第七十四話 グリモア
<カオルサイド>
自身の魔力を高めるため、魔術学院へやってきたカオル。
何の気なしに手にした、黒い本に囚われ暗い空間に閉じ込められていた。
そこで待ち構えていたのは白い髪の少女・・・・
以前、夢で見た実家へと誘われた時にカオルを貫いた『白い手』の少女。
少女は笑い、そしてカオルに嗾けた。
カオルの大切な『家族』を・・・・
カオルは『家族』に何度も身体を蹂躙され、そして殺される。
それは、何度も何度も繰り返された。
目が覚めると犯され、息つく間も無く首を締められて意識を失い、気がつけばカオルの心は荒み何も考えられなくなっていた。
「アハハハハハハ・・・・・」
暗闇の空間に、少女の笑い声が響き渡る。
ボクは何度目かわからない蹂躙を受けていた。
相手はエリーとエルミアとカルア・・・・
身体中を舐られ、そして身体中をナイフで斬り付けられる。
だが、痛みを感じない。
感覚はとっくに麻痺し、流れ出る血で本来であれば寒気を感じるのだろうがそれすらも無い。
エリーもエルミアもカルアもあの『濁った目』をしている。
怖い?
恐怖など既に感じない。
あの目に恐怖していたことすら忘れている。
そこへ、師匠がボクに跨り首を締めてきた。
息が出来なくて苦しいはずなのに、嗚咽にも似た声すらも出ない。
ボクはなんでこんなところにいるのか?
そんな思考することすら放棄して、ボクはまたも意識を失う・・・・
少女の楽しそうな高笑いが聞こえたような気がした。
<ヴァルカンサイド>
エリーとエルミアとカルアが帝都へと急ぐ中、帝都で待つヴァルカンは悲壮感に包まれていた。
理由は沈黙を守っていた黒い本、アベラルド伯爵から聞き出した『egoの黒書』が突然淡く光り出した為だ。
カオルの身に何かあったのだろうか?
迎賓館の一室では、本を囲むように私とアーシェラとグローリエルが佇んでいる。
そこへ、扉をノックしてアゥストリとルチアがやってきた。
「陛下、お待たせいたしました」
アゥストリがそう言うと「うむ・・・それでどうじゃった?」とアーシェラが聞く。
「はい、アベラルド伯爵から聞き出した通り、やはりその本は『egoの黒書』という魔導書で間違い無いようです」
アーシェラはそれを聞くと「ふむ・・・」と言い、何か考え始めた。
アゥストリは報告を続ける。
「元々『egoの黒書』は、北方の国『アルバシュタイン公国』が所有していたようですが、先の大公エルム・ド・ファム様がその危険性を懸念して、聖騎士教会に預けていたようです。それを、なぜアベラルド伯爵が所持してたのかは今のところ不明です」
「そうか・・・」
そう言うと、アーシェラは力無く椅子に腰掛けた。
私と同じようにカオルを心配してくれているのだろう。
だが、事は1国内で納まる問題ではなくなった・・・・
エルヴィント帝国の伯爵が、どういうわけか聖騎士教会が保管していた魔導書を所持していた。
しかもその魔導書が『アルバシュタイン公国』が聖騎士教会に預けていた物だという。
こんなことが露見すれば、最悪の場合、国家間での戦争も有り得る。
聖騎士教会の信用も・・・・地に落ちるだろうな・・・・
アゥストリの報告を聞き、その場にいる者はあまりの重大さに口を噤む。
重苦しい雰囲気の中、私は淡く光る黒い本をただ見詰めていた。
誰も言葉を発せずにいると慌しく扉を開きエリーとエルミア、それにカルアがやってきた。
「「「ヴァルカン!」」」
3人は息も絶え絶えに私の名を呼ぶと肩で息をした。
「よく戻ったな!それで、何かわかったか!?」
私がそう聞くと、エリーは深呼吸をして息を整え「ええ、確証はないけど・・・たぶん・・・・」と言い、テーブルの上に置いてある本を見やった。
「光って・・・る」
エルミアがそう言い、みんなの視線が本へと向く。
「それでどうすればいいのじゃ!?」
アーシェラが我慢できなかったようでそう叫ぶと「『カオルと繋がりがある物』を使えば可能性があるらしいわ」とエリーが答える。
『繋がりがある物』?
