第七十話 エリーとエルミアとカルア その壱
私とエルミアは今、オナイユの街へ向かい馬を走らせている。
理由は姉である、聖騎士教会の治癒術師カルアに会うために。
きっとおねぇちゃんなら助けてくれるはず。
私達の前で、突然光と共に消えてしまったカオルを探すために。
並走するエルミアが「エリー・・・必ず・・・・カオル様を・・・・」と言い、涙を浮かべていた。
そう・・・ね・・・・
剣聖のヴァルカンが落ち込みすぎて役に立たないんだもの。
私達でカオルを助けなきゃ!
「エルミア!大丈夫よ!カオルは私達の物なんだもの!勝手にいなくなるなんて許さないわ!」
落ち込むエルミアに発破をかけるつもりで、自分を奮い立たせる。
大丈夫・・・・きっと大丈夫・・・・
恩も返せないままいなくなるなんて、絶対に許さない!
「それより、あんまり話してると舌噛むわよ!急ぎましょ!」
そう言い、走る馬に鞭を入れて速度を上げる。
馬には申し訳ないが、この分なら予定より早く着きそうだ。
やがて、前方にオナイユの街が見えてくる。
門番の静止も聞かず、騎士団詰め所へ駆け込むと、近くにいた騎士に馬を託して礼拝堂へと急ぐ。
扉を開けて、ずかずかと奥の部屋へ入ると、そこではおねぇちゃんが怪我人に施術を施していた。
私の顔を見たおねぇちゃんが驚いて目を丸くすると「はい。これで治療できましたよ」と施術を施していた犬耳族の男性に話しかけてる。
「ありがとうございます」と答え、男性が部屋を出て行くとこちらを向き直り「あらあら、そんなに慌ててどうしたの?おねぇちゃんが恋しかったのかな?」といつもの笑顔を浮かべた。
そこで「おねぇちゃん・・・大変なの・・・・カオルが・・・・」と切り出すと「カオルちゃんがどうしたの!?」と言い、驚いて立ち上がった。
両親の死後、口では「あらあら♪」なんて言うけど、あまり慌てた事の無いおねぇちゃんがカオルと出会ってからは驚愕とする事が多い。
驚くおねぇちゃんの前で私はなるべく冷静に説明するが、話しているうちに感情が高ぶったのか涙が溢れていた。
傍にいるエルミアも、私の説明を聞きながら同じように涙を流している。
つっかえながらも一通り説明をすると、おねぇちゃんは私とエルミアを抱き締めて「そう・・・辛かったね・・・・エライエライ」と言い頭を撫でてくれた。
その言葉で緊張の糸が切れたのか、私は大声を上げて泣き崩れ、それに釣られたエルミアも同じように泣き叫んでいた。
しばらくすると、騒ぎを聞きつけた司教のニコルがやってきた。
「まったく何事ですか!ここは礼拝堂ですよ!?」
怒ったニコルがそう言いながら部屋へ入ってくると、抱き合っていた私達3人を見て驚愕の表情を浮かべる。
「ど、どうしたというのです?」
ニコルがそう聞くと「実は・・・」とおねぇちゃんが話し出す。
説明を聞いたニコルは「なんと・・・カオルさんが・・・・」と呟き、僅かな驚きを見せてからしばらく何か考えていた。
一頻り悩んだ後「わかりました。カルア、これを持って『アスティエール』へ向かいなさい」と言い、懐から1枚の丸められた羊皮紙を取り出した。
おねぇちゃんはそれを受け取り、開いて中を見るとそこには『宣教師』の文字が。
驚愕の表情を浮かべたおねぇちゃんが「司教様!?これはいったい・・・」と聞くと、ニコルはフッと笑い「いつかこうなるだろうと思っていました。カオルさんが来てからのカルアは、とても生き生きとしていましたからね」と笑顔で答えた。
どういうことなのだろうか?
