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-8-


「あのっ!」


 急に後ろから声が聞こえた。


「ねぇ、ちょっと待って!」


 その声が自分に向けられたものだと思わず、気にせずに歩いていると今度は真横から。

 そこで声が自分に宛てたものだとわかり、足を止める。

 振り向くといかにも人の良さそうな男。つい先ほどギルドで見た『優者』アレンだった。


「ごめん、急に呼び止めたりして。――いや、でもっ、いわゆるナンパとかじゃなくてっ! そこは誤解しないで、決してそんな様なことは……、別にやましい気持ちがあるわけじゃなくて!! いやっそのっ、そりゃ少しはあれなんだけど……。とにかくっ、僕は真面目な気持ちで――」


 声をかけてきたアレンは落ち着きのない様子で、アタフタと大きな身振り手振りを交えて矢継ぎ早に言葉を投げてくる。

 深月は「なんで男のボクが男からのナンパを心配しなきゃならんのだ!」とツッコミの腹パンを入れようと思ったが、これまでの人生17年で両手では足りないぐらいの男からのナンパの回数を経験がある事を思い出したので諦めた。

 ちなみに痴漢の被害回数は18回。もちろん全員その場でぶっ飛ばしている。


「わかった、わかったから。落ち着いて。はい! 深呼吸、深呼吸」


 本当はなんにもわかっていないが、落ち着かせるためにアレンの話を遮る。


「えっと、それでなにか用ですか?」


 アレンが話ができる程度に落ち着いたのを見計らって、アイリスが話を聞いてみた。


「あ、ああ。実はアルザさんからの伝言を預かって、なんでも新しい技を教えるからギルド前の広場に来て欲しいって」

「新しい技ぁ?」


 なんだろう、めちゃくちゃ怪しい。

 アルザは今まで剣の振り方や足裁きなどの基礎中の基礎を教えてくれただけで、後は自分の体で感覚を掴めと、ひたすら打ち合い。具体的な技などについてなにも教えてくれていない。

