グイグイ来るぞ、隣国王子
【シーン1:絶望の底で】
王立リセウムの卒業謝恩会。華やかな貴族子女がひしめくその中心で、エレオノーラは婚約破棄を突きつけられた。 まさに青天の霹靂だった。
(なぜ……? 私はこの国のために産業を学び、地政学を修め、魔法を磨いてきた。殿下の許嫁として、彼が立派な国王になれるよう、勉強も予習復習もすべて支えてきたのに。ようやく卒業して、これから恩返しができると思っていた矢先に、どうして……)
情けなくて、視界が滲む。なぜこれほど大勢の前で、身に覚えのない罪を数え上げられ、辱めを受けなければならないのか。 嘲笑を浮かべてこちらを見る者、興味本位で眺める野次馬。親しい友人たちは、この場で最も身分の高い王子に逆らえるはずもなく、悔しげに俯いている。
誰も助けてくれない。消えてしまいたい。 絶望に押しつぶされそうになったその時、一人の男がマクシミリアンとの間に割って入った。 隣国サフィリア連合国からの留学生、ジュリアン・エクトール・ド・マルセル王子である。
「マクシミリアン殿下。公衆の面前で論じるべき内容ではありません。殿下の品格を貶めることになります、自重なさい」 「……フン、言ってくれるなジュリアン殿下。私には、評価を不当に奪われたリリーナを救済する使命があるのだ」
ジュリアンは冷徹な光を瞳に宿し、静かに頷いた。 「左様ですか。ならば、こういたしましょう。エレオノーラ嬢との婚約は、現時点をもって解消。彼女の魔法レベル認定はすべて剥奪し『レベル0』とする。その上で、我が国が責任を持って彼女を国外へ連れ出す……ということで、いかがか?」
「ああ、それで十分だ! とっととその女を連れて行くがいい!」
「承知いたしました。ならば彼女は、我が妃としてお迎えすることにしましょう。二度と殿下の御前に現れぬよう手配いたしますので、今宵はこれにてご容赦を」
ジュリアンはくるりと背を向け、エレオノーラの手を引いて出口へと歩き出した。 混乱する頭で、彼女はただ、差し出された手の温もりだけを頼りにその場を後にした。
【シーン2:甘すぎる救済】
サフィリア連合国の公邸に保護されたエレオノーラは、侍女のシンディが用意した温かい飲み物で、ようやく人心地がついていた。
「国のためだと思って頑張ってきた私の行いは、すべて邪魔だったのかしら……」 心にぽっかりと穴が空いたような虚無感。だが、悲しんでいる暇はない。
(「妃」に「国外追放」……。もう、二度と祖国には帰れない。私は、物や犬のようにやり取りされたのね。公爵家の令嬢として、国の宝とまで言われた私が、こんな扱いを受けるなんて……)
「……っ」 堪えていた涙が溢れ出した。隣にいたシンディが、そっと肩を抱く。 「よかったです。ようやく涙を流せましたね、お嬢様」 「ありがとう、シンディ。……おかげで、これからのことを考えられそうよ」
そこへ、控えめなノックの音が響き、ジュリアン王子が入室してきた。 彼はエレオノーラの前に膝をつくと、情熱を孕んだ瞳で見つめた。
「お加減はいかがですか。……ようやく、その瞳に光が戻りましたね。エレオノーラ、あんな愚か者のために涙を流す必要はありません。彼は今日、この世で最も輝かしい**『国の心臓』**を自らの手で抉り出し、捨て去ったのです」
「殿下、私は……」
「いいですか。私はあなたを憐れみで連れてきたのではありません。魔法レベルなどという数字では測りきれない、あなたという唯一無二の奇跡に、あの日からずっと魂を奪われていた。……あなたは『物のようにやり取りされた』と仰ったが、それは違います。私は今日、この命を賭して、世界で最も尊い女神を『強奪』したのです」
エレオノーラの顔がカッと赤くなる。ジュリアンは構わず続けた。
「私の国へ来てください。そこでは、誰かのために無理に学ぶ必要はありません。ただあなたが微笑み、望むままに魔法を振るうだけで、我が国民はあなたを慈愛の象徴として称えるでしょう。一人の男として誓います。あなたの失った地位、居場所……そのすべてを、私の愛で何千倍にもして塗り替えてみせる。どうか、私の隣で歩んでいただけませんか?」
(……あれ? この人、さっきまでの私たちの会話、全部聞いてたわよね?) シンディは背後で冷静に分析していた。 (しかも、侍女の私がいる前でよくもまあこれだけ恥ずかしいセリフを。うちのお嬢様が、そうやすやすと……)
シンディが隣を見ると、エレオノーラの瞳は、これまでに見たことがないほどキラキラと輝いていた。
「シンディ、聞いた!? 私を『女神』ですって……! 結果を見てくださる方が、ピンチの時にあんなに格好よく助けてくださって……!」
(アチャー……。お嬢様、そういえば5歳からあの馬鹿王子と婚約してたせいで、一度も男の人に口説かれたことがなかったんだわ。免疫ゼロの純粋培養……!)
婚約破棄されたその日に、あまりにもチョロすぎる。 「お嬢様、それはあまりにチョロすぎです……」 という言葉を飲み込み、シンディは勢いだけで突っ走ろうとする主人の行く末を、深い溜息と共に見守るのだった。




