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第七十三話 エリーとエルミアとカルア その弐

オナイユの街から荷馬車に揺られる事3日、やっとの思いで聖騎士教会の総本山、聖都『アスティエール』へ到着した。


ホントに大変だった・・・・


ガタゴトと揺れる荷馬車は座面が硬くて、私達3人はお尻が赤く腫れ上がってしまったのだ。


「カルア姉様・・・お尻痛いです・・・・」


涙目でエルミアがそう言うと「もう・・・仕方ないわね♪」と言い、おねぇちゃんが自分を含めて3人に回復魔法をかける。


なんだかんだ言って、私とエルミアに甘いおねぇちゃんである。


・・・・自分のお尻が痛いから、回復魔法を使ったのかもしれないけど。


御者(ぎょしゃ)のおじさんにお礼を言うと「いやいや!こっちこそ、護衛してくれて助かったよ!」と言い、(いく)ばくかの銀貨とリンゴを3つくれた。


この3日間で盗賊に襲われる事2回。


たいして強くも無かったので、私とエルミアの2人で迎撃したのだ。


貰ったお金を分配してリンゴを渡すと、エルミアがカオルから貰った黒曜石の短剣で器用に皮を剥いて食べた。


まさかカオルも、黒曜石の短剣をこんな風に使われるとは思ってもいなかっただろう。


それを見たおねぇちゃんが、物欲(ものほ)しそうに私を見詰める。


「どうしたの?おねぇちゃん」


そう言うと「エリーちゃん、私もリンゴ食べたいの。だから皮を剥いてちょうだい」と言い、リンゴをさし出す。


ああ、そういえばおねぇちゃんの短剣には刃がついていないんだっけ。


「はいはい」と言い、黒曜石の短剣で皮を剥いて渡すと嬉しそうに噛り付いた。


普段はシャキっとした姉なのに、たまに子供になるんだから・・・


自分の分のリンゴも剥いて食べると、甘くて美味しかった。


黒曜石の短剣を(ぬぐ)って仕舞(しま)うと、3人で連れ立って聖騎士教会の聖堂(せいどう)へと向かう。


私は初めて『アスティエール』へ来たけど、なんというかさすが聖都と言われるだけあって、神聖な場所のようだ。


オナイユの街のように(いち)が出ているわけではなく、帝都のように青白い壁の建物に青い屋根がついている。


違いと言えばもう1つ。


どの建物にも、堅固(けんご)な扉がついている点だ。


まるで、何者にも進入させないようなそんな感じがする。


おねぇちゃんに連れられて聖堂へと入ると、壮観(そうかん)な光景が目に映る。


窓は全てステンドグラスで(いろど)られ、聖堂の正面には厳格(げんかく)な表情を浮かべた女性の姿をした神像が・・・・


聖騎士教会が(あが)める女神『シヴ』である。


聖騎士教会はこの『シヴ』を崇め、信仰や愛を(うた)うのではなく、(いさか)いがあればその間に割って入り仲裁(ちゅうさい)するというかなり変わった宗教だ。


その特異性(とくいせい)からか、嫌悪(けんお)する者がとても少なく、新天地へ行ってもあまり邪険(じゃけん)に扱われる事が無い。


まぁ、魔物から人々を守っている事や、貴重な治癒術師を数多く抱えている事も理由なのだが。


聖堂へ入り、おねぇちゃんが係官へ取次ぎをお願いする。


やがて1人の妙齢(みょうれい)のエルフの女性が現れると「遠いところ、よく参られましたね」と言い、温かく迎え入れてくれた。


「お久しぶりです、ファノメネル枢機卿(すうききょう)


