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「なんかもういいや、どうせこれからも訓練つけてもらうんだし、どーせいつかはバレただろうし」
つーかアホらしくなってきたし。
どうやらアレンはかなり思い込みが激しいタイプみたいだが、それだけに裏切ることもないだろう。なにせこんなサムい演説をしちゃうぐらいだ。
アルザも協力関係を続けている間は心配ないだろう。
「別に隠すもなにも、実際のところボクにもわからないことばかりで話せることなんて無いに等しいんだけど」
と、前置きを置いてから。
「『ミツキフェロモン』、どうやらその中身は魔力だったみたいだけど、動物やモンスターのメスを強制的に惹きつけてしまう能力。ボクは、ボクの周りの奴らはそう呼んでいる」
元いた世界にモンスターはいなかったが、そのことは今は置いておこう。話をややこしくしてしまうだけだ。
「メス? つまり深月さんの能力はオスには効かないって事ですか?」
「そ、さっきも言ったけど理由を聞かれてもボクにもわかんない。ボクが知ってるのはホントに今話したことで全部」
「メスだけねー、そりゃまたえらく都合のいい能力だな。アレンはそんなの聞いたことあるか?」
「いえ、……少し『魅了』が思い浮かびましたが、深月さんの使い魔を見る限り違うように思いますし。彼女らにはちゃんと意志があり、その上で従っている」
「だよなぁ、なんだよメスだけに効くって、どんなジゴロだそりゃ。そもそも種族が違うんだぞ?」
「ですよね。しかもオスでなくメスを惹きつける能力とは、……深月さんなら対象はオスですよね」
「おい待て! なんでボクがオスを惹きつける? メスでいいだろ!」
なんだこの優男は、暗にボクを女みたいだと言っているのか?
確かに中学時代はそーゆー連中に好かれたこともあったが、今はちゃんと鍛えてるし順調に男らしくなってるだろ!(と、深月は信じ切っている)
喧嘩なら買うぞ? レーベが。
「?? いえむしろなぜメスなんで――――」
「まっ、まーまー! いいじゃねぇか! そんな話は! な!? な!?」
「止めんなおっさんっ、こいつがボクのことどんな風に思っているか!? ことと次第によっちゃ――――」
「い、いやー! でもお前が高ランクモンスター従えられている理由はその『ミツキフェロモン』って訳ね! なるほど、どおりで! おかしいと思ったぜ!」
グサリ。
不意打ちだ。
アルザの言葉は深月の心を深く突き刺した。
――――そんなこと……、一番おかしいと思ってるのはボクだ。
あれだけみんなに慰められても、まだどこか『ミツキフェロモン』が自分の中で折り合いがつかないでいる。
確かに『ミツキフェロモン』はボクの才能だろう。でもだからといってたったそれだけでみんなから好意を持たれていい、なんて、思えない。
才能一つでつり合うと、そう思うこと事体がみんなを貶めるように感じるのだ。
深月自身が『ミツキフェロモン』に価値を感じていないのだから当然なのかもしれない。
自分の女々しさがいやになる。
「……うるせーよ」
「……? まぁモンスターの特性にもよるだろうが、どんな種族であれメスのモンスターであれば好意的な反応が期待できるわけか。すげぇな」
アルザは急に表情を無くした深月を少し怪訝に思うも、話を逸らすことができたので触れずに続ける。
「単純に考えて全モンスターの二分の一は無条件に味方になる訳だが、そんな事ありえるのか? どういう理屈なんだか、まさかほんとにおかしなフェロモンがでてるんじゃねえだろうな?」
「今の深月さんの使い魔を見ても、ダークエルフ、ケンタウロス、ギルタブリル。――亜人、獣人、モンスターとそもそも生物としての造りがまったく違う。この3種だけでも共通項が分かりませんからね」
「まぁオレはそっちの姉ちゃんがダークエルフだとは信じちゃいねぇがな。サイクロプスだとかミノタウロスの新種だとか言われた方がまだ信じられるぜ」
「むしろそれほど広範囲に効果があるなら、人種の女性には効果がないというのも不自然に感じますよね」
冒険者二人の話は深月を置いてすすんでいく。
今更ながら深月は『ミツキフェロモン』を打ち明けたことを少し後悔した。
もし『ミツキフェロモン』の具体的な仕組みが解ったら、その時こそみんなが離れていってしまうのではないか。そんな身勝手な理由で。
もし『ミツキフェロモン』を無くす魔法があったら? もし他の男が『ミツキフェロモン』を身につけたら?
