―19―
それまでこの場に蔓延していた死の気配が、神の気配に一瞬にして払拭される。
ただそこにあるだけで全てを圧し潰し支配する。圧倒的な存在感。
『神気』
死すら恐れぬ地獄の尖兵たちが、怯え畏縮し動きを止める。
「我が主の前で大見得を切った手前、無様な姿は見せられんのでな」
そう言いながらレーベは学ランのボタンを外し、傍らにいたネルに学ランを渡す。
レーベはその完成された肉体を晒しながら、倉木蘭に向かって獰猛な笑みを浮かべる。
「『誓いをここに、大地よ、ただ君を愛したアイネロウスの』」
――――――――ドクンッ。
大地から一つ大きな鼓動が確かに聞こえた。
レーベの手足にある黒い金属のような鉱物が、徐々にレーベの身体を浸食していき、腕、脚、肩、胸部、と覆われていく。
身体のラインに沿うように進むそれは、やがて漆黒に輝く神々しい鎧となって完成した。
「かっけー……」
その現実離れした神々しいとも言える光景を見て、知らず深月の口から感嘆の言葉が溢れていた。
「行って!!」
プレッシャーに耐え切れなくなった倉木が数体のキメラをレーベに向かわせる。
それに対してレーベはなにする訳でもなく、ただ一回踵をならす。
ただそれだけの動作で地面から、壁から、天井から漆黒の槍が何本も飛び出し、キメラを壁や地面縫い付ける。
「くっ、それなら!」
『不死王の息吹』――全てを朽ち果てさせる死の霧。
漆黒の槍やキメラを腐食させながらレーベを取り囲む。
あれだけ苦戦していたキメラたちが音もなく崩れていく。
「それは悪手だな。私に状態異常や小手先類は一切効果がない。自らの兵隊を減らすだけだ」
死の黒霧の只中であってもレーベはなにも変わらない。
普段と何一つ変わらず悠然と立っている。
「ただまぁ、これでは我が勇姿を主が見て頂きづらくなるな。それは困る」
『神気』解放。
圧倒的な神の存在感が今一度死の気配を吹き飛ばす。
「どうした、それだけか?」
その場から一歩も動かずに挑発的に笑うレーヴァイア。
対する倉木は苦悶の色を浮かべ、レーベのプレッシャーに押されている。
「調子にっ、のるなっ!!」
気圧されまいと弾丸の様な速度でレーベへと飛び出す。
「無駄だ」
レーベはまたもや踵を鳴らすだけで今度は巨大な石柱が凄まじい速度で飛び出し上下左右から倉木に迫る。
「こんなものっ!」
その全てを受け止め、死を付与した手で触れ石柱を朽ちさせ脱出する倉木。
「まぁ待て」
もう一度踵を鳴らし、漆黒の鎖が倉木をその場に留まらせる。
「このまま完封してもいいのだが、せっかく深月様に見て頂ける戦闘がこのような呆気ない粗末な物にするのはどうもな。それに貴様は恐らく今まで闘いというものを一切してこなかったのだろう? 弱いものいじめのようで気も乗らん。それになにより――――」
レーベはそこで一度言葉を切り、こつこつと動きを封じられている倉木の目の前への歩みを進める。
眼前で立ち止まり、冷静ながらも憤怒を必死で押し殺していることがありありと伝わってくる表情でまっすぐ倉木を見つめ口を開く。
「貴様が深月様の初ちゅうの相手だとっ――いいや違うっ! 深月様の初ちゅうの相手はこの私だ!!」
…………えーーーー。
レーベは激怒していた。必ずや深月の初ちゅうの相手は自分であると全世界に認めさせねばならぬと決意した。
急にとち狂った主張をなんとも凛とした立ち姿で主張するレーベ。
「色も恋もわからぬ時分でのキスなどカウントされる訳がない! 幼子であった深月様の唇を無理矢理奪ったものなどノーカンに決まっている! そんな羨まもといけしからん! 貴様のその罪千回身体を引き裂き万の責め苦を与えようともまだ罪深い!!」
「お前なに言ってんの!?」
「ソウダーソウダー! 深月ノ初チュウハミンナノモノダー!」
「そうです! だいたい生まれて初めてのキスというなら深月様のお母さまかお父様のはずです!」