説明が無いまま話が続き、困惑とする私とエルミア。
そこへ「ごほん。まず、カオルさんを助ける方法は私にはわかりません。ですが、聖都『アスティエール』へ行けば何かわるかもしれません。そこで、カルアを『宣教師』に任命しました。長年、治癒術師として活躍してくれたカルアならば、きっと人々を正しき道へ導いてくれることでしょう」とニコルが説明してくれた。
なるほど・・・だから『アスティエール』へ行きなさいって言っていたのね。
「司教様・・・・ありがとうございます」と言い、おねぇちゃんが頭を下げると「いいのですよ。カオルさんには大変お世話になりました。これからはカルアが支えておあげなさい」と笑顔で返していた。
なんか良い話しなんだけど、カオルは私の物だから、私が支えます。
頬を膨らませてそんなことを考えていると「さっそく行きましょう!」とエルミアが言い出した。
そうだった!あの黒い本の手掛かりを探さないと!
焦る私とエルミアにおねぇちゃんは「待ちなさい。今からではすぐに夜になってしまいます。まずは旅支度をし、出発は夜が明けてからです」と叱り付ける。
むー・・・
さすがに帝都から朝出発したとはいえ、オナイユまで半日がかりの強行軍だったしこれ以上は無理か・・・・
エルミアと顔を見合わせ、先導するおねぇちゃんの後をとぼとぼと付いて行く。
はぁ・・・気持ちばっかり焦っちゃうなぁ・・・・
空を見上げると、既に日は落ち暗くなっていた。
翌朝、鳥の声で目を覚ますとエルミアが隣で眠っていた。
そういえば、ベットが2つしかないから一緒に寝たんだっけ・・・・
眠い目を擦りつつベットを抜け出しキッチンへ行くと、おねぇちゃんがすでに起きていて料理をしていた。
「おはようおねぇちゃん」
そう声をかけると「あらあら、早いわねエリーちゃん」と笑顔で挨拶をしてくれた。
居間のテーブルの上には朝食とは別の食べ物が。
おそらく聖都『アスティエール』へ向けての旅支度だろう。
洗面所で顔を洗い、エルミアを起こす。
「エルミア、朝よ」
そう声をかけるとムクッと起きて「・・・おはようございます」と寝惚けたまま答えた。
ホント、朝に弱いんだから・・・
エルミアをベットから引き剥がし、洗面所へ連れて行くとようやく起きたのかテキパキと顔を洗っていた。
居間へ行くと「さ、朝ごはん食べて仕度が出来たら行きますよ!」とおねぇちゃんが元気に言った。
そうだ、早く黒い本の手掛かりを探しに行かないと!
3人で朝食をいただく。
ひさしぶりだけど、おねぇちゃんのごはんはやっぱり美味しい。
ご飯を食べていると、ふとテーブルの向かいに座るおねぇちゃんの腰に見慣れない物を見つける。
「おねぇちゃん・・・・それ・・・・」
私がその黒い物を指差すと「これはね・・・」と言い、抜いて見せてくれた。
それは、黒く細長い尖った刀身の短剣だった。
カオルが、私やエルミアやヴァルカンに渡した物と同じ黒曜石の短剣。
「前に来た時に、カオルちゃんがくれたのよ。『ミセリコルデ』っていうらしいの・・・刃物が持てない治癒術師の私の為にって、わざわざ刃をつけてないのよ」
そう言うと、大事そうに短剣を抱えた。
カオルってば・・・おねぇちゃんにも渡していたのね。
おねぇちゃんと同じように、腰から下げた黒い短剣を取り出すと、それを見たエルミアも黒い短剣を取り出す。
おねぇちゃんに向かい「私達も、カオルから貰ったのよ」そう言い、革製の鞘から短剣を抜いて見せた。
それを見たおねぇちゃんは少し残念そうな顔をしたが、やがて「そう・・・・ところでエリーちゃん、あそこに立て掛けてあるおっきな剣もカオルちゃんから貰ったのよね?」と問いかける。
嫌な予感がしたが「ええそうよ。カオルが私の為『だけに』用意してくれたの」と誇らしげに答えた。
それを聞いて頬を膨らませたおねぇちゃんは「なんでエリーちゃんだけ2本も貰ったのかしら・・・?」と怒りながら話した。
私は胸を張って「それはもちろん、私が『特別』だからに決まってるじゃないの!」と言うと、「ずるいずるいずるい!」と駄々っ子の様に両手を振り回す。
フフン!
