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無事村へ到着し、依頼人の村長への挨拶はそこそこに早速そのゾンビがいるという墓地へ向かう。
結果としてゾンビは全員男だったので帰る必要はなくなったのだが、
「なんでこんなにやるせないんだろう……」
目的のゾンビたち墓地に入るとすぐに見つかり、――レーベとネルに2秒で取り押さえられた。
1匹はレーベが片腕で木に押さえつけ、残りの2匹はネルが鋏で1匹づつ地面に縫いつけている。
「ネル、深月様がお相手する前にコイツ等の両腕と首を切っておけ」
「オー、任セテ。切ルノハ得意」
「ダメですよそんな事しちゃったら! 深月様の訓練になりませんよ。それとレーベさん力入れすぎです、それだと潰しちゃいますよ。ゾンビは普通の人間よりも腐っている分脆いんですから」
「む。難しいな、これでも精一杯力を抜いているつもりなのだが……」
もうお前等さっさとクエスト達成しちゃえよ。
分かっていた事だけど、ボクの僕たちが凄すぎます。
この従者たちを相手に深月が無理に背伸びしてツッパってカッコつける必要あるのだろうか。
いや、ツッパる必要はまったくないんだけど。逆にボクが前に出るのは足手まといでしかないんだけど。
でも気になる女の子の前ではカッコつけたいというのが男の子。
きっとボクが引きこもってみんなにお金を稼がせる、そんなヒモのようになってもこの従者たちはボクを見捨てないだろう。
ーーでも、
「それじゃあ、みんなとつり合わないんだよなぁ……」
みんなとつり合う男になる。自分でそう決めたんだ。
申し訳ないけど、その時まではみんなの足を存分に引っ張らせてもらおう。
「深月様ー。準備はいいですか?」
腰に差していた少し短めの剣を抜き、萎えかけたやる気をもう一度叩き直す。
「おうっ、いつでもいいぞ! あ、やっぱ待てっ、先にレーベの『神気』で周りの動物を追い払っておこう」
きっとめちゃくちゃ『ミツキフェロモン』出るだろうし、巻き込まれたら大変だ。
「わかりました。ーーでは」
レーベから溢れる圧倒的なプレッシャーに辺りの動物が一斉に逃げ出し、一時騒然となる。
逃げられない押さえ込まれたゾンビたちが、ビチビチと陸に上がった魚のように跳ねていた。――哀れだ。
周りに生き物の気配が無くなったのを確認し、ゾンビが恐慌状態から立ち直ってから、
「しゃーっ! バッチこい!!」
「じゃあ、ネルさん。1匹目放してください」
アイリスの合図でネルが右の鋏で押さえ込んでいたゾンビが解放し、もう1匹を持ち上げその場を離れる。
「おいっ、どこ見てんだ! こっちだこっち!」
大声を上げてゾンビの注意を引く。
先ほどまで自分を押さえ込んでいたゾンビが、声に反応し、深月に焦点を合わせた。新たなエサを見つけたゾンビはゆっくり深月の方に向かって来る。
落ち着け落ち着け。焦らず、いつも通りに。
「先手必勝ッッ!!」
自分から一気に距離を詰めに行く。
アドレナリンが大量に分泌されているためか、普段より集中力が上がり視野が格段に広がっている。『一部ではなく全体を見ろ』アルザの言葉のとおりに、足、腕、目線、その全てから相手の行動を予想する。
迎撃にくるのは、
ーー右の薙ぎ払いっ。
深月は姿勢を低くし懐に踏み込む。鞭のように振るわれた右腕が深月の頭上を通過した。
「おらぁっ!!」
胸骨の隙間を狙って、柄まで一息で突き刺した。
ゾンビは一度短く痙攣した後、糸が切れたかのようにその場に崩れ落ちた。
「よしっ、次っ!!」
やれるっ。この程度なら十分通用する。
もう1匹が解放される。
次も自分から攻めていく。
ーー抱きつきっ。
大きく腕を広げて抱きついてくる相手に、自分から腕の中に飛び込んで、体ごとぶつかって心臓を貫く。
「2匹目ぇ!!」
ゾンビを突き放して剣を抜く。
「次っ、ラストォ!!」
最後の1匹はこれまでより身体が大きく、死後それほど時間が経っていないのか腐敗が少ない。
やることは先ほどの2匹と同じ、攻撃を避けて懐に踏み込んで突き刺す。
ーーーーッッッ!?!?