おねぇちゃんがそう言うと、両手を組み胸の上に掲げて会釈する。


ファノメネルも同じように両手を掲げると会釈した。


「積もる話しもあるでしょう。ついて来なさい」


ファノメネルに連れられて、部屋へと行く。


部屋の中は高そうな家具が置かれているが、それよりも乱雑(らんざつ)に置かれた無数の本が気に掛かる。


「ごめんなさいね。片付ける暇がなくて」


申し訳無さそうにそう言うと、テーブルの上に置かれた本を片付け椅子を用意してくれた。


「お忙しいところ、申し訳ございません」


おねぇちゃんがそう言うと、微笑みながらファノメネルは紅茶を出してくれた。


4人でテーブルを囲み「それで、今日はどうしたのですか?」と聞いてくる。


「まずは先日の手紙のお礼を。おかげさまで、無事にエルフの里へ赴き目的を達成できました」


あ、そうか・・・


おねぇちゃんが霊薬『エリクシール』を手に入れるために助言(じょげん)を求めたのが、このファノメネル枢機卿なんだ。


「あの、私からもお礼を言わせてください。ありがとうございました」


おねぇちゃんに合わせてお礼を言うと「いえいえ。私の情報が役立ったのでしたらよかったです」と笑いながら答える。


おおらかで物腰の柔らかい人だ・・・


「それで、今日はオナイユの司教ニコルよりこれを預かって来ました」


そう言うと、懐から丸められた羊皮紙を取り出す。


ファノメネルはそれを受け取りしげしげと読み上げると「なるほど・・・カルアを『宣教師(せんきょうし)』に・・・ですか」と言い、顎に手を当て考える仕草をした。


今更だけど、枢機卿ってかなり高位の役職だったような・・・


それに宣教師ってなんだろう?


私がそんな事を考えていると「わかりました。あのニコルが推挙(すいきょ)したのですから、私も認めましょう」そう言うと、部屋の執務机から小箱を取り出す。


私達の前でそれを開けると、中には小さな指輪が入っていた。


「『宣教師』の証として、これを渡します」


ファノメネルはそう言うと、おねぇちゃんの右手の薬指にそれをはめた。


銀色のリングに青白い石が埋め込まれ、石の中には何か文字の様な物が浮かび上がっている。


「ありがとうございます」とおねぇちゃんがお礼を言うと「いえいえ、カルアは献身な信徒ですからね。これからも治癒術師として、そして宣教師として(はげ)んで下さい」と返した。


すごいなぁ・・・おねぇちゃんは・・・・


私は元々戦争孤児で、今の両親が戦地で拾ってくれたから今こうして生きていられる。


あまりにも幼い頃の話しで、産み親の顔すら知らないけど亡くなった今の両親にはとても感謝している。


といっても、今の両親が戦地で亡くなったのだって昔過ぎておぼろげにしか覚えていないけど・・・・


ホントに育ててくれたのは、おねぇちゃんなのかもしれない。


私が物思いにふけっていると「実は、もう1つお(うかが)いした理由がございます。というよりも、こちらが本命です」とおねぇちゃんが語り出す。


「先にお送りした手紙にも書いた、とっても可愛らしいカオルという子なのですが、また厄災(やくさい)に見舞われております」


そう言うとファノメネルをジッと見詰める。


ファノメネルは黙ってそれを聞き、次の言葉を待っていた。


「ファノメネル枢機卿はご存知無いでしょうか?黒い本という物を・・・・」


おねぇちゃんのその言葉を聞いた時、ファノメネルは表情ひとつ変えなかったが、組んでいた手を組み変えた。


・・・・何か知っている。


私は直感でそれを感じた。


「カオルちゃんは今、エルヴィント帝国に滞在しているのですが、そこで突然眩いばかりの光と共に姿を消してしまいました。そして、残されていたのがその黒い本なのです」


ファノメネルはおねぇちゃんの話しを聞き終わると、静かに目を閉じた。


何か悩んでいるのだろうか?


私達3人はファノメネルの言葉を黙って待っていると、やがて「・・・・そうでしたか」と呟き、目を開けて申し訳無さそうな顔をした。


どういうことなのだろう?