当然よね!
私はカオルの特別なんだもの!
朝から大変気分が良くなったのは、言うまでもない。
勝ち誇った顔をしたエリーの隣で、冷ややかな目をしたエルミアがジッと大剣を見詰めていた。
朝食もそこそこに、聖騎士団の伝手で聖都『アスティエール』へ向かう行商の荷馬車へ便乗させて貰う。
順調に行けば3日ほどで、目的地へと着くだろう。
「それにしても、運良く荷馬車に乗せて貰えてよかったね」
私がそう言うと、隣に座るおねぇちゃんが「ええ、これもおねぇちゃんの日ごろの行いのおかげね♪」と明け透けに語る。
まったく、おねぇちゃんはなんでこんなに自信過剰なんだか。
朝、目覚めてから口数の少なかったエルミアが「そうですね。私達は1日も無駄に出来ませんから・・・」と神妙な顔をして答えた。
それを聞くと「そう・・・・ね」と、私も声を漏らす。
確かに私達には一刻の猶予も無い。
急いでカオルを助け出さなければいけないのだから・・・・
そこへ「気ばかり焦っていても、どうにもならないでしょう?大丈夫・・・カオルちゃんは私達の『家族』なんだもの。絶対に助かるって信じていなきゃ♪」とおねぇちゃんが明るく話した。
おねぇちゃんの顔へ目を向ける。
いつもの様に柔らかく微笑んでいるが、内心は心配で仕方が無いのだろう。
きっと、私とエルミアを気遣って明るく振舞っているのだ。
おねぇちゃんの意を汲み取り、気落ちしないように明るく話す。
「そうよね!なんたって、カオルは私の物なんだもの。さっさと見つけて、勝手にいなくなった罰をしないとね!」
それを聞いたエルミアも、私達の考えに気付いたのだろう。
塞ぎ込んでいた顔を上げて、笑顔を見せてくれた。
そうよ!
私達が暗い顔してたら、カオルが辛くなっちゃうわよね!
そんなことを考えていると「カオルちゃんはエリーちゃんだけの物じゃないけどね♪」とニコニコしたおねぇちゃんが返す。
おねぇちゃんの目を見詰めて火花を散らしていると、やがて「・・・フフフ♪」「あははは♪」と笑いがこぼれた。
暗い雰囲気は、3人の明るい笑い声に掻き消される。
それからしばらく他愛も無い会話をしていて、ふと思い出す。
そういえば、おねぇちゃんに帝都に行っていた間の話しをしていない。
そこでおねぇちゃんに帝都に行っていた間の約10日間の話しをした。
すると「えええ!?カオルちゃん、名誉爵位を貰って男爵になったの?!」と驚いて、大声をあげた。
それを聞いた御者のおじさんが「どうしたのかね?」と訝しげにこちらへ聞いてきたので「な、なんでもないです。ちょっと蜂が来たので驚いただけです」とごまかして答えた。
御者のおじさんは「そうかいそうかい」と、納得したのか前へ向き直り馬に鞭を入れた。
「もう!おねぇちゃん驚きすぎ!」
そう説教気味に言うと「ご、ごめんね・・・おねぇちゃん驚いちゃって・・・」と肩を落としていた。
物静かなエルミアも、その様子を見てクスリと笑いをこぼしている。
まぁ、驚く気持ちもわかるけどね・・・
私だって、突然あの大広間で爵位式が始まったときは驚いたし。
「そう・・・カオルちゃんが『男爵(Baron=バロン)』に・・・・ね・・・・・」
それを聞いたエルミアは、当然のように頷いていた。
たま~にエルミアがおかしくなるのよね・・・・
おねぇちゃんの親戚らしいし、似ているのかも・・・
あれ?ところで、なんでおねぇちゃんは『男爵』を強調して言ったのかしら・・?
