飛行機雲とお弁当
空には飛行機雲が浮かぶ。
時間は正午、毎日この時間にわが街の上空にこの飛行機雲が出来る。
近くにある自衛隊の基地から飛んできているのだろうか。
あー、でも海上自衛隊だし、飛行機なんて持ってるのか?
理由はわからないけれど、毎日決まってこの時間に飛行機がこの街の上空を通過している。
とても不気味だ。
「あー、また屋上に出てたね」
「ん?」
同級生の五十嵐が話しかけてきた。
「屋上は封鎖されているのに、毎度毎度出ちゃって、もう…」
「そういう五十嵐だって屋上、出てるじゃないか」
「そ、それは…」
このくだりは毎回行っている。はっきり言って茶番だ。
俺も五十嵐も、封鎖された屋上に出たいだけで、この茶番はそういうのを一応正当化した気分にするおまじないというか、なんというか、そういう儀式みたいなものだった。
「お前の姉ちゃん、まだストーカーみたいなことしてんの?」
「いや、"みたいなこと"じゃなくてストーカーしてるよ、まだ」
「…身内に、犯罪者予備軍が居ると大変そうだな」
「予備軍じゃないよ、犯罪者だよ」
「…そうか」
こわい、世の中だな。
噂じゃ、五十嵐(姉)は青酸カリを持ち歩いているんだとか。
うちの学校から被害者と加害者が生まれないことを祈る。
「お昼食べたの?」
「財布落としちまって、買えねえんだわ、残念なことに」
「そんなことだろうと思って、お弁当作ってきたよ」
「え?なんで作ってこれるんだよ誰にも財布落としたの言ってないのに」
「ツイッターに載ってた」
「おまえ、姉ちゃんの後を着実に追ってるな」
「え?」
「え?」
五十嵐が作った弁当に手を付ける。
「これ、青酸カリなんて入ってないよな?」
「お姉ちゃんじゃないんだから、入ってないよ!」
「だよな」
「うん」
…。
ちょっと怖いな。
「それにしても五十嵐、これを作った飛行機は、どこのだと思う?」
天を仰ぎ、上空の飛行機雲を指をさす。
「これってアメリカ海軍の基地から飛んできてる飛行機から出てるんじゃないの?」
「なるほど、海軍ね」
俺達の住む街、横須賀は海上自衛隊とかアメリカ海軍とか軍港の街とか言われているらしい。
カレーおいしいからみんなおいで。
ウェルカムウェルカム。
みんなって誰だ?
「しかし、これがアメリカ海軍のものだとして、どうして毎日きっかり正午にうちの学校の真上を通り過ぎるのかな?」
「それが知りたくて、五十嵐に投げ掛けたんだけど、そうか、知るわけがないか」
「そういうのは、転校生に訊いたほうがいいんじゃないの?」
転校生。父親がアメリカ人っていうアイツか。
凄くキザで気取ってて凄く話しづらいイメージだ、名前は確か"エリック"だったっけ。
確かに海軍の父を持つ彼ならなにか知っているかもしれない。
だけれど…
「アイツと話をするのはパス。凄く話しづらいんだよ、はっきり言って苦手」
「でもエリックくん結構モテてるよね」
「俺は女じゃない」
「ホモォ…」
「そういえば、オマエ腐女子だったな…」
「でもさ、あの飛行機雲やっぱり不気味だよね」
「あぁ、なんだか嫌な気分だ」
自分の生まれ育ったこの街を、汚されているような、そんな気分だ。
「やっぱり、エリックくんに話を訊いてみようよ」
「んー、まぁ考えておくよ」
しかしまぁ、気が引けるというか、面倒くさいというのが正直なところ。
一人の学生がどこまで出来るかわからないけどぼちぼち活動してみようか。
俺の希望は、この青い空がいつまでも続けばそれだけでいいんだけれどな。
我が儘かね?
弁当はもうすぐ食べ終わる。