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「やぁ! おはよう少年!! また会ったね! HAHAHAHAHA!」
マッスルポーズの男。
翌日、ダンジョンに出発する当日、集合場所のギルドに向かった深月を、ギルドの前で迎えたのは上半身裸のムキムキマッチョな変態だった。
「……」
「おや? 返事が聞こえないが、元気がないな。朝ご飯を食べ忘れでもしたのかい? ダメだよそんな事では、目的地までの道のりは長いのだから」
白い歯をキラリと光らせる筋肉。
宝玉を鑑定してもらったいつぞやのギルドの鑑定士である。
「あ、あのー、誰ですこの人、まさか深月様のお知り合いですか?」
そう深月に聞いてきたアイリスの顔には何とも言えない複雑そうな表情が浮かんでいる。
「違う全然知らない」
「HAHAHA! 何を言っているんだい少年、僕に君の立派なブツを見せてくれたあの素敵な二人の時間を忘れたのかい?」
「テメーッまじぶっ飛ばすっ!!」
なんてこと言いやがるんだこの変態!
親しげにこちらに歩いてくる変態の腹めがけて渾身の右フックを放つ。
「甘い! フンッ!!」
「なっ!? 固ぇ!?」
深月のフックは変態の腹筋に刺さったが、感じられた手ごたえはまるでコンクリートの壁を殴りつけたかのよう。
殴ったはずのこちらの拳が痛みを訴えている。
「これしきのパンチでは僕の虐めに虐めぬいたシックスパックは破れないなあ。HAHAHA!」
「ま、マジかよ……」
深月とてこの一か月、伊達にアルザと訓練をしてきたわけではない。打撃の練習こそしてはいないものの全体の筋力は間違いなく上がっている。その拳があっさりと跳ね返されたのだ。
冒険者ではなく鑑定士に、変態に。
言いようのない敗北感が深月を襲う。
「ケンタウロスのお嬢さん、君はこの少年の仲間かい? 僕はギルドで鑑定士をしている者さ」
「え、鑑定士さん? 解体士の間違いじゃなくて?」
なんだかデジャブを覚えるやりとりだ。
「HAHAHA! ナイスジョーク! 君は少年とまったく同じことを言うね!」
「え!? ヤだぁっ! 深月様とセンスが同じなんてっ!」
「おいっ!」
どういう意味だ!?
「え、いや、だって深月様のセンスって服からなにからちょっと……」
後で絶対お仕置きしよう。
「なにが、ちょっと……、だ! フツーにカッコいいだろ!? ネルはボクの選んだ服気に入ってるよなー?」
「ウン! 好キー、カッコイー!!」
「よしよし、可愛い奴めっ」
ネルの頭をくしゃくしゃと撫でまわす。尻尾の先の針が嬉しそうに円を描く。
ちなみにネルの服は背中にでかでかとサソリの刺繍が施された赤地のスカジャン。
その様子を見ていたレーベもここぞとばかりにアピール。
「はいっ私も! 深月様から頂いたこの上着、そしてこの首輪っ、すごくいいと思います!」
「いや待ってっ、レーベの服装は決してボクの本意じゃない!」
決して裸学ランに首輪がボクのセンスではない!
「おや? そちらのダークエルフのお嬢さん、もしや……」
筋肉がふとレーベの方を見て興味深そうに呟く。
「なんだ?」
「ええ。服で隠れてはいるが僕にはわかる。お嬢さん、実に素晴らしい腹筋をしているね! もしよろしければ僕に腹筋を見せてはくれないかな?」
「人の僕をエロい目で見てんじゃねーっ!!」
もう一度、今度は左フックを放つ。
狙う場所は右半身、鳩尾からちょうど拳一つ下げた程度の高さ。
昨日覚えたての魔力による身体能力向上をつかって。
「グフッ!」
レーベへ意識を向け油断しているところへの、不意打ちの鉤突き。
深月の拳は今度こそ変態の部分的に薄くなっている筋肉を貫き、衝撃を腹膜へと、肝臓へと届けた。
「なっ、ナイスレバーブロー……! あと……別にエロい目でなんて、み、見てない……ガクッ……」
「成・敗! 咄嗟のことでぶっつけ本番だったけど、我ながら上手いこと魔力使えてるんじゃないか?」
「流石深月様、とても昨日覚えたばかりとは思えない見事な魔力操作です」
「いやいやいや、大丈夫なんですかこの人?」
「オー、深月スゴイスゴイ!」
変態は今度こそ沈んだ。
つい咄嗟に右拳が出てしまったが、確かにやり過ぎたかと倒れた筋肉を見るが『筋肉はシナズ――』なんて、倒れて顔面を伏したまま地面にダイイングメッセージ的なものを描いている。
どうやら全然大丈夫みたいだ。
「あっはっはっはっ! いやー、面白いねーあんたたち! ダンジョンにつくまで暇を持て余すことになりそうだと思ってたけど、なかなか楽しい旅になりそうじゃないか」
快活な笑い声が響いた。
