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第八話 師匠のお世話

2016.6.26に、加筆・修正いたしました。

 

 白雪が朝日を煌かせる程の早朝。

 息苦しさを感じて目を覚ましたカオルは、ヴァルカンに抱き付かれていた。


「師匠、またですか...」


 最近、なぜかヴァルカンはカオルと同じベットで寝たがる。

 冬も近づき、寒くなってきたというのも理由の一部だとは思うのだが、どうやらそれだけではないようで...

 カオル自身も、美人なヴァルカンと一緒に寝る事自体は大歓迎。

 なにより、側に居るとホッとする。


 しかし――問題はお酒臭いのだ。


 いったいどれだけの量を毎日飲んでいるのだろうか。

 【イーム村】から依頼されている農具の収入だけでは、到底賄いきれない金額のはず...

 カオルは(まぁ...ヘソクリかなにかあるのかな?)と、考えるのはやめた。


 ヴァルカンにガッチリと固定されていた腕を、四苦八苦しつつなんとか外してベッドから抜け出す。

 眠い目を擦り、いそいそと食料庫を覗き込み、「ん~...」と一巡見回す。

 そして、いつもの様にキッチンへ向かい、朝ごはんの仕度を始める。


「紅茶にスコーン、あとは目玉焼きにサラダでいいかな~」


 備蓄を考え、お酒ばかりで朝はあまり食事を取らないヴァルカンを思いやり、料理を開始する。

 備え付けの石窯に木材を壁に添うよう放り込み《種火(ヴール)》を唱え、指先にライターほどの火を発動させて木材に着火し、あとは温度があがるのをじっくり待つ。

 その間に、小麦粉、牛乳、膨らまし粉を混ぜ合わせ鉄製の器の中へ。

 仕上げに乾燥させておいたクランベリーを乗せて、スコーンの生地は完成だ。

 窯が温まるまで、もうしばらく時間がかかるので、その間にレタスとパプリカを刻み、あとはクルトンをまぶしてシーザードレッシングをかけてサラダの出来上がり。

 水瓶から水を汲み、鍋へ移すと、またも《種火(ヴール)》でコンロに着火する。

 『火属性の魔法』はとても便利なのだが、カオルには適正が無いので、こんな事にしか使えない。

 以前(遠火なら出来るんじゃないかな?)と、パンを焼こうと挑戦したが、真っ黒こげになったのは悲しい思い出だ。


 用意したティーポットへ茶葉を入れ、沸いたお湯を注いで葉を開かせる。

 カップもお湯でゆすぎ、紅茶の準備も完了。

 そうこうしているうちに石窯の温度も上がり、窯へスコーンを器ごと入れて焼きあがるのを待つ。

 石窯はとても高温になるので、あっという間に焼き上がった。

 いつぞやの様に、真っ黒焦げになる前にさっさと取り出す。

 あとは目玉焼き――なのだが、ヴァルカンは黄身の硬さが毎日気まぐれなので、直接聞きに行かなければならない。

 (面倒臭いなぁ...)と思いつつも、給仕出来る事に喜びを覚え始めているカオルは、いそいそとヴァルカンを起こしに行った。


「師匠~? 朝ごはんの用意できましたよ~」


 寝室のドアを開けながら声を掛ける。

 そこには――壮絶な光景があった。


「な、な....」


 黙っていれば超美人のヴァルカンが、シーツをはだけさせて、全裸の姿でベットに横たわっている。

 羽のようにやわらかく、艶やかな金色の髪。

 きめ細かな肌。

 女神の造形かと思われるような、背中からお尻へのライン。


(これはアレだよね? 『ミロのヴィーナス』? いや、中身おっさんだから『眠れるヘルマフロディトス』だね)


 などと、カオルが現実逃避し感慨(かんがい)(ふけ)っていると、ヴァルカンが身じろぎ、ついにあられもない姿を晒す。

 完全に丸見えになる、2つの双丘(むね)

 卑猥(ひわい)なほど大きいわけではないが、ヴァルカンの胸を初めて見るカオルにとって、それは禁断の果実とも言える代物だった。


「師匠!? な、なんて格好してるんですか!! 早く起きてください!!」


 大慌てでヴァルカンの身体をシーツで包み、狼狽(ろうばい)気味に叫ぶ。

 そこで、やっとヴァルカンは目を開けた。


「あ...ああ、もう朝か? おはよう、カオル」


 寝ぼけ(まなこ)で挨拶をするヴァルカンには、なんとも言えない色気が。


 カオルは、女性の裸体に慣れているつもりだった。

 幼い頃より両親とお風呂を共にしていたし、通信講座だが、医療や服飾――デッサン――などで異性の裸体(はだか)を何度も目にする機会があり免疫が着いていた。


 なのに今のカオルは――


 真っ赤に染まる顔。

 胸の鼓動が高鳴り、掌は少し震える。

 間違い無くカオルは羞恥心を覚えた。


「も、もうっ!! 早く起きてくださいね!!」


 これ以上は耐えられない。

 照れたカオルは大急ぎで寝室を後にする。


(.....あぶなかった)