不意に視界が下にズレた。足下にある塗れた落ち葉を踏んで、少し滑ったのだ。
相手だけじゃなく、周りの状況も見るべきだった。そんなの多人数を相手にする喧嘩で何回もやってきたことなのにっ。
――――間に合えっっ!
相手の一撃より早く剣を届かせるため、そこからさらに踏み込む。
――止まったっ!?
深月の一撃は骨に阻まれ心臓まで届かなかった。やはり一撃で仕留める事を意識し過ぎて、無理な体勢で剣を出してしまったか。
その肉を喰らおうとゾンビの歯が首筋に迫ってくる。
深月はとっさに剣を放し、バックステップ。後ろに飛びながら大きく開いた顎を蹴り上げ、無理矢理閉じさせ、仰け反った無防備になった胸の剣めがけて、浮いているその足で前蹴り。
「くたばれぇッ!!」
心臓まで剣を無理矢理叩き込んだ。
ゾンビは胸に剣を刺したまま、空を仰いで仰向けに倒れた。
「あー、しんど……」
緊張の糸が切れて、深月はその場に座り込んだ。
「スゴイスゴイッ、深月、カッコイイ!」
「おう、楽勝だ」
走り寄ってきたみんなに応える。
「お見事です、深月様。とても初陣とは思えません、鮮やかな動きでした」
「そうですよっ! トラブルにも落ち着いてましたし、ホントに初陣だったんですか?」
「子供同士の喧嘩だけなら、三桁に届きそうなぐらいは経験してるからな。無駄じゃなかったってことだろ」
みんなに囲まれ徐々に実感が湧いてくる。
ボク、勝ったよな。この手でファンタジーのモンスターを倒したんだ。ーーーーやっっったぁぁぁ~~……。
胸には心地よい充足感と高揚感がこみ上げてきた。
ギルドに戻り、依頼人から受け取ったクエスト達成届けを提出、報酬を受け取った後、今朝言われたとおりに支部長に会いにいこうとカウンターで支部長の居場所を聞く。すると「ただいまローワンは来客中で席を外しております。こちらでお待ちください」と応接室に通された。
深月は通された部屋で高そうなソファに身を沈め、一つ大きく息を吐いた。
「お疲れですか?」
思わず吐いたため息にレーベが反応する。
「疲れもそうなんだけど、尻がね……。慣れたつもりだったけど、ちょっと遠出するとまだ痛いな」
王都までの旅路でも散々苦しめられた、馬に長時間騎乗することで起きるお尻の痛み。
みんなどうしてんだろ? 旅の途中に街道ですれ違った、馬に乗った商人を思い出す。
確か座りやすいように馬具を付けていた。
「なぁ、アイリス。鐙だっけか? ああいう馬具付けてもいい?」
「ぜっっったいイヤですッッ!」
深月としては軽く聞いたつもりだったが、予想外の強い否定。
「えー。いいじゃん別に」
「確かに私は深月様に背中を許しました。けど、私はケンタウロスであって決して馬じゃありませんっ。ここは絶対譲れません!」
どうせ乗せるのだから変わらないじゃないか、と深月は思うのだが、そこらへんはケンタウロスである彼女にしかわからない機微があるのだろう。
ともあれ嫌がるアイリスを無視して載せる訳にも行かないし、「早く慣れるしかないかぁ」とため息をついた。
すると、シャツの背中の部分にちょいちょいと突っ張っりを感じる。
振り返ると、ネルがシャツを引っ張っていた。
「ソレナラ、深月ハネルノ背中ニ乗ル?」
背中というのは、サソリの方の背中のことだろうか。
何の気なしにネルの背中を見る。
通常のサソリの何十倍もあろうかというその背中は、深月が乗ってもなんら影響のない耐久力がありそうだ。
「じゃあ、ちょっと乗せてもらおう」