 深月が頼んでも「ガキには10年早い」と一蹴し触れもしなかった。

 そのアルザがいきなり技を教えようというのだ。

 今回の難度の高いクエストに際して、少しでも深月の生存率を上げようとしての方針転換なのか。果たしてアルザはそんな殊勝な奴だっただろうか。


「……おっけ。じゃあさっさと行こう、アルザのとこ」


 どのみち教えてくれると云う技を断るつもりはない。


「あ、そうだ。悪いけどお前たち先戻って明日のクエストで必要になりそうなものの買い物済ましといてくれ」


 その技を教えてもらうのにどれだけ時間が掛かるかわからない。もし長時間拘束されて明日の準備に支障が出ては大変だ。


「しかし、それでは深月様の護衛が出来なくなります」

「護衛て……、なにもクエストに行く訳じゃねーんだから」

「念の為ですよ。買い物は私とネルちゃんだけで大丈夫ですから、レーベさんを連れていってください」


 なんだかんだうちの従者はどいつも過保護だ。

 いいかげん深月も過保護から脱却したいものだが、ともあれアイリスの言うように買い物に三人も人手はいらないので今回は言われたとおりにしよう。


「んじゃあ、レーベ頼むわ」

「はっ!」


 決定したところでアレンを促してギルドへと道を引き返していく。


「そういえばまだちゃんと自己紹介してなかったね。僕はアレン・ルクランシェ。アレンでいいよ、よろしくね」


 自然と横に並んできたアレンがなんとも爽やかなの笑い掛けてきた。

 何とも嫌みの無い仕草。こいつモテるんだろーなー。と、嫉妬も浮かばずただただ関心する。


「よろしく。ボクは緒方深月。じゃあこっちも深月でいいよ。まだFランクの駆け出しだけど、いちおー冒険者やってる」

「深月さんか、いい名前だね」

「そうかぁ? 男か女かわかんねー中途半端な名前じゃね?」

「そんな事ないよ。東方の名前の流儀は知らないからこんな事言えないかも知れないけれど、中性的な響きなんだろう? 神秘的で素敵じゃないか。キミによく似合ってる」

「あ? なんだ? そりゃボクの見た目が男か女かわかんねー、って言いたいのか?」

「い、いや違う! 変な風に捉ないで! そうじゃない単純に褒めているんだよ!」

「……冗談だよ。そんな焦んなくていいって」


 中性的という単語に思わず噛みついてしまった深月だが、これもアルザの人徳ゆえか、アルザは本心から褒めてくれている事はわかった。いい奴感ががんがんに伝わってくる。

 レーベと並び立つ事ができるからって、勝手に対抗心燃やしてるボクが小さいみたいに思えてくる。


 こいつ、外だけじゃなくて心までイケメンな奴。



 ◇◆◆



「今日の特別レッスンでは魔力による身体強化を教える」


 広場に付くと偉そうに腕を組んだアルザが待っていた。


「魔力!?!? 遂にその神秘をボクに教えてくれるんですか!?」


 なんという素敵ワード! ついにボクもファンタジーの世界の住人に!

思わず深月も敬語になる。


「お、おお。そうだが。なんだその異様な食い付きの良さは……。なんだか言葉使いもいつもと違うぞお前」


 ついつい前のめりに反応してしまったが、深月の予想外に大きな反応にアルザは若干引いていた。

 はしゃいでしまって恥ずかしくなった深月はいかんいかんと姿勢を正す。


「おっさんの方こそ珍しいじゃん。普段は十年早いとか言ってまったく技を教えてくれないのに、いきなり魔力の身体強化だっけ? なんてそんな必殺技教えてくれるなんて」

「別に必殺技って訳じゃないぞ、魔力の身体強化なんて冒険者で食っていくなら必須技能と言ってもいいしな」


 あと、おっさんじゃないぞクソガキ。と最後に付け足される。


「まぁ細かい説明は、アレン。任せた」

「えっ? オレですか?」

「頼んだ。あとこいつの魔力こじ開けるのもお前がやってくれ」

「それ、要は全部オレがやれってことじゃないですか」

「ちょっと待て待て! 魔力をこじ開けるってなにっ、こじ開けるって!?」


 響きが怖いんですけど。


「本人を置いて会話するものじゃないよね。ごめんごめん。魔力について深月さんはどこまで知ってる?」

「全然ッ! 何にも知らない。ボクのいた国じゃあ、魔力の事なんか誰も教えてくれなかったし」

「へー、そんな所もあるんだね。自分で覚醒するまで一切教えないのかな? それともある年齢まで教えないとか? 流石に魔力をまったく使わないなんてことはないだろうし。東方の習慣なのかな? 世界は広いね」

「そーかもな。ま、この国とは全然違うね」


 そもそも魔力という概念がない世界から来たんですよ。とは勿論言わず、アレンはなにやら勝手に想像を巡らしているので、好都合と適当にのっかっておく。


「じゃあまずは魔力とはなにか、ってとこから説明しようか」

「おー! 待ってました!!」


 ああ、これでボクもメ○ゾーマやサ○ダガが使える! などと期待に胸を膨らませ、そもそも地球人は魔力を持っていないのではないかという、ふと浮かんだ不吉な考えを追い払う。


「ちょっと待ってね」


 そう言ってアレンはごそごそと道具袋をあさり、中からメガネを取り出しスッチャと装着。


「まずは形から入らないとね」


 ――――こいつっ、ノリまでいいのか!?


 変な敗北感が深月を襲った。なんかもうお前の勝ちでいーよ、と。

 アレンとアルザ、二人とも整った顔立ちで十分もイケメンなのに、なぜこうも感じる印象に違いがあるのだろうか。

ああ、これが人徳というものか。アルザには到底辿り着けねーな。と勝手に納得して勝手に憐れんだ。

 アレンは一つ咳払いをして説明を始める。


「魔力というのは人も獣人もモンスターも昆虫も、生物ならば誰もが持っている命の源、いわば生命力なんだ。東洋では『気』だとか『チャクラ』だとかという言い方もするってどこかで聞いたことあるけれど、基本は同じものだと思ってもらっても大丈夫。そして実は普通に生活しているなかでも、全ての人は魔力による身体強化の恩恵を受けているんだ。さて、ここでいきなり問題です。これは全ての生物に共通するんだけど、体の中で1番魔力が多くある場所、貯蔵庫とも云える場所はどこでしょう?」


