った気でいるようだが、全て決めるのはカオル自身だぞ?」
風竜の1言で、その場が凍る。
そうだ・・・った・・・・・
いやいやまてまて!
カオルは、師である私の言う事には絶対に従うはずだ!
だが・・・・
命令で屈服させるのも、確かにおかしいのか・・・・
だが、他の誰かにカオルを譲るのも嫌だ。
くぅ・・・・
これが乙女心というやつか!?
風竜の放った言葉のせいで、カオルに想いを寄せる私達は頭を抱えて悩み出した。
結局、カオルが元に戻らない事には、どうしようもないことなのだが・・・・
「さて、それでは我は少し行くところがある。2~3日戻らないのでそのつもりで」
風竜はそう言うと立ち上がり部屋を出て行こうとする。
「ま、待て!カオルの身体を、どこに持って行くつもりだ!」
私がそう叫び、呼び止めると「う~む・・・そうだったな・・・・・よし、ヴァルカンと・・・・カルア、付いて来い」と答え、私とカルアの手を引いて屋敷の庭へと連れて行った。
連れて行かれる私とカルアの後を、アーシェラ・エリー・エルミアが慌てて追う。
「ちょ、ちょっと!?なんでその2人なのよ!」
エリーが風竜に問いかけると「うん?前衛2人に回復役の後衛1人で、バランスがいいだろう?それに3人しか乗れないからな」と答えた。
まてまて・・・
なんだ?
戦闘でもしに行くのか?
いぶかしげに風竜を見ていると「では行くか・・・・『ファルフ!!』」と叫ぶ。
すると、風竜の前に巨大な鳥が現れた。
なんだ・・・・これは・・・・・
ファルフというのは、カオルが呼んでいた小さな鳥ではなかったのか!?
今、目の前に現れた鳥・・・・・・これはまるで・・・・・・
カムーン国の『魔鳥』ではないか!!
風竜が呼び出したファルフを見て、その場にいた誰もが驚き、言葉も出せないでいた。
「ヴァルカン、カルア、行くぞ?」
風竜がそう言うと、グイグイ後ろから押されてファルフの背に乗せられる。
『魔鳥』には乗った事があるが、この羽の柔らかさも温かさも間違い無くソックリだ。
「では行って来る!」
風竜は嬉しそうにそう叫び、ファルフを空へと誘った。
屋敷の庭から飛び立ち、あっという間に帝都上空へ。
はっきりと言おう。
高くて怖いと!!
あまりの恐さに、風竜とカルアにしがみつく。
2人は不思議そうに私を見詰めると、ニコリと笑った。
あ、なんか嫌な予感。
「風竜様?」
カルアがそう聞くと「うむ・・・ファルフ、全速力だ!」と風竜が言い、空の彼方を指差した。
ファルフは「クウァー!」と嘶き、まるで滑空するかのように翼を後方へずらすと、驚くほどの速さで飛行した。
ひぃ!?
目まぐるしく移り変わる景色に、目がグルグルと回る。
怖い怖い!というか、気持ち悪い・・・
船酔いにも似た感覚に襲われていると「アハハハ♪」と風竜が楽しそうに笑った。
なんか楽しそうだな・・・
カルアは、そんな風竜を温かく見詰めていた。
たまにエリーを見ている時に見せる表情だ。
というか、今はそんなことより・・・
助けてくれー!!!!!
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