蒸発する現実
現実と虚像
男の目が覚めたとき、雨は止んでいた。
「!!」
男は傘を杖に立ち上がる。
お尻のひんやりとした感覚や衣服に着いた土など気にも留めず、周囲を散策する。
闇に包まれた市役所近辺。
男は周囲を散策する。
使えるものが残っていないか探しているのだ。
背後に人の気配を感じた男が振り向く。
そこにはゴリラが居た。
黒い体毛。筋骨隆々の丸い体躯。
いつか動物園でみたようなものよりも圧倒的に腕が大きい。
男は黒い傘を持ちながら逃げた。
幸い、追ってはこなかった。
雨は降っていない。
しばらく進み、走るのを止めた。
「…………」
背後へ振り返るも誰もいない。
ただ闇が拡がっている。
月光が建物を照らす。
これほど美しく感じる月はないだろう。
街中へ戻る。
せっかく雨が止んだというのに誰も出てこない。
電気が生きている場所がひとつ。
それはビルの一階にある筋トレ用のジムである。
火に飛び込む虫のように近づく男。
半透明のガラスから中を覗くとゴリラがバーを上下に動かしていた。
「…………」
男は目を離して、歩みを早めた。
何が起こっているのか。
傘は濡れている。
滴り落ちる雫は無音の夜に溶け込んで消えた。
雨は止んでいる。
「…………」
男は居住しているホテルに戻る。
水は引いている。
床に魚もいない。
ただ、雨の気配だけが寄り添っている。
しかし、雨は止んでいる。
男は傘置きに黒い傘を入れて、浸水のない二階に上がる。
「…………」
男は誰もいない、暗いホテルのフロントを見渡す。
右に歩いて、突き当り。三番目の扉を開ける。
オートロックも死んでいるため、開いたままである。
濡れた衣服を脱いで、水を切って外で干した。
物置と化した小さな冷蔵庫から飲料水を取り出す。
バスタブの水から飲んだほうが良いのかもしれないが、気が引けた。
外が静かだ。
のっそりと徘徊するゴリラ。
あれは何なんだ。
外を見ていた男はやがて上空の方へ目を向けた。
「…………」
綺麗な月だ。
久しぶりにみるとその存在の違和感と迫力が大きいものだ。
男は周波数を合わせてみるもラジオが通ずることはなかった。
路面は濡れている。しかし、水が引いている。
男は景色をみようと考え、最上階まで上がった。
誰もいないホテルの闇を進む。
雨は止んでいる。
月が明けている。
風は凪いでいる。
都市は死んでいる?
明かりがポツポツと点いている。
男はホテルを抜け出し、向かい側の建物でブレーカーを戻し、電気を付けてみた。
「…………」
電灯は死んだままだ。
男は技師を探しに、電気の付いている場所に向かった。
念のために黒い傘を持って。
男は明かりへと進む。
もしかして、他にも同じような人がいるかもしれない。
「おお…………若いの、昼の子じゃ」
ゴミ箱を漁る老人から話しかけられる。
「…………」
まだ飢えているのだろうか?
「これはお礼じゃ…………」
手を握る老人。冷たい指からは生を感じられない。
それは古びたお守りであった。
「…………ありがとう」
男が前をみたとき、老人は姿を消していた。
「…………」
雨は止んでいる。
導きの星