おねぇちゃんの顔を見詰めると、たまに耳もピクピクと動かしているのに気付く。
あれって・・・・おねぇちゃんが隠し事しているときの癖だ・・・
これって、何か隠してるってことよね・・・
戦闘中のように、エルミアに目配せをして協力を仰ぐと2つ返事で頷かれる。
よし・・・あとはおねぇちゃんに探りを入れながら・・・・
「ねぇ、おねぇちゃん?」と話しかける。
「なぁに?エリーちゃん?」
おねぇちゃんは別段気にした様子もなく答えたので「カオルは女の子なんだから男爵(Baron)じゃなくて、男爵(Baroness=バロネス)じゃないの?さっき、男爵(Baron)って強調してたみたいだけど・・・」と、逃げ場を作れないようにエルミアと囲む。
私が何を聞きたいのか悟ったおねぇちゃんは「な、なんのことかしら・・・・」と目を反らした。
間違いない。
何か隠し事をしている。
エルミアと目を合わせ、お互いに頷くと追い込みをかける。
「あれぇ?おっかしいなぁ・・・・『家族』の私達に隠し事なんてしないよね?おねぇちゃん?」
私がそう言うとエルミアが「カルア姉様。『家族』に秘密なんてございませんよね?」と合わせて言いトドメを刺した。
2人に追い詰められたおねぇちゃんは「・・・・はぁ」と溜息を付くとやがて話し始める。
「参りました。でもいい?これから話す事は、ヴァルカンに口止めされている事だから、絶対に内緒にするのよ?」と口止めをしてから「2人は気付いていないみたいだけど、カオルちゃんはね・・・・・・・男の子なのよ」と小声で言う。
カオルが・・・・男の子?
突然、おねぇちゃんは何を言っているの?
エルミアと目を合わせ、2人で目をパチパチと瞬きを繰り返す。
5秒ほど思考が停止した後「「え・・・・ええええええええ!?」」と素っ頓狂な声をあげた。
だってカオルが男の子なんてありえないでしょ!
あんなに可愛い男がいるなんて・・・・・
身長だって小さいし、とっても綺麗な長い黒髪なんだ・・よ・・・・
「それってホント・・・に?」
いまだに信じられない私はおねぇちゃんに問いかける。
おねぇちゃんはニッコリ笑顔を浮かべて「ええ、本当よ♪」と答えた。
耳が動いてない・・・・おねぇちゃんは真実を言っているって事よね。
私と一緒に驚いていたエルミアはブツブツと何か呟いてる。
どうやら、まだ信じられないようだ。
そりゃ、私だってまだ信じられないけど・・・おねぇちゃんがウソを言っている素振りもないし・・・・・
カオルが男・・・・
ってことは、異性なんだから子供も作れるって事!?
私とカオルの子供・・・・
いいかも・・・・
きっとカオルと私に似て、すっごい可愛い子が生まれてくるはずだもんね!
あれ・・・だから前におねぇちゃんは「カオルちゃんがお嫁にもらってね♪」なんて口にしていたの!?
ずるい!
私だってカオルの事好きなの知っているくせに!
カオルが男だと言う事を、おねぇちゃんが黙っていた事にモヤモヤとした感情が吹き上がる。
おねぇちゃんを指差し「カオルは私の物なんだからね!おねぇちゃんには渡さないわ!」と宣戦布告をした。
それを聞いたおねぇちゃんは「あらあら♪おねぇちゃんがエリーちゃんに負けるわけないわ♪」と言い、それを受け入れる。
そこへ「私は正妻になれなくてもいいです。愛妾となり、永遠にカオル様のお傍にいます」とエルミアが参加した。
もう!何よ!エルフのお姫様が愛妾なら、正妻になれなきゃただの冒険者の私なんて、いいとこ愛人止まりじゃないのよ!
火花散る3人の乙女。
その様子を戦々恐々とした顔で、御者のおじさんが見詰めていた。
ご意見・ご想などいただけると嬉しいです。




