ー13ー
「とりあえず全員中に入って、二階の支部長室に向かってくれるかな? もうみんな待っているから」
「おや、それじゃあたしたちが最後ってわけかい? そりゃ急がなくちゃだ」
まだクツクツと笑いを噛み締めるアリーゼがローワンの脇を通りギルドに入る。
「ほらオスカー君、君もいつまで寝ているんだい。早く業務に戻りなさい」
「オスカー??」
あの変態そんなカッコいい名前だったのか。
「遊んでいた訳ではありませんぞ支部長。たまにはデスクワークだけでなく、若々しくも荒々しい勢いのある新人の拳をこの身で受けてみようと思いましてな」
何事もなかったかのようにスッと立ち上がり身体についた砂を払う変態。
大事に至らなかったのはよかったが、それはそれでムカつく。
深月もレーベたちをともなってイリーダの後に続く。
ギルドの扉を潜り、今日も冒険者たちで賑わう広場をすり抜け二階に上がる。
「悪い悪い、待たせたね」
イリーダは言葉とは逆にまったく悪びれた様子を見せず、ノックもなしにずかずかと支部長室の中に入る。
深月も続いて入室。
支部長の言葉通り、中にはすでに昨日集まっていた冒険者が揃っていた。
アレンや『昼の影』の面々が深月に気づき手を上げてくれたので、深月の同様に手を上げて応える。
「じゃあ、またあとで」
イリーダはそう言って軽く深月の肩を叩いて自分のパーティへと歩いていった。
いつまでも扉の前を陣取るのわけにもいかないので深月もアレン達の方へと向かう。
「これで全員そろったね。さっそくだけどクエスト内容の確認といこうか」
最後に入ってきたローワン。
全員を見渡しながら口を開いた。
「さて、君たちへの依頼は交易都市サーフェルの南部で見つかった新たなダンジョンの調査と攻略、及び先行冒険者の捜索救助となる。期限はダンジョン侵入より3日、3日を過ぎた時点で撤収をしてもらう。理想は最深部への到達だけど何よりも帰還を優先したためこの短い日数での器官を定めさせてもらった。
報酬は一人金貨50枚とダンジョン内で入手した魔法武具、魔導具の買い取り。安全を一番に考えて行動して欲しいので、買い取った金額は誰が発見者かなどに拘わらず、公平に人数で割らせてもらう。早いもの順などといったことはないので慎重に探索してくれたまえ。それ以外の素材やアイテムは発見者が持ち帰ってもらって構わない。
今回のクエストには大きな危険が伴うだろう。そのためCランク以上というランク制限を設けさせていただいた。しかし、それが意味があるかはわからない。クエストから帰って来ないサーフェル支部の冒険者の中にはBランク以上の冒険者も何人かいたとの報告を受けている。正直ギルドも難度すら把握できていないというのが現状だ。そのことを十分に考えたうえで、いま一度このクエストへの参加の是非を考えてもらいたい」
ローワンの言葉に室内に一瞬の沈黙が訪れる。
「…………くだらねぇ」
「アホくさいわ」
意外にも、沈黙を破ったのはカレル・ラザフォード。
そしてそれに続いたのは関西弁、それまで本に目を向け聞いていたのかすらわからないテオ・ラークスの呟きだった。
「ですね。どんなクエストだろうと危険なのは変わらない。死力を尽くす。それだけです」
「あっはっはっ! みんな威勢がいいねぇ! でもその通りさっ、安全な冒険なんてありゃしないよ!」
「くー! 危ないにおいがぷんぷんするぜ!」「でもお宝のにおいもぷんぷんするぜ!」
「おー、おー。みんな燃えちゃってさぁ」
「そんなこと言って、アルザも燃えてるんでしょ?」
「当たり前。未知の高難易度ダンジョン、しかもこれだけの面子での攻略だ、これで燃えねぇなら冒険者じゃねぇよ」
「あまり浮足立つなよ、お前はダンジョンに行くといつもはしゃいで危なっかしいからな」
