第40話 恵みという名前
牧師館でピザパーティをした週の土曜日、私は実家に帰っていた。
よく考えたら先週もこっちに戻ってきてたんだけど、色々ありすぎてまだ一週間しか経ってなかったことが嘘みたいだ。
目的は両親に、正式にクリスチャンになるために洗礼を受けることを報告すること。
両親には今まで一度も教会に通ってると言ったことはなかったし、うちは初詣には神社、法事はお寺に頼む、典型的な日本人家庭だった。
クリスマスもケーキを食べて、子供の時にサンタクロースが来た記憶くらいだ。
そんな両親にとって、娘がクリスチャンになると言う報告はどう受け止められるんだろう。
「洗礼を受ける」と私が言ったときの両親の反応は、まさに鳩が豆鉄砲を食らったような顔をしていた。
「え……?」
言葉もなく固まっている。
「実は去年のクリスマスイブに初めて教会の礼拝に参加したの。そこで牧師夫妻ともお会いして……」
「……牧師? 神父じゃなく?」
ああ、そこから説明しなきゃなのか。
そう思い、私は一から説明をすることにした。
─────────────────────
「……と言う経緯で、私はクリスチャンになることに決めました」
ある程度、私の話を聞きながら両親は思考が整理できてきたようだった。
私がそう言うと、両親は揃ってため息をついた。
あまり賛成じゃないのかな?と思ったけど、両親の顔は落ち着いていた。
「茉那の決意は分かった」
お父さんがそう言う。
「茉那が決めたことならお父さん達は反対しないよ。正直どんなものかよく分からないけど、茉那が決めたなら応援する」
お母さんも言った。
「正直今日、久しぶりに茉那の顔を見て明るくなったなって思ったの。前はちょっと無理してないか心配だったけど、今日はそれがなくなった感じ。それが教会と牧師先生たちが支えてくれたお陰なのかもね」
二人がそう言ってくれてほっとする。
「あ、茉那は覚えてるか分からないけど」
お母さんが言葉を続ける。
「私が高校生の時にクラスメイトにマナって名前の子がいたの。日本人なのにカタカナで珍しい名前だなって思って意味を聞いたら『恵み』って意味があるって言ってた。だから茉那が産まれたときにその事が思い浮かんで、マナの漢字で一番画数のいいのをつけたのよ」
それを聞いて驚く。
「そうだったの? 知らなかった」
私の名前はもともと恵みの意味でつけられてたんだ……。
こういう繋がりも神さまのお考えなんだろうか。
そんなことを考えながら、出してもらったコーヒーを飲む。
「茉那、その洗礼式って私たちも行っていいの?」
「え?」
思わず両親の顔を見る。
「来てくれるの?」
すると二人ともうなずいた。
「話を聞いてると一生に一度の誓いの儀式なんでしょう? 結婚式みたいな人生の節目なんじゃないかと思って。子供の門出に親としては立ち会いたいわ。教会ってどんなところか見てみたいし、牧師先生にも茉那がお世話になってますってご挨拶したいし」
「……うん、大丈夫だと思うけど。礼拝は誰でも来ていいから」
行友教会に両親が来るんだ。
ちょっと不思議な感じだけど、でも来てくれるって言ってくれる言葉は嬉しい。
「ありがとう。牧師にも話しとくね」
「あ、あとこの事、陽太にも言っていい?」
「……うん、いいけど」
陽太は私の4歳上の兄だ。
兄は子供の頃から優秀で、国立大学を卒業後、今は弁護士として働いている。
優しいお兄ちゃんではあったけど、優秀な兄が眩しくてずっと気後れする存在ではあった。
今は遠方に住んでるので、正直お正月くらいしか顔を会わせない。
会うたびにちょっと引け目を感じていたけど、今ならちゃんと顔を向けて話せそうな気がした。
「よかったらお兄ちゃんにも教会に来てほしいって言っておいて」
─────────────────────
翌日の日曜日、礼拝後から勉強会が始まった。
牧師と相談の結果、日曜日と水曜日の夜に勉強会を行うことになった。
水曜日は会社はノー残業デーを謳ってるので比較的定時で帰りやすいし、水曜と日曜なら日程のバランスもいい。
そして教会ではこの日から、牧師の言っていた通り4本の大きな蝋燭が乗った燭台が講壇に置かれ、そのうちの1つに火が灯された。
4本全ての蝋燭に火が灯された日の翌週がクリスマス礼拝だ。
クリスマス礼拝はクリスマスイブの燭火礼拝とは別に、クリスマス直前の日曜日に行われるのだ。
そしてその日に私の洗礼式も行われる。
勉強会の場として通されたのはいつものダイニングではなく、牧師館の中にある牧師の書斎だった。
そんなに大きな部屋じゃないけど壁に大きな本棚があり、みっしりと難しそうな本や資料が詰め込まれている。
ちょっと煩雑な感じもしたけど、ここで牧師は毎週説教を考えてるんだと思うと、ちょっと気が引き締まる気がした。
「先ほど役員会で、高辻さんを教会員として迎える承認を得ましたよ。全会一致です」
そう言われてほっとする。
慣例だと言われていても、やっぱり認められたと言う事実はありがたい。
そして牧師には洗礼式に私の両親、そしてもしかしたら兄も来ることを伝えた。
すると榊原牧師は嬉しそうな顔をした。
「よかったです。正直今日、ご家族にもお話しすることを提案しようと思ってたんです。結婚式と同等の門出とおっしゃっていただけるのは理解のあるご両親ですね」
「はい。キリスト教とは無縁の人たちなんですけど、思ったより前向きに受け止めてくれてよかったです。先生とも挨拶させてほしいって言ってました」
そう言うと牧師は「喜んで」と微笑んだ。
「では」
牧師はスッと表情を引き締めた。
「勉強会を始めます。1回目はイエス様について深く学んでいただきます。正直僕はその話を聞いたあと、高辻さんに本当に洗礼を受けるか最終確認をしようと思ってます」
そう牧師に言われ、思わず背筋が伸びた。
どんな話が始まるんだろう。
「まずはイエス様の生い立ちについてです」




