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翌日。
今日の訓練はアルザたちの都合で無くなったためーー昨夜ククミさんがわざわざ伝えに来てくれたーー久しぶりに8時過ぎまでゆっくりと寝ることができた。
そしてこれまた久々にノエルも含めた全員で一緒に朝食を取り、身支度を整えギルドへと向かう。ノエルは、流石にダンジョンまで連れて行くわけにもいかないので今日も留守番だ。
深月が支部長室に到着すると、中にはすでに何人もの冒険者がおり、その中には『昼の影』の姿があった。都合とはこのクエストの事だったのか。
自然と冒険者たちの視線は入ってきた深月と後ろのレーベたち従者に集まる。深月がFランクということを知っている者も居るのか、何人かが驚いた表情で深月を見た。
「なんで新人冒険者のお前がここにいるんだ?」
その驚いた一人、アルザが呆れた様子で声をかけてきた。
「特例だってよ」
「とくれいぃ? どうせお前がワガママ言ったんじゃないのか?」
「あぁ? なんだおっさん、喧嘩か? 喧嘩なら買うぞ? ウチのネルが」
「お前じゃないのかよっ!」
「今日はモンスターテイマーとして来てるからな。ああ残念だ、この手でぶっ飛ばしてやったのに」
「っのクソガキ……、次の鍛錬を楽しみにしてろよ」
深月は冒険者として新参者であるので周りが知らない冒険者パーティばかりの中、ここ最近ほぼ毎日顔を合わせる『昼の影』がいてくれたのはありがたい。部屋に入ってさっそくバチバチとじゃれあいガンを飛ばし合う。
普段なら胸倉のつかみ合いになっているところだが、他の冒険者の手前自重する。
万が一にも「こいつら仲いいなー」などと勘違いされてはたまったもんじゃない。
確かにジャレ合っている面もある。が、それは見知らぬ冒険者の中でたまたま顔見知りがいて安心しただけであって、これ以上でも以下でもない。断じて仲良しなんて事実はない。悪いとは言えないかもしれないが、誰がなんと言おうと仲良くない。ちっぽけだけど大事な男の子の意地だ。
「しかし、いくら戦力になるからといって特例をつくってまでFランクの冒険者を参加させるとはな」
「この子たちが戦力になるのは確か。モンスターテイマーとしての彼と昼の影が正面から戦えばうちが負けるのは確実」
「確かにギルタブリルは戦力になるが……。少しでも安全を確保しようとしたのか、それだけ切羽詰まってるのか」
「どっちにしろきな臭い」
また始まったか。と深月の従者たちと『昼の影』のメンバーは慣れたもので、ジェイクとカルミナは二人を無視してとり深月の参加についてのギルドの意図の考察を始める。
「あのっ、ふ、二人とも、これからは一緒に戦う仲間になるかもなんですから、その、仲良くっ」
周りが傍観の姿勢に入る中、『昼の影』の弓使いククミだけが真面目に仲裁に入った。
本気で喧嘩している訳ではないのにーー遊びという訳でもないがーーこんなにおどおどしながら必死に宥められると、どうも申し訳なくなってくる。それはアルザも同じなのかみるみる肩の力が抜けていく。
こんな気が小さそうな人でもランクBの凄腕の冒険者だというから驚きだ。
「あ、そういや昨日はわざわざ伝えに来てくれてありがとうございましたククミさん」
「い、いいえっ! そんな、わざわざお礼なんかっ、むしろこちらの方がありがとうございます!!」
「いや、どう考えても礼を言うのはこっちでしょ。なんでククミさんが頭下げてんですか……」
気が小さいというより異常に腰の低い人なのかもしれない。
お互い頭の下げ合う形になってしまった。
