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「詮索しないんじゃなかったっけ?」
「こんな異常事態引き起こしておいて詮索もなにもないだろ?」
おっしゃる通りなんだが、そこをなんとかしてもらいたい。
「何も話さないって言ったら?」
「こっちで勝手に探らせてもらうだけだ。得体が知れなさ過ぎだよお前」
空気が張りつめだしたのを感じて、抱きついていた深月の3人の従者たちは離れて--逆に言えば今の今まで抱きついていた--深月を守るように立つ。
どうしようか、最悪のパターンは勝手に探られた結果、ボクの『ミツキフェロモン』だけでなく、レーベの正体までバレること。もしくはその片方か両方の異常性が完全な情報でないにしろ周囲に広まること。
となると信頼して本当の事を話すか、前みたいに脅迫まがいの手段にでるか。ただ、今回はアレンというワイルドカードを相手が所持している。
「変な事考えるなよ、こっちにはアレンがいるって忘れんな」
考えを見抜かれたのか釘を刺された。
「なにか滑稽な勘違いをしているようだが、貴様等は深月様が寛容にもその存在を認めているから今現在そうして息をしていられているのだ。あまり思い上がりが過ぎると今度は両腕では済まさんぞ?」
レーベが右腕を胸の高さまで上げ、無造作に指の間接を鳴らす。
前回を思いだしたのかアルザは若干ひるんだ様子を見せたが、すぐに立て直す。
「お前絶対にダークエルフじゃねぇだろ!? お前みたいに武闘派なダークエルフなんかいてたまるか」
それはボクも思った。
ダークエルフってもっと知的で神秘的な存在だよね。会ったことないけどそう願いたい。
「アンマリ深月ニ意地悪スルナラ首チョンパダゾー」
恐い恐い!
「深月さま、魔力に目覚めたからといって前に出ないでくださいよ、お守りするのに苦労しますから」
「アイリスお前なぁ、もっと、こう……」
いくら事実でも言い方ってもんがあるだろ。
高まりつつある緊張感に従者たちはいつでも動ける体勢になっている。
「さっきも言ったがテイマーの弱点はテイマーだ、こっちはお前さえ押さえりゃ勝利なんだぞ」
「やらせると思うか? 貴様が深月様に触れる前に首、四肢、胴が地面に転がることになるぞ」
「いくらお前が特殊なダークエルフとはいえ、アレンはおさえられねぇよ。諦めろ」
アルザとレーベがバチバチとやり合う。
アルザはこちらの隙を伺い、レーベは深月の指示待ち。
お互い本気で戦うつもりはなくとも、弱気な姿勢を見せることで交渉で一気に不利になる。
引くに引けない状況になった。
「アレン、いざとなったらお前は速攻でガキを押さえにいけ。お前なら楽勝だろ?」
「いやいやできませんよ。深月さんを傷付けるようなことなんて」
「………………え?」
アレンの返答に思わずといった感じでこちらから目を離し、後ろを振り返るアルザ。
隙だらけ。今ならボクでも余裕で攻撃をいれることができるのではないだろうか。
対してアレンは何を当然なことを、と怪訝な表情。
「ちょ、ちょっとタンマ!!」
両腕を前に出し、アレンの首根っこをつかんで会話が聞こえないように離れていく。
「(ちょ、お前っ、何言ってくれちゃってんの!? お前はあのガキの魔力が気にならないわけ!?)」
「(そりゃ気にはなりますよ。でも深月さん本人が話したくないのなら、無理に聞き出さなくても)」
「(バカかお前! 明日から俺たちはあいつと一緒にダンジョンに潜るんだぞ!? あの魔力のせいでどんなイレギュラーが起きてどんな危険な目にあうかわかんねぇだろ!!)」
「(確かにそれはそうです、オレもそこは考えました。でも、オレは気づいたんです。たとえ深月さんにどんな危険が迫ろうと、オレが守ればいいだけだと。い、いや、吊り橋効果を狙おうなんて不純な事は考えてませんよっ、ただほんの少し深月さんの中でオレの評価がーー)」
「(誰がガキに迫る危険なんざ心配するかぁ!! そんなもん自業自得だ! よく聞けこの色惚け優者! オレが心配しているのはあのガキの魔力のせいでダンジョンのモンスターが暴走して俺たち『昼の影』や他の冒険者たちにいらん被害が出ることだ!!)」