身内からもなんともずれた抗議の声があがる。
先ほどまで生きるか死ぬかの線上で死闘を繰り広げていたとは到底思えないなんとも言えない空気が漂いだす。
「なっ!? あなたたちも深月ちゃんとキスしたの!?」
「ああ! したとも!! それはもう濃厚なやつをな!」
「私もしましたよ! あの時の深月様は真っ赤になって可愛かったですよねー、私の思わず赤くなっちゃいました」
「可愛カッタナー、イッパイギューシナガラ、チューシタ!」
「はぁ!? 私としたときの深月ちゃんもすごく可愛かったですけどー!? あの時のちっちゃい深月ちゃんとちゅーできたのは私だけなんだからね!!」
「貴様それはなにも知らない深月様に付け込んだ犯罪だろうが!」
「違いますー! 小さい頃のお互い大切なキラキラした思い出ですぅー! 深月ちゃんだってキスしたらきょとんとした後嬉しそうに笑ってましたー!」
「ショタ深月様とかズルいですよ! そんなの存在からして可愛いに決まっているじゃないですか! しかもどう言い繕おうが犯罪は犯罪ですからね!?」
「小ッチャイ深月カー、ヤバイナ!!」
「くっっ、想像しただけの鼻血が……。だが深月様の初チュウの相手は絶対に私だ! しかも深月様からしていただけたこともある! そうですよね深月様!?」
本当に、本当にお願いだからやめて頂きたい。
もうすごくいたたまれない。穴があったら入りたいとはこのことか。
深月の顔が羞恥で真っ赤に染まっている。
なんなら羞恥を通り越して涙目でプルプル小刻みに震えている。
「あ、ヤバい。レーベさんそろそろストーップ! 深月様が限界です!」
「もぅマヂ無理。。。ぉもてぁるけなぃ。。。」
「よしよし大丈夫ですよ~。深月様は私たちが養いますからね~」
「ドウシタ深月? オナカ痛イノカー?」
限界ギャルと化して顔を両手で覆い隠し震える深月をアイリスとネルが抱きしめよしよし頭を撫でている。
「貴様深月様に何をしたっ!?」
「なんにもしてないわよ! だいたいあんたの方から勝手に深月ちゃんのキスだなんだプライベートな話題を振ってきたんでしょ!? ちょっとは繊細な乙女心ってやつを考えてあげなさいよ!」
「私は深月様の名誉の為にも貴様のような奴が初チュウの相手などと誤解されてはいけないと思っただけだ! また貴様程度が深月様の初めての相手などと思いあがることのないようにな!」
「あんたがなんと言おうと私が深月ちゃんの初めて奪ったことには変わりないもんねー!」
「だからその様な色もなにもわからぬ幼少期の事など物の数に入るか! 野犬に噛まれたようなものだ!」
「はぁ!? 言うに事を欠いて野犬ですって! 私と深月ちゃん大切な思い出を馬鹿にするつもり!?」
「深月様第一の僕であるこの私が初ちゅうの相手であることはたとえ神でも変えようのないただ唯一の世界の真実! むしろ我が母である原初神を殺してでも真実にして見せようではないか!」
もうどっちが先だろうがどうでもいい。
そんなことよりこの生き地獄から一刻も早く解放されたい。
周りの冒険者たちは急遽始まったなんとも醜い痴話喧嘩に唖然と言葉もでないでいる。
つい少し前まで本気で殺し合いをしていたのに。
「………………………………アホしかおらん……」
唯一聞こえてきたテオの呟きが深月に追撃をかける。
もう貝になって暮らしたい。
深月からすると永遠に続くんじゃないかとも思われた生き地獄はレーベの言葉で様相を一変させた。
「すでに私は深月様とべろちゅーまで済ませている!」
「――――――――――――――――――――――――――は? あんた今ナンテイッタ?」
ぐんと場の空気が冷え込んだ。
先ほどまで生き生きしてると言ってもよかった倉木の表情は抜け落ち能面のように色をなくしている。
「聞こえなかったか? よく聞こえるようもう一度言ってやろう。私はもう、深月様と、べろちゅーも済ませている。それはもうすごいやつをな!」