 今までも何度かヴァルカンの身体に触れた事はあるが、さすがに裸体を目にしたのは初めて。

 "黙っていれば"超美人のヴァルカン。

 母親以外の女性と、親しく――もとい、ひとつ屋根の下で暮らしているのだから、これくらいの不慮(ハプ)事故(ニング)は起きるだろう。

 鳴り止まない激しい鼓動を手で押さえ、深呼吸をするカオル。


(とりあえずご飯を....)


 キッチンへ向かい、花開いた紅茶を淹れて、テーブルへ料理を運ぶ。

 食事の用意が出来た頃にヴァルカンが降りてくると、恥ずかしそうに頬を掻いた。


「いやぁ、すまんすまん」


 少し顔を赤くし、照れながら扉を潜るヴァルカンに、呪詛(じゅそ)を込めた瞳で威嚇(いかく)する。


「....別にいいですけど....目玉焼きの焼き加減はどうしますか?」


 恥ずかしさを紛らわすかのように話題をすり替える。


「ん~、じゃぁ半熟で」


(今日は半熟ですか...昨日は「完熟にしないとダメだゾ?」とか言ってたのに....ホント気まぐれなんだから)


 文句のひとつでも言おうかと悩んだカオル。

 先程の光景が脳裏に焼き付き注意も出来ない。

 散々悩んだあとに「わかりました」と返事をして、調理棚からフライパンを取り出した。

 慣れた手付きで油を敷いて、ベーコン2枚と2つの卵を割入れる。

 まだ温かい石窯の中へ、フライパンを入れてしばらく置いておけば、あっという間に焼きあがる。

 フライパンからお皿へ目玉焼きを移し替えると、ヴァルカンの前へ差し出した。


「今日も美味しそうだな♪ それじゃ、いただくとするか!!」


 ヴァルカンは、「待ってました」と言わんばかりに料理へと手を伸ばす。

 そして「美味い美味い♪」と笑みを零しながら料理をたいらげていく。


 その様子を見ていたカオルはほくそ笑む。


 何事にも大雑把なヴァルカン。

 だが(食べてる姿は小動物みたいでカワイイ)とカオルは思っていた。


「ああ、そういえば、今日はお昼くらいに【イーム村】から兵士達が来るからな」

「えっと...何かご用事でもあるんですか?」

「工房に鉄製の両手剣(クレイモア)があっただろう? アレを取りに来るのさ」


 確かに。

 ヴァルカンの言葉通り、工房には多くの両手剣(クレイモア)が束になって置いてある。

 ヴァルカンは農具ばかり売っていたわけではなく、武器も販売していたという事だ。


(ん? それなら、師匠が飲んでいたお酒の代金もそこから...)


 カオルはそこで閃いた。

 ヴァルカンの収入源は、農具だけではなく武器の販売も含まれるという事に。


(これはなんとしてでも、ボクが売り上げを管理してお酒の量を減らすチャンスだ)


 口端を吊り上げニヤリと嗤う。

 悪戯(いたずら)を思い付いた子供の様に。


「そうなんですか。それでは、兵士さんに"ボクから"両手剣(クレイモア)を渡しておきますね♪」


 カオルの策略にまったく気が付かないヴァルカン。

 「ああ、頼んだぞ」と返し、食事を再開していた。


(...フフフ...師匠は扱いやすいよね♪)


 朝食も終わり、さっさと後片付けを済ませ、掃除を始める。

 ヴァルカンは工房でなにやらごそごそ始めたので、その隙に居間と寝室を掃除した。


 2人暮らしの一軒家。


 一昨日掃除したばかりなのに、油断していると結構あちこち汚れてしまう。

 もちろん犯人はヴァルカン。

 空瓶が沢山転がっているのだ。

 慣れた手付きでテキパキと掃除を終え、庭先を箒で掃いていると、遠くから騎乗した人影が近づいてきた。


(あれ、昼前って言ってたのに兵士さん達は、時間より早く来たのかな?)


 庭の掃除を中断し、来客が来た事をヴァルカンに告げる。


「おや、もう来たのか? 両手剣(クレイモア)は、そこに纏めておいたから、あとは頼んだ」


 いつもの面倒臭がりな性格が出たのだろう。

 そう言ってヴァルカンは居間へ消えて行った。


 両手剣(クレイモア)の束を抱えカオルが工房から外へ歩み出ると、丁度兵士の一団が到着し、馬から降りた所だった。

 若そうな人間(ヒューム)の男性5人と、一際高そうな鉄鎧――胸や肩に金の細工が施されている――で着飾った異種族の男性。

 異種族の男性が責任者だろうか?