なんのことだ・・・
そこへ「これです」とカルアが言い、1本の黒い短剣を取り出した。
なるほど!
黒曜石の短剣か!
これは、カオルが私達の為に作ってくれた物だったな!
私は慌てて腰から黒曜石の短刀を取り出すと、同じようにエリーとエルミアも取り出した。
しかし、カルアも持っていたのか・・・
カオルめ・・・・戻ってきたら問い詰めてやらねばならんな。
4人で本を囲むように並び短剣を掲げる。
しかし、何も起きない。
「おかしいわね・・・」
エリーが首を傾げる。
なぜだ!?
お互いの顔を見詰めて不思議がっていると「ふむ・・・・もしやこれかの?」と言い、アーシェラが1枚のハンカチを取り出した。
そこには白い布地に黒い石でバラが描かれていた。
「それは・・・・」
私がそう聞くと「これはカオルがくれた物なんじゃが、この黒いバラは黒曜石の欠片を縫い付けて描かれておってな。これも『カオルと繋がりがある物』ではないか?」と言う。
そうか!
たしかに、それも私達と同じ素材の物だ!
4人の輪の中にアーシェラを加えて、もう一度本に向かい掲げる。
しかし、またも変化は起きない。
「だめなのか・・・・」
私はそう呟き、苛立たしさからテーブルを叩く。
「・・・はっ!?このハンカチは、リアも持っておるのじゃった!」
アーシェラがそう言い、ルチアとアゥストリにフロリアを呼んでくるよう伝える。
2人は大急ぎで「わかりました!」と返答すると、お城へ向かって行った。
しばらくすると、ルチアとアゥストリに連れられフロリアがやってくる。
よかった・・・これでカオルを救う事が出来るかもしれない・・・・
アーシェラがフロリアに「今は詳しく話せないけど、リア?・・・・カオルの為に、あなたの力を貸してほしいの」といつもとは違う口調で話す。
策略好きの女狐と思っていたが、なんだ・・・・母親の顔も出来るんじゃないか。
私がそんなことを考えていると「わかりました、お母様」と言いフロリアが頷いた。
アーシェラの必死さが伝わったのだろう。
フロリアを加えた6人でテーブルを囲む。
今度こそ・・・成功してくれ・・・・・
祈るような気持ちで短刀を掲げる。
すると、先程までまったく変化がなかった本が淡い光から眩いばかりの強い光を発する。
「これ・・・は!?」
アーシェラが驚いてそう言うと「成功したのね!」とエリーが叫ぶ。
私はただ、必死に短刀を握り締めカオルの笑顔を思い浮かべていた。
部屋全体を照らし出した強い光がおさまると、暗闇の空間が現れる。
ここはいったい・・・・
周囲を見回すと、光も無いのにエリー・エルミア・カルア・アーシェラ・フロリアの5人の姿を捉える事が出来た。
同じく部屋にいたグローリエル・アゥストリ・ルチアの姿は無い。
どうやら、私達6人だけがこの空間にやってきたようだ。
周囲を警戒しつつ、みんなに声を掛ける。
「みんな無事か?」
私がそう聞くと「ええ・・・・」とエリーが答え、それぞれに身体を確認する。
フロリアは怯えているようで、小さな身体が震えていた。
アーシェラがそっと寄り添い抱き締める。
「大丈夫よ。離れないようにね?」
フロリアはその言葉を聞くと安心したのか、アーシェラの手を握っていた。
なんだか、カオルと私のようだな・・・・
いやいや!
カオルは私の子じゃないぞ!
嫁だ嫁!
