第一話 第六部 千代乃と恭花
「…はい?」
その女性は後ろを振り返って私の顔をじっとみた。そしてニッコリと笑ってさらに口を開いた。
「さっきの隣の子ね。何か私に用?」
「あ、あの……えっと。」
私が戸惑っているうちに後ろから楓がやってきた。
「お話があります…。」
私は緊張で声を震わせながら言った。な、なんて恥ずかしいのだろうか…。
「私に?」
でも相手はすごい真剣に聴いてくれている。私はその言葉に少し落ち着きを取り戻して前を向いた。でも手はまだ震えていた。
「えっと、あなたの歌とても良かったです。」
「私たち、隣で聴いていたのですが、綺麗な声で良いなって思いました!」
楓も私に続いてフォローしてくれた。突然のことに相手は目を丸くして驚いていた。そりゃいきなりこんなこと言われたらそうなるよね…。
「あ、ありがとう。そんなこと言われたの始めてだよ。」
そういわれて私はもう一度大きく深呼吸をして声に出した。
「あのっ…私たち、アイドル始めようと思って。その…一緒にやってくれませんか?」
「あ、アイドルっ!?」
相手の方はさらに仰天して身構えた。たしかにいきなりこんなの言ったら身構えるに決まっている。でも…ここで誘わないと…。
「えっと、私たち。アイドルを始めようと思っていまして。今はメンバーを集めている所なんです。そのときにあなたの歌を聞いてどうしても必要だと思ったのです。あなたと一緒ならもっと高いところが見えてくると思ったのです。」
そういうと相手の方は腕を組んで真剣に考え始めた。…本当にどうなのだろうか。正直ダメな気がする。
「そうね…私、高校三年生だから…。」
「「申し訳ありませんでした。」」
「えええっ!?」
私と楓は同時に頭を下げた。
「私、高校二年生なんです。」
「私は高校一年生です。」
そういうとまた驚いた顔をして私たちを見る。そしてあの人は大きくため息をついて腕を組んだ。
「私、丁度受験は推薦で決めたのよ。もういけることは確実だし、運動の格好してるけど大学では運動部入らないつもりだったから…。それに今やることって無いしね。…ちょっと考えさせてくれるかな?」
そういってあの人が携帯を取り出した。
「連絡先、教えてよ。私は夜桜 恭花。よろしくね。」
そういって夜桜さんはスマホを取り出して連絡先交換モードを起動させた。私と楓は同じように起動させて連絡先を交換した。
「さざらし…って読むのかな?」
「はい。」
「九石千代乃と旋風楓ね。それじゃあ帰宅したらもう一度連絡するからよろしくね!」
そういってスポーツバックをよいしょと調整して、歩いていった。あの人…夜桜恭花さんか…。連絡までとってくれるってなんて嬉しいことなんだろう。
「やったね! 一歩前進できたと思うよ!」
「うん! とりあえず…今は三人でやっていこうと思うの。いいかな?」
「それがいいよ! あ、そろそろ帰らないと。電車乗ろう!」
そういって私と楓は歩いて電車のホームまで向かっていった。
「アイドルかあ…次見つけたら声かけてみよーっと! うわっと、自転車落ちる落ちる!」