第43話 確認という愛情
榊原牧師との1回目の勉強会を終え一緒にピザをいただいたあと、買い物をして家に帰りついた。
あれからの牧師は先週と同じようにのどごし生を手にピザを頬張り、推し馬が走ると食い入るようにテレビ画面を見ていた。
推し馬は4位だったようで落胆していた。
「実際見に行ったことあるんですか?」
と聞くと、年に数回の大きなレースは見に行ったことがあり、馬券も1000円だけ買ったらしい。
でも日曜は礼拝があるので、行けるのが午後になるのが残念とは言っていた。
そんなことを思い出しながら、牧師から贈られた聖書を読んでみる。
聖書はいつも教会で借りるだけだったので、今までこんなにじっくり向き合ったことはなかった。
牧師には、たまたま開いたページが自分の状況にぴったりリンクすることがある、と聞いたので試しに開いてみた。
開いたのはルカによる福音書5章1節からで、要約すると、この頃既にイエス様の評判は広まっていてたくさんの群衆がイエス様の話を聞こうと湖畔に押し寄せた。
なのでイエス様は近くにいた漁師に頼み、湖に船を浮かべてそれに乗り教えを説いた。
その後漁師たちに「網を下ろしてみろ」というと漁師たちは「朝から下ろしているが何も取れない。やるだけ無駄」と拒否。
それでもやれとイエス様が言うので渋々下ろすと、船が沈むほどの大漁になり仲間の船にも来てもらったがそれでもギリギリだった。
この奇跡を目の当たりにしてびっくりしている漁師たちにイエス様は「私について来なさい」と言った。
ここで弟子としてスカウトされたのがペテロ、ヤコブ、ヨハネの3人だった。
この3人は漁師だったんだ。
でもこの後のイエス様の破天荒ぶりを想像すると、ちょっと読んでてにやけてしまった。
ある程度読んだところで今度はスマホを手に取る。
ピザを食べているときに牧師から「『有名人、クリスチャン』でググると面白いですよ」と言われていたのでやってみたんだけど、意外な面々が出てきて驚いた。
芸能人、スポーツ選手、作家、政治家もいる。
歴代の総理経験者がちらほらいるのも意外だった。
その後色々調べてると情報が出てきて、「へえ」と思ったのが「ちびまる子ちゃん」でもまるちゃんが教会へ行く話がある。
まるちゃん自身はお菓子目当てだったみたいだけど、あの個性的なキャラ、ブー太郎はクリスチャンだった。
どうも原作者のさくらももこさんが子供の頃に教会に通っていたので、書いたエピソードらしい。
そのアニメ繋がりで、サザエさんの原作者長谷川町子さんもプロテスタントだった。
こう言う情報を見るとなんだか親しみを覚えるな……。
そう思ってると突然スマホの通話着信が鳴った。
かけてきたのは、お兄ちゃんだった。
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突然画面に表示されたお兄ちゃんの名前に驚く。
お兄ちゃんと電話をしたことはほとんどない。
たまに事務的なことはやり取りするけど、ほぼLINEのメッセージのみだ。
でも昨日実家に帰ったところでこのタイミングだから、何の件でかけてきたのか何となく想像はついた。
「もしもし?」
「もしもし、茉那? 俺、陽太」
「うん、久しぶり。どうしたの? 突然」
お兄ちゃんは基本的に穏やかで滅多に怒ることもないけど、弁護士と言う仕事柄ちょっと正義感が強く疑り深いところもある。
そんなお兄ちゃんが何を言ってくるんだろう。
「昨夜、母さんから電話で聞いたんだけど、茉那クリスチャンになるの?」
直球で聞かれる。
「うん。プロテスタント教会で洗礼を受けるよ。クリスマスに」
「……」
しばらく沈黙が続く。
何だろう、この間は。
「……茉那が洗礼を受けるのって、日本基督教団の行友教会?」
後ろでカチカチ音がする。
多分スマホで話しながらパソコンを弄ってるみたい。
「そうだよ」
「……ああ、ここだな。ホームページの情報少ないから内情があまり分かんないね」
「……そうかも。そこは問題に上がってる」
しばらくまたカチカチ検索しながら喋ってくる。
「でもこの教会、牧師の妻って人がブログ更新してるな。榊原牧師って人が茉那が洗礼を受ける人?」
お兄ちゃん、夕香さんのブログ見てるんだ。
「そうだよ」
「あとインスタもやってるね。こっちは淡々と写真あげてるだけだけど、雰囲気良さそうなのは伝わってくる」
そのインスタ運営してるのは私だよ、と言うのは黙っておいた。
「そう? それならよかった」
「牧師の妻のブログもいくつか見たけど、最近赤ちゃん産まれたんだな。でも基本は牧師の仕事や説教内容が書かれてて、子育て一色に染まってないのがバランスがいい。フォロワーは子育て中の人が多いみたいだけど」
お兄ちゃん、めちゃくちゃチェックしてるじゃん……。
「うん、牧師の奥さんも仲良くしてもらってるよ。この間、赤ちゃんも抱っこさせてもらったし」
「そっか」
カチカチの音が止まる。
「俺正直、茉那が宗教に入るって聞いて警戒したんだよ。クリスチャンって名乗ってもキリスト教系のカルトもあるし」
「……そうなんだ」
「うん。でも発信内容見てる限り安心できる教会みたいだな。日本基督教団所属だから、ある程度は大丈夫だろうと思ってたけど」
「……やっぱり宗教って警戒されるかな?」
するとお兄ちゃんは淡々と答えた。
「俺が特にだと思う。うちの弁護士事務所でも、たまに新興宗教の相談を受けることがあるから。でも、ああ言うのって本人の意思で入ってるから法律的に何の動きもできないんだよね。お布施問題で裁判起こしてもほぼ勝てないから、やりたがる弁護士もいないし」
「……そうなんだ」
天観心教って知ってる?って聞こうかと思ったけどやめておいた。
「母さんから電話もらったときは驚いたけど、母さんが茉那の顔が明るくなってたって言ってたから俺も賛成する。洗礼式だっけ? 俺も行くから」
「え? 来てくれるの?」
お兄ちゃんは新幹線の距離に住んでるし、仕事も忙しいから無理なんじゃないかと思ってた。
「日帰りはできるし、行かせてもらうよ。いいよな?」
「うん。来てくれるなら嬉しい」
「この榊原牧師って人、俺も会ってみたい。あ、あともう1個、俺が安心したことがある」
「何?」
「茉那が今までといい意味で変わってないこと。怪しい宗教入った人って不自然に多弁になることが多いんだよ。焦ってるのか追い詰められてるのか、やましさ抱えてるのか分からないけど。そう言うの、今の茉那から一切感じられないから」
「……それならよかった」
「じゃあ当日な」
そう言ってお兄ちゃんの電話は切れた。
お兄ちゃんなりに心配してくれたんだな。
お兄ちゃんの勤めてる弁護士事務所は民事相談が多いらしいから、多分新興宗教系の相談も少なくないのかも。
でもこうやって理論的にリスクを検証するお兄ちゃんを納得させられたのは、インスタと夕香さんのブログの力が大きいのかもしれない。
そう考えると改めて、開かれた教会として発信する大切さを実感できる気がした。
そして久しぶりのお兄ちゃんとの会話は思ったより緊張してたみたい。
電話が終わったあとスマホをおいてベッドに突っ伏した。