 アレンが右手の人差し指をピッと立て、唐突のクエッション。

 だがこれは簡単。ついこの前ゾンビを倒すためにアイリスから習ったから知っている。


「はい、せんせー」

「はい、深月さん」


 手を挙げる深月とそれにノるアレン。


「心臓だろ」

「正解です。じゃあついでに、魔力以外で心臓に集まるものはなんですか?」

「えーと、……血?」

「はい正解。そう血液です。基本的に生物の身体で魔力を含んでいない箇所はないんだ。爪だろうが髪の毛の一本だろうが、生きている限り全ての場所に魔力は含まれいる。でもそのなかでも、魔力の貯蔵庫である心臓を通る血液は、特に含まれる魔力量が多いんだ。大きな儀式や大魔法を行う際や、高い効果の魔法薬を作る際に血を触媒に使うのはそのためだね」

「……魔法薬ねー」


 そう聞くと、色々と苦い思いをしたチャームボトルが思い浮かぶ。

結果的にはレーベたちとの絆を深めることになったが、魔法薬にあまりいい思い出は無い。


「少し話が飛んだけど、元に戻すよ。こんな話は聞いたことはないかな? 普通の人が森でモンスターに襲われた時やとっさの事故のときに、やけに体感時間がゆっくりになったとか、普段の何倍もの力を出せたとか」

「いわゆる火事場の馬鹿力ってやつ? あれが魔力によって強化された結果だってこと?」

「その通り。あれは危機に際して身体の中の魔力が一時的に活性化した現象なんだ。でもそれはコントロールされた強化じゃなくて、暴走に近いものだから負荷が大きくその一瞬の一過性のもので終わってしまう。同時に身体を傷つける事になるしね。このいわゆる火事場の馬鹿力の状態を、自分でコントロールするのがこれから深月さんが修得する魔力の『身体強化』なんだ」

「ふーん。じゃあ『身体強化』は肉体的なデメリットはないと思っていーんだな?」

「そうだね。強化中は魔力がどんどん減っていって、それに伴う疲労はあるけれど、それも魔力の回復と共に回復するし。これといったデメリットは無いよ」


 すげー、正に魔法じゃん。


「おいこら、おっさんっ! そんな便利な物があるなら何で今まで教えねーんだよ? 真っ先に教えろよ」

「先に教えていたらお前みたいなガキは、基礎の体術を疎かにするからに決まってるからだ。こっちはちゃんと考えて教えてやってんだから、クソガキは黙って言うこと聞いとけばいいんだよ」


 ……何気に否定できない気がする。


 アルザに見透かされているようでなんとも悔しいが、自分が楽な方楽な方へと流される人間なのは自覚がある。

 しかし、そういう理由があるのならば身体強化を教えるには早いのではないかと思ってしまう。深月が修行を始めてまだ一ヶ月しか経っていない。


「じゃあ今回はどーゆー風の吹き回しで教えてくれる気になったわけ?」

「ダンジョンに向けて短時間でできる戦力アップの方法がこれだっただけだ。勘違いするなよ? お前のせいで足引っ張られたらたまんないからな。別にお前死んで欲しくないとかそういうのじゃないからな!」


 うわぁ……、まさかのツンデレ。教えてくれるのはありがたい事が、これはない。


「……鳥肌立ったぞ」

「っとに失礼なガキだなぁ……っ」


 思わず感想が口から出してしまった。アルザはこめかみをひくつかせる。


「じゃ、じゃあさっそく始めようか!」


 漂い始めた不穏な空気をなんとかしようとアレンが声をあげる。


「おーー! で、具体的にどうすんの?」


 まだ魔力をこじ開けるの方法を聞いてませんけど。


「別に難しいことをする訳じゃないよ。回復魔法の応用でこちらの魔力を君の体に送って、体の中に眠っている君自身の魔力を刺激して循環させる、深月さんの中の魔力を自覚させるんだ」

