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ー17ー

「はぁあっ!!」


 裂帛の気合いとともにアレンの剣が、物陰から飛び出してきたモンスターの死骸を切り裂く。

 毒の煙を抜けてから、死んで操られているモンスターが次々と襲い掛かってくるようになり、その為アレンがツインエッジと合流し行う索敵と安全確保を行うようになった(アレンは探索者としても一流らしい)。

 襲ってくるモンスターの数は先に進むごとにどんどん多くなってきて、深月はすでにアレンが何匹のモンスターを切ったかわからない。


「やっぱり強ぇなアレンは。今斬ったのランクBのケロベロスだろ? 瞬殺かよ。|昼の影(俺たち)ならパーティで掛かっても半日がかりの大仕事だ」


 アルザが口笛を鳴らす。


「いえ。確かにアンデットになっているので耐久力は増していますが、その分敏捷性はやや下がり、思考能力を失っていますから。生きているモンスターではこう上手くいきませんよ」

「いやいや、ご謙遜を。俺たちだけなら今ので死んでたぜ」「そうそう。アンデットって腐臭はあっても、呼吸も心音もないから相手が動くまでいまいち距離とかわかり辛いんだよな」


 そしてその後に扉が現れた。

 このダンジョンの入り口にあったのと同じ、荘厳な二枚の扉。


「モンスターの出現頻度や扉の装飾、雰囲気的に」「この向こうが最深部臭いんだよな~」


 何度か途中で休憩をいれ交代で軽い仮眠をとったが、ダンジョンに潜り始めてからおよそ一日半が経過したであろうか。

 いつもの深月なら途中でへばって脱落していたかもしれないが、魔力による身体操作のお蔭でまだまだ余力がある。


「想定してたよりだいぶ小規模のダンジョンだったな」

「そうですね、ダンジョンというより宝物殿や高い地位の人物の寝殿、もしくは何かを祀った神殿。そういった意味合いを持つ場所なのかもしれません。トキジスタ地方の聖剣やジオーレルの大神殿のような」

「うげー、ジオーレルの大神殿ってあれだろ? Aランクのムシュマフやムシュフシュが大量に発生してたってやつ」

「あそこは出現するモンスターは高ランクですが、ダンジョンの規模だけでいうと小規模でしたから」


 アレンとアルザのとおりここが最深部であるなら当初想定していたダンジョンより随分と小さい。

 本当に次が最深部ならちょうど3日の期限の中で完全攻略できる大きさである。


「お前たちこの先のこと何か知らない?」


 深月はあまり期待ぜずに、ものは試しにと後ろについてきているマンドラゴラーズに聞いてみた。


「さぁー」「わかりませんなー」「きほん、みんなねてばっかりですしー」「そら(一日中寝てたら)そう(わからないのも仕方ない)よ」「ただ、ねてるときに、みんなのうえを、なにかがとおったようなー」「とおらなかったようなー」「きょぬーがいたー」「おっぱい、おっぱい」


 予想通りマンドラゴラーズの意見は要領を得ないものばかり。

 しかも大半が意味不明なものであった。

 なんだおっぱいって。


「役に立たねーなー」


「なんだとー」「いまにみてろよー」「はつげんを、てっかいしろー」「これは、つぎのかつやくのための、えさまきなんだー」「すぐに、てのひらくるー、やー」「あらいがわるい」