何か知っているとは思っていたけど、申し訳無さそうな顔をした理由がわからない。


「何かご存知なのですね?」とおねぇちゃんが聞く。


ファノメネルは(うつむ)き「今から話す事は決して他言しないよう、お願いします」と前置きをして「その黒い本というのはおそらく『ego(えご)黒書(こくしょ)』でしょう。元々、この『アスティエール』で保管していた物です」と話し出す。


この聖都で保管していた物?


それが、なぜ帝都の魔術学院にあったのだろう・・・


「実は、今から一月(ひとつき)程前に聖都に賊が侵入しました。その時、宝物庫(ほうもつこ)から賊が持ち去ったのが『ego(えご)黒書(こくしょ)』です。もちろん、こんなことが(おおやけ)になれば大変な事になります。ですから、この事を知っている者は教会でもごく一部の者だけです」


そう言うと心痛(しんつう)面持(おもも)ちで私達に目を向けた。


なるほど・・・・


神聖な場所である、この聖都に賊が入ったなんて知られれば大事(おおごと)になるだろう。


まして、宝物庫から盗まれさらに逃げられたなんて事になれば、聖騎士教会と関係がある国から何を言われるかわからない。


「戦争の仲裁をしに出しゃばって来た教会は、自分の所の警備すら出来ないくせに何を言ってるんだ」ってね。


もしそんな事になれば、教会のあり方すら変わってしまうだろう。


「けして他言するような事はいたしません。ですが、事は既に起きています。どうか、その『ego(えご)黒書(こくしょ)』について教えていただけないでしょうか・・・」


おねぇちゃんがそう言うと「私もけっして口外しません」とエルミアも誓った。


私もファノメネルを見詰め「私も同じです。どうか教えて下さい」とお願いをする。


ファノメネルは胸に手を当てると目を瞑り、ぼそりぼそりと語り始めた。


「『ego(えご)黒書(こくしょ)』というのは、グリモアと呼ばれる魔導書(まどうしょ)の一種です。絶大な知識と魔力が込められていると伝えられています。ですが、その特異性からか今までに数多くの魔術師が手にして来ましたが、誰一人その力を手にした物がいません。なぜならば、本自体に意識があるかのように本を手にした魔術師を取り込み、命を奪ったのです」


そう言うと、もの悲しげな顔をした。


ふと、隣を見ると聖堂に入ってからほとんど口を開いていないエルミアが、状況を察したのか驚愕の表情を浮かべた。


私だって、カオルが今どんな状況に(おちい)っているのか聞いただけで震えてくる。


「あまりにも危険な為、ある国から譲り受けて今日(こんにち)まで聖都の宝物庫で保管していたのですが・・・・それが先日盗まれたというわけです。まさか、カルアの恋人が取り込まれるとは思ってもみませんでしたが・・・・・」


ちょっと待って?


カルアの恋人?


「カオルはおねぇちゃんの恋人じゃないです!」


場の空気も読まずに私がそう言うと「あら?カルアからの手紙では『私の()い人』と書かれていたので、てっきりそうなのかと・・・」と言い、ファノメネルは首をかしげた。


「いいえ!間違っておりません!カオルちゃんは私と結婚するんです!」


おねぇちゃんはそう言うと、自身満々に胸を反らせた。


そうやってウソばっかり言うんだから!


そこへ「・・・カオル様はエルフの王女である、私が(めと)ります」とエルミアが反論してきた。


ちょっと!?


エルミアは愛妾(あいしょう)でいいって言ってたじゃない!


