第39話 蝋燭を灯す準備
「分かりました。ではそれに向けて準備と計画を立てましょう」
そう榊原牧師が言ったことで、私がクリスマスに洗礼を受けることが決まった。
「あ、でもその話を具体的にする前に、着替えてきていいですか? 堅苦しいのは実は苦手で……」
牧師は礼拝後、すぐに私の話を聞いてくれていたので、まだスーツのままだった。
牧師が二階に上がり着替えている間、祈ちゃんを囲んであれこれ話す。
「どんどん顔も変わってますね。肉付きが良くなったと言うか……」
「もともとビッグベビーですしね。でも起きてるときは抱いてないとすぐ泣くんです」
「そうなんですか? もう5キロ近いですよね。ずっと抱いとくの大変そう……」
「家事をするときはスリングを使ってます。これですけど……」
そんな話をしてるとインターホンが鳴った。
「あ、ピザが来た」
言って夕香さんは立ち上がろうとしたけど、一瞬考えて私と二宮さんを見た。
「すみません、ちょっとだけ祈を抱いといていただけますか? 置くと泣くんで」
すると二宮さんはさっと「無理です」と辞退したので、私が抱かせてもらうことになった。
差し出されたウェットティッシュで手を拭いたあと、そっと抱かせてもらう。
「ここで頭を支えて、お尻をこうやって……。あ、そうです。それじゃお願いします」
そう言って夕香さんは玄関の方へ行ってしまった。
不安定な抱き方で祈ちゃんが泣かないか心配だったけど、祈ちゃんはご機嫌に手足を動かしていた。
表情もくるくる変わり、いろんなものを目で追っている。
「かわいいですね……」
二宮さんもしみじみ言ってくる。
5キロ近い重さと言うのもあるけど、思ったより温かくズシッとした命の重みがあった。
この重さの祈ちゃんを寝てるとき以外は抱いてるのか……。
1ヶ月で1キロ増えたって言ってたから、これからもどんどん大きくなっていくわけで、そう考えると世の中の親御さんはすごいなと思った。
そう思っているうちに、ピザのケースを抱えた夕香さんと着替えを済ませた牧師が現れた。
牧師はそのまま嬉しそうにキッチンへ行き、冷蔵庫を開けている。
「二宮さん、高辻さん、良かったら飲まれません? 僕、発泡酒飲ませてもらいますけど」
「発泡酒?」
「はい、一週間の楽しみなんです」
そう言いながら見せてくるのは、のどごし生だ。
二宮さんが「お酒は飲めないので」と断り、私も遠慮することにした。
すると牧師はがっかりしたような顔をしたけど、そのまま発泡酒をテーブルに置いた。
「お二人とも何飲まれます? ルイボスティーなら常温で作ってあるんで、それでもいいですか?」
夕香さんの質問に私も二宮さんもうなずき、コップにつがれたルイボスティーと牧師の発泡酒、ピザのケースが並べられ全員が席に着く。
「食前の祈りをします」
牧師の祈りのあと「いただきます」と言ってみんなで食べ始めたんだけど、発泡酒を手にピザを頬張っている牧師は、さっきカルトを厳しく斬っていた人とは思えなかった。
二宮さんも「先生、昼から飲んでたんですね……」と驚いている。
牧師は慌てて答えた。
「日曜日だけですよ。この一杯のために説教作ってると言っても過言では……、あ、冗談です。ここもブログに書かないでね」
そんな牧師を夕香さんは冷めた目で見つめる。
「礼拝後の楽しみはピザと発泡酒。親しみやすさをブログで書くのはいいと思うんですけど、それ書いたら『この人大丈夫?』って思われないか心配になります」
「確かG1レースがあるときは、それも見てるってブログに書いてましたよね」
「日曜の昼からピザと発泡酒片手に競馬観戦とか、立派なおっさんじゃないですか」
「まあ、悪いことしてる訳じゃないし書いても問題ない気も……、いや、どうだろう」
女性3人に見つめられても牧師は我関せずでピザを楽しんでいた。
ある程度みんなでわいわい喋りながら食べていると、牧師が二本目を取りに行こうとしたので、私は慌てて言った。
「すみません。先生。洗礼までのスケジュールはどうしたらいいですか?」
すると牧師は、はっと我に返り「すみません、そうでした」と言い、また椅子に座った。
「来週からアドベントに入ります。本当は勉強会は週に1回ペースがいいと思うんですが、時間が足りないので週に2回行う日も設けたいと思います」
「アドベントって何ですか?」
「アドベントは待降節です。イエス様がお生まれになった週の4週間前から、その日が来るのを待つ時期になります。教会では蝋燭に1本ずつ火をつけてクリスマスまでのカウントダウンをします」
4週間前となると、確かに週1じゃ間に合わない。
「勉強会は1時間くらいを予定してるので基本は日曜の礼拝後でいいですか? そして平日の夜にも来られそうな日を教えてください。土曜日は……ちょっと僕が説教の準備で手一杯なので」
私はうなずいた。
「分かりました。それでは1回目の勉強会は来週からにしますか?」
「来週は礼拝後役員会があるので、そのときに高辻さんを教会員に迎えるかの承認を得ます。役員会は30分ぐらいなので、その後でも良ければ来週から始めましょう」
「お願いします」
すると牧師は表情を緩ませて「じゃあちょっと二本目取ってきます」と言って、冷蔵庫の方へ行った。
その様子を見て二宮さんが「先生、本当に好きなんですね」と呟いていた。