変な方向に考えてしまった頭を左右へ振る。
その様子をフロリアが不思議そうに見ていた。
まぁいい、どうやらみんな問題無いようだ。
改めて周囲を警戒する。
すると、私から見て前方に薄っすらと光る物体を見つける。
エリーもそれに気付いたのか、声もなく頷くと歩き出す。
「エルミアとカルアは陛下とフロリア様の護衛を頼む」
私がそう言うと2人は「「わかりました」」と答え、アーシェラとフロリアを挟んで歩く。
「エリー、わかっているな?私とエリーが前衛だ。何が起きても、すぐに行動できるようにしておけ」
エリーはそれを聞くと「はい」とだけ答える。
いつものエリーならば「ええ、わかってるわ」とでも言うのだろうが、今は状況が状況なだけに私に従ってくれたのだろう。
6人で連れ立って歩く。
やがて薄っすらと光る物体がなんなのか、目視出来る距離まで近づく。
その物体は、見えない壁に鎖で繋がれた小柄な子供の姿だった。
間違いない・・・
「「カオル!!!」」
私とエリーはそう叫ぶと、大急ぎでカオルに近づく。
しかし、私達の声を聞いたであろうカオルは、身動きひとつせずに力無く鎖にぶら下がっていた。
あっという間にカオルのもとへ辿り着くと、カオルを縛る鎖からカオルを解き放つ。
鎖は呆気なく外れ、ゴトリと地面へと落下した。
「カオル!大丈夫か!?」
カオルの身体を抱え名前を呼ぶが返事はない。
身体中を切り刻まれ、布切れ1枚身に着けていない裸の姿・・・・
目は力無く開き、濁った瞳が虚ろに虚空を見詰めていた。
「カオル・・・」
エリーはそう呟き涙を流す。
私は涙を我慢し、周囲を警戒した。
私のカオルに、こんな酷い仕打ちをした者がいるはずだ・・・・
沸きあがる怒りから目が吊り上がる。
絶対に・・・・許さん・・・・
カルア達が遅れて合流したので、カオルをカルアに託す。
カルアは涙を流しながらカオルへ回復魔法を施した。
そこへ突然、笑い声が響き渡る。
「アハハハハ!!」
何者だ・・・・
幼い少女の声?
もしや、いつぞやの魔族か!?
私は腰から愛刀『イグニス』を抜き、身構える。
エリーとエルミアも涙を拭い同じように周囲を警戒した。
「やあああああっと来たのね・・・・・」
少女は私達を嘲笑いながら話し始める。
「あまりにも遅いから、私のカオルが壊れちゃったじゃない」
私のカオルだと・・・
こいつ・・・・
この声の主は、間違い無くカオルを傷つけた張本人だ・・・・
絶対に許さん!
「貴様は何者だ!!」
そう叫ぶが少女はただ笑うだけ。
「アハハハハハ!・・・・そうねぇ・・・・せっかくだから、あなた達で遊んであげる。感謝しなさい!」
少女がそう言うと、地面がまるで水の波紋のように波打ち3つの人形が現れる。
金・銀・赤の髪を生やした人形。
その中の1つの人形はまるで・・・・自分そっくりだ・・・・
金色の髪に赤い騎士服を纏い、腰から愛刀『イグニス』を下げている。
違う点はただ1つ。
薄汚れた汚い瞳。
まさか、この人形でカオルを傷つけたのか!?
私を家族と慕ってくれたカオルを・・・・私の姿をした、この人形で?
なんてひどいことを・・・・
あまりの怒りに身体が震え、憎悪にも似た感情が胸を焦がす。
「・・・・・ふざけるな」
私がそう呟くと、エリーとエルミアも私と同じ思考に辿り着いたのだろう。
手にした武器を力強く握り締め、怒りの表情で人形を睨んだ。
どちらからともなく戦闘が始まる。
全身に風を纏い、一瞬で相手に肉薄すると刀で斬り付ける。
しかし、相手も同じ自分だからか、まるで模倣するかのように同じ行動を起こし、打ちつけ合った白い刀が音高く鳴る。
「キン!」
打ちつけた刀が、鍔迫り合いのように重なり合うと力比べが始まる。
こいつ・・・・
悔しいが私と同じ力量を持っているのだろうか。
微動だにしない刀越しに相手を睨みつける。
薄汚れた汚い瞳をした相手は、口端を吊り上げニヤリと笑った。
ふざけやがって!
