絶対してはいけないこと
【シーン1:平行線の対峙】
マクシミリアン王子がサフィリア連合国公邸に到着した。
当初、公邸側はエレオノーラへの面会を拒絶したが、王子が「国王からの親書」を盾に強引に詰め寄ると、渋々ながらも奥へ通された。
謁見室で待っていたのは、ジュリアン王子一人だった。エレオノーラの姿はない。
「エレオノーラはどこだ」
「……自分の仕出かしたことを理解しているのか? どの面下げて彼女に会おうというのだ」
ジュリアンは忌々しげに親書へ目を通し、鼻で笑った。
「随分と勝手な話だ。国益に資すると気づいた途端にこれか。よくもまあ、こんな厚顔無恥な要求を届けられたものだな」
「だ、黙れ! 私は謝罪に来たのだ。エレオノーラに合わせろ!」
「彼女の気持ちを考えろ! 衆人環視の中での婚約破棄、泥棒呼ばわり、国外追放宣言……。謝罪など不要だ。この国が彼女を貶めるというのなら、私が責任を持ってサフィリアへ連れて行く」
マクシミリアンの表情が怒りで歪んでいく。
望むものはすべて与えられて育った彼にとって、他国から糾弾される経験など皆無だった。
「私の言動への非難は甘んじて受けよう。だが、我がノヴァリス王国を侮辱する発言は許せん!」
王子は理性を失ったかのように大声を張り上げた。
「エレオノーラ! 聞こえているか! 私は謝りに来た! 出てきて私の謝罪を受け入れろ!」
【シーン2:正論という名の凶器】
その時、重厚な扉が開き、エレオノーラが姿を現した。
「……殿下。他国の公邸で声を荒らげるのはおやめください。私に頼み事があってのこととは承知しておりますが、謝罪は不要です。どうぞお引き取りください」
「なぜだ! いつもなら、どんな喧嘩をしても最後には許してくれたではないか。なぜ今日に限って余の気持ちを察してくれぬ!」
「……殿下は、以前までは私の言葉に耳を傾け、自ら考え、反省してくださいました。過ちを犯しても、誠実に心を通わせようとする……それが殿下の美徳でしたわ。でも、今は違います」
エレオノーラは、射抜くような視線をマクシミリアンに向けた。
「今の殿下は、ただこの場を取り繕うためだけに言葉を紡いでいらっしゃる。納得もしていない、心にもないことを、誰かに無理やり言わされている……そう感じます」
「余が……誰かに命じられた九官鳥だと申すか!」
図星だった。だからこそ、逆上した。
「今、殿下は国王の名代としてここにおられます。王命に従うのは臣下として当然の務め。ですが、殿下ご自身は父王の真意を微塵も理解しておられない」
マクシミリアンは下唇を噛み締めた。父の願いは関係修復。だが、自分にはそんな気は毛頭ない。
エレオノーラは静かに、だが残酷なほど的確に続けた。
「王の意図を汲み、共感し、実行する。その積み重ねが王としての資質を高めるのです。……どうされたのですか。あなたは今、大切なものを失っている」
「……何を言うかぁぁぁ!!」
マクシミリアンが激昂した。
「お前の言うことは、いつも正しい! それに引き換え、俺はいつもお前に正されてばかりだ! それで俺が喜ぶとでも思ったのか!?」
エレオノーラは息を呑んだ。
「常に自分を否定され、お前に従わされる。何かを思いついても、実行する前にお前に論破され、屈服させられる! 俺の矜持は、お前の正論によってズタズタにされてきたのだ!」
(そんな……私はただ、この国の将来を想って。殿下が立派な王になれるよう、支えていくつもりだったのに。それが、彼をここまで追い詰めていたなんて……)
「正しいこと」だけが、正解ではなかったのか。
【シーン3:暴走する紅蓮】
絶望に沈むエレオノーラとは対照的に、マクシミリアンの魔力は異常な高まりを見せていた。周囲に火の粉が舞い始める。
「マクシミリアン殿下、おやめください! ここでの魔法発動は、サフィリアへの軍事介入と見なされます!」
「分かっている! 分かりきったことを、分別のない子供を諭すように言うな! そうやって余を馬鹿にするなッ!」
マクシミリアンは、爛々と光る赤い瞳でエレオノーラを睨みつけた。
「お前は余の失言や言葉足らずを監視し、常に上から目線で訂正してきた。余の名声と威厳を削り、自分好みの操り人形にしようとしていた企みは明白だ。……成敗してくれる!」
周囲の火の粉が爆炎へと変わり、エレオノーラを目掛けて放たれた。
炎は瞬く間にカーテンに燃え移り、天井を舐め、豪華な謁見室は一瞬にして焦熱の地獄へと変貌した。




