第49話 水の重み
パイプオルガン奏楽が鳴り響き、クリスマス礼拝が始まった。
クリスマス礼拝と言っても流れは普段の礼拝と同じだ。
お祈りがあり讃美歌を歌い、聖書朗読があり説教がある。
後ろに座ってる両親と兄の様子は分からないけど、初めての教会で戸惑ってる3人に近くに座ってる人が優しくフォローしてくれてるに違いない。
私が初めての礼拝で塩見さんに教わったように。
そのとき私は改めて塩見さんのことを思い出した。
塩見さん。
私はあなたのお陰でここまで来ることができました。
どうか見守ってください。
聖書の朗読、そして説教の内容は、イエス様の誕生に関するものだ。
イエス様はベツレヘムの馬小屋で生まれた。
なぜ馬小屋だったのかは既に学んだ通りだけど、馬小屋というのは当時の感覚でもかなり劣悪な環境だったらしい。
その後2000年以上、人々に受け継がれるキリスト教の始祖となった救い主が産まれたにしては、とてもみすぼらしい状況だった。
要は神の子として遣わされたイエス様も、始まりは過酷だったというわけだ。
そして救い主が生まれたという情報は人々に知られていくわけだけど、初めてお告げを受けたのは荒野で羊の世話をしていた羊飼いだったという。
羊飼いは聖書でよく出てくるメジャーな仕事だけど、決して身分の高い仕事ではなかった。
そんな一般人が真っ先にお告げを受けた、と言うのも考察すると奥深い。
救い主が生まれた場所を示すため夜空に星が輝いた。
この星を表したものが、クリスマスツリーのてっぺんで光っているベツレヘムの星だ。
ちなみになんでクリスマスは12月25日なのにイブの日が大切にされるかというと、当時の1日の始まりは日没からだった。
だから生まれたのが25日だけど、今の時間の感覚だと24日の夜ということになるのだ。
説教が終わると榊原牧師が講壇から降りてきた。
「これから洗礼式を執り行います。高辻茉那さん、こちらへ」
「はい」
呼ばれて立ち上がり、牧師の正面に立つ。
背中にみんなの視線が集中するのが分かった。
その視線の中には両親とお兄ちゃんがいるのも感じる。
榊原牧師はいつにもまして堂々と声を張った。
「私たちは今、神の家族に新しい一人を迎える喜びに満たされています。 洗礼とは、単なる伝統的な儀式ではありません。聖書に『だれでもキリストにあるならば、その人は新しく造られた者です』とある通り、古い自分に別れを告げ、キリストと共に新しい命を歩み始める、聖なる『契約』の時です。 この水は、私たちの過去の過ちを洗い流す神の赦しを表しています。そして今日、この方は自らの意思で、生涯をかけて神を愛し、隣人を愛することを宣言されます」
そして私の方を見て、穏やかに言った。
「誓約を行います」
一瞬の間を置いて牧師は続ける。
「あなたはイエス・キリストを救い主と信じますか?」
震えそうになる声を抑えながら、私もはっきりと答えた。
「はい、信じます」
「罪を離れ、神の御言葉に従って歩むことを誓いますか?」
「はい、誓います」
牧師は軽くうなずいたあと「滴礼を行います」と言い、隣に置いた洗礼盤と言われる間口の大きい銀器に満たされた水に片手を浸した。
それを確認し、私は跪き頭を下げる。
「父と」
その濡れた手を牧師は私の頭の上に置く。
「子と」
再び手を濡らし、私の頭の上に置く。
「聖霊の御名によって」
3回目、手が置かれた。
濡れた髪から雫が滴り落ち、耳の前を伝う。
「あなたに洗礼を授けます。アーメン」
頭に乗せられた牧師の手の重みを感じる。
これが私が神さま、イエス様と共にあることを誓った証。
この重みを私は心に刻んだ。
横に控えていた教会員の人にタオルを差し出され、牧師と私はそれぞれ濡れた手と頭を拭いた。
「お祈りをします」
静まり返った礼拝堂に牧師の声が響く。
「天の父なる神さま、この新しい家族の誕生を、私たち教会一同、心から感謝いたします。
高辻茉那さんがこれまで一人で抱えてきた重荷を、これからはこの信仰の家族と共に分かち合わせてください。
彼女がこの共同体の中で愛され、養われ、その豊かな賜物を開花させていくことができますように。
今日、天でも大きな喜びの宴が開かれていることを信じ、感謝して、主イエス・キリストの御名によってお祈りいたします」
礼拝堂内に皆さんの声が重なって響く。
「アーメン」
そして榊原牧師は優しく私に語りかけた。
「高辻茉那さん、本日はご受洗、本当におめでとうございます。
今日、神さまと多くの証人の前で、あなたの信仰が告白されました。この水によって古いあなたは死に、今、キリストと共に新しい命へと生まれ変わったのです。これからの人生、楽しい時だけでなく、苦しい時や迷う時もあるでしょう。
しかし忘れないでください。あなたはもう一人ではありません。神さまがいつも共にあり、そしてこの教会の家族が、あなたの歩みを支えていきます。あなたのこれからの歩みが、光に満ちたものとなるようお祈りいたします」
その言葉のあと、礼拝堂は盛大な拍手で満たされた。
牧師に促され振り向くと、そこには満面の笑顔で拍手してくれる教会の人たちがいた。
一番近くに座っていた小堀さんが声をかけてきてくれる。
「高辻さん、おめでとうございます」
皆さんも次々に声をかけてきてくれた。
「おめでとうございます」
「これからも神さまのご加護がありますように」
「この日に立ち会えて嬉しいです」
皆さんの言葉と拍手に私は何も言えず、ただ頭を下げるしかなかった。
何か言葉を発したら、確実に泣く。
この瞬間を私は一生忘れないだろう。
そしてこれが私の新たな始まりでもある。
心の奥に小さな覚悟が灯った。