左足を前に踏み込み、蹴り上げる。
相手は後ろに飛んでそれを回避すると、地面を蹴って刀を横薙ぎに一閃してきた。
私はそれを刀を立てて防御すると、空中で側転するかのように舞い相手の剣線をずらす。
剣線をずらされた相手は、大振りぎみに刀を振り抜いたため、体勢が崩れる。
そこへすかさず上段から刀を振り下ろす。
回避できない相手の肩口に刀が食い込むと、そこから一気に力を込めて斬り付ける。
「グジュ」と音がして、相手を斬り潰すとトドメとばかりに刀を薙いで首を切り落とした。
頭が地面に転がると、頭部を失った身体が地面に崩れ落ちる。
やがて、その人形は砂の塊へと姿を変えた。
「・・・・ふぅ」
自分そっくりな人形を屠り一息付くと、いまだ戦闘中のエリーとエルミアを見やる。
エリーはその小柄な身体を駆使し、飛びはね転がりながら黒曜石の大剣を振るっていた。
エリーは大丈夫そうだな・・・・
あらためて、エルミアを見詰める。
エルミアは驚く速さで魔弓から矢を放つと、それに合わせて相手も同じように矢を撃ち出す。
空中で衝突する矢が音を立てて消えて行く。
「すごいな・・・」
思わず声が出る。
「だが・・・・」
風を纏い、薄汚れた瞳をしたエルミアの人形の背後へ一気に近づく。
音も無く背後を取られた人形は、気付く事無く私の刀の餌食になった。
砂と化した人形を確認すると、エルミアへと目を向ける。
お互いに頷き勝利を噛み締めていると「ちょっと!私の援護もしてよ!」とエリーが泣き言を叫んだ。
しかたがないので、エリーと対峙する人形へ向かい跳躍する。
一気に間合いを詰め、私とエリーに前後を挟まれた人形はあっという間に倒された。
まったく・・・・あれくらい1人で倒して欲しいものだ・・・・
無事に3体の人形を倒し、カオルのもとへ駆けつける。
カオルは、アーシェラが着ていたマントを掛けられている。
身体の傷はカルアの回復魔法で治っているようだが、濁った瞳は虚空を見詰めていた。
「カオルの様子はどうだ・・・?」
私がそう聞くと「・・・・・体の傷は治りました。ですが・・・」カルアはそう言うとカオルの目を見る。
濁った瞳は、答える事も無くただ虚空を見ていた。
そこへ「アハハハハハ!」と少女の笑い声が。
あいつだ。
「何が可笑しい!!」
大声で叫ぶと「だって!あまりにも滑稽なんだもの!」と、初めてこちらの質問に答えた。
いったい何者なんだ!?
やはり、あの魔族なのか!?
私がそう思案していると「アハハハハ!・・・・・いい見世物だったわ。それじゃ・・・本番ね」と言い、少女らしからぬ低い声で話した。
すると、突然カオルの身体から風が巻き起こる。
あっという間にカオルの身体を風が包むと、その場にいた全員が風に吹き飛ばされた。
「キャーー!!」
フロリアが叫び、同じように「な、なに!?」「・・・カオル・・・様!」とエリーとエルミアが声を上げた。
カオルから発せられた風によって、地面に打ち付けられた私達は、急いで起き上がりカオルを見やる。
カオルは依然風に包まれており、2本の足で立ち上がって虚空を見詰めていた。
いったい何があったというのか・・・
起き上がれないフロリアのもとへ、アーシェラとカルアが駆け寄る。
フロリアは気絶しているだけのようで、カルアが「大丈夫」と言った。
しかし、これはどうしたら・・・
カオルを取り囲むようにエリーとエルミアで立ち尽くす。
「さぁ、待ちに待ったクライマックスよ!私のカオルの手であなた達を殺してあげる」
少女がそう言うと、虚空を見詰めていたカオルがこちらへ目を向ける。
「!?」
慌てて身構える。
虚ろな瞳でこちらを向いたカオルは、まるで人形に操られているかのように、カクンカクンと身体を揺らしながら歩いてくる。
「か、カオル!!」
名前を叫ぶが返事はない。
ゆっくりと歩くカオルが右手を掲げると、黒い煙が集まり禍々しい1本の黒剣が現れた。
くそっ!
間違い無く、カオルはあの少女に操られている。
そう確信した私は「エリー!エルミア!2人はみんなを守れ!カオルの相手は私がする!」と叫んだ。
エリーとエルミアは「「はい!」」と返事をし、アーシェラ達のもとへと走り出す。
カオルはそれに目もくれず、1歩1歩着実に私に向けて歩いて来る。
「カオル・・・」
愛刀を抜き身構える。
本音を言えば、カオルと戦いたくはない。
だが、エリーやエルミアにカオルと戦うなんて重荷は背負わせたくはない!