「お前なぁ、ククミに向ける敬意の一割でもオレにむけろとーー……はぁ」
アルザが表情をひきつらせていたが、続く頭の下げ合いを見て疲れたようにため息をついた。がしがしと頭を掻いてふてくされたように余所を向く。
一通りのジャレ合いが終わったことを確認したアイリスがアルザに声を掛ける。
「あの~、アルザさん他の冒険者の情報とか詳しいですか? 良かったらここに集まった人たちの事を教えてもらいたいんですけど」
「あん? そっか、ケンタウロスの嬢ちゃんは最近冒険者に復帰したんだったか。じゃあ最近の冒険者の情報なんか知らなくても当然か」
これから共に戦う事になるのだ、他の参加者の情報は少しでも知っておきたい。
深月も興味がある事柄なので、ククミとのお辞儀合戦を止めおとなしく聞く体制に入る。
「じゃあまずは、ここにいるパーティを実力順に挙げていくと、ランクB+の冒険者イリーダがリーダーのパーティ『女神の楯』。あそこにいるデッカい盾を持っている女がイリーダだ」
アルザが視線を向けた先に、背中に大きな黒い盾を背負った大柄な女性。身長はレーベといい勝負といったところか。
「んで、次点でオレたち『昼の影』。その次はメンバー全員がランクC+のパーティ『大物喰い』か、兄弟ならではのチームワークが自慢の『ツインエッジ』。この二つはほぼ同列だ」
部屋の冒険者たちの中で顔のよく似た二人組が『ツインエッジ』だろう。そうすると残った集まりが『大物喰い』か」
そしてさりげなく自分のパーティを2番目といったが、こんかい集めれた上位パーティの中で2番目に入るとは。本当に強かったんだな、『昼の影』。
パーティの説明が終わっても、まだ二人残っている。
「次はソロの冒険者だが、窓のところにいるメガネがランクB+『氷の男』テオ・ラークス。奥で腕を組んでいる危なそうな目つきの奴が、『赤の処刑人』カレル・ラザフォード。テオアドム支部だけでみればこの二人の強さは頭一つ飛び抜けている」
楕円形のメガネを掛けて、窓枠に浅く腰をかけ本を読んでいる理知的な雰囲気の青年と、長く延びた前髪の隙間から、鋭い目を覗かせている殺伐とした空気を纏った男。
「Cランクを越えてもソロでクエストを受け続ける奴らなんて、周りが足手まといにしかならない余程の強者か、ただのドMで命知らずのアホかの二択だ。そして二人とも飛びきりの前者。まぁ後者の気もあるとオレは思うけどね。どっちも単身で竜種を討伐した実績を持ってやがる。テオはそろそろAに昇格するんじゃないかって話だし、カレルに至っては火竜の心臓を抉り出して、まだ動いてる心臓を躍り喰いしやがったなんて逸話まである」
どっちも変人だ。とのアルザの言葉を聞きながら深月はソロ冒険者二人に目を向ける。
カレルの方は確かに危なそうな目をしている。元の世界なら確実に2、3人殺っちゃっている目つきだ。深月に興味がないのか露骨に視線を送ってもまるで深月の方を向こうとしない。カレルの視線は深月の後ろ、レーベたち使い魔の方に向けられている。こちらの戦力分析でもしているのだろう。
もう一方のテオは、深月の視線に気づくと本から小さく無表情の顔を挙げて、右のひとさし指をまっすぐ深月の顔に向けてきた。
なんだろう? と怪訝に思っていると、指が徐々に下がっていきやがて深月のお腹の部分を指して止まる。
深月は指に誘われて視線を下げ、自分のお腹を見る。
「ボタン。取れとるよ」
よく通る涼しげな声。結構な距離が開いていたのにスッと深月の耳に入ってきた。
昨日エナを追い回した時に取れたのだろうか。シャツのボタンが下から2つ、おへそが見えてしまっている。
いやそれよりも、
ーーーー関西弁??
