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結局、意外に足が速かったエナを取り逃がし、これではただ恥を大声で喧伝していただけではないかと思い至って頭を抱えて悶えた。そしてこの挙動も周りからは奇異の視線を向けられるであろうと考え、これ以上醜態を晒すまいとなんとか立ち直って支部長室へと向う。
「さっきはずいぶん騒がしかったけど、なにをしてしまったんだい?」
失礼しまーす。と支部長室の扉を開けた深月をローワンは苦笑いで迎えた。
「なにがあった?」ではなく「なにをした?」と聞いてくるところをみるに、言い合いの内容までしっかり聞こえていたらしい。
「すいません。うるさくして」
深月は質問には応えず、うるさくしたことだけを謝罪した。そんな深月に気を使ったのかどうかはわからないが、ローワンはその話題をそれ以上続けることはせずにさっさと本題に入った。
「単刀直入に言っちゃうと、君はダンジョンのクエストに興味無いかな?」
ダンジョンのクエスト。
今日その話が出るなら、それは朝みんなが集まっていたあのクエストの事だろう。
「そりゃ興味はありますけど……、あのダンジョンの参加条件はCランク以上ですよね?」
「そう。だから特例として受けてもらいたいんだ。詳しい説明はクエストを受けてもらってからじゃないとできないけど、今回のダンジョンは事前の調査がまったくできていなくてね。どれぐらいの難易度のダンジョンか不明なんだ。出てくるモンスアーのランクさえわかっていない。だから少しでも戦力になる冒険者が欲しいんだ」
「難易度不明ってことは、とんでもなく強いモンスターが出てくるかもしれない。ってことですよね?」
「そうだね。むしろギルドとしてはその可能性は限り無く高いと考えている」
「一応改めて言っときますけどボクのランクはFですよ」
「もちろん知ってるよ。でも君はAランクのギルタブリルとCランクのダークエルフを従えているモンスターテイマーだ。実力的には申し分ない」
初対面の際にこちらを観察していたのはこの事を踏まえての戦力分析のためだったのか。少しレーベに対する反応が気になったが、ローワンの用件というのは深月の秘密に関してではなく、本当にダンジョンクエストの件らしい。
「今ギルドに登録している全てのモンスターテイマーの中でAランクのモンスターをちゃんと従えている冒険者が何人いるか知っているかい? 君を含めてもたった7人しかいないよ。そしてその6人の内4人はAランク冒険者だ」
そんなに少ないのか。初めてネルを連れてギルドに行った際の周りの驚きようと、今でも注目されていることから何となく少ないんだろうなと予想はしていたが、まさか両手で足りるとは。
「よく考えて返事をして欲しい。もちろんこちらとしては参加してもらえると助かるし、一応の保険も用意しているけど。なにしろAランクのモンスターが何匹も出てくる可能性だってあるんだ。そのまま命に直結するかもしれない話だ」
さて、どうしたもんかと頭を悩ませる。
ダンジョンなんて当分自分には縁のない話だと思っていたため、いきなりの展開に考えが纏まらない。まずは判断材料を増やそうと質問する。
「ちなみ報酬はなんですか?」
「君がダンジョンで見つけた魔導具の価値と同等の金銭。低級の魔導具でもかなりの金額になると思うよ」
「魔導具を見つけたら、そのまま自分の物って訳にはいかないんですか?」
「今回の場合に限って言えばね。いつもならギルドに入場料を払って貰って、そこで見つけた物は持って帰ってもらって結構ですよ。ってクエストもあるんだけど、今回はギルドからの依頼って形になっているから。モンスターの素材など魔導具以外なら持って帰っても構わないよ」