やがて、手を伸ばせば触れられる程近くに来ると、カオルはなんの躊躇も無く禍々しい黒剣を振り下ろした。
後方に飛んでそれを回避すると、カオルは今まで見せた事の無いほどの速度で動き、私に追撃をしてくる。
避けられないと確信し刀で防ぐ。
「ガキン!」と金属を打ち合わせる音がすると、信じられない力で私は吹き飛ばされた。
まるで、命の尽きた老木の木の葉のように吹き飛ばされた私は、何度も地面を転がる。
なんという力だ。
ホントにカオルの力なのか・・・
刀を支えに立ち上がる。
カオルは気にした様子もなく、平然と私に向かい歩いてきた。
「ヴァルカン!」
心配したカルアが声を掛ける。
私は「大丈夫だ!」と答えると、身構えた。
・・・・一振り合わせてわかった。
私は、あのカオルには勝て無い。
どうする・・・・・どうしたらいい・・・・・
なんとか近づき、気絶させようと思っていたが・・・
これだけの力量差があるとそんなことは出来ない・・・
むしろ、一方的に殺されるだろう・・・
私の思慮など無視をするように、虚ろな瞳をしたカオルが近づきその黒い刃を振り下ろす。
左回りにそれを回避し隙をついて峰打ちを試みる。
カオルは黒剣の柄で刀を打ち落とすと、返す刃で私の左腕を斬り付ける。
すんでの所で左半身を下げ回避しようとするが、浅く斬り付けられた。
斬られた袖から、赤い血が滴り落ちる。
痛みはある。
だが、深くは無い・・・・
身体に風を纏い、後方へ一気に跳躍すると一息付く。
カオルは相変わらず焦ることもなく、ゆっくりとこちらへ歩いてきた。
なんとか気絶させられれば・・・
私は浅はかな事に、カオルを傷つける事を躊躇っていた。
そこへ、私の名を呼ぶかすかな声が聞こえる。
「ヴァルカ・・・・・・・ヴァルカンよ」
だれだ?
私は心の中でそう呟くと「・・・聞こえ・・・か?ヴァ・・・ンよ」と声が返ってくる。
この声・・・・
「風竜か!」
そう叫ぶと「そう・・・カオルの・・・・剣を・・・・・」と、途絶えながらだが風竜が答える。
「なんだ!?何を言っている!?」
私の質問に風竜が「カオ・・・剣を・・・・・砕け」と答えた。
砕け?
剣を砕けと言っているのか?
「風竜!どういうことだ!?」
それを最後に途絶え途絶えだった風竜の言葉は聞こえなくなった。
この緊迫した状況に、風竜が現れた。
そしてカオルが持つ、黒剣を砕けと言った。
何かあるのか?
いや・・・
あの風竜・・・・「風竜王ヴイーヴル」がそう言うのだ。
やるしかない。
私は刀を鞘に戻し、気を溜める。
この一撃で・・・・あの黒剣を砕く!
ゆっくりとこちらへ向かって歩くカオルを見据える。
カオル・・・私の大切な家族・・・・
こんな目にあわせてごめんよ・・・
私が必ず、助けるから・・・
だから・・・・
私を見て・・・・
全身を気が包み、細く美しい金色の髪が靡く。
そこへ全身に風を纏い、腰を落とすと刀に魔力を込める。
「カオルッ!!!」
そう叫び、一気に加速する。
狙うはカオルが持つ禍々しい黒剣。
鞘から刀身を走らせ、迎撃しようと伸ばした黒剣と交わると、練り込められた気と魔力が融合し炎を吹き上げた。
刀術『抜打先之先』
私が師より教わった、抜刀術の1つだ。
極限まで高められた気と魔力を融合させ、インパクトの瞬間に業火を起こす。
先の戦いで、ワイトと化したアベラルド伯爵を葬った技だ。
あまりにも強い熱に焼かれた黒剣が、刀に触れた箇所から氷の様に溶け出す。
やがて刀身の半分を溶かすと「パキン」と乾いた音と共に2つに折れた。
それと同時に、カオルが苦しみ出す。
「う・・・・うわああああああああああああ!!!!」
大きく叫び、手にした黒剣を手放すと、刀から伝わった炎が黒剣を焼き尽くす。
黒剣の原型が無くなるほど溶かすと炎が消え去り、苦しんでいたカオルが糸の切れた人形のように崩れ落ちた。
私は慌てて刀を鞘に戻し、カオルへ近づく。
「大丈夫か!?カオル!?」
カオルを抱き寄せようとしゃがむと「ヴァルカンよ・・・・・よくやった」とカオルが話し出した。
いや、カオルの声じゃない。
これは・・・・風竜!?