このままではいけないと思い私も発言する。


「カオルは私の物なんだからね!おねぇちゃんとエルミアには負けないわ!」


3人で言い合っているとファノメネルが突然笑い出し「フフフ。カオルさんという方は、みんなに愛されているのですね。なるほど、必死になる理由がわかりました」と言い、微笑んだ。


まぁ、カオルは私の恩人で婚約者だものね。


「ですが、先ほど気になる事を言いましたよね?そちらの方がエルフの王女だと・・・・」


そう言うとエルミアを見やる。


そういえば、そんな事を言っていたような・・・


エルミアはファノメネルを見詰め「はい。私はエルフ王リングウェウが息女、エルミアです」と言い、威厳(いげん)ある態度を示した。


それを聞いたファノメネルは驚き目を丸くする。


さらに追い撃ちをかけるように「実は、私と王女エルミアは親戚関係があるそうで、私もエルフの王族なんですよ♪」とおねぇちゃんが話す。


ファノメネルはあまりの驚きようで「えっ?え?」と慌てていた。


たしかに、おねぇちゃんがエルフの王族だったって前に言っていたけど、なにも今言わなくても・・・


可愛そうなファノメネル。


一頻(ひとしき)り驚いていたファノメネルが、なんとか落ち着きを取り戻すと「・・・・そ、そうだったのですね。ど、どうしましょう・・・失礼な事言って無いかしら・・・」と小声で呟いた。


エルミアとおねぇちゃんはニッコリ笑って「これまで通り、良いお付き合いをお願いします。ファノメネル枢機卿」「王女である前に、1人のエルフです。同じエルフ同士、仲良くしていただきたい」と声をかけた。


ファノメネルはそれを聞いて安心したのか「は、はい。どうぞよろしくお願いしますね」と早口で話す。


まったく2人共、大人気無(おとなげな)いんだから・・・


そんな事よりも!


「それで、ファノメネル様。『ego(えご)黒書(こくしょ)』からカオルを助ける方法は無いのですか?」


3人共話しが脱線していたので、引き戻す。


言伝(いいつた)えですが、引き込まれた者と繋がりがある物を使えば可能性があるとか・・・・なにぶん、生還者がいなものでこの程度の情報しかなく・・・」


ファノメネルはそう言うと、再び申し訳無さそうな顔をした。


少ないけれど、可能性が出てきた。


カオルを引き込んだ黒い本は『ego(えご)黒書(こくしょ)』という事。


そして、助け出す為にはカオルと繋がりのある物を見つければいいという事。


この手掛かりを使って、絶対に助けてあげるからね!


拳を強く握り締めてそう誓うと、外から慌しく騒ぐ声が聞こえてくる。


なんだろう?


ファノメネルに断って、積んである本の隙間から窓を覗き込む。


そこには2匹の大きなトカゲに乗った青い服の騎士の姿が。


帝都の騎士だ!


もしかして、カオルに何かあったのかもしれない!


おねぇちゃんとエルミアにその事を告げると、大急ぎで聖堂を出る。


「何かあったのですか!?」


私がそう叫ぶと「よかった!エリー様とエルミア様ですね?皇帝陛下から緊急の召喚状です」そう言うと、丸められた羊皮紙をさし出した。


それを受け取り急いで中を(あらた)める。


そこには黒い本に異変が起きた事。


すぐに来て欲しいと書かれていた。


異変って・・・・もしかしてカオルの身に何かが!?


騎士に「すぐ行きます!」と伝えると「それではご一緒にお乗り下さい!お連れいたします!」と返され、オオトカゲの背に案内される。


おねぇちゃんとエルミアと顔を見合わせ(うなづ)くと、傍にいたファノメネル枢機卿に「(あわただ)しくて申し訳ございません。私達はこのまま帝都に向かいます。貴重な情報をありがとうございました」とおねぇちゃんが丁寧に話す。


ファノメネルは「わかりました。私はここからカオルさんの無事を祈ります」と言い見送ってくれた。


初めて乗るオオトカゲに分れて跨ると、ビックリするような速さで走り出した。


身体を器用にクネクネさせて、大きな4本の足で走る。


馬とは全然違う乗り心地に、酔ってしまいそうだ。


前に座る、おねぇちゃんに掴まりながら帝都へと急いだ。


ご意見・ご想などいただけると嬉しいです。

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