いかにもインテリな風貌の男から発せられた、アクセントを前にの方に置く独特のイントネーション。
この世界でも方言はあるんだ。
外見と異なる予想外な言葉使いに変な感動を覚えてしまった。
深月にはなぜが日本語に聞こえるし、日本語で通じているからあまり深く考えたことはなかったが、おそらく超常的な力が働いて勝手に翻訳されているとか何かだと思っている。改めてこの世界の言語体系はどうなっているのだろうか。
「あ、ありがと」
深月がお礼を言うとテオは無表情のまま、また手元の本に目線を戻した。
「やぁ、少し遅れてしまったかな?」
と、そこで今回のクエストの依頼主であるギルド支部長のローワンが入ってきた。
ローワンは真っ直ぐ部屋の奥にある机に向かってから、冒険者達を見渡して、
「……ふむ、4つのパーティにソロ冒険者が3人、合計18人。なかなか集まったね。それじゃあ早速始めよう」
机の上に地図が広げられる。
「まずはダンジョンの位置から」
ローワンが机の上に大きく広げた地図に赤色で丸い印を付ける。
「……あぁ」「んん?」「どういうことだい?」
それだけで場が少しざわめいた。アルザ達も怪訝そうな表情をしている。
なにがなんだ? とアイリスに説明を求める。
「新たにダンジョンが発見された場合、慣例的に一番近い支部がクエスト受注の優先権を持つんです」
アイリスの説明を聞いてもう一度地図を見る。。
「私たちがいる『リーフェリア』は湖の真ん中に位置しているあそこ、そして交易都市『サーフェル』の位置は『リーフェリア』の北にあるあそこです。支部長がいま印を付けた場所ーー新しいダンジョンには明らかに『サーフェル』の方が近いです」
ローワンが印した場所は、テオアドムからは馬で5日、サーフェルからは3日といった場所だった。
地図の上からでも距離の違いがはっきりと確認できる。
アイリスの説明の通りならこのクエストは深月のいるテオアドム支部ではなく、サーフェル支部の冒険者が請け負うはずなのだ。
「君たちにはこの新しく発見されたダンジョンの調査、攻略を依頼したい。ダンジョン内での調査期間は短いが3日。順を追って説明すると、このダンジョンが発見されたのは今からだいたい1ヶ月半前」
1ヶ月半前というと、ちょうど深月がこの世界にやってきた時期。
「ダンジョンの難易度を調べるために、サーフェル支部は専属の探索者を何人か派遣したんだけど、それが何日経っても帰ってこなかった。そこでサーフェル支部は今回と同じように上位の冒険者を募って、調査隊を編成、派遣したんだけれども、これも誰一人として帰ってきていない」
クエストに行って長期間帰っていない、それがなにを意味するのか。
それがわかる程度には深月もこの冒険者という職業に慣れきていた。
「冒険者達の調査隊がサーフェルを出たのが20日前。そして、調査隊にはダンジョンがどんなに広くても調査を7日で切り上げて帰ってくるように言っておいたらしいよ」
これは決定的だ。おそらくもう生きてはいないだろう。
「ちょっと待ちな」
盾を背負った大柄の女性、イリーダが続けて説明しようとしているローワンを遮って手を挙げた。
「サーフェルには『アーマーナイツ』の連中とか『死面』の旦那たちとか、けっこう有力な冒険者が何人もいたはずだけど、そいつらはクエストに参加していたのかい?」
「参加した冒険者、個人全員の名前までは覚えていないけれども、今挙がった二つのパーティは参加していたと思うよ」
今度のざわめきは大きかった。それだけの実力を今名前の挙がった冒険者たちは持っていただろう。そんな冒険者達が全滅したのだ。
収まらないざわめきの中、今度はアルザが手を挙げる。
「質問だ。ギルドはこのメンツでクエストが達成できると考えているのか?」
「ウチにはカレル君やテオ君といった突出した個の実力を持つ冒険者、そして君たち『昼の影』のような連携を得意とするしっかりとした自力のあるパーティがそろっているから、僕は達成できると思っている。だけど、万が一のために保険というか助っ人も呼んでおいたはずなんだけど……、まだ来てないな」
そういえば昨日も「保険を用意している」と言っていた。
「すいませんっ、遅れました!!」
勢いよく扉が開らかれて、一人の青年が飛び込んできた。
背中に背負った大きな白い剣。少しくすんだ栗色の髪に如何にも人の良さそうな顔つき。
特別美形というわけでも、目を引く特徴があるわけでもないが、万人が好感を持てるであろう風貌。
「ーー『優者』アレン・ルクランシェ」
誰かがぼそりと呟いた。