まだFランクでクエスト一つあたりの報酬の少ない深月たちは、稼いだ金銭はその日の内に使い果たし地竜の鱗を売ったお金をちまちま削って生活しているため、纏まったお金はすごく魅力的だが、はたしてお金だけのために危険であるとわかっているクエストを受けるべきか。
「あのっ、そのクエストは私も受けることはできますか?」
そこで今まで深月の隣で黙っていたアイリスが声を上げた。
「えっと君は……? 緒方君の使い魔というわけではないみたいだけど」
「アイリスです。ランクはD+の」
ローワンは机の上の書類を手に取りペラペラめくる。冒険者のデータが纏められているようだ。
「ーーあったあった。ランクD+か、モンスターとしてのケンタウロスのランクもD+だから順当なランクだね。……ん? へぇ珍しいなぁ。君は『サラブレッド』なのか、じゃあC+相当の実力はあると考えても。でも緒方君みたいに誰もが見てわかる強さじゃないし、役員からの反発があるかもしれないしもう一人特例を作るとなると――」
書類を見ながらぶつぶつと呟いて思案し始める。
「それなら、ボクの使い魔として再登録したら問題無いでしょうか?」
「ああ、それなら問題ないね。でも……いいのかい?」
いいのかい? とは、獣人を使い魔にする事で生じる周りからの様々な僻見についてだ。
すでに獣人や元亜人のダークエルフを使い魔にする事は、この世界では眉を顰められる行為であることはすでにアイリスから聞かされている。
「別にいいですよ。どうせもうボクの評価は『SMテイマー』ですから」
すでにダークエルフ――レーベーーを使い魔にしていると思われているのだ、これ以上落ちる事もないだろう。
もう何と言われようが今更だ。
「投げやりな言い方だね」
どこか吐き捨てる様な口調になった深月に、ローワンは苦笑している。
「アイリスはそれでいいか?」
返事の予想はついているが一応アイリスにも確認する。
「深月様がいいなら私は構いませんよ。どうせもう私もそんな目で見られていると思いますから」
やはりアイリスも自身が周りから深月ハーレムの一員されていると思っているらしい。
「……それに、その、そんなにイヤじゃありませんし」
独り言の様に付け加えられた言葉が地味に琴線に触れた。
深月のハーレムの一員であると見られても構わない。イヤじゃない。ツンデレとは違うのだろうけど、こういう素直じゃない好意の表し方が愛しくてたまらない。
「ん、なんだ、ありがとな?」
「いえ……ホントの事ですし……」
恥ずかしくてついお互い素っ気なくなってしまう。
「ふふっ、わかった。もし受けてくれるのならアイリス君の変更の手続きはこちらでしておくよ」
ローワンの微笑ましい感じで笑いで我にかえる。ものすごい恥ずかしい。ちょっと二人の世界に入りつつあるとこを人に見られるというのはなんとも気恥ずかしい。
「返事は明日で構わないから、今日一日じっくり考えてよ。もし受けてもらえるなら明日の朝10時ぐらいに支部長室に来てくれるかな?」
「わかりました」
やや赤くなってしまった顔を隠すように、そそくさと逃げるように支部長室を後にする。
「さぁ、どうしよーか。受けた方がいいと思うか?」
宿へと向かう帰り道、落ち着きを取り戻してた深月は危険の伴うクエストということで、まずは陣営の最大戦力であるレーベに意見を聞いた。
「深月様のお心のままに。たとえどんな場所だろうが何者が相手だろうが、私は深月様をお守りするだけです」
まったく。お前はボクよりよっぽど男前だよ。
よくもまぁこんな素晴らしい従者がこんな頼りないボクを支えてくれるものだ。
照れ隠しにレーベの頭を撫でる。自分に向けられる想いに感謝して。
そんな深月の気持ちが伝わったのか、レーベは紅潮した顔で優しく微笑んでくれた。
「ネルとアイリスは?」