「うぅ、ほんとに気を付けてくださいよぉ。どんな敵がいるかわからないんですから。でも、その分大きな見返りもあるかもしれませんね」
この変態どもめ。
それぞれ言葉は違えどダンジョンへの期待を表している面々を見て思う。
あの普段臆病そうでビクビクしてるククミでさえそうなのだ。
きっと高ランクの冒険者っていうのは頭のネジをどこか落として来た連中になのだろう。きっと2、3本しか残ってないに違いない。
「足引っ張るなよ新人」
そんな中、カレルがどこかつまなさそうに深月に声をかけてきた。
ちらりと後ろに控えているみんなを見る。
アイリスは少し表情が固いが、深月と目があうと大きく頷いてくれた。ネルはやる気満々とハサミをジョキンと一度鳴らす。
レーベはいつもとなにも変わらず、ただ自然体で佇んでいる。深月に気付くと何でしょうか?とばかりに首を傾げる。その姿からは緊張や気負いなど一切感じられず、本当にいつもと変わらない。
思えばあの時もそうだった、深月の目の前で神話の怪物であるドラゴンを一撃で仕留め、神すら殺して見せようと誓ってくれた時も。
その姿のなんと頼もしいことか。
ボクにはレーベが、アイリスが、ネルがいる。なにを恐れることがあるだろう。
「上等。そっちこそ、ボクはテメーの尻拭いなんてごめんだからな」
カレルの驚いたように少し瞳が大きくなる。ほんの一瞬のことですぐに元に戻ったが「くくっ」と口元を釣り上げ喉をならした。目が笑っていないためなんとも不気味だ。
「どうやら君たちには余計な心配だったようだね。さすがは歴戦の冒険者たちだ。では君たちの冒険の無事を願って、ギルドから一つ選別を送ろう」
そう言ってローワンが取り出したのは拳大の大きな勾玉のような物体。
「おや、それはもしかして『番の結晶』かい? ギルドもなかなか奮発するじゃないか」
つがいの結晶?
「なにそれ? アイリス知ってる?」
「かなり希少なマジックアイテムです。二つで一組になっていて、片方の結晶に魔力を込めると使用者が対象に選んだ人物をもう片方の結晶がある場所まで一瞬で移動、つまりワープさせることが可能なんです。主に王族や一部の大貴族が万一の為の脱出用として所持していることが多いですね。一度使うと粉々に砕けてしまうので、基本的には使い捨てのマジックアイテムです。一度に移動できる人数に制限はありませんが、一人移動させるのにも非常に多くの魔力を必要としますから、使用者自身も高位な魔法使いでないといけません」
それはまた便利なんだか不便なんだか。
「もう片方の結晶はサーフェル支部の冒険者がダンジョンの前に設置してくれているそうだ。これを使えばすぐに目的地に着ける。そしてもう一つ、帰り用の『番の結晶』、こちらの番の結晶はギルドの前の広場に設置しておこう。アレン君、君に代表して渡そうかな。危なくなった時にダンジョン中からでも使いたまえ、もちろんその時はクエスト失敗になるがね。いつ使うかは君に一任しよう」
「ローワン支部長、お気持ちは大変うれしいのですが、こんなに高価なマジックアイテムを二つも。…………僕が心配することではないのはもちろん承知なんですが、その、大丈夫なんですか?」
アレンはローワンから差し出された結晶を受け取るも、苦笑している。それほど高価な品だということだろう。
「実をいうとこれは僕のモノでもないし、うちの支部で購入したものでもない。冒険者ギルド本部から送られてきたものなんだ」
「ギルド本部から……ですか?」
「そう。どうも我らの『王』様はこの件に興味深々らしい」
『王』様ってなんだよ? 深月の疑問は口に出されることはなく、ローワンは冒険者を送り出す。
