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第6話 迷いの羊と私

 礼拝堂の室内に響くパイプオルガンの奏楽。


 それが一気に空気を変えた。


 少しざわついていた雰囲気も一気に静まり、みんな前を向いて人によっては手を握ったり頭を垂れて目を閉じている。


 皆さん、神様に向き合ってるんだ。


 神様の存在はよく分からないけど、そこには確かに神様を信じ敬う人たちの姿があった。


 50歳くらいのスーツを着た男性が前に立ち、週報に書かれた式次第に則ってその人が礼拝を進めていった。


 讃美歌を歌い、お祈りをし黙祷をする。


 主の祈りや交読詩編など、みんなで声を出す場面もあり戸惑ったけど、塩見さんがそれらを書かれた箇所を都度教えてくれたので、私も何とか見よう見まねでついていった。


 一方的に言われることを聞くだけでなく、こちらも声を出したり歌ったりする。


 そうやってみんなでひとつの礼拝を作り上げていっている。


 そんな風に感じた。


 私もそこに参加させてもらっている。


 そう思うと、私はここで受け入れられているように感じた。


 ある程度礼拝が進んだところで、聖書の一部を読む場面があった。


 読み上げる人は礼拝の出席者で、その人は講壇に立ちゆったりと読み上げていく。


 今回読み上げているのは『ルカによる福音書10章1節から7節』とあり、この分厚い聖書のどこに書いてあるんだろう?と探していると塩見さんが小声で教えてくれた。


「新約聖書の138ページ、下段ですよ」


 こういうサポートが本当にありがたい。


 聖書は初めて渡されたときにその分厚さに怯んだけど、前半の2/3は旧約聖書、後半の1/3は新約聖書とあった。


 この違いが今はよく分からないけど、教えてもらったページ数を開き、読み上げられてる箇所を目で追う。


 どうもイエスが罪人と呼ばれる人たちと食事を取ってることを咎められて、反論するシーンらしかった。


「あなたがたの中に、百匹の羊を持っている人がいて、その一匹を見失ったとすれば、九十九匹を野原に残して、見失った一匹を見つけ出すまで捜し回らないだろうか。 そして、見つけたら、喜んでその羊を担いで、 家に帰り、友達や近所の人々を呼び集めて、『見失った羊を見つけたので、一緒に喜んでください』と言うであろう。 言っておくが、このように、悔い改める一人の罪人については、悔い改める必要のない九十九人の正しい人についてよりも大きな喜びが天にある。」


 ……要は、迷った羊がいたら他の99匹の羊を置いて探しに行く、ということか。


 この話がどう罪人に繋がるのかピンと来ないなと思ってると、その後榊原牧師が教壇に立ち、この場面を噛み砕いて説明をし始めた。


 これを礼拝で説教と言うらしい。


「これは例え話であり、ここでは羊飼いは神様、羊たちは私たちを意味しています。羊は群れて守られないと生きていけない。でも人は迷い、神様から離れてしまうこともあります。神様はそのように自分から離れ迷った羊がいれば、他の99匹の羊を置いて探しに行かれます」


 榊原牧師の言葉が続く。


 ボーッとしながら聞いていると、次の言葉が私の心に刺さった。


「迷い罪を犯した人間も、それを悔い改め立ち直れば、神様はそれを受け入れ赦し、喜びとしてくださいます」


 迷い罪を犯した人間も、悔い改めれば赦してもらえる……。


 そのとき私は、直人のことを思い出した。


 仕事を言い訳に無理を強い、たくさん我慢させてしまった直人。


 それに甘えきっていた自分。


 そうやって直人を傷つけた私を、神様は赦してくださるんだろうか。


 そう考えると、鼻の奥がつんと痛くなり、涙が溢れそうになった。


 ヤバイ、ここで泣くわけにはいかない。


 チラリと隣の塩見さんを見たけど、塩見さんは前を向いて一心に榊原牧師の言葉に耳を傾けていた。


 この時間はもしかして、それぞれが自分の心に向き合う時間なのかもしれない。


 そう思い、私は滲む涙をハンカチでぬぐった。




─────────────────────



 そうして説教は終わり、お祈りと讃美歌、そして献金があった。


 今回はきちんとかごに献金袋を入れる。


 ちょっとそれが誇らしくもあり、ありがたい気持ちにもなった。


 その後全員が立ち上がったので、私もつられて立ち上がると、榊原牧師が右手を上げいつもより張りのある凛とした声で宣言した。


「願わくは、主イエス・キリストの恵み、神の愛、聖霊の交わりが、あなたがた一同とともにありますように」


 牧師が言葉を結ぶと、礼拝堂の空気がふっと静まり返った。


 わずかな間を置いて、全員が声を揃えて応えた。


「アーメン」


 そして響くパイプオルガンの奏楽。


 それらに包まれながら私は目を閉じた。


 ここには確かに信仰がある。


 神様に向き合い、自分に向き合う、それはとても不思議で、でも確かに自分のなかに宿る感覚。


 自然と湧き上がってくる何とも言えない感情に、私は言葉を失っていた。



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