「ああ、はいはい。わかったわかった」


 騒ぎ立てるマンドラゴラたちを軽く流す深月。


「じゃあ開けますよ」


 アレンの手で扉はゆっくりと開かれた。


 扉をくぐると様相が一変した。

 先ほどの広場よりもさらに広い空間が広がっており、細かな細工の施された柱が何本もたてられ、床には複雑な幾何学模様が描かれている。

 天井からは豪華な灯りが吊り下げられて、まるでどこかの王宮のような内装。

 そして、部屋の反対側には一人の女が玉座に膝を抱えて座っていた。


「ただの女ってわけないよな」「怪しすぎるでしょ」

「二人とも下がって、俺が先行します」


 その女の格好はこの場にとてもそぐわない。

 いや、この場どころかこの世界・・・・にそぐわない。

 日本でいた時はごく普通にテレビや海で見られた服装だが、この世界で、しかもダンジョンの中で見るとは予想もしていなかった。

 女は青いビキニの水着を身にまとっていたのだ。

 抱えられた膝の隙間から、圧迫され窮屈そうにしている乳房が見えた。


 …………なるほど。おっぱい、か。


「いま、おっぱいみたなー」「ぎょうし、してたー」「えろー」「すけべー」「きょにゅー、ずきー」「えろずりーめ」


「みみ、見てないやい!」

「深月様……」

「さすがに、もうちょっと緊張感を持っていただかないと」

「深月ースケベー」

「……すまん」


 しもべたちからの冷めた視線に思わず謝る。


「まったく、あれなら私の乳房の方が大きいのに……」

「ネルノモー」


 胸を両腕で寄せてあげるレーベとネル。

 深月は顔を真っ赤にして逸らした。


「……私も、いつかはあれぐらい……いえ、むしろ私より大きいものを削いでしまえば……」


 隣から聞こえるアイリスの怨嗟の声で深月の火照り静かに覚めていく。

 くいくい、とズボンの裾を引っ張られる。


「?」


「ねーねー」「わたしたちも、みろー」「どんと、みれー」「えっへん」「うっふーん」「あっはーん」「いやーん」


 腰に手をあて各々好きにポーズをとっているマンドゴラーズ。

 もちろんぺたーん。そしてお腹ぽっこり。

 文句のつけようのない完全な幼児体系である。


「……っは」


 深月は鼻で笑った。


「わらわれたんごー」「わらいやがったー」「くっ」「じだいが、おそすぎたのかー」「むしろ、はやすぎたのかー」「」「ち~ん」「こばろりならー」「ぜつゆるー」


「ふふっ、あはははっ」


 深月たちのやり取りにイリーダが笑いをこらえきれない。


「あ、あんたちっ、ふふっ、頼むから他所でやっとくれ、ひっひっひっ」


 必死に笑い声を押さえている。

 どうやらツボに入ったようでかなり苦しそうにお腹を押さえている。


「いや、お前らある意味すげぇよ」「大物だよ」

「自分、時と場所を考えや……」


 まったくテオの言う通りである。

 レーベやネルはこれでも警戒できているだろうが、深月自身は完全に油断していた。

 気を引き締めなおす。

 女は深月たちがこれだけ騒いだのに、膝に顔をうずめたままなにも反応を示さない。

 全員いつでも戦闘態勢に移行できるように武器に手をかけながらゆっくりと近づいていく。


「……なに? アンタたちも私を殺しに来たわけ?」


 近づいてくる気配を感じ取ったのか、水着の女はちらりとこちらを見て小さく呟き、また顔を自分の膝に埋める。

 あれ? どこかで見たような……?

 深月はちらりと一瞬見えた女の顔に既視感を覚えた。


「それは貴女が何者かによりますね。どうして貴女のような女性がこんなところにいるんですか?」


 そう問いながらアレンは静かに剣を抜く。 


「どうして? そんなの私が知りたいわよ!!」


 突如、女はヒステリックな様子でそのまま大声を上げた。


「私は、ただいつもと同じように高見さんと一緒に撮影の現場に向かって、仕事の準備をしていただけっ! なのに気づいたらこんな場所にいたんだもん! 変な頭の三つある犬の化け物に襲われてっ、死んだと思ったら死んでなくてっ、ここから逃げようとして外に向かって、やっと人に会えたと思ったら本物の剣や槍を持って私を殺しにきた!! なんで!? なんで私ばっかりこんな目に合わなくちゃいけないのっ!? 私がなにか悪いことした!? ねぇ、教えてよ!!」