「さぁ! 行きは僕が送ろう、全員部屋の中央に寄ってくれたまえ。忘れ物はないかい? 装備は整えたかい? 結果も大事だが無事帰って来るまでが冒険だと僕は思っている。気を付けて探索するんだよ」
小学生かよ。深月は思わず口の中でつっこむ。
ローワンの手の中の結晶が強い光を放ちだす。
「それじゃあみんな、全員の無事を祈っているよ――――――――よき冒険を楽しんできてくれ」
その声を最後に、深月の視界は光に包まれた。
徐々に光が弱まっていき、光が完全に晴れると深月の目の前には大きな洞窟が顔をのぞかせていた。
「これがダンジョン…………」
断崖に大きく口を開けた洞窟の奥は、もちろん日の光など届いておらず、暗闇がいつまでも続いていた。
「今回は一般的な洞窟型のダンジョンのようですね」
ぼーっと眺めているとアイリスが後ろから教えてくれる。
「今回は?」
「ええ。ダンジョンは云わば大昔、神話の時代の遺物ですから特にその形態は決まっていません。洞窟の他にも塔や宮殿、お墓のダンジョンなんかもあるんですよ」
「へー」
個人的にはそちらの方がRPGっぽくて嬉しかったわけだが、不謹慎かもしれないので口にしない。
「この横の狭さ、ちょっと厄介やな」
「そうですね、1パーティならともかくこれだけの人数では乱戦になった場合身動きがとれない。あと対軍魔法や極大魔法なんかも使えなさそうですね、周りの人を巻き込みかねない」
「後者の心配すんのはお前ぐらいだよアレン。普通そんな上級魔法、前準備なしでポンポン出せるか。まぁ、前衛と後衛はもちろんだが殿もちゃんとしとかねぇとな。後ろから奇襲されたら一気に崩れるぞ」
「じゃあケツはあたしたち『女神の楯』が引き受けるよ。守りなら任せな、前の連中が体勢を整えて、茶を沸かして一服するぐらいの時間は稼いであげるよ」
「トラップの類は俺たち『ツインエッジ』に任しとけ」「そうそう、この中で正式な『探索者』って俺たちしかいないでしょ」
流石が高ランクの冒険者たち、ダンジョンは慣れたものでどんどん陣形を決めていく。
深月たちも必要な事は急いでこちらで決めておこう。
「まず今回の前衛はネルちゃん、よろしくね」
「オー! 深月ノ敵ハ首チョンパ!」
「こらネル! そんな怖いこと言うなって言っただろ、お父さん許しませんよっ」
「誰がお父さんなんですか……。レーベさんには前衛をネルちゃんに任せて深月様の護衛に回ってもらいます。あとわかっていると思いますが今回『神気』だとかドラゴンを一撃粉砕とか、そういうの控えてくださいね」
「ん? 前半はわかったが、後半はなぜだアイリス」
「ああ、やっぱりわかってなかった……」
「『ミツキフェロモン』は教えても、レーベがベヒーモスだってことは教えてないんだから、万一バレたらまずいって事だよ。ただでさえアルザのおっさんに怪しまれているのに」
「ああ、なるほど。了解しました。しかし少しでも深月様に危険が迫るようであれば、その危険を除去し安全を確保する範囲で本気を出します。ここは例え深月様の命令であろうとゆずれません」
「そりゃボクだって死にたくないんだ。もちろんそのへんはレーベに任せるよ」
「おい、ガキ! お前もこっちの話に参加しやがれ!」
「誰がガキだおっさん! わあーってるよ! 今行く!」
そして出来上がったのが『ツインエッジ』の二人が先行して罠や仕掛けを解除、その少し後ろをアレン、テオ、カレル、そしてネルの主力の少数精鋭メンバー。殿を『ガードナーズ』。残りが中軸という陣形である。
「ヤバそうなモンスターが出たらすぐ交代するからな」「そうそう俺たち所詮C+だし」
なかなか陽気な兄弟だ。
「深月様」
「なんだよ?」
「なにがあろうと、私が貴方をお守り致します」
「……んなのとっくに知ってるよ」
そうしてボクたちはダンジョンへの一歩を踏み出した。




