ー16ー
「ふぅ、これで全員ですね。被害は?」
アレンが剣に付いた血を振り落とし鞘に納める。
「『大物食い』は全滅。うちのメンバーも二人が重症で、一人がやられた」
そういって悔しそうに唇を噛むイリーダ。
手に持つ大楯には襲ってきた冒険者を叩き潰した際の血がべっとりと付いている。
身体に返り血などは見受けられるが、負傷した様子はまったくないのは流石といったところか。
「『女神の楯』は陣形の都合上他と離れた場所にいたからな。おまけに強敵もそっちに多かった」
「下手なフォローなんて止めとくれよアルザ。ただあいつ等が油断していた、それだけ。休むつもりだったのか盾すら手放してやがって。あのバカども……」
強く握られたイリーダの拳からは血がにじんでいる。
「私が治療する」
「ああ、すまん。助かるよ」
ジェイクとアルザの治療を終えたカルミナが重傷を負った『女神の楯』のメンバーの治療に向かう。
『昼の影』と共に戦っていたようで、ネルもこちらに戻ってきた。
「お疲れさま、ネルちゃん」
「お疲れネル。怪我はないか?」
わしゃわしゃと頭を撫でてやる。
ネルも深月が撫でやすいように頭を下げる。
「ウン、平気ー。深月ハ?」
「このとおり全然平気だ」
「私が付いていたのだ、指一本触れさせる訳なかろう」
「ダネー」
深月の仲間は全員無事のようで、ホッと肩の力が抜けていく。
「そういえば、『ツインエッジ』のお二人は?」
アレンの言葉で周囲を見渡すが姿が見えない。
「おーい!」「こっちこっち」
「いやーマジびびったね!」「まさか死体が動き出すとはね!」
声は広場の中ではなく、先の通路から。
どうやら戦闘には参加せず避難していたらしい。
「お前らなぁ……」
アルザが呆れた声をだす。
「だって俺たち戦闘苦手だし、参加しても足手まとい以外のなにものでもないよ?」「そうそう、普段も極力戦闘は避けてるもんね」
「とにかくお二人とも無事でよかった」
カルミナによる治療が終わり、出発の時となった。
「ダンジョン攻略を再開しましょう。イリーダさん、埋葬は……」
「いらないよ、あいつらだって冒険者の端くれだ。野に骸をさらす覚悟はできてただろうよ。だけど、……すまないね。同じ支部の冒険者の情けだと思ってアンタの手で火を着けて弔ってやってくれないかい?」
「俺でいいんですか?」
「ああ。最高のAランクとうたわれるアンタの炎なら、あいつ等もあの世で自慢できるだろうよ」
「……わかりました。俺のできる最高の火の魔法でお送りします」
アレンはゆっくり魔力を練り上げる。
静かに大きさを増していく魔力は周りにいるものが肌で感じ取れるほど。
やがて練り上げられて、その純度を増した魔力が外界に風をという現象を引き起こしその場一帯を支配した。
アレンが唱える。
『聖なる炎』
その炎は神の炎、例外なく全てを浄化し全てを焼き尽くす。
圧倒的な魔力にものをいわせて神話の炎を再現する最上級の炎の魔法。
天使の羽のように真っ白な炎は冒険者たちを優しく包み込み、炎が消えた後には何も残らない。
魔法を行使し終えたアレンの額には少し汗がにじんでいた。
「ありがとう。優しいね、『優者』。今の魔法はかなり魔力を消費したんじゃないかい?」
「いえ、僕がしたいと思ったことですから」
そして一行は、空っぽになった広場に背を向けダンジョンの最深部を目指して歩き出す。
ふと道が変わった。
今までのように鉱石ででき整理された道ではなく土の道に。
そのうえ道いっぱいに、ニンジンの葉のような形をした葉っぱが大量に生い茂っている。
「これ、全部マンドラゴラですね」
先をいくアレンがぽつりと漏らす。
「まんどらごら?」
聞いた事あるようなないような。
隣にいるアイリスに聞いてみる。
「植物型のモンスターです。別名マンドレイク。
強力な毒性を持っているんですがその毒は魔法薬や様々な錬金術に使用されほど貴重で高価で取引されています。ただ採取には注意が必要で、引き抜かれた際に『末期の叫び』という叫び声をあげて、その叫びを聞くと精神に著しいショックを受けて体の弱い子供や老人は死んでしまうこともあるそうです。
周囲にある毒素を吸収する性質のためか毒沼なんかの周辺で時々目撃報告がありますが、なかなか見つからないかなり珍しいモンスターですね。
その容貌は人間の小さな女の子に似ていて、夜になると二又に分かれた根を足の様に使い歩き回るんだとか」
「へー、こうして見てる分にはニンジンにしか見えないけどな」
「全員ストップ!」「前方にトラップ発見ーー!」
先頭のツインエッジからの指示により全員その場で停止する。
ツインエッジのさらに先に目を向ける。
濃い紫色の煙の壁が道を塞いでいた。
「なにあれ?」
「たぶん魔法で作られた毒の煙」「トラップというより先に進ませない為の壁かな」
「俺の魔法で吹き飛ばしましょうか?」
「いやー、こうもあからさまな罠を力技で突破するのはなぁ」「まだどんな毒なのかわかってないし、しっぺ返しがきそうで怖なぁ」
さてどうしたものかとその場で考えを巡らせる。
冒険者全員で解決策を考えるもなかなか安全で有効そうな答えがでない。
