第5話 静かな朝、響き始める音
年末年始の休みもあっという間に終わり、すっかり生活は日常に戻った。
年末の慌ただしさは多少は落ち着いたけど、客先からのメールや社内チャットが飛び交い、合間にシステム部からの内線がかかってくるなど息つく暇もない。
ふと空いた時間に直人のことを思い出し胸がきゅっとするけど、感傷に浸る間もなく仕事がやってくる。
体はしんどいけど精神的にはこっちの方が楽かもしれない。
地元の友達と会った時も話を聞いてもらい、結局失恋に効くのは時間薬か新しい恋と言う結論に落ち着いて、別れは悲しかったけどこれ以上じたばたしても仕方ないと腹を括ることにした。
でもたまに、ふっと心の中をすり抜ける隙間風。
週末に持て余す時間。
そういえば仕事一筋で趣味のひとつも持ってなかった。
私から仕事を取り上げたら何が残るんだろう?
私の居場所ってどこかにあるんだろうか?
そんな思いが徐々に膨らんでいったとき、ふとテーブルの上に置いていた100円ショップのキャンドルが目に入った。
その時、あの暖かくて穏やかな時間が私の中で甦った。
そうして1月の後半の日曜日、私は思いきって行友教会の礼拝に参加してみることにした。
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もらったパンフレットには、毎週日曜日朝10時半から礼拝が行われていると書いてあった。
後は水曜日に聖書研究会とか、金曜日に祈祷会が行われてるとも書いてあって、教会って結構色々やってるんだなと思った。
行友教会は私の住んでる最寄駅から3駅離れたところにあった。
この近くに、例の取引先の行友テックがある。
何度も通いつめた取引先だからこの辺の地理は何となく分かってるけど、日曜の朝に歩くと雰囲気は全然違った。
オフィスとマンションが立ち並ぶこの地域は平日は人通りが多いけど、この時間は歩く人も少なく店も閉まっていて静まり返っていた。
それだけでも少し非日常に足を踏み入れた感じになる。
教会に15分ほど前に着くと、夕香さんが私を見つけてパッと微笑んだ。
「高辻さん! おはようございます。来てくださったんですね」
「夕香さん、おはようございます。き、来ちゃいました……」
「嬉しいです。あ、こちらへどうぞ」
そういって夕香さんは受付のテーブルの方へ私を招き、週報と書かれた紙を手渡してきた。
「こちらに礼拝の進行が書かれています。あ、あと聖書と讃美歌をお貸ししますね」
そう言って渡されたのが、厚さが4~5センチはあろうかと思う聖書だった。
ズシッと重い聖書に面食らう。
聖書ってこんなに分厚いの?
さらに渡された讃美歌集も2センチくらいの厚さがあって目を丸くする。
「ご自身で購入される方がほとんどですけど、全然教会のものを使っていただいてかまわないので。あと……こちらはどうされます?」
そう言って見せられたのは小さなポチ袋みたいな封筒だった。
そこには献金袋と書かれている。
献金……。
「あの……、いくらお渡しするとか決まってるんですか?」
ちょっと不安になりながら尋ねると、夕香さんは「いえいえ」と手を振った。
「献金はあくまで任意です。私はいつも100円ですし」
「100円?」
「はい、なのでお好きな額で構いませんし、スルーしていただいても構いませんよ」
「……いえ、献金させていただきます」
この間のクリスマス礼拝の時も献金できなかったので、さすがに今回は渡した方がいいような気がした。
いくらにしようかと思ったけど、最近キャッシュレスで今財布に入ってる現金は千円札しかなかった。
正直ちょっと痛いかなと思ったけど、彩希のこともお祈りしたいし、クリスマスで癒されたお礼の意味も込めたい。
そう思い、私は献金袋に千円札を折り畳んで入れた。
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夕香さんに案内され、ある椅子に座るように促された。
そこにはクリスマス礼拝で隣に座っていた高齢女性、塩見さんがいた。
私を見て嬉しそうに微笑んでくれる塩見さんにほっとする。
「マナさん、おはようございます。来てくださって嬉しいです」
「塩見さん、おはようございます」
塩見さんにとって、私はすっかりマナさんで定着したようだ。
名前を覚えてもらえてて嬉しい。
「塩見さん、こちらの高辻さんは主日礼拝は初めてなので、よろしくお願いしますね」
夕香さんが塩見さんに声をかけると、塩見さんは嬉しそうに頷いていた。
それにしても……と礼拝堂を見渡す。
前回のクリスマス礼拝は夜だったけど、この朝の明るい時間に見る礼拝堂は雰囲気が全然違った。
窓の外から柔らかい光が差し込み、高い天井に開放感を感じる。
最初は質素だと思った内装だけど、変に気負わずにいられるこの空間は私は好きかもしれない。
そして既に椅子に座っている人たちは30…35人くらいかな?
結構多い気もしたけど、気になったのは年齢層だ。
若い人が少ないと言うか数えるほどしかおらず、多くが恐らく60代を越えているように見えた。
日本全体が高齢化が進んでいるけど、特にキリスト教会はその傾向が顕著なのかもしれない。
そうしているうちにパイプオルガンの荘厳な音色が礼拝堂に響き渡った
それは少しざわついていた室内の空気を一気に変え、私の心も少し引き締まった気がした。
そして礼拝が始まった。




