第七十一話 カオルとヴァルカン
<カオルサイド>
気が付くと暗闇にいた。
手足は重い鎖で繋がれ自由に動くことが出来ない。
なぜこんなことに・・・
思い出されるのは、意識を失う前の光景。
あの『濁った目』をした、大切な家族に首を締められた事。
アレは現実なのだろうか?
慕ってくれていた師匠やエリーやエルミアが、なぜあの目をしていたのだろうか?
わからない・・・・
しかし、首を締められた苦しさは現実だと思う。
なにより、この手足を縛る鎖が現実だと物語っている。
落ち込む気持ちを振り払う様に頭を左右に振ると「フフフフ・・・・」と少女の笑い声が聞こえてくる。
「おまえはだれだ!」
そう叫ぶが返答は無く、笑い声は止まない。
いったいなんなんだ!
なぜボクはこんな場所にいるんだ!
そこへ「カオ・・・ル」とボクの名を呼ばれる。
声のした方へ目を向けると、縛られたボクを師匠が見下ろしていた。
師匠!?
そう呼ぼうとしてそこで固まる。
師匠の目があの『濁った目』のままだったのだ。
師匠は声の出せないボクに跨ると力いっぱいボクの首を締めてきた。
「が・・・ごほっ」
あまりの力強さに喉が圧迫され声が漏れる。
苦し・・・・い・・・
ボクはまた師匠に殺されるのだろうか・・・
「し・・・しょ・・・・」
なんとか師匠の名を呼ぼうとするが、潰された喉ではその名を呼ぶ事が出来なかった。
薄れる意識の中、『濁った目』の師匠の薄気味悪い笑顔が脳裏へと焼き付く。
少女の笑い声がよりいっそう大きく聞こえた。
<ヴァルカンサイド>
「カオル・・・・」
私はそう呟き、黒い本を見詰める。
私の大切なカオルが消えてから、既に3日が経とうとしていた。
そこへ、扉をノックする音が。
私は慌てて扉へ向かい開けると、そこにはグローリエルが佇んでいた。
グローリエルは私の顔を見ると「ヴァルカン、あんたに話さなきゃいけないことがある」と言い、神妙な顔をしていた。
部屋へ招き入れて椅子に腰掛けると、おずおずと話し始める。
「この黒い本を魔術学院へ運び入れたヤツが判明した」
そう言うグローリエルの顔は申し訳無さそうに頭を垂れていた。
「・・・・どういうことだ」
私がそう言うと「まずは経緯だが・・・・陛下がアゥストリに調べさせたんだ。元々あの図書室にこんなヤバイ本は無かった。そこで、ここ2~3週間の魔術学院への出入りを調べたところ、怪しい人物が浮かび上がった」と説明を始めた。
グローリエルの話しを聞き逃がさないよう、意識を集中する。
「そいつの名はアベラルド・ラ・フィン伯爵。5爵位の3番目の位で次期皇帝と言われるヒューマンの男だ。」
グローリエルは俯き、淡々と語る。
「ことの真相はまだ不明だが、おそらく救国の英雄であるカオルを陥れて、アーシェラ皇帝陛下を追い落とす為に利用したのだろう。って陛下が言っていた」
なんだ・・・と・・・・
それでは皇位争いの為に、カオルは利用されたってことか!?
「ふざけるな!!」
あまりにも理不尽な事に、握っていた拳を力強くテーブルへ叩きつける。
グローリエルはその様子をただ黙って見詰めていた。
やがて「あたいだって許せねぇよ!だけどよ・・・実際、もう起きちまったもんはどうしようもねぇじゃねぇか・・・」そう言い、またうつむいてしまった。
静寂が訪れる。
テーブルの上に置いてある黒い本の金具が、私達を嘲笑うかのように鈍く部屋の明かりを反射していた。
なんだってこんなことに・・・・
私があの時・・・この本が輝いた時にカオルを守っていれば・・・・・こんなことにはならなかったのに・・・・
情けない自分に腹が立つ・・・
このやるせない気持ちはどうしたらいい・・・・
「なぁ・・・ヴァルカン・・・・あたいと2人で・・・・こんなこと企みやがったアベラルドの野郎をぶっ飛ばしに行かないか・・・・・?」
グローリエルが提案してくる。
何を今更・・・
「そんなことをしても、カオルは戻って来ない」
私がそう答えると「それでも!・・・・それでも、カオルの仇は取れるじゃねぇかよ・・・・」小さな声でグローリエルが呟く。
仇だと・・・?