「ンー、私ハヨクワカンナイ」
「私は消極的賛成ですね。ダンジョンにあるのは魔導具だけではありませんから、そこでしか手に入らないような貴重な薬草や鉱石だっていっぱいあります。もしかしたら深月様が元の世界へ行く手掛かりだって見つかるかもしれません。ただ、ダンジョンの難度が不明という点がひっかかりますが」
元の世界への手掛かり。
もうすでにこいつらを放って一人で帰るなどという気はさらさら無くなっているが、せめて心配しているであろう両親に無事を伝えたい。
その手掛かりが見つかるならば是非とも受けたいが。
「参考までに、レーベの強さってギルドのランクでいえばどの程度なんだ? ドラゴンやネルがAランクなんだから、やっぱり測定不能のXランク?」
「そうですね。実在すら曖昧だったのでマニュアルには載っていませんが、『ベヒーモス』はXランクに分類されます。私だって実際にこの目でレーベさんを見るまで三神獣なんておとぎ話だと思ってましたから」
わかっていたことだがやはりレーベは別格か。
「レーベ以外の三神獣もXランクなのか?」
「ええ、もちろんそうです。因みにギルドがXランク相当だと考えているモンスターは現在12種類。始まりの魔物『エキドナ』、最古竜『ティアマト』、至高の竜『バハムート』不死の王『ノーライフキング』、終末竜『アジダハーカ』、龍王『イルルンヤンシュカ』、世界蛇『ヨルムンガンド』、燃え立つ獣『セクメト』、魔狼『フェンリル』あとは『リヴァイアサン』『ジズ』『ベヒーモス』の三神獣。どのモンスターも神話や聖典、遺跡の石碑などで語り継がれる伝説のモンスターです」
レーベみたいなモンスターがあと11匹もいるんだ。
しかしそれは逆に言えばその11匹以外はレーベの敵ではないということ。その実在すら怪しい11匹が出てこない限り問題ない。
いや、たとえその11匹が相手でもレーベは先ほどの言葉通り必ず深月を守ってくれるだろうと確信できる。
それはレーベへの信頼であり、レーベから感じる想いのくる確信だ。
「よしっ決めた。ダンジョンのクエスト受けることにする」
ちょうど結論が出ると同時に、ここ1ヶ月泊まっている宿に帰ってきた。
料金はすでに纏めて払っているためなにも言わずに自分たちの部屋に向かう。
「ただいまー」
「うにゃーーーーっ!!」
扉を開けた瞬間、何か小さな生き物が顔に飛びかかって来た。
今日1日宿で留守番していたノエルだった。
確かエイリアンの映画にこんなシーンがあった気がする。
お腹を掴んで顔からひっぺがし、目の高さを合わせるように持ち上げる。
「どうもこやつは置いて行ったことを拗ねているようです」
ノエルの教育担当であるレーベが通訳してくれた。
「悪かったって、今日も放って行って。だってお前、ボクたちが出る時間はいつも寝てるじゃん」
深月の言い訳にも、そんなのは関係ない、と顔を肉球でペタペタ叩いてくる。
「わかったわかった。遊んでやるから」
それっ。とノエルをベッドの上に投げる。クルリと回ってきれいに着地した。
「ほれほれ」
ノエルの目の前で右のひとさし指を素早く左右に振る。
「うにゃっ、にゃっ」
ノエルは、その指を前足で押さえようと懸命に手を伸ばす。
「うりうり、ぴしぴしっ」
「にゃっにゃっ」
たまにヒゲを弾いてやると、さらに夢中になって飛びついてくる。
あ、転んだ。
「それそれっ、ーーあぁ、捕まっちゃったか」
つかまえた指にじゃれつくノエル。
あむあむ、と甘噛みしてくる。
「ほらっ、こっちだっ」
反対のひとさし指を振ってやると、そっちに飛びかかった。
もうすっかり機嫌は直っただろう。
「ほれほれ~。おっ! また立ったな。お前実は2本足で立てるんじゃないか?」
「にーっ」
そうやってしばらくの間、夕食の時間までノエルと遊んだ。