おそらく状態異常にならないレーベや、体内で様々な毒を生成できるネルは突破できるであろうが深月やアイリスは無理だ。
「おい、おいガキ」
「なんだよおっさん」
おっさんも考えろよ。
「お前なら大丈夫だろ、試しにマンドラゴラを引っこ抜け」
「はぁ?」
アルザは先ほどの戦闘で頭にダメージを負ったのだろう。
かわいそうに、思わず不憫な目で見てしまう。
「大丈夫か? おっさんもう一回カルミナさんに診てもらえよ」
「違う! なに的外れな心配してやがる! お前の『ミツキフェロモン』でマンドラゴラを従えろって言ってんだよ!! そんで毒を吸収させて無くせ!」
ああ、なるほど。
確かに先ほど聞いたマンドラゴラの特性には毒素を吸収するとあった。
この大量のマンドラゴラならば大気中の毒素をすべて吸収するのも可能かもしれない。
「けど下手したら『末期の叫び』とやらでボクが死ぬかも知れないんだろ? ふざけんなっこら!」
「バカ! ちゃんと体に魔力を充実させて心構えしていれば小さなガキでも死なねぇよ、お前の魔力量ならどんなに悪くても気絶程度だ」
考える。
現状他に打開策は無いし、失敗してもリスクは少ないように思う。
深月はここまでのダンジョン攻略であまり役に立っていないことを自覚しているし、命の危険がないというなら試してみる価値はあるかもしれない。
試したい事があると言って、アイリス、ネル、他の冒険者を離れさせた。
「レーベは念の為、後ろに回ってボクの耳を塞いでもらっていい?」
「お任せください」
深月が気絶程度で済むのならば、レーベなら何の影響もないに等しいだろう。
「おい見ろ、あいつ使い魔のダークエルフを犠牲にするつもりだぞ」「うわぁ、けっこうえぐい事するな……」
ふん、なんとでも言え。レーベがこの程度でダメージがある訳ないだろう。
「やっぱ『鬼畜調教師』の二つ名は伊達じゃないな」「あれ? 俺は『外道SMテイマー』って聞いてるぜ?」
「おいっ! なんだその名前!? ちょっと詳しく聞かせろ!?」
思わず葉っぱを手放して、振り返って抗議する。
「いいから! さっさと抜け!」
アルザに促され、しぶしぶもう一度マンドラゴラの葉を掴む。
一つ大きく深呼吸し、体に魔力を充実させる。
「深月様、よろしいですか?」
「おう」
レーベがしっかり耳を塞いでくれるのを確認し、
「せーのっ!!」
掛け声に合わせて一気に引っこ抜く。
手にある葉っぱの先についていたのは二リットルのペットボトル程度の大きさの小さな女の子。紫色の肌をしており、漫画みたいにデフォルメされた三頭身ぐらいの幼女であった。
『――――――――――――――――――――――――――――――ァァァァッッッッッッッ!?!?!?!?』
声になっていない悲痛な叫びが辺りに響き渡った。
叫び声は深月の耳から脳へと届き、深月の意識を遠のかせる。
「深月様」
耳元で聞こえるレーベの声が深月の意識を繋ぎ止めた。
「――――――ッ……………」
そして『末期の叫び』は、引き抜かれたマンドラゴラが深月の顔を認識すると同時に沈黙。
「きゃーーーっ! ちょーいけめーーーーんーーーーーーーーーっ!!」
黄色の叫びに変わった。
「はい?」
深月が思わず、ポカンと口を開けたのも無理もない。
「すごい! 流石深月さんです!」
「おお、おお、あいつの力は植物型のモンスターにも効くもんだな」
「いやいや、え? どうなってるんだい?」
「……んなアホな」
離れて見ていた冒険者も驚愕する。
「みんなーおきてー!」
「うわー、いけめんだー」「かっこいいー」「たいぷー」「いろおとこだー」「わたしを、たべてー」「よっ、すけこましー」
深月の手にあるマンドラゴラの声でその場に植わっていた全てのマンドラゴラが地面からワラワラとはい出てきて、深月をとり囲む。
大量の幼女に囲まれてしまった。
「カッコいいって、ボクが?」
『うんー』
深月の言葉に肯定の大合唱が返ってくる。
美人、可愛い、女の子みたい! はそれこそ何百回も言われたことはあるが、こうもストレートにカッコいいと言われた事が今だかつてあっただろうか。
「ふふっ、なかなか見る目があるなお前たち」
深月はすっかり気を良くして、引っこ抜いたマンドラゴラをそっと地面に下ろし、自身もしゃがんで視線をマンドラゴラたちに合わせる。
ちょろい。
「ちょっとお願いがあるんだけど。実はボクたちはこの先に用があって先に進みたいんだけど、通路に毒ガスが充満していて通れないんだ。そこでお前たちマンドラゴラーズにお願い、毒ガスを吸収してボクたちが道を通れるようにしてもらいたいんだ」
「わかったー、いいよー」
よかった。どうやら作戦はうまくいきそうだ。
「そのかわり、わたしをなかまにしてー」
「仲間? まぁそれぐらいなら」
こんな小さいのだし、一匹ぐらいなら連れて行っても邪魔にならないだろう。
深月の返事を聞いたマンドレイクは目を輝かせて、くるりと反転。
「やったー、みんな、なかまにしてくれるってー」
「おー、やりましたなー」「わーい」「ぎゃくたまだー」「よめしゅうとめ、せんそうのぼっぱつだー」「しゅうとめ、こわいよー」「まいあさの、みそしるのえんぶんをふやそー」「よろしくにきー」
みんな!?