「(それでもっ! オレは深月さんに剣を向けるなんてことしたくありません!!)」
「(あー、もう! めんどくさい! さっきまでは面白そうだと騙してたが状況が変わった、お前に本当の事を教えてやる。いいか? よく聞けよ? お前がさっきから美の化身だなんだ言ってるあいつは男だ!! ち〇こがついてる!!)」
「(見損ないましたよアルザさん! 自分の都合が悪くなったからって、深月さんの家の事情を利用してそんなウソをつくなんて! あんな可愛さと美しさを兼ね備えた人が男な訳っ、まして付いてる訳ないでしょう!!)」
「(お前ホントに面倒くせぇな!!)」
小声で言い争うという器用なまねをしている2人。
内容までは聞き取れないが、まだまだ終わりそうにないことはわかる。
今のうちにとこちらも作戦会議を開く。
「全員集合ー! 今から作戦会議を始めます」
こちらからも少し距離を離し、アルザ達への警戒を怠らないようにして円陣を作る。
「レーベ、お前あのアレンに勝てる?」
「勝てます」
即答だった。少しも迷わずに。
「別に疑う訳じゃないけど、そんなに断言できるのか?」
正直、冒険者としての評価や周りの評判、先ほどの魔法の威力などを鑑みると、レーベの強さを知っている自分でも不安がないといえばウソになる。負けるとは思っていないが、苦戦しこちらも手傷を負うことになるのではないかと。
「確かにそこらの雑魚よりは小手先の技はできるようなので、少し時間は掛かるかもしれません。ですが、深月様、アイリス、ネルに被害が出ないよう完封して勝つことは、十分な余力を残して可能です」
またしても迷い無く、真っ直ぐ深月の眼をみて話す。
おもわず口元が緩み、「くくくっ」と、小さな笑いがこぼれる。
ああ、そうだった。ボクの僕はボクが望めば神様だって殺してみせると言ったのだ。
何を不安に思うことがあっただろうか。
「じゃあ、レーベがアレンに余裕でフルぼっこにできる事を前提に、どうすればいいと思う?」
「そうですね。いくらこちらにレーベさんがいるとはいえ、『優者』を敵に回すのは少しリスクが高いと思います。『優者』の名前は冒険者間だけでなく王族、貴族、一般市民その全てに知れ渡っていますから、『優者』と敵対する事が知れたら、どのような事態になるか予想がつきません」
アレンは人助けをして旅しているのだったか。冒険者にもアレンの信者がいるようだし、アイリスの言うようにいらぬ恨みを買う可能性がある。
「ネルは?」
ジョキジョキと鋏を開閉しながら、
「難シイ事ハワカンナイ。ケド、深月ニイジワルスルナラ、……首チョンパ!!」
どことなく楽しそうなネル。もしかしてそれ気に入ったのか?
「そんな恐い言葉は使わないよーに」
「エー」
不満そうにしない。
「さっきのアレンさんの推測で『ミツキフェロモン』の正体に予想がついたじゃないですか」
「ああ、ボクの魔力が動物を呼び寄せるってやつか」
恐らくアレンは気づいてないが、押し寄せてきた動物は全て雌だろう。深月も全て確認した訳ではないが少なくともワーウルフやワーキャットといった獣人は全て女性だった。
私の予想ですけど、と一つ前置きをしてから、
「深月様の魔力が本当にモンスターや獣人、動物の雌を引き寄せると仮定して、心拍数が上がることで体内を流れる血液量が増し、微量ながら深月様の魔力が外に漏れだしたのではないかと」
先ほどのアレンの授業でも血が人体の中で最も魔力の含有量が多いと云っていた。それならばアイリスの仮説はある程度の説得力があるし、納得できる。
「ボクの『ミツキフェロモン』の正体は魔力だったってことか……」
つまり、みんなはボクの魔力に惹かれ、ボクを好きになってくれたということか。
その事実に対して思うことがない訳ではない。
だがそれは今考えても仕方のないことで、みんなに釣り会う男になると決意した事ですでに振り切っている。振り切ったはずだ。