ものは試しと、さっそくネルの背中に登る。
ネルの両肩に手を置いて立ち上がってみる。思っていたよりもずっと安定している。
「チョット歩イテミルネ」
深月を背中に乗せたままゆっくり歩き出す。
脚を前後に出して移動するため、殆ど上下に揺れない。感覚的には自転車の二人乗りに近いかもしれない。
「おお! これは、なかなかいいんじゃないか?」
ただ、急な加速があると振り落とされるであろうことと、バランスを取るのに足の筋力をけっこう使うので、長い時間は持たないだろう。
「次は座ってみよう」
後ろから抱きつくように腕を回して、足を前に出して座ってみる。
「エヘヘ。ギュッ、ッテサレチャッタ」
深月とネルの座高はちょうど同じぐらいなので、ネルの顔の横から深月の顔が出る形だ。
「キャッ。深月、息クスグッタイヨ」
「悪い。気をつける」
呼吸する度にネルの甘い匂いが体の中に入ってくる。
これはヤバい。
普段の深月なら顔を紅潮させ、急いで離れるだろう。
ーーネルの尻尾の先端にある針が、ちょうど後頭部らへんに狙いを定めてさえいなければ。
今は逆に血の気が引いた。
立っている間はおそらくネルが気を使ってくれていたのだろうが、深月が抱きしめるような体勢を取ったことで、ネルの機嫌がアップ。尻尾が元通りに反り返った形を取り、先端が小さく円を描いている。
モンスター娘の尻尾は本人の機嫌とリンクしていることを、深月は今までの経験で学んでいる。
おそらく深月が密着している間はネルの機嫌は高空飛行のままだろうし、何かの拍子に突き刺さるかもしれない。
「……今回は保留ということで」
「エーー……」
どうしてもお尻が痛くなった時だけ、乗せてもらおう。
ネルの背中から降りて、「残念」とうなだれるネルの頭を撫でてやる。
「では深月様、次は私の上にも乗ってみますか?」
待ってましたと次いでレーベが名乗り出た。
あと、レーベの言い方だとなんだかいやらしく感じる。
「どこに乗るんだよ、肩車でもするつもりか」
「それも魅力的ですが、今回は背中です」
レーベはその場で両手と両膝を床につけた。赤ん坊のはいはいの体勢だ。もしくは四つん這いだ。その姿勢でお尻をこちらに向ける。
「この時点でもう色々やべーよ」
身長の高い美女が四つん這いになるだけで、まさかここまで背徳的な画になるとは。見た目裸学ランが、危なさをかなり加速させている。もう規制した方がいいんびゃないかというレベルだ。
「さぁ深月様、どうぞっ」
早く乗れとお尻をフリフリ揺らすレーベ。
この場面を他人に見られだけで、深月の評判は終わったも同然だろう。
正直かなり気が引けるが、一度乗ってやらないことには、この従者は引かないだろう。
しぶしぶながら深月はレーベの背中に跨り座る。
「今スゴい危ない、ギリギリアウトな画になってますよ……」
アイリスにわざわざ言われなくてもわかってるよ……。
「んっ。深月様、私の乗り心地はいかがですか?」
なんでこいつはわざわざ危険な言い回しをするんだろう。わざとじゃなかろうか。
「いや、いかがですか? って聞かれても……。普通に人の背中の乗り心地としか言えねーよ」
「では、少し歩いてみますね」
「やっぱ安定悪いぞコレ。これならいつぞやみたいに抱えられた方がマシだ」
「そうですか……。ーーいいえ、まだですっ。どこか掴まる場所を探してみてください。尻尾などはどうですか?」
「いやもう諦めろよっ! なんでそこまで頑なにこの体勢に拘るんだよっ!」