「いやいやちょっと待て! お前いま「わたしを」って言ったじゃないか! 一匹じゃないの!?」
「わたし? わたしってなぁに?」「さぁー」「わたしとは、いちにんしょう、ですなー」「いちにんしょうって、なぁに?」「さぁー」「われらは、いちにしてぜん」「ぜんにしていち」「わんふぉーおーる」「おーるふぉーわん」
なにやら難しい言葉を使い始めた。
天然なのか、煙に巻こうをしているのか。
「全員は無理だって! だってお前たち自分たちが何匹いると思ってるの?」
絶対三桁はいるぞ。
「えー」「だめなのー」「やめてー」「あんなに、あいしてくれたのにー」「おにー、ひとでなしー」「わたしとは、あそびだったのねー」「すてられたんごー」「ち~ん」
こいつら好き勝手いいやがって。
深月のこめかみがひくついてくる。
「とにかく! 全員は無理だっ!」
わいわいと騒ぐマンドラゴラたちに一喝。
『ううっ、だめなのー』「うるうる」
全員で目を潤ませて上目遣いで深月を覗き込こんでくる姿に、罪悪感が湧いてくる。「うるうる」と口に出して言っている奴がいるのが若干胡散臭いが。
「ないちゃいそう」「まつごのさけびが、でちゃいそう」「みんな、ないちゃうぞ」「ぜんいんでないたらすごいぞ」「うるさいぞー」「だいがっしょうだぞー」
――――――うっ。
耳を塞いだうえで、一匹だけでも深月の意識が遠のいたのだ、この数で『末期の叫び』をされると命にかかわる。
こいつら遠回しに脅しているんじゃなかろうか。
「深月様……この閉鎖空間でこの数に一斉に『末期の叫び』をされると、流石に……」
アイリスに呼ばれて振り向くとそこには冒険者たちの苦笑と謎の大きな頷き。
がしがしと頭をかいて、立ち上がる。
「あーもう! わかったよ! 連れていきゃいいーんだろ! その代わりしっかり働けよ、あと冒険の邪魔するなよ!」
「やったー」「しょうそー」「かったでー」「いっぱい、はたらくぞー」「けど、しゅうきゅう、ふつかはほしいよー」「ろうそ、つくろー」「ちんあげうんどうだー」「せんとうだー」
深月の周りをぐるぐると回りながら大はしゃぎである。
一部不穏な発言もあったが。
「わかったわかった。ほら初仕事だぞ、いっぱい毒を吸って来い」
『はーい』
マンドラゴラたちは深月の指示に従いぞろぞろと毒ガスが充満している通路に向かった。
「みんなー、やるよー」
『おー』
なんとも気の抜けた掛け声だが、その結果は抜群で、あれほど禍々しい色をしていた通路の空気がみるみる澄んでいく。
ツインエッジがすんすんと鼻を動かす。
「うん、もう毒素は無くなったよ」「いい仕事するねー」
どうやらしっかり仕事はしてくれたらしい。
「さんきゅー、やるじゃんお前ら」
「なんのなんの」「どいたまー」「みたかー」「もっと、ほめれー」「ごほうびちょうだーい」「せいいは、ことばではなく」「きんがくー」
「あんまり調子乗んなよお前ら……」
だんだんとマンドラゴラたちの性格と扱いを理解してきた深月であった。
こうして一気にダンジョン攻略のメンバーは大所帯となり、深月たちはデフォルメされた幼女をぞろぞろと連れてダンジョンを歩くことになったのだ。
「ひっこぬかーれてー」「いけめんにー」「ほいほいついてーいくー」
「変な歌うたうな!」