「今回の事はいいきっかけになったと考えましょう。ダンジョン攻略にはチームワークと信頼が大事になります。『ミツキフェロモン』がなんらかのトラブルを起こす可能性もありますし、『ミツキフェロモン』を公にできない以上、少しでも信用できる人物に、トラブルが起きた場合のフォローを頼んでおく必要があります」
「だな。レーベの事は置いて『ミツキフェロモン』のことだけでも言っておくべきか、周りに言わないように口止めして」
『昼の影』とはこれからもつきあいがあるだろうし、アレンも人格的に信用がおけそうだ。それに
実力者と繋がりをもっておくとこは後々有利に働くかもしれない。
口止めに応じない場合はレーベにヤってもらおう。
「いざとなったら、レーベ、頼むぞ」
「お任せください」
こちらの方針が決まったところで、あちらも話し合いが終わったらしく、疲れた顔のアルザとなにやら決意に満ちた表情をしているアレンがこちらに歩いてくる。
「そっちも話し合いは終わったみてーだな。で、どうするんだ?」
こちらから話をふる。
「アルザさんから話を聞く限り、あなたは自分の特殊性について自覚はあったようですね?」
アルザとの訓練でも動物が集まってくることは何度もあった。
いまさら隠すことでもないし「いちおーな」と応える。
「まぁ原因がボクの魔力だなんて思ってもいなかったけどな」
「話したがらないということはなにか事情があるか、もしくはまだオレたちが信用できていないということでいいでしょうか?」
「その通り」
深月の返答を聞いたアレンの目に力が入る。
その迫力に思わず後ろに下がりかけた深月だが、ガンのくれあいで負けてたまるかとこちらも力を入れて睨み返す。
「深月さん!」
「なんだコラッ!?」
やんのかこの野郎!? とビビりながら返す。
心なしレーベの方に身体を向けてながら。
「僕は貴女の力になりたいんです!!」
「上等だてめ…………、は?」
うちのレーベが相手になるぞ! と続くはずだったかなり情けないセリフは途中で疑問符に変わった。
「信頼できないかもしない! 今までその魔力が原因で様々な苦労や苦痛を負ってきたのだから! それも当然だと思う。善意の押しつけをするつもりはない。深月さんが話したくない、関わって欲しくないと云うなら僕は何も聞かない! でもっ、僕は貴女を救いたいと思っている! それだけは忘れないで欲しい!」
――――こいつ、真顔で何言ってんの? 聞いてるこっちが恥ずかしいんですけど!?
えっ、なに? なんでいきなりクサイ演説かましてくれちゃってんの!? こいつの頭の中でボクどーゆー設定になってるわけ!?
つか、このいたたまれない空気をどーしろっつーんだ!?
「……これは予想外でしたね。でもよかったです、これでスムーズに話ができます。さぁ深月様早く話を続けてくだっさい」
「……なんて返しゃーいいんだよ。温度差ありすぎるわ」
あまりの熱意にむしろちょっと助力を断りたくなった。
「おいおっさん」
「なんだガキ」
「ちょっとこっち来い」
「普段なら年長者への正しい口の利き方を教えてやるところだが、今は勘弁してやる」
今度はアレンに背を向けアルザと2人して背中を丸める。
「(で、どーなってんの?)」
「(あいつの頭の中では、お前はどっかの王族か貴族の名家の出だがその魔力が原因で家から勘当され、それでも健気に家の教えを守っている悲劇の人物らしい)」
「(どんなとんでも設定よだ! なんだよ王族って、家の教えって!? いったいなに吹き込んだんだよテメー!?)」
「(知るかよ! オレだってアイツがあそこまで妄想豊かだとは知らなかったわ!!)」
「(否定しろよ! おかしいだろボクが王族なんて!)」
「(否定したわ! けどオレはお前の出自なんか遠い東の国ってことぐらいしか知らないんだから無意味なんだよ! 手前ぇが自分で否定しろよ)」
確かにその通りなのだが、深月の本当の出自を話すわけにもいかないし、ヘタに具体性を持たせたことを言うとどこからボロが出るかわからない。
散々言い合って、結局これ以上ややこしくしないように勘違いさせたままにしようと落ち着いた。
つまりはこれ以上この妄想優者に時間を割くのがあほらしくなったのだ。