ツッコミを入れながらも、レーベの言うとおりに尻尾を掴む。こうなったレーベはなかなか諦めないのだ。
レーベの尻尾はドラゴンのそれによく似ていて、ある程度の太さと強度がある。
「あんまり変わんねーな。身体を後ろに反らさないと尻尾掴めねーし、むしろ重心が後ろに寄った分余計不安定になったかも」
「くっ……。残念です……」
レーベはまるで血を吐くような声色で悔しがる。
「なんでそこまで残念そうなんだよ。この危ない体勢のどこが気に入ったんだ?」
するとレーベは頬を赤らめて、
「この体勢だと深月様と私の関係である『主とその下僕』がより一層強調されてーー」
なにを想像しているのか、ハァハァ、とレーベの息が荒くなっていく。
「うわぁーーー……」
隣で聞いていたアイリスは引いている。
深月ももちろん引いた。
「そ、そうか。じゃ、じゃあもういいなっ。もう尻尾放すぞ」
早くレーベを現実に引き戻さなくてはと、深月がレーベに声をかけたその時、
「緒方深月様、支部長が面会の準備が整ったと――」
ガチャリと扉が開き、受付嬢のエナが顔を覗かせた。
瞬時に凍り付いた空気。
部屋には顔を赤らめ、息を荒くし四つ這いになった凛々しい美形の美女(裸学ラン、首輪装備)。そしてその上に乗って美女のお尻から生えているアクセサリーを掴み、無理矢理歩かせ、お馬さんごっこを強いている鬼畜。
真実はまったく違うのだが、エナから見たら間違いなくこう見えているだろう。
せめて後10秒、扉を開けるのを待ってくれていたら。しかもよりにもよってこの女に見られるとは。そう思わずにはいられない。
だがしかし、この絶体絶命の窮地において、深月は意外なまでに冷静だった。「ピンチな時ほど焦らず頭はクールに」これも一ヶ月続けてきたアルザとの特訓の成果だった。
大丈夫だ。落ち着いて話せば誤解は必ず解ける。何も難しい事はない。ただ真実を話せばいいだけだ。
――ボクはまだ死んでいない(社会的な意味)。
幸いといっていいのか、エナはあまりのショックで呆然としている。
「まずは落ち着いてくれ、今アナタが考えている事は誤解なんだ」
深月はできるだけエナを刺激しないようにゆっくりとレーベから立ち上がる。
「ボクはただ――」
この最初の一言は重要だ。ただ簡潔に事実だけを述べなければ。
「コイツの乗り心地を確かめたかっただけなんだ」
「いやぁぁぁぁーーーーーッッッ!!」
エナは絹を裂く悲鳴を上げて走り去って行く。
――――しまったぁっっ、言葉のチョイスを間違えたかっ!?
このままエナを行かせたら、深月の世間体に地面を突き抜け地獄の底まで堕ちてしまう。なんとしても誤解を解かなければ。
急いで後を追う。
「おい待てっ、誤解だ! 話を聞けっ!」
「話しもなにもっ、何をしていたかなんての一目瞭然じゃないですかーーーーっ!」
「それがお前の勘違いだって言ってんの! だいたいテメーっノックしてからすぐに入ってくるのおかしいだろーがよっ!! そしたらこんなメンドクサい事にならなかっただろーがっ!!」
「ノックして返事を待たなかった私も悪いですけどっ、わざわざあんな所であんなハードなプレイしているアナタも悪いじゃないですか!!」
「大きな声でそんな人聞き悪い事言ってんじゃねーぞ! そんな事してねーつーのっ!!」
「やめてっ、来ないでさわらないでっ! 私来月結婚するんですーーーーっっ!!」
「だから誤解だっつてんだろーがーーーーーっっ!!」
お互い声は張り上げ、ギルドの中を全力で追いかけっこする羽目になってしまった。




