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エピローグ


「う~ん……。ここは…………?」

「よう蘭、起きた? 気分はどーよ?」


 気を失っていた倉木が目を覚ましてまず目に入ったのは隣で座っていた深月の顔だった。


「――――えっ、天使!? はっ!? もしかしてここは天国!?」

「ばーか、そんなわけあるか」

 

 現状は倉木の身柄を深月が預かることに冒険者たちが同意した少し後。

 倉木がいた大広間はやはりこのダンジョンの最深部だったようで、それより先へと続く道はなかった。

 ただこの大広間は今までの部屋とは様子が異なり柱ひとつとってもかなりの精密な彫刻や装飾が施されていたことから、何らかのお宝や細工、隠し部屋などがあるのではないかと手分けして探索することとなった。

 深月とレーベは倉木が目を覚ました時になにかあるといけないので監視役として倉木の隣で待機していた。

 ちなみにレーベは漆黒の鎧を収め、また深月から貰った学ラン姿へと戻っている。


「体調は? どっか変なとことかないか?」

「えっと……、うん、大丈夫だよ。敢えて云うならおでこがなんかちょっと痛いかなーってだけで」

「気のせいじゃねーの」


 深月はひとまず無事に目を覚ました倉木にほっとしつつも、水筒をバックパックから取り出す。


「ほら、まず水でも飲めよ」

「深月様からの施しだ100回感謝してから拝受しろ」

「レーベ、これからは仲間なんだからもう少し言い方をだな……。いや、よく考えたらお前アイリスやネルにや対してもそんなもんか」

「これもしかして深月ちゃんの水筒?」

「そうだけど、そーゆーの結構気にするタイプ? あんまり口付けて飲んでないと思うけど」

「むしろ逆! 深月ちゃんがべろべろ口を付けてなめまわした水筒がいい!」

「…………うわぁ」


 差し出した水筒を引っ込めたくなった。


「深月様、こやつ変態です……」

「その意見にはボクも同意するけど、お前も大概だからな?」


 倉木が水を飲んで一息ついたことを確認し、どうして深月と同じ日本人である倉木がここにいて、そしてどうして生ける屍(アンデット)となってしまったのか確認する。


「なんか色々聞きたいことが多すぎて、何から聞けばいいのかわかんねーから大雑把に聞くけど、一体何があって()()()()()になったんだよ?」

「いっぱい迷惑かけちゃったから、ちゃんと説明したいんだけど、私だって実はよくわかんないんだ……。いつもと同じように撮影現場について、マネージャーの高見さんとスタッフさんに挨拶して、衣装を着替えて撮影場所に向かおうとしたら気を失っちゃって、気が付いたらもうこの場所にいたのよ」


 普段となに一つ変わらない生活を送っていて、気が付くとこの世界に来ていたのは深月と同じだ。


「もっと他に思い出せることない? 例えば普段と特別違うものを身に着けていたとか、以前から何か違和感があったとか」

「うーん、特にないかなー」

「そっかー」


 もしなにか思い当たるものがあるのなら元の世界に戻る手掛かりとなるやもと期待したが結果は空振り。


「あっ! でも気を失う直前にネコを見たかも、あと変な声も聞こえた気がする!」

「ネコ?」

「そう! あれ? 思い出したいんだけどなんか全然思い出せない……。ごめん……、気のせいだったかも」


 深月もこちらに来る直前にネコを見たような見なかったような。

 どんなネコだったか思い出そうとするも種別や色も全く出てこない。

 ただその少し前にネコにまとわりつかれて友人に助けられたことはよく覚えているので、そのことと混同してしまっているのかもしれない。


「声は? どんな声が聞こえたか覚えてる?」

「うーーーっ、それも本当に聞こえたのか疑わしいのよね。ただなんとなく『先に待ってろ』みたいなことを言われた気がする」


 倉木は必死に思い出そうと頭を抱えるもそれ以上の情報は出てこない。

 『先にまってろ』ね。

 それだけでは何のことか予想もできない。


「それで? この場所に来てから何があったんだ?」

「気づいたらここにいて、しばらくは怖くて動けなかったんだけど、いくら叫んでも誰も来ないし何の変化も起きないしで誰、いつまでもこの場所にいてもしょうがないから扉から出てみたのよね。

 そしたら化け物がいたの……、頭が三つある牛みたいに大きな犬の化け物。私ね、たぶん一回そこで()()()()()()()()。脇腹をそのデッカイ犬にガブっと噛まれてブンブン振り回されて、もうめちゃくちゃ痛かったんだから! これがその時致命傷になったであろう傷ね」


