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『昼の影』のメンバーと別れた深月たちはそのままクエストを受けにギルドへと向かった。
朝日を浴びるため外に出てきた人たちや、庭先の掃除をする人、今日の仕込みをする露店、そんな寝起きの街の中を通ってギルドに到着する。
木製の大きな扉を開けて中へ。
「んん?」
ギルドは基本的に、ある一定の時間帯しか手に入らない素材や夜行性のモンスターを狙った夜間のクエスト、遠出し帰ってきた冒険者などの都合で、いわゆる24時間営業である。
もちろん最近の深月たちが来ている早朝も空いているのだが、普段の早朝は職員を除けば人は疎らにしかいない。
そのはずなのだが、今日はどうしたことかまるで昼間のように賑わっていた。
「どうしたんでしょう、なにかあったんですかね?」
「さぁ? 報酬1.5倍デーとか?」
アイリスと言葉を交わしながら見渡す。どうやら集まった人たちはみんな掲示板に注目しているようだ。
「あー……くそっ、見えねーなー」
精一杯背伸びして伺うも、平均よりちょっとだけ身長の低い深月では集まった冒険者たちに阻まれ掲示板は見えない。
しかし、だからといってこんな密集している冒険者の間を押し退け前にでようとも思わない。だってムサいじゃん。
視認を諦めて、深月はみんなが集まっている掲示板は、普段なにを掲示していたっけ? と頭をひねるも何も思い出せない。最低ランクのFランクである深月では、クエスト達成のために情報が必要になることが少ないので、低ランクの掲示板以外にはそもそも目を向けたことすらなかったかもしれない。
「あそこってなに掲示してたっけ?」
こんな時は冒険者の先輩でもあるアイリスに聞いてみる。
「あそこの掲示板は確か……、参加人数無制限のクエストとか緊急クエストですとか、そういうなにか特別なクエストですね」
「へー、『特別』なクエストねぇ」
『特別』と聞くと途端に興味が増してきた。
さっきの報酬1.5倍デーではないが、もしかしたら普段よりもかなり色の付いた報酬が期待できたりするかもしれない。
そういえば昔から特別だとか限定だとかその手の言葉に弱かったなと、自分でも思う。あまりに特別限定キャッチフレーズにほいほい釣られるため「お前は女子か?」とある友人にツッコまれたこともあったぐらいだ。
今から考えるとすげー偏見だなと思う。
「『神気』で散らしますか?」
どうにかして見えないもんかと思案中の深月に、レーベから魅力的な提案が出されたが、色々と問題が出るので却下。
「ンー……見エナイヨー」
そして、さっきから深月の隣で目を凝らしたり背伸びしたりして、なんとか掲示板を見ようとしていたネルがとうとう痺れを切らした。
蠍のハサミで人を押し退け人混みの中に入ろうとする。
「なんだよ、押すなーーっってっうわおぉぉ!!」「おいっちょっと道開けろ」「うお! ギルタブリル!?」
今まで掲示板の情報に集中していた冒険者たちは、突然現れたAランクモンスターにその場で軽くパニックになり道を開けていく。
流石Aランク。と思いながらこれ幸いと深月たちもネルの後に続いていく。
そしてなんなく最前列に到着。
「よしよし、よくやったネル。撫で撫でしてやろう」
「ワーイ!!」
深月はネルの頭をわしゃわしゃ撫でてやる。
ネルは喜び尻尾を小さく回す。するとそれにビビった冒険者たちはさらに輪を広げる。従者への労いと快適さを確保する一石二鳥の作戦だ。
「クッ……。深月様ッ、私なら一瞬でこの場にいる人間全員を消し飛ばしてやることができます!」
「レーベさん。それ、このギルドも消し飛んでますよね……」
レーベがなにか危険なアピールをしてくるが、アイリスがツッコんでくれた。まず殺《や》っちゃったらだめなんだけど。
そして例の掲示板の内容はというと、
「ダンジョンねぇ……」
撫でわまして乱れたネルの髪の毛を手櫛で整えながら、掲示板を読む。そして目を細めて髪を梳かれるネルが超可愛い。すでに整え終えたのに止められない。
掲示されている内容を要約すると、ここ――リーフェリア――の近くで新たに『ダンジョン』が見つかりその調査に関するクエストだった。
「えっと、『ダンジョン』というのはですねーー」
「待て待てっ。確かマニュアルに書いてあった気がする」
説明しようとするアイリスを深月は慌てて遮る。
「神話の時代に作られた遺跡、そのほとんどが神話の時代から現在まで効力の続く高度な『隠匿』の魔法がかけられていて、たまにしか発見できない。ーーだったっけ? スゴいマジックアイテムやら魔導武具がある可能性が高い、ってゆーやつ」
記憶の引き出しからなんとか取り出した『ダンジョン』を言葉にしてみる。
「偉い偉い。ちゃんとマニュアル読んだんですね」
アイリスに頭を撫でられて誉められた。
子供扱いすんじゃねーよっ。と噛みつきたかったが、全部丸投げしてきた今までが今までなので、あまり強く出られない。
顔をしかめて甘んじて受け入れる。
アイリスが深月を撫で、深月がネルを撫でるという変な構図が成立してしまった。
深月は憮然とした表情で撫でられた後にもう一度掲示板に目をやる。するとさっきは気付かなかったが、下の方に――、
『参加条件 ランク:Cランク以上』
「……これボク受けれねーじゃん」