 赤茶色い髪に同じく赤茶色の瞳をしたその男性と目が合うと、直立不動のビシッとした敬礼をされる。

 カオルも慌てて姿勢を正して、会釈を返す。


「【イーム村】、『王都直轄地』の訓練場を任されている、隊長のアルと申します。本日は、ヴァルカン殿に依頼しておりました、武器を引き取りに参りました」


 言いよどむ事なくはっきりとした声色に、カオルは気圧されてしまった。


「は、はい! ヴァルカンの弟子のカオルです。師匠より承っております」


 完全に空気に飲み込まれてしまったカオルは、両手に抱えた両手剣(クレイモア)をワタワタと差し出す。

 アルは、ジッとその様子を伺うと、ニコッと笑って受け取り、両手剣(クレイモア)の品定めを始めた。

 後ろに控えていた兵士達も交えて、アレコレ意見を言い合う。


(....今気付いたけど、この隊長さん猫みたいな尻尾が生えてる?)


 目の前でユラユラ揺れる尻尾。

 アルの髪色と同じソレは、時に正しく、時に不規則に動き回る。

 もしもカオルが猫ならば、ネズミを追い掛ける様に間違い無く手を出していただろう。


「尻尾を見るのは初めてですかな?」


 カオルの視線に気付いたアルが、優しく話し掛ける。


 思えば、カオルがこの世界へ来てから直接話したのは4人目。

 今でこそヴァルカンのおかげで他人からの視線に畏怖を感じなくなりつつも、カオルの根底には"恐怖"の感情が燻っている。

 これでもしもアル達の目が濁っていたら....

 カオルは立ち上がる事すらできなくなっていたかもしれない。


「えっと...はい。ネコさんみたいな尻尾ですね」


 紳士的で真っ直ぐとカオルを見詰めるアル。

 声色から感じる優しさから、カオルの緊張も幾分ほぐれた。


「私は猫人族ですからね。このように、細長く1本の尻尾が生えているのですよ」


 アルは尻尾を手に取り上げ、カオルの前でふらふらと動かした。


「そうなんですか、良い物を見せていただきました。ありがとうございます」


 ペコっと頭を下げるカオルに、アルは満足そうに笑みを浮かべる。

 カオルは以前、ヴァルカンに連れられて【イーム村】へ行った事がある。

 だが、その時には、【イーム村】の村長としか出会わなかった。

 村長もカオルと同じく人間(ヒューム)だったので、他種族に出会ったのは、ヴァルカンに次いで2人目だ。

 ふらふら動く尻尾を見ていると「大変すばらしい作品です」とアルが述べる。

 両手剣(クレイモア)を手に満足そうに頷く姿は、はたから見るとちょっと怖い。


「また依頼させていただくと思います。ヴォルカン殿にそうお伝えください」


 アルは来た時と同じビシッとした敬礼をし、部下に両手剣(クレイモア)を手渡して馬へ積み込む。

 慣れているのか、自然な動作で部下達が動く様子をアルは頷いて見ていた。


「ああ、代金はいつものように村長へ渡しておきますので」


 ガーン!! という効果音が頭に鳴り響き、カオルは落ち込んだ。


(え? それじゃぁ、師匠から酒代を取り上げる作戦が...)

「それでは、我々はこれで。またお会いしましょう、カオルお嬢さん」


 最後にそう言い残し、馬に跨り来た道を帰って行く。

 後続の兵士達も「またね~かわいこちゃん」などと手を振っていた。

 ショックから立ち直れないカオルは、引き攣った笑みを浮かべながら手を振り返す。


 徐々に遠ざかる兵士達。


 米粒大の大きさになったころ、カオルは嫌な気配を感じ、後ろへ振り向いた。

 そこには――にやけ面のヴァルカンが。


「ちゃんと渡せたみたいだな。カ・オ・ルお嬢さん?」


 口端をヒクヒクさせて、笑いを(こら)えるヴァルカン。

 あきらかにカオルが女の子扱いされた事が可笑しかったようだ。


(むっかぁ....師匠がそういう態度なら、ボクにも考えがありますからね!!)


 怒ったカオルは仕返しを決意した。


「ええ、無事に終わりました。後で村長の下へ行き、代金を受け取っておきますね? 師匠」


 白人形のように口元だけを笑わせ、ヴァルカンに応対する。

 ヴァルカンは「しまった」と、顔面蒼白にしながら言い訳を始めていたが、カオルは『聞く耳を持たない』という態度で全て聞き流した。


 哀れヴァルカン。


 この先彼女が口に出来るお酒は、カオル指定のノンアルコールだけだろう。


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