 そう言って羽織っていたマントを少しずらし自身の左わき腹を深月に見せる。

 大きく欠損したそこからは千切れた臓器が顔をのぞかせている。


「いやー、私職業柄普段からけっこう露出が多めの服装もしているんだけどさ、流石に()()まで露出することになるとは思わなかったわね!」


 アッハッハッとあっけらかんと笑う倉木だが、とても笑える内容ではない。


「いや、余裕があるのかいい事なんだろーけど。メンタルつえーね蘭」


 深月が同じような状況に陥っても笑えるかどうか。


「そう? でも今私がこうやって笑えるのも貴女のお蔭よ? それまで深月ちゃんも最初にみたように一人で膝抱えていたんだから! ありがとうね」


 そう言って笑う倉木に顔はとても魅力的で、日本の芸能の世界で活躍していただけのことはある。

 こちらか本来の彼女の姿なのだろう。

 日本にいるときにこの笑顔を知っていたらきっと深月もファンになっていた。


「で、また推測になっちゃうんだけど、その時人間としての倉木蘭(わたし)が死んで、いまのゾンビお姉さんになってしまったんじゃないかなーって」


脇腹の欠損が再生しないのは人間としての倉木が負った傷だからで、アンデットとして生まれ変わった瞬間のの姿が正常と認識され、そこを目指して再生されるのだろう。


「ゾンビになっちゃう間はどれぐらい時間が経ったのかはわかんない。何日も時間がかかったのかもしれないし、ほんの一瞬でなったのかもしれない。ただ、気がついたら目の前に化け物の死体があって、不思議とそれは自分がしたんだとわかった。自分がに化け物になっちゃったのはもちろん恐かったんだけど、それ以上にここから出たくて出口を探してさまよって、途中で鎧を武器をもった人間の集団に出会えたん」


そして、倉木は冒険者をーーー殺した。


「最初はもちろん嬉しかったよ。やっと人に会えた! 助かったんだ! って。でも違った……。彼らは私の話なんて一言も聞いてくれなくて会うなりすぐに私を殺しに来た。当たり前だよね? こんな身体(ばけもの)なんだもん。心臓を貫かれて、頸をはねられ、手足を飛ばされ、胴体を真っ二つにされて、臓器をえぐられ、頭を潰され、火で燃やされ、細かく切り刻まれて、凍らされ、電流で炭化し、酸で溶かされ、毒を打たれて、それでも死ななかった――――死ねなかった。一体何回殺されたかな、覚えてるだけでも100回は。ねぇ深月ちゃん、ここにくるまでに他の人間の死体を見た?」


 そう問うてきた倉木の顔は何の表情も映してはいない。

 たわいない世間話を振るかのごとくトーンで淡々と。


「……ああ、見たよ」

「そっか」


 深月の返答を聞いても倉木に変化はない。


「私ね、たぶんもう死んじゃってるんだ。単純な生き死にの話じゃなくて、もう人間として生きていないの。何度も殺されるうちにどんどん私の心が死んでいくのがわかったの。初めは感じていた痛みも悲しみも苦しみも、段々感じなくなってきて、理不尽な運命に対する憤りも、神様を恨む心も、この世界に対する憎しみもすらも全部殺されちゃった」


なんと残酷で、救いのない話だろう。

 彼女はこの世界に来るまでは深月と同じ平和な世界の人間だったのに。

 ただの女の子がいきなり異世界に飛ばされて、自らになんの落ち度もないのに何度も何度も、心まで殺される。


「私はそこで正真正銘の化け物なっちゃったの」


 そう言って深月に向かってほほ笑んだ倉木の顔は泣いているように見えた。


「化け物だから私は私を退治しにきたその人たちを殺して、あとは深月ちゃんが見たように迷宮の最奥で膝を抱えてずーーーっと一人でじっとしていたのでした!」


 おどけて話してみせる倉木に深月は涙がでそうになる。

 怒りなのか同情なのか哀れみなのか、深月にもわからない。

 ただ複雑な感情が胸の中を駆け巡っている。

 そんな深月を見て倉木を再度ほほ笑み、真剣な顔になる。


「優しいね、深月ちゃん。さっきの言葉は嬉しかったけど、やっぱり私を連れて行くのは止めといたほうがいいよ。せっかくこんな世界にいてもそんなに優しい人なんだもん。私はもう人を殺しても何にも感じない。こんな化け物なんかと一緒にいちゃダメーー」