くそう。せっかく『ダンジョン』なんて男子ハートをくすぐる素敵ワードが出てきたのに。
「ホントですねー。Cランク以上ですか、かなり難度の高いダンジョンみたいですね」
「私に命令していただければすぐに深月様を困らせるその文字列を消して見せましょう」
「お前ギルド脅す気だろ? 冒険者ライセンス没収されて出禁になったらどうするつもりだ」
レーベはとにかくなんとしても深月に褒めてもらいたいらしい。
まぁ、そんなところも可愛いのだが。
ベシッとレーベの後頭部にツッコミのパーを入れた後に、ポンポンと撫でてやる。表情は変わらなかったが尻尾が大きく揺れた。いや、よく見ると頬が緩んでる。
「深月ガ行キタイナラ、ミンナデ、行ク?」
なるほど。クエストとしてではでなく個人で勝手に行くということか。
いくら危険な場所だとしても、こちらには最強Aランクモンスターであるギルタブリルのネルと、そのギルタブリルと同様のAランクモンスター、ドラゴンを文字通り片手で捻ることができる、なにかよく知らないがとにかく凄そうな『三神獣』の一角、ベヒーモスのレーベがいる。この二人が入ればそうそうピンチに陥ることはないと思うが、
「……止めとこ。モンスターだけじゃなくてトラップとかもいっぱいありそうだし、まだまだ経験不足のボクたちじゃキツいだろ」
「そうですね。せめてパーティに『探索者』か『発掘者』のジョブがいないと」
はい、撤収撤収。とその場を退いて、いつもの見慣れたFランク掲示板に向かう。
『ダンジョン』の代わりとなる素敵ワードは無いものかと、依頼を次々と流し読みしていく。
すぐに引っかかるワードが見つかった。
依頼内容:ゾンビ3体の討伐
報酬:新金貨1枚 銅貨5枚
依頼人は帝都から少し離れたところの小さな村の管理人となっている。
「ーーゾンビ?」
ゾンビって、噛まれたりひっかかれたりするとウィルスに感染しちゃうあれですか。頭を潰すまで動き回り、ただ本能のままエサを捜し求めたりするあれですか。
「なぁ、このゾンビってさ……」
「ゾンビはランクF+のモンスターですね。力は非常に強いですが動きが鈍く、倒し方も明確にわかってますので同じF+のゴブリンより初心者向けのモンスターとされていますね」
やっぱりこの世界のゾンビはモンスターなんだ。しかも雑魚モンスター。きっとこの世界の住人はお化けとか幽霊とかそういう心霊系は恐くないんだろうな。
それはそうとして、ーー初心者向けね。
「よしっ。今日のクエストはこれにする」
「はっ!」
「わかりました」
「ガンバルゾー」
掲示板からクエスト用紙を剥がしカウンターに向かう。
「このクエスト受けます」
「用紙は机の上に置いといて下さい、後はこちらで処理しますので。そして変態鬼畜テイマーは私の2メートル以内に近寄らないでください」
さぁ、勢いつけてクエストに向かうぞ! っとしたが、
受付にいたのは、深月の冒険者登録の際に手続きを担当してくれた、茶髪でメガネのお姉さんだった。深月に『いかがわしいプレイでモンスターを調教する鬼畜』のイメージを定着させた一因でもある。
あの後何度かクエストの受付などを担当してもらったいるが、未だこの状態なのだ。
「あ、アンタなぁ……、いい加減慣れろや! いつまでも人の事を変態呼ばわりしやがって、ホントに犯してやろうかこのクソ女っ」
「キャーーー! 犯されるぅーーーーー!!」
「おうわぁっっ!? 冗談ッ冗談ですっ! だから叫ばないでっ、さらにボクの悪評が立つだろうが!!」
「何人もの女を調教して堕としてきたその手で触ろうとしないでください!!」
「そんなことしてねーよっ!! ぶっ飛ばすぞッ!」
「エナ君、アレン君から連絡はーー、なにをしているんだい?」
危うく『鬼畜調教師深月』の称号を得ようかという時、深月をピンチを救ったのは長いローブを着た黒縁メガネの男だった。
「支部長!」
「なにか騒がしいけど、どうかしたのかい?」
「あ、え、えっと……」
受付嬢のエナーーそんな名前だったんだーーが言い淀む。
流石に一般冒険者を明確な理由も無しに変態鬼畜呼ばわりしているとは上司に言いづらいのだろう。
すると男は、女と深月、そして深月の後ろにいるネルを見て、なにかに思い至ったのかクスクス笑った。
「あ~、成る程。君が最近話題になっているモンスターテイマーか」
男は値踏みするかのように――事実しているのだろう――深月たちを見る。
「私はローワン・アイニール、冒険者ギルドのテオアドム支部の支部長、ここの責任者をしている者です」
自己紹介をしながらも深月たちの観察を続けていた男が、レーベの方を見た瞬間動きを止めた。
「なんスか?」
バレてはメンドクサいことになる秘密を色々と持っている深月は、どうしても警戒心が出てしまい男の挙動で何か感づかれたのかと構えてしまう。
それに対してローワンと名乗ったここの責任者は、深月の質問には応えず、質問で返す。
「君はこれからクエストかい?」
「……そうですけど」
「そう。それじゃあそのクエストが終わったら少し時間をくれないかな? 一つ提案したいことがあるんだ」
いきなりの誘い。これでなにか裏が無い方がおかしい。
深月がどう返事をしようか思いあぐねていると、
「そんな警戒しなくても大丈夫。君たちにとってプラスにしかならない提案だから」
それじゃ、頼んだよ。ローワンはそれだけ言うと軽く手を挙げて奥に戻っていった。