カオルは死んじゃいない・・・・
なにが仇だ・・・・
そんなことを考えていると扉をノックしてアーシェラ陛下がやってきた。
「・・・・すまぬな・・・・じゃまするぞ」
アーシェラの声を聞いたグローリエルが力無く立ち上がる。
私も同じように椅子から立ち上がると「よいよい、そのままで・・・・」と、アーシェラは覇気の無い声で話した。
アーシェラの為に椅子を用意し、3人でテーブルを囲む。
テーブルの上には、黒い本が置いてあった。
「実はの・・・すでに我が剣騎から聞いておるかも知れぬが、カオルを罠に落としいれたのは我が帝国のアベラルド伯爵と言うことがわかった」
先ほど同じ事をグローリエルから言われたが、何度聞いてもやはり腹が立つ。
「そこでな、急ぎアベラルド伯爵へ召喚状を送り付けたのじゃが・・・・ヤツめ、断ったばかりか私兵を集めて屋敷に立て篭もりおった」
そう話すアーシェラの顔を見詰める。
どうやら、しっかり寝ていないのだろう。
目に隈を作り、とてもやつれた顔をしていた。
「このままでは埒があかぬ。わらわの召喚を断った事で、罪は明白じゃ。普通なら軍を差し向けるとこなのじゃが・・・・事は帝国を揺るがす大問題じゃ。秘密裏に行わねばならん」
いったい何を言っているのだ・・・・
私にその伯爵を捕らえて来いとでも言っているのか?
帝国の皇位問題に、私が絡めと?
「・・・・言いにくい事じゃが、ヴァルカンよ・・・・グローリエルと協力してアベラルド伯爵の屋敷に行ってはくれぬか?」
アーシェラのその言葉に、私は我慢出来なかった。
「ふざけるな!!そんなメンツの為に力を貸せだと!?そもそも皇位争いに巻き込まれて、私の大切なカオルがこんな目にあっているんだぞ!!」
私の叫びを聞いた2人は申し訳無さそうに顔を背ける。
くそっ!
力強く握った拳からは、爪が肉に食い込み血が滲み出ていた。
カオル・・・・・
ああ・・・・私の大切なカオル・・・・・・・
君は今どこにいるんだい・・・・・
きっと1人で・・・・泣いているんだろうね・・・・・・
ごめんよ・・・・
傍にいてあげられなくて・・・・
ごめんよ・・・・
ずっと一緒にいるって約束したのに・・・・
ごめんよ・・・・
しばらくするとグローリエルが「・・・・陛下・・・・あたいはやります・・・・」と、そう呟いた。
それを聞いたアーシェラは「・・・うむ」とそう答えた。
くそっ!
私は忌々しい黒い本を見詰め「わかった・・・私もやろう。ただし、アベラルド伯爵への尋問はわたしがやらせてもらう」と話す。
そうだ、この本を持ち込んだヤツならカオルを助ける方法を知っているはずだ。
私自ら、その方法を聞き出せばカオルを助けられるかもしれない。
「ヴァルカンよ・・・・すまぬ・・・・・生殺与奪はそちに任せる」
アーシェラは頭を下げた。
普段の私なら「皇帝が頭を下げるべきではない!」と注意するかもしれないが、弱々しい今のアーシェラは皇帝という役を無理に演じているのだろう。
覇気も無いし、なにより普段感じる飄々とした感じがまったく無い。
カオルがいなくなり、一番責任を感じているのは彼女だと言う事に、今更ながら気付いた。
「決行はいつ・・・」
そうグローリエルが聞くと「今、蒼犬の2人にアベラルド伯爵の屋敷を内偵させているところじゃ。そろそろ報告に来てもよいのじゃが・・・」アーシェラがそう言うと、扉をノックする音が聞こえる。
アーシェラが頷き、グローリエルが扉を開けると2人の犬耳族の男女が入ってきた。
年の頃は15歳くらいだろうか?
近衛騎士団が着るような国色の真っ青な薄い布地に鉄製の軽装を纏っている。
驚く事に男女の違いはあるが、顔がまったく同じ顔だった。
「ヴァルカンは初めて会うの。この者達は蒼犬と言ってな、皇帝が私的に命令出来る者達じゃ。見ての通り双子で可愛らしいじゃろう?」
この重苦しい状況をなんとかしようとしたのか、アーシェラがおどけてみせるが今の私には逆効果だ。
蒼犬と言われた双子は私に向かい「兄のルチアです」「妹のルーチェです」と丁寧に挨拶をしてきた。
おそらく、自分が仕える主人がわざとおどけてみせたのを汲み取ったのだろう。
仕方が無いので「剣聖のヴァルカンだ」と返した。
「うむ。それでどうじゃった?」
アーシェラがそう聞くと「はい。先にご報告の通り、アベラルド伯爵は多くの私兵を雇い屋敷に立て篭もっております。その数500」と報告した。
なるほど・・・
それだけの数を用意しているということは、かなり前から計画されていた事なのだろう。
「そうか」
アーシェラはそれだけ言うと目を瞑り何か考え始めた。
そこへルチアが報告を続ける。
「アベラルド伯爵は、ここ1週間ほど屋敷から1歩も出ず、こちらを警戒している模様です。さらに、近日中に自身の領地から傭兵を集うという噂もございました」
ルチアの報告を聞いてアーシェラは目を開け「仕掛けるなら・・・今じゃな」と話すと、その場にいる3人が頷く。
「ヴァルカンよ・・・すまぬ・・・・・それと、どうかよろしく頼む」
アーシェラは、見た事が無いような悲愴な面持ちで私を見詰めそう語った。
「わかった」とだけ答え、部屋を出ていく蒼犬の2人に付いて行く。
今はカオルの為に出来る事はこれしかない。
私には剣の腕しか・・・・・
思い詰めた表情でヴァルカンは部屋を出て行った。
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