「ふざけんなッ!!!」


 倉木の言葉に被せるように叫ぶ。

 まだ胸の奥で暴れる感情に名前は付けられないけど、何を言えばいいのかもわかっていないけど、黙っていられなかった。


「あーーーっもうッ! 自分でも何が言いたいのかよくわかんねー!! ムカつく!! 何が言いたいんだボクは!?」

「えーー……」


 なんとも理不尽なキレ方をする深月に動揺する倉木。

 片やレーベは何かまぶしいものを見るように深月を見ている。


「何を言いたいのか自分でもさっぱりだけど一つだけ! もう二度と自分の事を化け物なんて言うな!  今度自分の事を化け物なんて言ったらぶっ飛ばすぞっ。あと蘭がなんて言おうが絶対連れて行くからな!」

「深月ちゃんっ、二つ言ってるよ」

「うるせー! 細かいことはどうでもいーの!!」


 立ち上がってうがーっ、と吠える深月。

 それを見ていると倉木は自然と笑顔になっていた。気負いも無理もない、心からの笑顔に。


「深月様ーーーー! 隠し部屋がありました! 中はすごいお宝ですよ!!」


 離れたところからアイリスが呼んでいる。


「うそっ!? すぐ行くーーー!!」


 深月は倉木に向かって手を差し出して笑う。


「お宝だってよっ、早く行こうぜ!」

「え、でも……」

「口答え禁止!! レーベ行くぞ!」

「はっ!」


 強引に立ち上がらせてそのまま手を繋いだまま歩き出す。


「ちょっとっ待ってよ!」

「ダーメ! あと蘭はもうボクの使い魔になってるから」

「ええええっ! いつ!?」

「ついさっき」

「知らないんですけど!?」

「そりゃ蘭は寝てたからな。でも決定! 取り消せません!」

「暴君だーーっ!」


 楽しそうに蘭を引っ張って歩く深月。

 そんな深月を見ているだけで倉木の中で一番幸せだった思い出の時間が戻ってきたように思ってしまう。


「よき主だろ?」


 レーベが倉木に自慢げに声をかける。


「そうね。これ以上のご主人さまはいないよね」

「何はともあれ、これからよろしくな。新人」

「お手柔らかにお願いします。先輩」


 (しもべ)二人で笑いあう。

 この可愛い世界一のご主人様について世界をめぐるのはなんと幸せな夢であろうか。


「あ、そうそう。勘違いしてるみたいでずっと言いたかったんだけど」

「なぁに深月ちゃん?」

「ボクは男だからな」


 たっぷり間が空いてから。


「――――――ええええええぇぇぇぇぇぇぇーーーーー~~~~~っっっっ!?」


 普段の深月なら怒るところだが、新しい(しもべ)があんまりにも驚くもんだから笑ってしまった。


「なんだ、化け物なんて言ってたくせにボクの性別程度でめちゃくちゃ驚くじゃんか」

「それは驚くわよ!? だって小さいころからずっと好きだったんだよ!? 私女の子を好きになっちゃったんだって一時期本当に悩んだんだから!! 本気の恋愛なんだから!!」


 あっはっはっ! ますます笑ってしまった。


「恋愛でそんなに感情が揺さぶられるなんて、めちゃくちゃ人間臭いじゃん!」


 深月の言葉に呆気に取られてきょとんとしてる倉木の顔を、

 なんとも可愛く人間らしく昔から可愛かったよなーと今更ながらも思い出した。

第二章は以上です。

お読み頂きありがとうございました。

深月もレーベもアイリスもネルも蘭も、もう十年以上昔に考えたキャラで、なろうを離れていた時期もずっと頭の中では元気に活躍していてくれました。

もうなんなら息子や娘のような存在です。

そんな子供たちを自分の頭の中だけでなく、一人でも多くの人たちに知ってもらいたいなと再び筆をとった次第であります。


何年も待って頂いた人たちにはお詫びと感謝を、

また新しく読んで頂いた方にも深月たちのこと知って頂いて本当にありがとうございます。

活動報告にするべきだと思いましたがどうしても伝えたかったので後書きの場をお借りしました。


改めてここまで読んで頂いた皆様に深く深く感謝申し上げます。

よろしければ感想、ブクマ、評価、レビュー等お願い致します。引き続き執筆する何よりの励みになります。

                                ヒデヒロ

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