決戦前夜祭、優しさ。
それからというと、訓練漬けの毎日であまり互いを思い出す時間はなかった。
人間界に残した家族、友達、そして、街を救うため、日々努力した。
すると、二人は化け物級の魔力を得ていた。
しばらくして、スラカとトハの侍従により、二人の知らない間に日にちが決まった。
トハの城での前夜。
そこでは宴が開かれ、城に住む全ての者が参加した。
城の中はすでに酒の匂いで充満し、未成年の春彦にはキツい場所と化した。
その場所から逃げるため、城の外が一望出来るバルコニーに出た。
なんだかよくわからない甘い飲み物を片手に、秋彦とのことを思い出す。
いつも如何なる時も一緒に居た兄。
それが、明日は向かい合って戦う。
僕に、それが出来るだろうか…。
不安と少しの恐怖。
頭をよぎるのは死。
それも、自分の死ではなく、他の者の死。
戦いなんて、何も生まないのに…。
「どうしました?春彦さん。」
一人寂しく夜空を見上げていたら、不意に声をかけられた。
「トハさん…。」
「一人じゃ、寂しいでしょう?」
そう言ってトハは春彦の横に並んだ。その手にはワイン。トハも酒の匂いを纏っていた。ただ、ほろ酔い状態の美しい乙女というのは、色気を発するもので、酒の匂いなど、ほんの飾りのようなものだった。
「いよいよ明日ですね。スラカ、元気かしら。」
フフ、と微笑むトハ。
「トハさん…。怖くないんですか?」
春彦も不意に質問する。
「あら、なぜ?」
質問を質問でかえされた。
「いや、だって…。死んでしまったらお終いなんでしょう。いくら神様だからって、蘇ることは出来ないのでは…。」
そんな自分の意思で戦ってない人の命なんて、奪えない。
「僕は…。」
「大丈夫よ。私の仲間は、そうねぇ、いわば、主神のゼウス様の魂なの。だから、死ぬ、というよりも、ゼウス様の元に戻る、の方が正しいわ。それはスラカの方も同じ。もっとも、私とスラカは元々、鳩と烏だったから、死ねば、死ぬわよ。でも、死ぬのは時間の問題。そう怖い事でもないわ。」
酒に酔っていて、はっきりしていないが、その後の笑顔で、スラカへの想いが伝わる。
死ぬのは、嫌だ。
でも、相手が死ぬのも、嫌だ。
「平和が、一番ですね。」
ボソッと呟いた春彦。
「ええ、そうね。」
無責任に呟いたトハ。
みんな、想いは一緒なんだ。
不安と少しの恐怖と、ほんの一握りの、希望。
僕はその希望を信じよう。
そう思った。
気付けばトハが酔い潰れていた。春彦が他の者を呼び、部屋に運んだが、春彦は二日酔いしないか心配でならなかった。
後から聞くと、この世界では二日酔いは存在しないらしい。