 嗚咽の混ざった悲痛の叫びは、最後にはすすり泣く声となり響く。

 ああ、そうだ。撮影という単語で思い出した。

 まだ深月が日本にいたときにニュースで見た。着替え用のテントの中から忽然と姿を消し行方不明となったグラビアアイドルだ。

 何気なく見ていたお昼のワイドショー番組で現代の神隠しと報じられていたのを覚えている。

 名前は、なんといったか……。


 深月は女の方へ一歩踏み出す。


「深月様っ!」

「危険かもしれない下がって!」

「大丈夫。知り合い、じゃねーけど知ってる顔だから」


 レーベとアレンの引き留めをなだめて更に歩を進める。

 刺激しないように慎重に歩を進め、できるだけ穏やかな声で話しかける。


「あの、お姉さん。お姉さん……地球人、っつーか日本人……だよな?」

「……え?」


 深月の言葉に女は思わず顔を上げて深月を見た。

 やっぱりそうだ。膝から上げられた女の顔は深月の記憶にある顔に一致している。


「実はボクもそうなんだ。同じ日本人。お姉さんグラビアアイドルでしょ? 行方不明になったときすげーニュースになってたよ」


 じっと深月の顔を見ている女。

 そのままふと立ち上がり、ゆっくりと深月の方へと歩いてきた。

 後ろでみんなが武器を構える気配がしたが、深月はそれを手で制する。

 二人の距離は手を伸ばせば触れ合えることろまできている。


「ボクの顔になんかついてる?」


 女はまばたきもせずにじっと深月の顔を凝視している。


「……ねぇ、あなたあの時の女の子じゃない?」

「あ゛ぁん?」


 誰が女の子だ。


「……やっぱり。絶対そう! ねぇお姉ちゃんのこと覚えてない!? 昔よく公園で遊んだっ、私が引っ越して離れ離れになっちゃったけど! 覚えてないかな? だいたい12年ぐらい昔なんだけど、あの時あなたはまだちっちゃかったから。あなたはお人形さんみたいな格好でお母さんと公園にきて、私が引っ越す時に君にキスしたの覚えてない?」


 昔? 公園? 

 お人形さんのような格好をしていたというので、おそらく、母親に男の娘の洗脳教育を施されていたあまり思い出したくない時期だろう。

 5才ごろの話。


「引っ越し……キス……」


 だんだんと記憶が甦ってくる。

 いた。深月が母親と供に公園に遊びに行くと必ず一緒に遊んでくれた近所のお姉ちゃん。

 あんなにたくさん遊んでくれたのに、名前も知らずに会えなくなったお姉ちゃん。

 引っ越しの見送りの時にキスをしてくれた。当時は遊びだとわかっていてもすごくドキドキしてその日の夜はなかなか寝付けなかった。

 憧れのようなものがあったかもしれない。もしかしたらあれが初恋だったかもしれない。


「……思い出した。 あんたあの時のお姉ちゃんか……」

「ああ、ああ、やっぱり! もっとよく顔を見せて……」


 感極まった声で、今にもこぼれそうな涙を堪えている。

 女の手が深月の頬に伸ばされ、添えられる。


「……やっと会えた。お姉ちゃんね、あなたと離れ離れになった日から、ずっとあなたのことを考えていたのよ。ずっと会いたかった。立派に成長したね、昔よりずっと美人になった。……目つきはちょっと荒んじゃってるけど。あとちょっと口が汚くなった」


 真っ赤な目をしてクスクス笑う。

 色々余計なお世話だ。


「ねぇ名前を教えてくれる? あの時は名前を教えあう前に遊んじゃってたから。私は倉木蘭っていうの、あなたのお名前は?」

「深月。緒方深月」

「そう深月ちゃんっていうの。貴女にとってもよく似合ってる、可愛い名前ね。でももうちょっと柔らかい口調にしなきゃだめよ? せっかくこんなに可愛いお顔で生まれたんだから」


 12年ぶりに会う、仲の良かったお姉さん。

 こうして近くで見ると当時の面影が見え、どんどんと思い出がよみがえる。

 聞きたい事、言いたいことはいっぱいある。

 遊んでくれたお礼を言いたいし、あの時のキスの意味も聞きたい。特に意味がある行為ではないかもしれないけど、蘭は女の子同士のキスだと思っているだろうから。なによりもボクは男だという事を伝えなければ。

 それなのに。

 目の前でこんなに楽しそうに笑っているのに。

 倉木蘭の顔色は死人の様にまっ白で、深月の頬に添えられた手は死人のように冷たい。


「……その、倉木さん」

「蘭って呼んで。せっかくこうして会えたのに、そんな他人行儀な呼び方はいや。もちろん敬語もダメ」

「じゃあ蘭さん」

「らーん」

「……蘭。その、……それはどうしたの?」


 深月の視線は蘭の下腹部に向かっている。


「お腹? え? もしかして太ってる!? やだっ恥ずかしいっ」

「違う、そうじゃない。その見えてる」

「もしかして毛!? うそっ!? いや、撮影前はビキニラインチェックは特に気を付けてするし、そんなことないはず! しかも私毛薄いしっ」

「違う!! そうじゃない! その腹からはみ出した内臓もののことを聞いてんだよ!!」


 倉木の腹部は何かに食いちぎられた痕のように欠損しており、臓器が丸見えになっていた。


「これはっ!?」


 倉木の目が大きく見開かれ、何かを恐れるように深月から一歩離れる。


「違う! 違うの! お願いだから逃げないで! 怖がらないでっ、私から離れていかないで!!」


 頭を抱え、半狂乱になって叫ぶ。


「わかった! わかったから落ち着け!」


 深月は倉木を落ち着かせようと肩に手を伸ばす。


「――――――――――――え…………っ?」


 そうこぼしたのは倉木であったか深月であったか。

 倉木の動きが止まった。


「なん……で…………?」


 倉木の胸元から、血を纏い赤く光ったガントレット生えていた。

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