声の方に目を向けると、その高い身長と同じぐらい大きな盾を背中に背負った女性。
後ろへひっつめた茶色の髪を揺らして豪快に笑っている。
昨日ギルドに集まった冒険者の中で目にした覚えがあり、アルザに情報を教えてもらった冒険者の一人。
名前はたしか、
「えっと、イリーダ……さん?」
「ああ。そういえばちゃんとした自己紹介はまだしていなかったね。悪い、悪い。あたしはパーティ『女神の楯』のリーダー、イリーダ・ギュネバ。まぁよろしく頼むよオガタミツキ」
自己紹介とともに差し出された手を握り返す。
「なんでボクの名前を?」
「アンタ、自分が有名人だって自覚した方がいいよ」
「有名? なんで?」
……なにやら非常に嫌な予感がする。
「いきなりAランクのギルタブリルを連れてきた、見た目美少女の新人モンスターテイマー。しかもその調教方法は口に出すのもはばかられるほど卑猥で鬼畜な事をしている外道ときた。有名にならない方が無理ってもんだね」
「やっぱりね!? どうせそんなこったろうと思ったよっ! 違うから! 根も葉もない噂だから! まったくのウソだから!」
「またまたー、お前さんそんな可愛いなりして夜はもの凄いんだろ?」
やはり深月の評価は落ちるところまで落ちていた。
ニヤニヤと下品な笑みを浮かべて深月を小突くアリーゼ。
ほぼ初対面で下ネタを振ってくるなよこの女。
「だーかーらっ、違うっつってんだろ! ボクはそんなこと一回もしてない!!」
「おや、じゃあアンタの持ってるイチモツは見た目通り可愛いらしいものなのかい?」
なんでそうあけっぴろげなの!? 女性なんだからもっと慎み持とうよ!
なんだかんだ、いまだこういった話に免疫のない深月の方が恥ずかしくなってきている。
なんでこっちが頬を赤くさせなければならないのか。
「だーっ! もういいだろそんな話は! ボクは修行で手一杯でそんなことしてるひまは――――」
「ふざけるな貴様っ! 見たこともないのによく言えたなっ、深月様は大変ご立派な名刀を持っておられる!!」
「ソウダソウダー! 深月ノチ〇コハ天ヲ突クゾー!!」
「そうっ! ボクの名刀は天を――――…………え??」
いやいやいやいや、あなた達も見たことないよね。
「二人ともっ、それ言っちゃダメ! 深月様今のなし! なしですから!」
アイリスがなにやらすごく焦っている。
…………ない、よね?
たまに行く風呂屋も男女別だし、下着を着替える時も気を付けている。もちろんそんなことをしたこともない。
「いや、お前らも見たこと、ない…………よな? よな?」
「…………」
「…………」
「…………」
三人とも深月と目を合わせようとしない。
それどころか全員の頬が心なし赤くなっている。
「待て待て待てっ、えっ!? いつ!? いつっ!? マジでっ!?」
「…………その、深月様が寝ている時に、こう……して……」
アイリスがなにやら親指と人差し指でなにか布のような薄いものを摘み上げ覗き込むジェスチャーをする。
その摘み上げているものが深月のパンツであることは簡単に想像できる。
…………マジかよ。
ネルの言い方からしておそらく朝の生理現象もばっちり気付かれているのだろう。
もしかしたら臨戦態勢でスタンバっているところを直接生で見られた可能性もある。
………………………………。
「もぅマジ無理、みんなにぉ〇ん〇ん見られた、もぅ深月ぉょめぃけなぃ……」
あまりの恥ずかしさに深月の脳が煙を出してオーバーヒートした。
「大変だ! 深月様がお壊れになられたっ! 落ち着いて下さいっ深月様はなにがあっても私がお嫁さんにします! お望みでしたら今すぐ式をあげましょう! さぁっ、さぁ!!」
「落ち着くのはレーベさんもです! 深月様はもともとお嫁にはいけません! それをいうならお婿さんです!」
「ネルガ深月ノオ嫁サンニナルカラ大丈夫ダヨー! ソレニ深月モネルノヲ見タラオ相子ダヨネ!」
「ネルちゃん! こんな場所で脱いじゃダメ!」
「あっはっはっは! やっぱあんたたち最高に面白いわ! あはっ! あっはっはっは!」
壊れた深月、どさくさに紛れて深月を嫁にしようと画策するダークエルフ。
天下の往来で服を脱ぎだそうとするギルタブリル。
その二人を止めようとするケンタウロス。
背負っていた盾も投げ出し、笑い転げる大女。
そしてまだに地面に倒れている上半身裸の筋肉の塊。
阿鼻叫喚がそこにはあった。
「…………君たち、ギルドの前でいったい何を騒いでいるんだい?」
少なくとも外の騒ぎを聞きつけ、ギルドから出てきた冒険者ギルド『テオアドム支部』支部長ローワンからしてみればなんとも目を覆いたくなる光景であっただろう。