カオルが顔を上げると、いつもの黒水晶のような綺麗な瞳ではなく、爬虫類のようなあの黄色い『ドラゴンの瞳』がそこにはあった。
以前、カオルから聞いた事がある・・・・
ドラゴンゴーレムとの死闘の時、風竜がボクを操って倒してくれた・・・と。
これがその姿なのか・・・?
それじゃ、カオルは!?
私の心配を見透かしているかのように「・・・カオルは今、心を汚され壊れておる。どうなるかは、我もわからん・・・・」と悲しそうに話した。
カオル・・・
やはりあの人形達に・・・・
不甲斐ない自分に苛立つ。
「とりあえず、この空間を出ねばな」
風竜はそう言うと「おい!いい加減出てきたらどうだ!!」と声を荒げた。
そこへ「フフフフ・・・・」と笑いながら、薄く黒いドレスを纏った髪も肌も真っ白い少女が現れた。
傍にいたアーシェラ達を守るように間に入ると、身構える。
すると「大丈夫だ。こいつにはもう戦う意思はない。それに、こいつの分身である黒剣はもう砕いたからな」と風竜が言う。
それじゃ、風竜が黒剣を砕けと言ったのはそういう意図があったのか!?
私は全然気が付かなかったぞ・・・・
驚く私を余所に話しは進む。
「それで、なぜお前はカオルをこんな目にあわせたんだ」
風竜が、その低い声で尋問する。
白い髪の少女はばつの悪そうな顔をして「・・・まったく、やんなっちゃうわ。何も知らないで私に触れたの?」と呆れたように話す。
なんだこいつは・・・
叩き斬りたくなる気持ちをなんとか抑えていると「すまぬがどういうことじゃ?なんだか、カオルがカオルじゃないように感じるんじゃが・・・」とアーシェラが聞いてきた。
ああそうか。
アーシェラは、カオルが風竜と契約している事を知らないのか。
エルミアに説明をお願いし、アーシェラとフロリアの面倒を押し付ける。
その間に、こちらは話しを進める。
「ここが『egoの黒書』という魔導書の中だという事は知っている。先ほど『私に触れたの?』と言ったな?ということは、おまえ自身が・・・」
そう問いかけると白髪の少女は「ええそうよ。なんだ知ってるんじゃない。ここは私の中。私に触れた魔術師に試練を与えて、万が一それを乗り越えられる者がいたら恩恵を授けるわ」と偉そうに胸を反らせた。
なんだこの、いちいちムカつくヤツは・・・・
「それで、なぜカオルがそこにいるヴァルカン達やおまえに壊されねばならんのだ」
風竜は静かに怒っていた。
見た目カオルなのだ、とても違和感がある。
「試練と言ったでしょ?最愛の者と、そして畏怖する者に殺される試練を与えただけよ」
少女がそう言うと風竜が黙る。
感情の起伏はわからないが、そのドラゴンの目は常に怒っているように見える。
「・・・・・カオルは治るの?」
傍で聞いていたエリーが、心細そうに問いかける。
「さぁ?あなた達次第じゃない?変則的だけど、私の試練をクリアしたのはこの子が初めてだし」
少女は悪びれた様子もなくそう答える。
だめだ・・・ホントに我慢できなくなってきた・・・・・
「まぁ、もう会う事無いでしょ。その子には、私の知識と力を与えておくわ」
そう言うと、風竜・・・・もといカオルの身体に触れる。
カオルの身体が淡く光ると、すぐに元に戻った。
「それじゃね。結構楽しめたわ」
少女がそう言うと、眩いばかりの光を発して辺り一面を白一色に変える。
あまりの眩しさに目を細めていると、光が落ち着き元の部屋・・・・・迎賓館の一室に戻っていた。
「陛下!」
アゥストリの叫びが聞こえる。
辺りを見回すと、アゥストリとグローリエル・ルチアが心配そうにしていた。
そうか・・・戻ったのか・・・・・
私は傍にいるカオルを見詰める。
相変わらず、風竜の黄色い瞳がギョロギョロと動いていた。
ご意見・ご想などいただけると嬉しいです。