レーベは倉木にクリティカルな話題なのだと感付きそれはそれは自慢げに、渾身のドヤ顔を再度深月の性事情(?)をはっきりと誰の耳にも聞こえるように暴露した。
だいたいレーベの言い方では双方合意の上での行いのように聞こえるが、その実態は深月が軽いキスで済まそうとしたところを無理矢理頭を押さえつけての行為なので倉木のことを非難などできようがないのだが。
「コロスッ!!」
未だ鎖でその場に縫いつけられたままだった倉木から膨大な魔力があふれ出す。
先ほどの魔力の奔流よりももっと激しく。
魔力は死の霧へと変わり倉木を拘束していた漆黒の槍を瞬時に消し去る。
「ヤバいッ! こいつら言ってる事はガキのお遊びみたいなくだらない恋愛話だけど、やってる事はえげつないよっ!!」
「イリーダさん! オレも手伝います!」
何とか痴話喧嘩の間に回復していたイリーダとアレンが魔力の楯を作り冒険者全員を守る。
「あんた私が何年深月ちゃんとのちゅうに舌を入れなかった事を後悔したか……。絶対殺すッ! あんたの存在を消し去ってその事実をなかったことにする! 深月ちゃんの初べろちゅーの相手は私じゃなきゃだめなんだ!!」
「奇遇だな! ちょうど私も貴様の存在をこの世から消し去ってやりたいと考えていたんだ! 存外気が合うじゃないか!」
むしろ深月が今この場から消え去りたい。
倉木もレーベの犬歯を剝き出しに獰猛な笑顔を浮かべる。
「時間はくれてやるから後悔の残らぬよう全力でこい。一撃で決めてやろう」
「はっ! 後で泣き言いっても知らないわよ! この一撃でどっちが深月ちゃんのべろちゅーの相手に相応しいかわからせてあげる!」
レーベも『神気』を開放し、倉木もゆっくりと暴れまわるだけだった自身の魔力を支配していく。
ただただ恐ろしく冷たいだけだった倉木の死の魔力が、より精密にその性質を神威の領域まで引きあがっていく。
――――『神気』
二つの『神気』がぶつかり合い。神話の世界へと場を塗り替える。
「これは……、とんでもないですねっ」
「ああッ、あのクソくだんねぇ会話からどうやったらこんなやべぇ次元のバトルになるんだよ!」
「あがががががっ」「兄貴ー! 気をしっかり!」
「……しゃれならんでっ」
「くそがっ、Xはここまで高いのかよ、ムカつくぜ……!」
『神気』になれている深月たちですら気を抜けば意識をなくしそうになる。
マンドラゴラーズはとっくに部屋の隅で目を回している。
「さて、負けを認める準備はできたか?」
「上等よ! そのムカつくにやけ顔ぶん殴ってやるわ!」
お互い手の平をもう片方の拳で叩くというなんとも好戦的なジェスチャーで笑いあう。
そのまま一息つき、どちらともなく飛び出した。
まさに次元を超越した神の権能同士のぶつかり合い。
とても目で追えるようなものではなく、まるで大型の爆弾が目の前で爆発したのかと思うほども音と閃光、そして衝撃波が巻き起こる。
「くっっっ――――!」
前衛として意地が何度も意識を持っていかれそうになってもイリーダは楯を手放さない。
イリーダの防御魔法が無ければ全員吹き飛ばされている。
光を衝撃が収まったあと、深月たちの目に入ってきたのはなんら変わりなく凛然と立つレーベと床に仰向けで倒れる倉木。
倉木の右半身は吹き飛ばされなくなっている。
再生が始まっているが、魔力を使い切ったのか今までのように瞬時に復元されるようなことはなくその回復速度は緩やかである。
「あーあー、負けたーーーー! もう動けない」
「深月様の初ちゅうの相手は私だと認めるか?」
「喧嘩は負けちゃったけど、それは絶対認めない。けどまぁあんたが深月ちゃんのことちゃんと好きなんだなーってのは認めてあげる」
「ふっ、貴様こそ。どうやら深月様への想い本物のようだな。まだまだ粗削りだが深月様への愛がしっかりと乗った拳だったよ」
なにやらつきものが落ちたようなさっぱりした表情で爽やかに笑いあう二人。