「難しい事じゃない。なんてアレン(こいつ)は言ってるが、実際は繊細な魔力操作が必要になるCランク相当の回復魔法のスキルだ」

「ん? じゃあカルミナさんは?」


 昼の影の回復担当、彼女ならCランクを越えているはずだ。

 しかし、この広場に深月が来たときには彼女はおらずアルザだけが待っていた。


「アイツなら先に帰ってダンジョンの備えをしてるよ。だから今日はお前の魔力をこじ開けるのはアレンがやる」

「? アレンって魔法剣士だろ?」

「極一部のレアジョブを除いたほぼすべてのジョブでAランクの実力を持つ。アレンがXランクに一番近い冒険者って言われている理由だ」

「はぁ!? マジで!?」


 つまり剣も魔法も回復もなんでも完璧にできるというのか。

チートじゃん。


「これがマジなんだ」


 笑いながら「な? ムカつくだろ?」とアレンの肩をグーで殴りつけるアルザ。


「このっ! 人がアサシン一筋で12年やってまだBなのによ!! うらっ! おらっ!!」


 だんだんと殴る力が強くなっていく。


「ちょっ! アルザさん痛いっ! 痛いです!! それにオレだって全てのジョブじゃないですってって! テイマーとか精霊術はやったこと無いですって!!」


 たった6年でほぼ全てのジョブを完璧に修める才能。

 深月もこの一ヶ月のアルザとの修行で、どれほど差があるのかすらわからない実力の差がBランクとの間にあることは理解できた。

 さらにその上のAランク、そしてXランク。それはどれほどの差なのだろう。


「っし!! いいからさっさとやろーぜ!」


 だからといって立ち止まってなんかいられない。どれだけ差があろうともそれを無くす事を諦めてはいけない。

 一つ気合いを入れて、まだ遊んでるアルザとアレンを促す。


「ああ、そうだね。じゃあまず後ろを向いて。背中からオレの魔力を深月さんに送るから、その時ちょっと背中に手を置くけど怒らないでね」

「そんなことで怒る訳ねーだろ」


 何してもセクハラと騒ぐ思春期の女子じゃあるまいに。まったく男同士で何を言っているのか。


「あ、上脱いだ方がいいか?」


 魔力を通すに邪魔になるのではないかと、深月がワイシャツをTシャツのようにめくって脱ごうとする。


「ちょっ!! え!? 待って待って!!」


 急に真っ赤になって必死に腕を押さえてくるアレン。


「え? え? なに??」

「深月さん! それはダメです!! もっと慎みを――」

「ちょい! おま、こっち来い!」


 急に強い力で腕を押さえられ、何かマズイ事をやってしまったのかと混乱する深月。

一方でこのままでは深月の本当の性別が気付かれてしまう、と慌てたアルザは二人の間に割って入り、アレンの肩を組んで無理矢理引きずって行く。

 ある程度距離が離れたところで、深月に聞こえないようにアレンを抱え込み小声で捲し立てる。


「その、なんだ、アイツは……そう! あいつは女扱いされるとめちゃくちゃ怒るんだ! 言い忘れていたんだが、実はアイツの家はとある名家なんだ! そしてその家は跡継ぎの男子が生まれなくてな、ただ昔からの掟により男の子の養子を取るなんでできなくて、でも跡継ぎら直系の男子にしか許されてなくてっ。困りに困った両親はアイツを男として育て周りを騙そうとしたんだ! そのせいでアイツも必死に親の期待に応えようと男に成りきっているんだ!! な? 可哀想だろ? だからアイツを女扱いするのは止めてやってくれないか!?」

「そうだったんですか。だから彼女はあんな服装を……。分かりました! オレも気を付けます!!」


 なんてアホな奴だ。


 とっさに出てきたこんなアホな作り話をこうもあっさり信じるなんて。

 とりあえず最悪の事態は回避できたが、よくいままで詐欺に遭わなかったな。とアルザはアレンの将来が若干心配になった。


「おーい。話はすんだか?」


 訳のわからないまま置いてけぼりにされた深月。


「ああ。大丈夫だ! なっ? アレン?」

「だ、大丈夫で……す……」


 なにやら挙動不審な2人が振り返りこちらに戻ってくるが、その途中でアレンの鼻からツーっと血が。


「お、おい。ホントに大丈夫か……? なんか鼻血出てんぞ?」

「い、いや、その、おヘソが……チラリズムが……」


 へそ?

 深月には一体何の話かわからなかったが、シャツのボタンがいくつか取れてる為、隙間からチラリとのぞいている深月のおへそがアレンの目には映っていた。


「あー、もう! 思春期のガキでもそこまでじゃねぇぞ!?」


 アルザのめんどくさそうな叫びが広場に響いた。


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