第45話 正しさより大切なもの
「高辻さんのお兄さん、弁護士さんなんですか?」
2回目の勉強会の後、榊原牧師に夕飯を誘われ夫妻と鍋を囲んでいた。
祈ちゃんはベビーベッドで寝ている。
この月齢にしては睡眠時間が長い方らしく、なるべく起こさないように声を押さえながら話していた。
「はい。日曜の夜に電話があって。うちの母から洗礼を受けるって聞いて、心配してかけてきたようです」
「弁護士さんなら、宗教って言葉には敏感かもしれませんね……」
牧師はしみじみ言っている。
「弁護士と関わることあるんですか?」
「あまり多くはないですけど、相談受けて僕の手に負えない時は紹介したりもします。DVとか不倫とか相続問題とか。牧師は話を聞くことしかできないので」
「……なるほど」
夕香さんが鍋に新しく食材を追加しながら言った。
「でも高辻さんのお兄さんが弁護士さんって言うのは分かる気がします。高辻さんの頭のよさってそこに繋がってるんだなって」
そう言われ慌てて否定する。
「そんなことないです。兄は子供のときから本当に優秀なんで。それに比べて私なんか……」
そう言うと牧師はふと箸を止めて私を見た。
「誰かから言われたことあるんですか?」
「え?」
「お兄さんと比べて、何か言われたことあります?」
聞かれて言葉に詰まる。
「……あまりないと思います。うちの両親もそんなこと言わなかったし、兄は兄、私は私として育ててくれたように思います」
「そうですか」
牧師は微笑んだ。
「だったら必要以上に卑下しなくてもいいと思いますよ。身内に弁護士って最強じゃないですか。トラブルが起きたら真っ先に頼れるし、『いい兄を持った』でいいんじゃないですか?」
「……」
そう言われたらそうなのかもしれない。
今までもお兄ちゃんのことは気後れしてあまり人に話すことはなかったけど、それはもしかして私の中で勝手に作り上げていた劣等感なのかもしれない。
「そう言えば、身内って言葉で思い出した気になってることを聞きたいんですけど」
「はい、何ですか?」
「クリスチャンになったら、神社やお寺に関することは参加しない方がいいんでしょうか?」
私の言葉に、牧師と夕香さんは一瞬固まった後顔を見合わせた。
「来年、亡くなった祖父の三回忌があるんです。多分これからそう言う法事とか増えてくると思うし、そう言うのとどう付き合っていったらいいのかと思って」
すると牧師は箸を置いて、私の方を向いた。
「高辻さん、真面目に考えてくれてありがとうございます。結論から言いますと、もちろん教会からは強制はできません。ご自身の判断で、と言うことになります」
「……はい」
「ただこれも牧師によって意見が分かれるかもしれませんが、僕はご自身の信仰が揺るがないのであればどこで何をしようと関係ないと思っています」
隣で夕香さんもうなずいた。
「日本にいる限り、キリスト教以外の行事と切り離すのは難しいと思います。特に法事は。私、普通に数珠を持ってますよ」
「え?」
思わず夕香さんの顔を見る。
「数年前に友人のお母様が亡くなられて葬儀に参列したんです。多分真言宗だったと思いますが、数珠を手に持っていたし焼香もしました。仏式のお葬式の作法に従いましたが、頭の中ではずっと神さまに祈ってましたけど」
そう言って夕香さんは苦笑する。
「実は僕も3年前に父を亡くしてるんですけど」
牧師も語り出す。
「うちの実家、浄土真宗なんです。僕だけが高校生のときに教会に通い始めたので、家族でクリスチャンなの僕だけですね」
「そうなんですか……」
「はい、それで」
牧師も少し笑って続ける。
「僕は長男なので、3年前の父の葬儀のときに喪主をしたんですよ。牧師の僕が浄土真宗の喪主です」
「え……」
一瞬思考が止まる。
「そんなことがあるんですね」
「牧師によっては眉をひそめるとは思いますけど、僕は他の宗教、そして信仰する気持ちを否定してはいけないと思っています。うちの父は敬虔な仏教徒と言うわけでもありませんでしたけど、父は僕が大学を中退して神学校に進みたいと言ったときも反対しませんでした。だから僕も父の気持ちを尊重したかったんです」
牧師は軽く息を吐く。
「特に日本ではキリスト教はマイナーです。それに縛られ過ぎて他の宗教行事を避けていたら、うまく行かないこともあると思うんです。高辻さんも毎年初詣が恒例っておっしゃってたじゃないですか。それをクリスチャンだからってやめてしまったら、お友達とギクシャクしません?」
「……確かに」
そう言えば、来年の初詣はどうなるんだろう。
彩希のセミナー勧誘からグループLINEは止まったままだけど。
「だから、自分の心は神さまとイエス様と共にあると言うことだけ揺るがなければ、神社仏閣に出向いても僕はいいと思ってるんですよ。何度も言いますけど、これは牧師によって意見は分かれますが。でもそこに厳しい線引きをしてしまったら、キリスト教に敷居を感じる人が多くなってしまうので、結果キリスト教が広がらない原因になってしまうと思うんです」
「……なるほど」
牧師にそう言われて、自分の中で答えが出た気がした。
自分がクリスチャンであると言うことさえ確立していれば、他人の宗教を重んじその儀式に参加しても後ろめたく感じる必要はないんだ。
「よく分かりました。ありがとうございます。逆に相手の宗教や思想を否定するから、揉め事がなくならないのかもしれませんね」
すると榊原夫妻は目を丸くし、お互い顔を見合わせ納得したように言った。
「やっぱり高辻さんのお兄さんが弁護士さんっていうのが分かる気がします」
「そうですか?」
と聞くと二人は大きくうなずいた。