そんなことを考えてしまう。
なんて見苦しく往生際が悪く、男らしくない考えか。こんな体たらくでみんなに相応しい男になるとか、どの口が言えたのか。
そんなふうに自嘲している深月の横に、ふとレーベが並び立つ。
「ふっ、先ほどから聞いていれば、なぜ我らが深月様に惹かれるかだと? 何をそんなわかりきった事を」
深月の心臓が大きく跳ねる。
レーベたちは深月に惹かれ、付き従う当事者なのだ。だからこそわかることがあることだろう。
おそらく否定的な要素ではないとは思える。こうして付き従ってくれているのだから、みんなにとって決して悪意があるものではないのだ。
だが、もしも出てきた答えが深月自身を見ていないものだったとしたら―――。
「そうだな、お前ら?」
「オー、マッタクダ」
レーベに同意を求められネルも続く。
「えっ! 私わかってないんですけど……」
「……アイリス、『深月様とその下僕たち』の団結を乱すな。こやつらの様に小賢しい理屈ではない」
「あー……、いや、それならわかりますけど。ていうかそのチーム名決定なんですか? 私普通に嫌ですよ」
ボクも嫌だ。だいたいその名前は一度却下したはずだ。後でもう一回言っておこう。
彼女たちがどんな回答をするのか、それはわからない。不安でもある。でもこれは聞かなければならない、知っておかなければならない事だ。
レーベは一度深月の方に顔を向けて、何かを確認するかのように深月の目を覗き込み、
――――口を開いた。
「そんなもの深月様が誰よりも何よりも、森羅万象一切の悉くの中で最も魅力的だからに決まっているだろう」
レーベはごく自然に、胸を張るでもなく、言葉に力を込めるでもなく、それは当然なことだ、それが世界の真理なのだ。と言わんばかりにそう言い放った。
レーベたちが深月の微妙な心の痛みに気が付いたのかはわからない。気付いていても、気付いていなかったとしても、どちらでも結局のところ変わらない。なぜならそれは今レーベが代表して言ったことは、レーベたちにしてみれば至極当然なことなのだから。
「…………えっと……」
「…………えー……」
当然そんなことを言われたアレンとアルザは困惑というか呆然。こいつら正気かよとアイリスとネルの方を見るも、アイリスは「あ、あはは……」と頬を赤らめ恥ずかしそうに笑いネルは「ウーン、深イナー」と人間部サソリ部の両方の腕を組んでうんうん頷いている。
「私はこれまで愛だの恋だのとは無縁に生きてきた。言葉では知っていても深月様と出会うまでそのような感情が存在するのだと理解できていなかった。
だが、だからこそ今の私は誰よりもそういう感情を自覚していると言える。なにせ今まで自分の世界になかったものがいきなり入ってきたのだ、正しく世界が変わった。そこで貴様らに問おう、貴様らは誰かを想う時にいちいち小難しい理屈をこねまわすのか? 私がはっきり言ってやろう愛は理屈ではない、心で、魂で感じるものだ」
今度こそ二人は絶句した。
深月も絶句した。
そして、
「くくっ、ははっあははははっ!」
なんだ今のセリフはっ、なんだ魂で感じるってっ、ボクの100万倍は男らしい。
ああ、まったく。
ボクはいつもみんなに救われる。
つくづく自分は単純だ。さっきはあれほどウジウジ悩んでいたのに、今はもうこんなに心が溶けて弾んでいる。
深月の悩みなど相手を無視した性質の悪い独りよがりな一人相撲でしかなかったのだ。
他ならぬみんなが誰よりもボクを信じてくれている。
ボクはみんなが好きで、みんなはボクが好き。
それはわかっているのだ。
『ミツキフェロモン』だなんだと悩んでいる時間があるならさっさと自分を磨こう。
「ボクがわかることは全部話したし、もういいよな? 先帰るわ」
呆気にとられるアルザたちに一方的に告げて、返事も待たずに歩き出す。
「よっし! 帰るぞみんな! 明日の準備まだできてねーし、道具屋でも覗いてこうぜ」
「了解しました」
「それなら一度ギルドに戻って売店に寄っていきませんか?」
「深月ー、ゴハンモ食ベテイコー」
まずはすぐ目の前のことから着実に進めていこう。なにせRPGの王道、ダンジョンだ、攻略すると沢山の経験値が手に入るに違いない。
きっといくつになっても自分磨きは楽しいものだ。
「……いや、まさかモンスター娘に恋愛で説教されるとは思ってなかったな。やっぱ女ってすごいわ。お前もそう思うだろアレン?」
「……」
「アレン?」
「……天啓を受けたかのような気分です。……『愛は理屈じゃない』。シンプルですがこれほど本質を表している言葉はないでしょう。その通り、オレも深月さんを見た時の衝撃はとても理屈なんてちゃちなものじゃ説明できない! 深月さん! オレはまた貴女に世界を広げてもらいました!!」
「お、おう……」
今更ながら、アルザはこの友人を些細な好奇心で騙したことを後悔した。この友人はもう手遅れだということがわかったから。