こいつらなんで河原で殴り合った不良みたいなことになってるんだ。しかもそれを怪獣大戦争みたいな規模でやりやがって。
「深月様! お待たせしました」
一応の決着をみた怪獣同士の痴話喧嘩。
一仕事終えたといった表情のレーベが深月を呼び込み、深月もアイリスとネルを伴って向かう。
「えーと、とりあえず落ち着いたか?」
おそるおそる倒れてる倉木の元へ歩いていき、何にも隠されていない倉木の身体にマントをかけてやり顔を覗き込む。
「落ち着きました。まだ自分がどんな状況にいるとかはわかんないけど、半分吹き飛んで再生してる自分の身体にも騒がずまずは受け入れてみる程度には落ち着いたよ。ご迷惑をおかけしまして、ごめんねー深月ちゃん」
そう聞くと取り乱すのは無理もない。むしろ一通り暴れまわったら自分の半身が吹き飛ぶことも受け入れられる倉木は大物なのかもしれない。
既に倉木の身体は再生を終えようとしていた。
「まぁ詳しい話は後で落ち着いてから話すけどさ、異世界転移ってわかる?」
「最近アニメとか漫画でよくあるやつ?」
「そうそう」
「うわー、マジかー。そんなことになっちゃったか私。どうしよー」
暴れまわってすっきりしたのか異世界転移なんて言われても笑ってしまっている倉木に、深月も肩の力が抜けてくる。
「行くとこないだろうから、とりあえずボクんとこくる?」
「え! いいの!?」
「いいよ、同じ日本人だし、なにより昔なじみだもんな。ここで放り出したりしたらそれこそ目覚め悪いし」
レーベに目線を向け「いいよな?」と確認をとる。
レーベも異論はないと頷き答えた。
「やったー! 深月ちゃん大好き愛してる!!」
「はいはいわかったわかった。そんな動くとマントがずれて色々見えるぞ」
「えっちー、でも深月ちゃんなら見てもいいよ?」
「見ない!!」
上半身を起こし、マントを際どい所まで引き上げ深月をからかう倉木に対して深月は顔を赤らめ目をそらす。
「まぁそうと決まればこれからよろしくな蘭」
「えへへっ」
さぁこれからが大変だ。
色々問題はあるが目先の問題はこのお騒がせゾンビ娘をどうやって連れて帰ろうか。
なんとなくこの場は深月に任されているが、後ろから深月に向けられる冒険者の視線がいたい。
とりあえず最初にすることは――――。
「え? なになに深月ちゃん?」
深月はヤンキー座りをして、尻もちをついた状態の倉木に視線の高さを合わせ、倉木の頭を両手でそっと抱える。
「まさかこんなところでっ!? うれしいけどみんな見てるよぅっ。でも深月ちゃんがしたいなら私はいつでも……! いいよ! 深月ちゃん!」
ちゅー。と唇を突き出す倉木にそっと顔を近づけていき――――
「――――おらぁっっっ!!!!」
一度頭を引いて反動をつけ、魔力による身体強化もした深月渾身の頭突き。
キスな訳があるか。
「あいた――――っ!!」
完全に油断し魔力も使い果たしていた倉木は「きゅ~~」と漫画のように目を回して意識を失い倒れた。
ちなみに深月も涙目になるほど痛かった。
「お前ら全員今のみたな!? このモンスター娘はボクが倒してテイムしたから一切手出しすんじゃねーぞ!!」
額から血を流しながらも立ち上がり、冒険者たちの方を向いてそう宣言する。
決して自分を女の子扱いしたり、恥ずかしいセンシティブなプライベートを大声で喧伝されたから頭突きしたわけではない。
こうして深月がテイムしたと全員に見せつける必要があったからだ。
繰り返すが決して私怨による頭突きではない。……たぶん。
それはそうとレーベにはあとでお仕置きしようと心に決めた深月であった。
エタる?? 知らない言葉ですね
ーーーーー誠に申し訳なく思っておりますm(__)mm(__)mm(__)mm(__)mm(__)mm(__)mm(__)mm(__)mm(__)mm(__)mm(__)mm(__)mm(__)m




